出会うことには、意味がある。
そうであるからこそ――







「――ふん」

俺がそいつと再び出会ったのは、果たして偶然だったのだろうか。
奇妙な話だが、俺はこのゲームにおいて“出会う”ことに何か運命染みたものを感じつつあった。
それほどまでに、今までの“出会い”の重みは大きかった。

エリアD-6。因縁深い大聖堂の置かれた、ゲームの中心に位置する場所にてその死神は出てきた。
ちら、と辺りを見渡す。草原は今や壊れかけていた。ところどころ走るノイズ、むき出しになったワイヤーフレーム、ゲームとしては明らかに異常な光景がそこにはある。
デウエス、と名乗る暴走AIの出現は記憶に新しい。あれの余波は未だ残っている。
プレイヤー共通の敵として現れたデウエスを討つべく、今頃アメリカエリアにて集団戦闘が行われているはずだ。
俺はそちらの討伐戦/レイドには参加せず、居残り組のプレイヤーを探す役割についていたのだが――

「貴様か」
「――フォルテ」

出会ったのは、探していた誰でもなく、最も会いたくなかったレッドプレイヤーだった。
俺は下唇を噛む。
行き合った死神のようなアバター、フォルテは依然と変わらず威圧的な雰囲気を身に纏っている。
鈍いカーキ色を湛えた装甲、ボロボロのローブからは幾多ものデータを屠ってきたであろう手が垣間見えてる。そしてその眼光には強烈な敵意がある。

「お仲間は死んだようだな。
 シルバー・クロウ。ふん、所詮は一人では戦えぬ、脆弱な“個”しか持たないナビだった」

吐き捨てるようなフォルテの言葉に俺は、ぐっ、と拳を握りしめる。
ゲーム序盤、ネットスラムにおける戦いが脳裏に浮かぶ。
レンさん、シルバー・クロウ、彼らとの出会いと、そして別れが全てを物語っていた。
彼らと共に死神を退けた。けれども、もう二人ともいなくなっている……

俺は無言で剣を抜いた。青い薔薇を設えた美しい刀身が露わになる。

「ほう、戦うのか? できるのか――貴様一人で」
「……やってやるさ」

コイツが俺たちと戦ったあと、このゲームにてどのようなルートを辿ったのかは分からない。
だがミーナの話によれば、アメリカエリアにてショップから出てくるところを確認されている。
そして恐らく、ここまでも破壊とPKを繰り返してきたのだろう。

このゲームは、ある意味で当然だが、PKほど有利に設計されている。
殺せば相手のアイテムが手に入り、ポイントによるアイテムの売買も可能になる。
フォルテは装備面では俺たちよりも充実していると見た方がいい。

だが――俺にだって剣がある。出会い、手に入れた新たな剣が。
青薔薇の剣。ヒースクリフから餞別として渡されたその剣を握りしめ、俺はフォルテと相対する。

「そうか、ではまぁ同じことだ。あの森にいたオフィシャル共と同じように――デリートするだけだ」

俺は、はっ、と目を見開いた。
その言葉を聞いた瞬間、理解してしまったのだ。
この死神は“森”より出てきた。彼がその場で誰に出会い、何をしたのか。

――分かった瞬間、俺はアバターを切り替えていた。

翅が、展開される。
身体を包みこむ浮遊感に押されるまま、俺は空へと舞い戻っていた。
剣士キリトの身体が影妖精/スプリガンのそれへと変わる。
ALOアバター。俺がこの場で扱える三アバターのうち、中距離攻撃手段である魔法と飛行による高速戦闘を可能にするこのアバターは、このゲームにおいては最も汎用性が高い。少なくとも、ソロでの戦闘ではそうだろう。

「フン」

フォルテもまた翼を展開する。漆黒の翼。その力もまた、誰かより奪い取ったアビリティだ。
この死神は生者の何もかもを蹂躙する。俺はこの敵を、今は一人で相手取らねばならない。

