1◆


(こうまで誰にも出会えないとなると、少しばかり厄介だな……)

 ファンタジーエリアの草原を、オーヴァンはたった一人で歩いている。
 シルバー・クロウをデリートして、サチとキリトが去っていくのを見届けてから単独行動をしていた。GMが望むよう、殺し合いを円滑に進める為にも。
 AIDAの種を植え付けたサチのことも気になるが、彼女は森に入ってしまった。GMからのメールによるとあの森は絶好の狩り場なので、下手に飛びこんではこちらにも火の粉が飛ぶかもしれない。
 無論、オーヴァンとて負けるつもりはないが、必要以上のリスクを背負う気もなかった。森ではダメージが増大するようだから、ここで消耗をするのは得策ではないし、失態を晒してはGM側からも無能と認識されて切り捨てられる恐れがある。
 自分が扇動しなくとも、GMによって戦場となる場所でわざわざ不和を撒き散らす必要もない。一つでも多くの争いを植え付けることが運営の要望なのだから、積極的に他の場所を訪れなければならなかった。

(ネットスラムとやらも訪れたかったが、今の俺は榊達に目を付けられている……そんな状況では下手な動きはできない)

 生前、クロウはネットスラムでリコリスを見たと言っていた。
 その話が本当ならば調査の価値はある。だが、もしも殺し合いの裏を暴く何かがあるのだとしたら、手を付けるのは危険だった。
 既にデバッグモードのエリアに突入したことで榊やトワイスから警告されている以上、また殺し合いの謎を探ることなどしたら今度こそデリートされかねない。
 ウラインターネットエリアに訪れて調査をするとしても、まずはデスゲームを進行させてGMからの信用を得てからだ。無論、再びGMと接触しても問題ないように戦力を整えるつもりだ。

(それにしても、ファンタジーエリアにたった一つだけ存在しているこの小屋とは、一体何だ? 何かイベントでもあるのか? それとも、本当に何の変哲もない小屋なのか……?)

 ファンタジーエリアの一角である【F-4】エリアには、たった一つだけ小屋が存在する。
 何故、こんな施設が地図に書かれているのか。遺跡や大聖堂ならまだ理解できるが、どうして設置したのか。旅人の休息地にするように、殺し合いを進めるプレイヤーの休息地のつもりなのか。
 何にせよ、調査の価値はあるかもしれない。何かのイベントが用意されているのならそれをこなせばいいだろうし、何もなければそれまでだ。その後にマク・アヌへ向かって争いの種を撒くだけのこと。
 恐らく、マク・アヌにも大勢の参加者が訪れるだろう。それなら、上手く利用できるかもしれない。尤も、必要以上に踏み込むつもりもないが。
 今後の方針を考えながら歩いていると、少し離れた場所に一軒のログハウスが見える。恐らく、あれが【F-4】エリアの小屋なのだろう。

(鬼が出るか蛇が出るか……果たして、何があるのだろうな)

 好奇心と警戒心が入り混じる中、オーヴァンは進む。
 その先に、また新しく得られる物があると信じながら。


   2◆◆


「人間とコンピュータが戦争をしている世界か……実に信じられないな」
「それは私も同じよ。あなたの世界で流行っているゲーム……それは要するに人の命を弄んだ、殺人ゲームでしょ? そんなのが流行っているなんて、怖くてたまらないわ」
「殺人ゲームか……それを否定できないのが悔しいかな」

 ヒースクリフ……否、茅場晶彦はオラクルの言葉に苦笑しながら頷く。
 ファンタジーエリアの小屋に訪れてから、オラクルと名乗った初老の女性と話をしていた。
 やはり、オラクルも間桐慎二と同じように別の仮想世界から連れて来られた人物だと、確信する。マトリックスやアーキテクトを始めとした未知の単語、そしてオラクルの話した世界の情報がそれを証明していた。
 彼女の世界では人間は発達しすぎたコンピューターの奴隷となっていて、それに一部の人間が反旗を翻しているらしい。その事実は驚くのと同時に、一種の興味を惹かれた。
 それだけの文明を作る人間の凄まじさと、そして己の意思を持つようになった機械。学者として、そしてゲームデザイナーとしての純粋な好奇心が刺激されるようになってしまった。オラクルの世界に生きる住民達にとって、不謹慎極まりないことはわかっているが。
 その見返りとして、茅場もSAOのことを伝えた。無論、自分がその主催者であることは伏せているが。

