(……ALOの中……じゃ、ないわよね……)


結城明日奈/アスナは、自身が置かれた状況を冷静に考察していた。
つい先程まで自身は、キリトと共にダイシーカフェからの帰路についていた筈だった。
そしてそこで、留学についてきてほしいという彼からの告白を受け、喜んで返答し……
妙な事に、記憶はそこで途切れている。



――――――俺と、一緒に来てほしいんだ、アスナ。



(キリト君……)


最も記憶に新しい愛する者の言葉を思い出し、己の鼓動が自然と早くなっているのを、アスナは実感していた。
彼はSAOで結婚を申し込んだ時と同じく、つっかえながらも精一杯、まっすぐに気持ちを伝えてきてくれた。
誰よりも大切な者からの、ずっと傍に居たいという愛の言葉。
それが如何に喜ばしいものであったか、如何に嬉しいものであったかは、最早言うまでもない。


(……うん、大丈夫だよ。
絶対、私はキミのところに帰るから……こんな殺し合いなんかに、絶対負けたりしないからね)


故にアスナは、この殺し合いから絶対に脱出する……殺し合いを止める事を決めていた。
どんな時でもずっと一緒にいると、そうキリトと約束したのだ。
ならばこんなところで、負けてなるものか。
殺し合いを止め、そして無事に笑顔で彼の元へ帰るのだ。


(そうと決まったら、まずは状況を確認しないとね)


その覚悟を固めた後、アスナは再び状況の把握に戻る。
まず自分が立っている場所だが、一言でいえば極めて近代的な都市だ。
マップデータを確認したところ、それに当てはまりそうな場所として、日本エリアとアメリカエリアという二つの区画が存在している。
目の前に、大きな高速道路が見えるところからして、恐らくここは後者に違いあるまい。
一方アスナは、その町並みからあまりにも浮きすぎている状況にあった。


(私、今はALOのアバターなのよね……でも、ALOにこんな場所あるはずがないし……)


彼女は今、ALOのアバターそのままの姿でこのアメリカエリアに立っていた。
近代都市の街の中に、ファンタジー世界の妖精が一人。
世界観からかけ離れすぎた、何ともミスマッチな組み合わせだ。
当たり前だが、ALOにこんなアメリカを再現したマップなど存在していない。


(でも、ALOのキャラデータそのままでログインしてるって事は、全くの無関係とも言えないのよね。
コンバートなら、多少はアバターの見た目が変わってるはずだし……)


その奇妙な事実が、アスナの中で妙に引っかかっていた。
僅かな違いすらなくALOそのままの状態でログインしているという事は、この殺し合いのサーバーにはALOのデータがあるという事になる。
無ければ、こうして存在する事は絶対に出来ないのだ。
つまり……この殺し合いを開いた榊という男は、ALOの持つ莫大なデータをそのまま手中に収めているという事ではないか。
しかし、そんな事が本当に出来るのだろうか?


(……まさか……須郷が?)


それが出来る人物に、アスナは一人だけ心当たりがあった。
ALOを開発し、その王座に君臨していた盗人の王―――妖精王オベイロンこと須郷伸之だ。
あの男はかつて、SAOサーバーのルータに改造を施し、自身を含めた三百人のプレイヤーをALO内に幽閉した。
そして人間の記憶や感情・意識のコントロールを研究する為の実験台に用いる、最低最悪の凶行に及んだ。
考えてみれば、自身が全く気がつかぬ間に見知らぬ仮想世界に拉致されるというこの状況は、あの時と似通っている。
目的が見えぬこの殺し合いも、実験や研究の一種と考えれば説明が一応はつく……が。


(……ううん、須郷じゃない)


しかし、須郷が黒幕だという考えを、アスナはすぐに否定した。
理由は簡単だ……須郷は今、先述した拉致監禁及び人体実験の罪を問われ、服役中なのだ。
そんな人物が、一体どうやってこんな殺し合いを開けるというのか。
まさか留置所の中からVRMMOに接続するなんて、そんな馬鹿げた話があるわけない。


(ふぅ……分からないなぁ。
こんな時、キリト君やユイちゃんがいたら何か気付くのかもしれないけど……)


結局分かったのは、この殺し合いを開いた者が、少なくともALOのデータは確実に掌握しているという事のみ。
もしかしたら、自分が今手にしている武器―――死銃のレイピアの事を考えると、GGOにもその手は及んでいるかもしれない。
或いはそれ以上のVRMMOジャンルも関わっているかもしれないが、残念ながら、アスナにはそれ以上の考えは浮かばなかった。
もしもこの場にキリトやユイがいれば、自身では気付かない何かに気付いてくれたかもしれないが……
小さくため息をつき、空を仰ぐ。


(……待って、ALOのアバターってことは……)


その時、アスナにある考えが浮かんだ。
今の自分はALOのウンディーネである……という事はだ。
ヒールをはじめとするスキルは勿論、あれも使えるのではないだろうか。
ALOの妖精は、誰もが持ち得る羽根……飛行能力を。