データが歪み、剥きだしになった空にて、俺はフォルテと再度激突した。
隣にあの銀翼がいないことに、片手がもげたかのような欠落感を味わいながら。








出会った以上は、役割が生ずる。
オーヴァンはそう理解していたし、だからこそここまで来ることができた。
故に――

「君はどうやらこのゲームに積極的なようだ」
「…………」

オーヴァンは言葉を紡ぐ。嘯き、囁くように、己が目的のために言葉を弄する。

「でなければ、GMと繋がっていることを知っていてそんな態度を取る筈もない。
 ならば協力できるのではないか、と思うのだがね」
「…………」

白衣の少女はしばし黙ってオーヴァンを見上げていたが、一瞬顔を俯かせたのち、

「そう、ですね。私はこの闘争において、迷わず優勝するつもりでいる」
「しかし君は俺に攻撃をしてはこなかった。それは――知りたいからだろう?
 君も、真実を」
「……ええ、優勝するつもりではいます。けれど、この舞台には何か裏があるように感じる。
 戦いつつも、それを探っていかなければならない」

スタンスを明示しつつも過度に情報を漏らしてはいない。
その淡々とした物言いに、頭の良い娘だ、とオーヴァンは内心で評価を下す。
なるほど――使えそうだ、と。

「オーヴァン」

ゆっくりと、彼は名乗った。
少女は無感動に頷く。人形のような彼女もまた名乗り返した。
ラニ=Ⅷ、と。

「では、そうだな。ここは一つ協力しようか。なに、俺も君も立場は同じだ」
「……情報の交換を、ということでしょうか?」
「ああ、ここまでに手に入れたGMについての情報を提供しよう。
 代わりに君も、鍵となり得る情報があれば教えて欲しい」

そう思ったからこそ、オーヴァンは語り出した。
そして話していくうちにその確信が正しかったことを知る。
彼女が持つ“碑文”についての知識と、そしてネットスラムであったという“隠しイベント”とそこで手に入れた謎のプログラム。

オーヴァンは微笑んだ。
ああ――繋がった。
リコリス。かつてThe Worldに存在した彼岸花の少女の物語。
大聖堂でシルバー・クロウが口にした言葉が、ここで彼女と出会うことで物語となる。
それが何の意味を持つのかは、いまだ分からないが――

「……Mr.オーヴァン」

情報交換の最中、不意にラニが尋ねてきた。
一人のプレイヤ―の名を出し、彼についての情報を求めてきた。
そこに、今までの彼女にはなかった熱があることにオーヴァンは気づいていた。
気づいて、嗤った。

「ああ、彼ならば――あるいは彼女らしい人物ならば出会ったよ」

オーヴァンはラニの耳元に囁くような、優しげな口調で答えた。

「君の向かうところ、月海原学園に、彼ないし彼女はいる」

ああ――ここでもまた繋がった。
これもまた筋書き通り、“運命の出会い”か、預言者よ――







俺は空を駆ける。
スプリガンの翅を広げ、その手には青薔薇の剣、相対するは白き鎌を携えた死神。
眼下には鬱蒼と生い茂る森――大聖堂と同じくあそこもまた俺には因縁深い――が広がっている。
どうやら“迷いの森”のイベントはその上空までは影響しないようで、俺たちは森に呑まれることなく戦い、殺し合うことができた。

「――フン」

フォルテはバスターによる弾幕をばらまきながら、翼による高速移動という手を取っている。
次から次へと吐き出される光弾のカーテンをかいくぐりながら、俺は再度会いまみえたこの敵に対しどう挑むかを考えていた。

――近づいてはこない、か。

その途中、俺は一度目の戦い、ネットスラムでの遭遇戦においてのフォルテと戦い方が変わってることに気づいた。
端的に言えば、近接戦を挑まなくなった。
ネットスラムでのフォルテの当初は剣を装備しており、俺を見るなり近接戦をしかけてきた。
だが今回は違う。最初から俺から距離を取るように立ち回り、弾幕を張ることで俺を近づけさせないでいる。

――近接キャラに対する対抗策を覚えた、という訳か。

恐らくネットスラムのフォルテは、俺のような近接特化アバターに対する対抗策を探っていたのだろう。
同じく近接戦で渡り合う――という手段をまずは検証し、そしてそれを破棄。今では近接戦で渡り合う、のではなく、そもそも近づけないことを選んだ。
正解だ、と俺は分析する。ネットスラムの戦い方と、今のそれを比較した際、どちらが俺にとってやりにくいかといえば確実に後者だ。地上に降りることができればGGOアバターも使えたが、眼下に森が広がる現状では無理だ。
それだけじゃない。あの翼の動きも以前より格段に上達しているように見えた。鋭角的な切り返しを持って速度を落とさずに軌道を描くその様は、完全に翼を我が物にしたといっても過言ではない。
コイツは、学習しているのだ。
以前の戦闘から一日も経っていないうちに、手にいれたスキル、プログラム、戦闘データを猛烈な速度で我が物にしている。
対する今の俺はソロ。二人がかりで犠牲を出しつつも撃退した相手では、単純に考えれば勝機はないように思える。