「人々を仮初の世界に閉じ込めて自由を奪い、サバイバルを強いる……私達の世界よりもタチが悪いわ」
「その点で言うなら、オラクル君の生きたマトリックスとあまり変わらないかな。尤も、そちらは平穏を約束している分、まだ可愛げがあるかもしれないが」
「それでも、真実を知った人間にとっては地獄よ……それを忘れないで」
「……私としたことが、不謹慎だったようだ。すまない」

 未知の技術を知ったことで、知らない間に興奮してしまったようだ。そう、茅場は自省する。
 向こうの世界の人間はカプセルに閉じ込められていて、コンピューターによって夢を見せられている。要するに、ナーブギアと似たような物だろう。
 もしかしたら、自分達の世界の機械もいつか人間達に牙を向けるかもしれない……そんな可能性も否定できなかった。だけど、あの世界にはデスゲームを打ち破ったキリトという勇者がいる。彼とその仲間達がいる限り、技術を正しく使われることを信じたかった。

「そういえばオラクル君。君は預言者だと言ったね……やはり、元の世界でもその力で人間を導いてきたのかい?」
「導いてきた……そう言われると、否定はしないけれど私はあくまでも『助言』をしたまでよ。『自ら』の意志で『選択』をして、その道に進んだ……そんな救世主だからこそ、私は力を貸した」
「なるほど。なら、私のようにバトルロワイヤルを打ち破ろうとしている者達にも力を貸してくれるのかな?」
「そうしたいけど、さっきも言ったようにここでは私の力が上手く使えない……もしかしたら、頑張れば予言ができるかもしれないけど、そんなことをしたら主催者から何をされてもおかしくないわ。無論、カヤバにもペナルティが架せられるでしょうね」
「それはもっともだ」

 オラクルが持っている本来の力は主催者によって制限がかかっているらしい。
 当然だろう。そんなのを認めてはゲームバランスが根底から崩壊してしまう恐れがあるだろうし、何よりも主催者にとっても不都合だ。それでは、最初から投入しない方がいいに決まっている。
 しかし、予言のできない預言者を殺し合いのフィールドに放り込んだ所で、何の意味があるのか? もしもレッドプレイヤーだったら、ただの的にされるだけだ。
 もしかしたら、オラクルを破壊することに何らかの意味があるのか……いや、それならわざわざここに幽閉する意味などない。
 やはり、オラクルをここに閉じ込めたのは何か特別な意図があってのことだろうが……現時点では、手掛かりがまるでないので真相を解き明かせる訳がない。
 会場の各地から情報を集めてからまた来れば何かわかるかもしれないが、ウイルスが上付けられている現状ではそんな余裕もない。
 どうしたものか。そう考えた瞬間、後ろの扉が開く音が聞こえた。
 それに振り向くと、色眼鏡をかけた大男が白亜の部屋に現れるのを茅場は見た。

「……奇妙なログハウスがあると思ったが、中も随分と変わっているな」

 開口一番。男は当然の疑問を口にする。
 外見と内部のギャップに驚いているのだろうが、そこまで動揺しているようにも見えない。恐らく、この手の出来事には慣れているのだろう。
 男は左腕の拘束具を輝かせながら、白亜の部屋を歩く。

「それに先客がいたとは……どうやら、君達は危険なプレイヤーではなさそうだな」
「そういう君も、私達に危害を加える様子はなさそうだね」
「あんたがそれを望むなら相手になるが、生憎だが俺にそんな暇などない……色々とやるべきことがあるからな」
「そうか。私としてもそれは助かるよ……無意味な殺生をしたところで、このバトルロワイヤルが進むだけだからね」

 敵意がないことを証明する為にも、茅場は微笑む。
 現れた男からは威圧感が放たれているが、一先ず敵でないことを知れただけでも安心できた。その本心は窺えないが、攻撃を加えて来ないのなら戦う理由などない。
 ここは上手く協定を組めるように、説得するべきかもしれなかった。

「それで、君達はここで何をしていた? それにここは何だ? どうも、普通の小屋ではなさそうだが……」
「この小屋はここにいる女性……オラクル君を幽閉する為の空間のようだ」
「幽閉する為の空間?」
「ああ。それと、オラクル君は厳密には参加者ではない……どうやら、あの榊という男達によって捕えられて、ここから動けなくなっているようだ。尤も、彼女をここに閉じ込める理由はわからないが」
「なるほど……何にせよ、オラクルもある意味では俺達と同じような立場か」
「恐らく、ね」