(……手は打たれてるだろうけど、それでもやってみる価値はあるかも)


もしも飛行が可能なら、この会場の外まで飛べるのではないか。
無論、そんな方法で殺し合いから脱出できるなんて馬鹿な事はあり得ないだろうが、やってみる価値はある。
少なくとも、会場全体の様子を眺められると同時に、何処から何処までが会場なのかを知る事が出来る。
背より羽根を出現させ、アスナは漆黒の夜空を見上げ……


「よいしょ!」


強く床を蹴り、天へと飛翔した。
やはり予想通り、ALO同様に飛行する事が出来た。
後はこのまま、どこまで空へと行けるかだ。
羽根により一層の力が込められる。
アスナは出来る限り高く、漂う雲を突き抜けるかの様な勢いで飛翔を続け……



――――――ゴツン



「痛っ!」


数秒後、見えない壁に頭をぶつけた。
うぅ、と痛みに小さく声を漏らし、ぶつけた箇所を押さえながら前に視線を戻す。
これもやはり、予想通りの展開だった。
これ以上先に参加者が進めない様にする為か、そもそもその先のデータが存在していない為か。
進入を防ぐよう、透明な障壁が張られていたのである。
どうやら飛行して会場の外に出るという策は、やはり不可能の様だ。


(まあ、普通はそうだよね……)


ふと、アインクラッドの外側をよじ登って上層を目指そうとしたキリトの姿が、脳裏に浮かんだ。
今でこそ笑い話で済ませているが、一歩間違えれば転落死していたという事実に、当時は心の底から心配したものだ。
こうして外を目指している自分も、あの時の彼と同じという事か。
考える事が似ているものだと思うと、不思議と笑みが零れてしまう。


(なら、多分『横』も同じ筈かな?)


続けて視線を、上から横―――アメリカエリアの外側へと移す。
マップ上ではこのエリアは、縦四マスに横三マスで区切られていた形になっている。
では、その外……マップ外はどうなっているのかというと、一応はエリア内と同じ街並が広がっている様に見える。
果たしてそれが地続きの街なのか、或いは雰囲気作りだけにただ乱雑に張られたテクスチャーなのかは分からない。
唯一分かっているのは、そこがエリアの外である以上侵入する事は出来ないだろう事……同じく障壁があるだろう事だ。


(これ以上は分からないなぁ……考えても仕方ないし、一回下におりよっか)


一応、隈なく周囲を見渡してはみたが、それ以上の事は分からなかった。
小さく溜め息を着くと同時に、空からの探索には限界があるとみて、アスナは降下をはじめる。
ここからは、地上を歩いてみるしかない。
羽を休め、ショッピングモールの入り口へと徐々に接近し……


「……驚いたわね……本当に、妖精みたい」


地に足を着けようとした、その時だった。
不意に横側より、誰からか―――聞く感じ、自分より少々年上の女性のようだ―――声を掛けられた。
直後、反射的にアスナは腰に下げていた細剣の柄を握り、声を発した人物へと視線を向ける。


「……安心して。
 私はこの殺し合いには、乗っていないわ」


その先に居たのは、漆黒のライダースーツに身を包み、サングラスをかけた細身の女性だった。
よくスパイ映画などで見る感じに近い、如何にもといった感じの格好だ。
全身黒づくめ……その様子に、思わずキリトの事を重ねずにはいられない。
そして自分同様に、警戒してか武器をその手に収めている。
尤も、その武器は服装に似合った銃器やナイフの類でも無く、かといって剣とか槍といったファンタジーの武器でも無い。
極めて現実的で、かつダイレクトにそのやばさが伝わって来る鈍器。


(あれって……鉄バット、だよね……?)


その名を鉄バット。
野球には必須な道具であると同時に、リアルでもよく殺人事件の凶器などに用いられている代物だ。
棍やメイスの類ならば何度もSAOやALOで対峙した事はあるが、流石に鉄バットを相手にしたのは今回が初めてである。
その為だろうか、アスナはつい息を呑んだが……少なくとも目の前の相手は、それで今すぐ殴りかかって来るつもりは無いらしい。
ならばと、自分も柄から手を離した。


「……ごめんなさい。
 つい、危ない人かなって思って……」

「いえ、気にしないで。
 この状況じゃ、警戒するのは当たり前だものね」


そう言って、スーツの女性はサングラスを取り素顔を曝した。
二十代後半から三十代前半、といったところだろうか。

整った顔をした、外国人―――恐らくは、アスナが知るエギルと同じアメリカ系―――の女性だ。
彼女はサングラスをスーツの胸ポケットにしまうと、自身の名をアスナに告げた。