――けどな。

俺は務めて冷静に考える。これは再戦だ。そういう意味で、最初の戦いとは様相が変わってくる。
この戦い、互いにある程度の手札を知っている状態での戦いだ。
フォルテは俺についての情報、SAO、ALO、GGOの三アバターについては知っている。だからこそ“空中での射撃戦”を選んだ。
だが――俺もまた奴の力を知っている。

「――行くぞ」

俺は小さく呟き、翅を展開、一気に加速した。
風を切る音がした。空気が壁のように厚くなる。硬い。加速すればするほど、空気が圧となって襲い掛かってくる。
けれどもその壁を越えて――俺は飛ぶ。迷いはしない。可能な限りの速度を持ってして、俺はフォルテを強襲した。
空気だけではない。フォルテのバスターが雪崩のように襲い掛かってくる。
ともすれば無謀ともいえる軌道。しかし俺に迷いはなかった。

――とにかく、攻める。

フォルテに対する勝機は、そこにしかない。
元より守るという選択肢はない。
こちらに有効な射撃武器がない以上、無理にでもこちらのレンジに引きこむ。
ネットスラムでの一戦からも分かるが、あのレンジならば俺の方が勝つ。フォルテもそれを分かっているからこそこういった戦い方を選んだのだろう。
あのオーラに関しては俺がディスペル装備を持っている以上、ここでは脅威にならない。
寧ろ怖いのはフォルテの持つスタン装備であり、後衛のいない今の俺にとっては決まれば即・致命打を叩き込まれかねない。
鍵になるのは慎二のかけてくれた幸運バフだろう。あれが効いている間は、ある程度リスクを抑えることができる。
そのことからも下手に戦闘を長引かせるのは悪手。とにかく攻めろ攻めろ攻めろ――という思考になる。

ノイズ走る空の中、発狂したかのように展開される光弾の嵐。一撃でも加えばそこで死ぬと思え。その隙をあの死神は見逃さない。
恐怖はある。少なくともこんなSTG染みた戦闘、アインクラッドだって早々なかった。
だが行く。恐れは動きを鈍くする。恐怖を乗り越え――飛べ。
光弾の隙間を縫うように、逃れられるのならば剣で弾き/パリィして、俺は剣と共に、空を駆ける。
あの銀翼のように――飛んで見せる。

「――チッ」

弾幕の向こうで、フォルテは舌打ちをした。
バスターではこちらを止められないと悟ったのだろう。かといってあの大出力の攻撃に切り替えたところで、俺に当たる訳もない。
ならば――取る方策は一つのはずだ。

はっ、と思わず声を上げ俺はフォルテに斬りかかる。
金属音と、火花。
フォルテは白い鎌で俺の一撃を受け止めていた。ギリギリ、と互いに刃を押し合いながら視線が交錯する。

「舐めるな」と奴が言った。同時に俺は、さっ、と距離を取る。
奴のバスターは、とにかく出が速い。一発一発の威力は低くとも、展開からの発動までのラグが極端に短く、それ故連射と、不意打ちを可能にする。
鍔迫り合いの最中にあっても光弾が飛んでくるのだ。基本、一撃を浴びせることができなけば離脱する必要がある。
俺は折角詰めたレンジをあっけなく放棄し、距離を取った。ここで変な色気を出せば、即蜂の巣にされる。

距離を取り――青薔薇の剣を上段に構える。好戦的な構え。そして、加速。再び弾幕を乗り越えていく。
集中力が切れた時が終りの時だろう。だがそれは――フォルテも同じだ。一撃さえ入れば、そこから俺は連携技に繋げることができる。

――良い剣だ。

空を駆ける中、俺はヒースクリフより渡された剣が異様に手に馴染むことに気づいていた。
振るえば振るうほど、こちらの動きについてきてくれる。新装備とは思えないほど、その剣はしっくりと俺の手になじんだ。
美しい刀身が煌めく、青い薔薇の剣。
見たことも聞いたこともない――筈なのに、長年連れ添った親友のように、この剣は俺に合わせてくれる。