 男は納得したように呟いてから、備え付けられた椅子に座る。
 どうやら、話し合いに参加してくれるという意志表示と見てもいいだろう。男の内面はわからないが、少なくとも嘘をついているようには思えない。
 警戒は忘れていけないが、今は友好的に接する必要があった。

「申し遅れた。私の名前は……茅場晶彦だ。どうか、宜しく頼む」

 今の自分は茅場晶彦なのだから、ヒースクリフではなくこう名乗るべきだろう。オラクルにもそう名乗ったのだから。
 そう思った瞬間、男の瞳が急に見開かれた。

「茅場晶彦……だと?」

 男の声からは確かな驚愕が感じられる。これまでの理知的な雰囲気とは打って変わるように。
 それに伴うかのように目つきも変わっていくのを見て、茅場は尋ねる。

「……どうかしたのかな」
「もしかしたら、あの茅場晶彦なのか。SAOというゲームの設計者であり、主催者でもあるという……」
「……ッ」

 男の言葉に、茅場もまた目を見開いた。
 目の前の男は自分を知っている。彼のようなプレイヤーに見覚えはないが、この世界にはプレイヤーの感情をモニタリングするAIもいる以上、他のSAOプレイヤーがいてもおかしくはない。その人物から聞かされたのだろう。
 迂闊だった。状況によって姿と名前を使い分けるつもりだったが、それがこんな所で仇となるとは。

「その反応から考えて、どうやら当たりのようだな……まさか、君のような男までもがデスゲームのプレイヤーになっているとは」
「……君の言う通り、確かに私は茅場晶彦だ。だが、一つだけ誤解をしないで欲しいことがある。信用できないかもしれないが、私はこのバトルロワイヤルを防ごうと考えている」
「ほう? デスゲームの主催者が、今度は別のデスゲームを止めようとするのか」
「説得力はないだろう。だが、あの榊達の思い通りになっては世界の可能性を摘むことになってしまう……そうさせない為に、私は動くつもりだ」

 真摯な表情で語った後、茅場はオラクルに振り向いた。

「オラクル君。君を騙すことになってすまない……だが、私の気持ちに嘘はない。君の言っていた救世主の邪魔立てだってするつもりはないんだ」
「カヤバ。貴方が私を閉じ込めた者達と似ていることはわかったわ……でも、貴方のその言葉に嘘はない。それだけは、確かなようね」
「ああ……」
「なら、私は何も言わないわ。それが貴方の選択なのだから」

 そう言いながら、オラクルは再び煙草を口に当てる。
 彼女が自分を信用しているのかはわからないが、見届けてくれるのならその気持ちを受け取るつもりだ。
 問題はこの空間に現れた男だ。

「それで、君は私をどうするのかな? ここで私を倒すかね?」
「さっきも言ったはずだ。今の俺に無駄な戦いをする余裕などないと……それに、ここで君と戦った所で俺には何の得もないだろう。それよりも、俺は君に色々と聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「ああ。俺はあるプレイヤーから君のことを聞いて、興味を持った……君の持つ技術力と、君が何を考えてSAOというゲームを生み出したのかを」

 その瞬間、男の目が急に光ったのを茅場は感じた。
 そして、この男は危険な一面を持っていると茅場は察する。例えるなら、全てを手に入れようとする貪欲な野心と狂気……目的の為ならば、手段を選ばないだろう。
 そこに微かな共感を覚えるが、それだけに警戒心も強くなる。この男の前で下手に隙を見せては、そこから全てを失う可能性すらあった。
 何にせよ、この男を野放しにする訳にはいかない。放置していては、どんな凶行に及んでもおかしくなかった。

「オラクル、そして茅場晶彦……俺の名はオーヴァン。これから、よろしく頼むぞ」
「……こちらこそ頼むよ、オーヴァン君」

 現れた男・オーヴァンに茅場晶彦は返事をする。
 どうやら、かなり厄介な仲間ができてしまったようだ。内面が読めない上に、いつ裏切られてもおかしくない。恐らく、こちらを利用しようと企んでいるだろう。
 だが、例えそうだとしても関係ない。彼の野望だって止めてみせるだけだから。


   †


(まさか、こんな所であの茅場晶彦に出会えるとは……やはり、ここに訪れて正解だったようだな)