――いける。

その感覚が、俺を不思議と強気にさせた。剣がついてきてくれるんだ。
なら俺だって――敗けないくらい飛ばなくてはならない。
その共感が、研ぎ澄まされた感覚が、俺と剣を一つのものにしてくれる。
幾度かの強襲を経て、俺の集中は弱まるどころか強くなっていた。
最初は嵐のように見えた光弾も、次第にパターンが見えてきた。フォルテもこうした“弾幕を張る”戦い方にはまだ慣れていないのだろう。故にどうしてもパターン化してしまう。
それが回避を容易にさせ、同時に俺はより――速くなる。

「――――」
「――――」

幾度かの接触を経て、俺の斬撃は確実に奴に迫っていた。
高度を武器にした、上空よりの強襲は奴の鎌をかいくぐり本体に届かんとしていた。
近い。行ける。勝つ――その力みを見込んだかのように、フォルテは目を見開いた。

「使って、みるか」

途端、見覚えのあるシールドが展開された。
一瞬、ワイヤーフレームが明滅したかと思うと、その手には赤いシールドが現れている。
俺は、はっ、として直前で剣を引き、そのまま一太刀浴びせることなく距離を取った。

「フォルテ、お前……!」
「なんだ、貴様もコイツを知っていたのか?」

胸中に複雑な想いがあふれ出る。赤いシールド。あれは――ブルースの力だ。
恐らく彼は森でフォルテと遭遇し、敗れた。フォルテの言動から予想していた事態ではあったが、それが確実となったことで俺の胸に怒りが溢れ出た。
展開された盾は真紅から黄土へと色を変えていく。翼と同じく最適化されたのだ。

「さて、これで貴様の剣も怖くなくなった訳だが」

フォルテは淡々と言った。俺は胸に溜る怒りを必死に抑え、事態を分析していく。
正直なところ――この展開は予想していた。フォルテがこのゲーム中、アイテムを含めた他の力を手に入れていることは十分に考えられたことだ。
だからこそ先のシールドにも対応できたといえるが――

――近接戦にも対応されてはな。

フォルテのほぼ唯一、といってもいい穴はそこにあった。バスター主体の戦い方をする奴にとって、クロスレンジは不得手な部類に入る。
が、ブルースのような近接戦特化のアバターを取り込んだ以上、その穴も次第に埋まってしまうだろう。
奴は、成長する。取り込んだ戦いの中で我が物にされてしまえば、戦いは更に苦しくなる。
俺は撤退を視野に入れ始めた。怒りはある。が、ここで死ぬ訳にはいかない。サチ、慎二、そしてアスナの顔が浮かぶ。彼らとまた会うためにも、俺は生き延びなくてはならない。

「――逃げられると思うな」

が、そう簡単にはいきそうもなかった。
フォルテは獰猛に俺を睨み付け、その手をソード――あれもまたブルースの力だ――にして俺に向けた。
その挑発的な行いに、俺は更なる怒りに憑りつかれそうになるが――

「邪魔」

――その瞬間、虚空より巨大な砲撃が走った。

ごうん、と鈍い音がした。かと思うとフォルテに黒い閃光が穿たれたいた。
俺との一戦に集中していたフォルテは、突然の事態に反応が一歩遅れ、その砲撃を喰らうことになる。
「かはっ」と声を漏らすフォルテを――黒き妖精が魔剣を持って追撃する。

「――アスナ」

黒点を纏う剣でフォルテを弾き飛ばしながら、彼女は振り向き俺を見た。

――嗤っていた。








「また会ったね、キリト君。危ないところだったみたいだけど、間に合ってよかった」

アスナは台本を読み上げているような、どこか上滑りした口調でそう言って、僅かに口元を釣り上げた。
そして酷薄に嗤って――魔剣を振るう。
ぶうん、と魔剣と黒い点が空を舞う。その様を俺はじっと見上げていた。

「――アスナ、お前は」
「とにかく、早いとこあのPK、倒しちゃおうよ」

黒く歪んだ笑みを浮かべて言う彼女に、俺は静かに首を振った。

「駄目だ」
「ん、なんで? さっきまでキリト君、襲われてたんだよ。
 なら倒しちゃうべきだよ。今、すぐにでも。
 たとえ一緒にはいいけなくとも、今は協力しよ?
 キリト君で一人で敵わない相手にも、私と二人で力を合わせれば、きっと勝てるよ」

何を当たり前のこと、とでもいうようにアスナは首を傾げた。
確かに言っていることは正しい。俺はフォルテを倒す――殺すつもりで戦いに挑んでいたし、一人では敵わずとも二人でならば、というのも分かる。
ネットスラムでの戦い、シルバー・クロウとの共闘がまさにそれだった。
けれど、今の彼女と力を合わせることがあの戦いと同じ意味を持つ訳がない。確かに構図は同じだとしても、今のアスナと俺は全く噛み合っていない。
繋がっていない、のだ。

「アスナ、聞いてくれ俺は――」
「――ククク」

俺は必死にアスナに声をかけようとしたが、阻まれた。
フォルテだ。
不意打ちでアスナに吹き飛ばされた彼は、再び姿勢を立て直し、ぶうん、と鎌を振るいこちらに迫ってくる。

「――また、貴様か」

屈辱に震えるようにフォルテは叫びを上げた。
また、ということはもしやアスナは既にフォルテと一戦交えていた――のだろうか。

「キリト君、行くよ」

アスナはあの死神に対しても気負うことなく、何でもないことのようにそう言った。
黒く染まった翅を広げ、フォルテに対し猛然と襲い掛かっていく。

「――――」

俺は複雑な思いを抱えつつも剣を抜き、飛ぶ。
とにかく、フォルテとの戦いに関してはこれで状況が変わった。
アスナの魔剣は砲撃の他に“減速”と“無敵”の効果を持つ。
これが何を意味をするかというと――

「――効かないよ」

再びバスターの弾幕を張ったフォルテに対し、アスナは真正面から突っ込んでいく。
“無敵”の効果だ。一定時間“無敵”になれるあの魔剣ならば、フォルテの弾幕など怖くはあるまい。
その上でアスナもまた翅を持ち、キリトと同等の高速軌道が可能だ。圧倒的な突破力を持ってして猛然とフォルテへと迫っていく。

「……チッ」

フォルテは舌打ちし、すぐさま翼を広げアスナより距離を取っていく。
先のように斬撃をシールドで受け止める――ということはしない。近づけば“減速”が待っているのだ。
故に近接攻撃も適わず、フォルテにしてみれば常に距離を取って戦うしかない。
あるいはフォルテがスタン等のバステをかければ別かもしれないが、それには俺がいる。発動の瞬間を潰せばいい。

フォルテは翼を展開し、弾幕を絶やさず展開しながら空を疾駆する。
森を越え、草原を越え、山を越え、猛然とこのエリアを横断していく。

アスナは魔剣を携えフォルテを追い込んでいく。
酷薄に、無慈悲に、黒い点を引き連れながらアスナは死神を狩らんと追っていく。

俺はその隣で飛び続ける。この奇妙な“三つ巴”の空に、胸中複雑な思いを抱えながら。
三つ巴。自分で言っておいて何だか、変な話だ。俺もアスナも、敵対する気は全くないのに――

――それでもこの戦いは。

ある意味で俺とアスナの戦いでもあるのだ。
少なくとも俺はそう強く認識していた。あの“黒”に取り込まれたアスナを取り戻すために、俺はここまで来たのだから。

――それが俺の“選択”だ。

だから、今この一瞬を飛んだ。







「……岸波白野は月海原学園にいる」

オーヴァンはラニに語りかける。

「いや、いた、かな。少なくとも一時間ほど前にはそこにいた。
 だからきっと近くにはいるだろう」

ラニは彼の言葉を黙って聞いていた。
人形のように表情一つ変えることなく、無感動なまま、オーヴァンを見上げている。

「……それで――君はどうする?
 俺は君と一緒に行動を――このゲームの真実を確かめたい。
 だから協力は惜しまない。それは変わりない。だが――岸波白野を、君はどうするつもりだ?」

岸波白野が近くにいる。探し人が、向かっている場所にいる。
その上で、この少女は何を想う。何を願う。
彼女はこのゲームに乗っていると言った。自らの思惑通り優勝することを狙っている。
が――岸波白野についてはどうだ。
ラニの願いの中心に、その名前があることはもはや疑いようがない。
これから起こる“出会い”に、ラニは如何なる選択を下すというのか。