 純白の部屋に備えられた椅子に腰かけるオーヴァンは思案していた。
 何かがあると睨んで小屋を訪れてみたら、サチが言っていたあの茅場晶彦と出会うことになるとは予想外だった。しかも、彼は榊やトワイスのようなGM側ではなく、自分達と同じプレイヤーなのだ。
 彼のような男までもがプレイヤーにされている。それはつまり、GM側には茅場以上の技術者がいる可能性があった。
 だとしたら、尚更GM側に対抗をする為の備えが必要になる。やるべきことがまた増えてしまったようだ。

(そしてこの奇妙な空間……どうやら、運営側が意図的にプレイヤーとオラクルを接触させる為に生み出したようだな)

 話を聞く限りでは、プレイヤーとオラクルが出会うことで何らかの影響が出るらしい。その為に、地図に載せたのだろう。
 ここに訪れても何のペナルティがないことを考えると、自分がここに来ることも想定の範囲内かもしれない。それがわかっただけでも僥倖だろう。
 無論、この部屋を必要以上に探るのは危険だろうし、何よりも茅場からも疑われてしまう。それなら最初からやるつもりなどない。

(今はこの男から情報を引き出すことが最優先とするか。どうやら、この男もデスゲームの妨害を企んでいる……なら、榊達も何も言わないだろう)

 茅場晶彦の内面を探り、表側では彼を利用できるように振舞うつもりだ。そうすれば、GM達も必要な仕事をしていると認識してくれるだろう。
 そして、その裏では茅場と手を組みながらデスゲームを生き延びるつもりだ。せっかく出会えた男をこんな所で失う訳にはいかない。
 茅場は自分のことを警戒しているだろう。それを見通した上で、彼と行動を共にするつもりだ。
 茅場晶彦がいるのならば、GM達に立ち向かう為のきっかけが掴めるかもしれないのだから。
 その為にも、今は目の前の二人から情報を聞き出す。それが、オーヴァンがやるべきことだった。


【F-4/ファンタジーエリア 小屋/1日目・昼】


【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]: HP100%(回復中)
[装備]:銃剣・白浪
[アイテム]:不明支給品0~2、基本支給品一式 DG-Y(8/8発)@.hack//G.U.、ウイルスコア(T)@.hack//、サフラン・アーマー@アクセル・ワールド、付近をマッピングしたメモ、{マグナム2[B]、バリアブルソード[B]、ムラマサブレード[M]}@ロックマンエグゼ3
[思考]
基本:ひとまずはGMの意向に従いゲームを加速させる。並行して空間についての情報を集める。
0:今は茅場晶彦やオラクルと情報交換をする。その後にマク・アヌへ向かう。
1:利用できるものは全て利用する。
2:トワイスを警戒。
3:リコリスの調査はGM側からの信用を得てから。
4:ゲームを進めるが、必要以上にリスクを背負うつもりはない。
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です
※サチからSAOに関する情報を得ました
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています
※ウイルスの存在そのものを疑っています


【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP70%、茅場晶彦アバター、オーヴァンに対する警戒
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン
[アイテム]:エアシューズ@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:オーヴァンやオラクルと話をする。
2:榊についての情報を入手し、そこからウィルスの正体と彼の目的を突き止める
3:バトルロワイアルを止める仲間を探す
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。
※Fate/EXTRAの世界観を一通り知りました。
※.hack//の世界観を一通り知りました。
※このバトルロワイヤルは、何かしらの実験ではないかと考えています。
※参加者に寄生しているウィルスは、バトルロワイヤルの会場を作った技術と同じもので作られていると判断しています。
そして、その鍵が榊の持つ黒いバグ状のデータにあるとも考えています。
※オーヴァンに対して警戒心を抱いています。


【オラクル@マトリックス】
[ステータス]:健康
[備考]
※姿は、REVOLUTIONの時のものです
※未来を視る力が制限されています。
制限の程度がどの程度かは、以降の書き手に任せます。
※小屋の外へと動くことは出来ません
※F-4の小屋はオラクルの住居に繋がっています。
この住居は、会場とは別に切り離された電子空間に存在しています。


077:秘密のプロテクトエリアをつぶせ! 投下順に読む 079:勇気を胸に
077:秘密のプロテクトエリアをつぶせ! 時系列順に読む 079:勇気を胸に
058:生きるは毒杯 杞憂の苦しみを飲み干す術を誰が授けよう オーヴァン 088:我語りて世界あり
071:Oracle:天啓 ヒースクリフ 088:我語りて世界あり
071:Oracle:天啓 オラクル 088:我語りて世界あり

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年09月01日 07:23