「…………」

白衣の少女は不意に視線を下げた。オーヴァンから視線を逸らし、黙って一人で歩いてく。
現実的な日本の街並みが広がる中、白衣の少女は一人、歩き出す。
その先には――月海原学園がある。

「私は」

背後にいるオーヴァンに、ラニはゆっくりと語り出す。

「私はあの人に出会い、そして――」

これから出会うであろう、自らの願い/なかみを、彼女はそうして口にする。
オーヴァンは微笑んだ。
これからきっと“運命の出会い”が始まるだろう。
預言者とヒースクリフ、そしてオーヴァンが引き合わされたように、出会うべくして出会うのだ。










「――敗けないから」
「……舐めるなぁ!」

アスナとフォルテが互いに砲撃を交わす。
フォルテの弾幕に対して非常に相性の良い魔剣の“無敵”だが、弱点も存在する。
それは一々オーラを纏うため、スキルを発動しているか否かが視覚的に非常に分かりやすいということだ。
スキルの途切れ目が見える上に、“無敵”は発動が若干遅い。始動してから数秒足が止まってしまうのだ。
明確な隙が存在するのである。その為、フォルテはアスナが“無敵”状態の際は徹底的に距離を取り、逆に“無敵”のクールタイムに攻勢に転じる。

「――――」

俺はアスナの隙をカバーするべく、剣を振るいフォルテをかく乱する。
攻撃のタイミングが限られる上に二人がかりの反撃だ。この分なら、確かにフォルテを倒せるかもしれなかった。

――が、俺はアスナにフォルテを討たせるつもりはなかった。

フォルテを討つ。そのことに迷いはない。
けれども――今のアスナに討たせてはいけないのだ。
あの“黒”に取り込まれたアスナを救うためにも、その手段を肯定する訳にはいかない。
故に俺はフォルテと同じくらい、アスナの動向にも集中していた。もし彼女があの時の――茅場の時のような暴走をしでかすのならば、絶対に止めなくてはならない。

だからこその三つ巴。

その想いを胸に、空中戦は続いていく。
ファンタジーエリアの東方より始まったこの戦いも、空を滑るように戦う彼らは徐々に戦線を移行し、拡大していく……

――俺がそのエリアを確認したのは、初めてのことだった。

ファンタジーエリアを横断する形で続いていた戦いは、遂にエリアの境界まで差し迫っていた。
この空に“見えない壁”が存在する以上、それはある意味で当然のことだったのかもしれない。射線の逃げ道を探していけば、別のエリアへと出る。
そうして見えてきたのは日本エリア。
これまでのゲームでの記憶が一瞬フラッシュバックする。
俺とシルバー・クロウが当初目指していた場所だった。途中、こちらのエリアに予定を変更し、サチと出会い、オーヴァンと出会い、そしてアスナと出会った。
モーフィアスやミーナはあちらにまだ足を踏み入れてないようであったし、あのエリアに関しては情報不足がいなめない。
話によれば紅衣のアーチャーが本来属していたPTがあの場に向かっていたらしいが――

――戦闘が、日本エリアに移った。

ばっ、と視界が変わる。ファンタジー然としていた街や草原は消え失せ、代わりに現代風の街並みが広がる。
立ち並ぶ民家。アスファルトで覆われた車道。灰色のビル群……
思わず俺は目を細めた。一瞬、現実に帰ってきたかのような、そんな錯覚に囚われたからだ。
アスナもまた一瞬動きを止めていた。恐らく――同じ想いに駆られたのだ。

「はっ」

だが、フォルテはそんなことを意も介さずに破壊を振りまく。
バスターを街へとまき散らす。降り注ぐ閃光に再現された日本の街並みは無慈悲にも破壊されていった。
一瞬とはいえ動きが鈍った俺たちはその閃光に弾かれる。翅の軌道が乱れ、高度が下がる。俺は思わず舌打ちし、姿勢を安定させるべくビル立ち並ぶ街並みを縫うように飛ぶ。

――そして、出会った。

「……え?」

飛行する最中、俺は思わず声を漏らす。
何のために戦っているのか。敵がどこにいるのか。空はどうなっているのか。全ての思考が吹き飛んだ。
真っ白になった思考の最中、俺はぎこちなく振り返った。

そこには見覚えのある少女がいる。
彼女もまた信じられない、とでもいうような顔で空を――俺を見上げている。
ずっと探していた。出会い、そして別れてしまったことを悔いていた。俺の罪の象徴。

――キリト。

彼女はそう口にした。
声は聞こえない。けれども、確かに彼女はそう言ったのだ。

――サチ。

俺もまたその名を口にした。そうして俺たちは再会した。
空ではアスナとフォルテの戦いが続いている。破壊と戦いの空の下で、俺は翅を折り、彼女に出会うべくよろよろと街を歩きだした。
ガラスが舞い、地面が震える。ぐらついた視界を、俺は何とかまっすぐと歩いて彼女に、サチに向かっていく。
彼女の隣には一人の学生の姿が見えた。同行者らしい彼の隣で、サチはキリトを見つめている。
出会えた。よかった、本当によかった。もう会えないかと思った。探しても探しても見つからなかったから――







そうであるからこそ――俺は君に出会う。









どん、と音がしてサチの身体が吹き飛んでいた。
俺が駆けだしていたように、彼女もまた駆け出そうとしていた。
そこを――狙われたのだ。
彼方より飛来した弾丸が彼女を吹き飛ばした。サチの悲鳴が上がり、その身が硬いアスファルトに転がった。

「――――」

俺は声にならない叫びを上げ、サチに向かっていった。
視界が歪み、音が聞こえなくなった。それでも駆けて、駆けて――サチの下へと寄り添った。

「――――」

サチは痛そうに胸を抑えつつも――笑った。

――生きている。

何も言ってはくれないけれど、それでも俺を見てくれた。

大丈夫だ。PCはダメージこそ受けたが、しかし致命傷ではない。
なら、HP制であるSAOアバターならば命を落すことはない。
だから大丈夫だ。まだ彼女を守ることができる。守って、守ってそして――

「……お前もいるか、キリト。
 やはりここは一つの分岐点になり得る、か」

知っている声だった。
ああ、知っている。忘れるものか。
顔を合わした時間は僅かでも、その名は今や俺にとって深い意味を持っている。
拘束具を身に纏った長身の男性。眼鏡越しに見えるその目は不敵に細められている。
そして、その手にはサチを撃ったと思しき銃剣があり、ゆらゆらと硝煙を立ち上らせていた。

――オーヴァン。

ヒースクリフあるいは茅場が言ったように、俺は彼にも再会した。







……その隣で、もう一つの再会があった。

「――また、会いましたね」

ラニはゆっくりと口を開いた。
爆風に白衣がはたはたと揺らめく。頭上ではどこかで見たような妖精アバターと、メカニカルな外見のアバターが撃ちあっている。
その余波を受け、壊れゆく街の中をラニはゆっくりと歩いていく。

その先には――ずっと探していた人がいる。

ラニがオーヴァンと共に月海原学園を目指すと決めてから、状況が変化したのはすぐだった。
空に走った多大な閃光と、砲撃の音。
それは何かこのエリアに大きな戦闘が持ち込まれたことを意味する。
その戦闘を確認すべくラニとオーヴァンは街へと臨み、そして――出会った。

「……貴方は月海原学園にいると聞いていたのですが、しかしここにいる。
 もしかするとすれ違いになっていたところでした」

何か一つでも歯車が狂っていれば、この出会いはなかっただろう。
ラニがオーヴァンと出会っていなければ、一足先に学園へと着いてしまっていた。
空に見知らぬ戦闘が巻き起こらなければ、街の方へと赴く理由もなかった。
危ういところですれ違いを回避し、自分たちは巡り合うことができた。

xxxx

ラニはその名を口にした。
会いたかった。けれどももう会えないと思っていた。その人を名を。
呼びかけただけで胸が熱くなる。ああ、本当に――彼はいまそこにいるのだ。

「私は、貴方を――」

岸波白野。
ムーンセルにて行われた聖杯戦争の優勝者。
最も弱く、そして最も強かった一人のマスター。
ラニは彼あるいは彼女を知っている。深く、強く、彼と共にあの戦いを駆け抜けた。

だから――

「――殺します」

――ラニ=Ⅷは自身の唯一無二の願い/なかみを、口にした。


Next EXE.Endless, Xanadu, Engaging“胸に抱えたままの――”

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最終更新:2016年02月24日 09:47