「私はトリニティよ、よろしく。
 それで、あなたは一体何者なのかしら……妖精さん?」



◇◆◇



二人の出会いより、少しばかり時計の針を巻き戻した時。
トリニティは、自らに支給された道具を確認すると共に、この説明をし難い状況に頭を悩めていた。
彼女はつい先程、モーフィアスと共にマトリックスの中でオラクルに出会い、現実へと戻らぬネオの意識はメロビンジアンに囚われている事を知った。
そして、オラクルの護衛役であるセラフを加えた三人で、まさにメロビンジアンの元へ殴りこみを掛けている真っ最中だったのだ。
だが……激しい銃撃の嵐を潜り抜け、彼が待つダンスホールへと足を踏み入れたその直後には、気がつけばここにいた。
その身を、殺し合いの舞台に囚われてしまっていたのだ。


(メロビンジアンの罠……とは思えないわね。
それにしては、状況がおかしすぎるもの)


最初は、自らを撃退すべくメロビンジアンが仕掛けた罠ではないかとも考えた。
実際、あの広場には同じくモーフィアスの姿もあったからだ。
だが……その可能性は、はっきり言えば低い。
メロビンジアンは、今日に自分達が殴りこみを掛けてくるとは予想していなかった筈だ。
出入り口で出会った案内係のエグザイルが酷く驚愕していたのが、その証拠だ。
ならば、こんな周到に殺し合いなんて舞台を用意できるとは思えない。
つまりこれは、完全なイレギュラー……自分達もメロビンジアンも予想していなかった、何者かによる介入だ。


(……ネオ……)


愛する男の名を頭の中で呟き、そっと夜空を仰いだ。
トリニティは、誰よりも大切な者を救う為に、その命すらも惜しまずにマトリックスの中に飛び込んだ。
メロビンジアンの元には、想像を絶するほどのエグザイルがいると分かっていても、微塵の迷いも見せぬほどに……その愛は本物だった。
だからこそ、今のこの状況から受けた衝撃は中々に大きい。
後少し、後一歩でネオを救い出せたというのに。
無残にも、その願いは踏みにじられてしまったのだ。


(……待っていて、ネオ。
私は絶対、あなたを助けてみせる……モーフィアス達と一緒に、無事に戻ってみせるから)


しかし、トリニティの心は全く折れていない。
愛する者を救う為ならば、こんな罠ぐらい乗り越えてみせる。
一緒に囚われたモーフィアスや、恐らくは同様に会場内にいるであろうセラフと共に、この殺し合いを止め、再び戻るのだ。
もう一度、ネオに会う……その為に。


(……え?)


その時だった。
夜空を見上げるトリニティの視界に、信じられないものが映った。
青白い閃光が、天目掛けて上昇をしている。
人だ。
背中に羽根を生やした少女が、空を羽ばたいているのだ。


(……何なの、あれ?)


羽根を生やした人間が、空を飛ぶ。
予想を超えたその光景に、トリニティは目を丸くして呆然としていた。
確かに空を飛ぶという行為なら、マトリックス内に限ってではあるが、ネオも披露はしている。
しかし彼の場合、背中からあんな羽根を生やしたりはしていない。
いや……そもそも飛行する事自体、普通はありえない。
救世主であるネオだからこそ、あれは可能な真似の筈だ。
ならば、目の前を飛んでいるあの少女は何だというのか。
よく目を凝らしてみると、その服装もどこか浮世離れしている。
まるで、ファンタジー物の映画に出てくるかの様な……


(妖精……?)


そう、妖精だ。
剣と魔法が飛び交うファンタジー世界にはつき物の、人ではない存在。
目の前を飛翔する少女は、まさにそれではないか。


(……あ)


呆然としてその様子を見ていると。
少女が急に、空中で静止をした……いや、静止させられたというべきかも知れない。
頭を押さえて、どこか痛がっている様子を見せているからだ。
もしかして……頭をぶつけたのではないだろうか。
だとすれば、この会場には目に見えない天井がある……つまり、透明なドーム状の何かに覆われているのではないか。


(空を飛んで、ここから脱出できるか試したってところかしら?
見る限り、対策済みの様だけど……)


寧ろ対策をしていなければ、どれだけこの殺し合いの管理が杜撰なのかという話になる。
とは言うものの、こうして実際に目に出来たのが収穫なのも事実である。
目に見えぬ壁でこの会場は覆われており、恐らくはその強度も脱出を警戒してかなりのものにされている筈だ。
だが逆に言えば、何らかの手段で障壁を突破できたならば、会場からの脱出が出来るという事ではないだろうか。
そう……例えば、マトリックスのシステムを無視・破壊する力。
ネオが持つ、救世主の力などがあれば。


(……とりあえず、まずはあの子に一度接触してみた方がいいわね。
あの様子なら、少なくとも殺し合いに乗っているようには見えないし……)


そこでトリニティは一度思考を切り替え、まずは目の前を飛ぶ謎の妖精との接触を図る事にした。
一体彼女がどの様な存在なのかは分からないが、少なくとも殺し合いに乗る様な人間には見えない。
ならば、モーフィアスやセラフもいない今、ここは協力を仰ぐべきだ。
自分一人では、やれる事に限界がある……仲間が必要だ。


(一応、武器だけは出しておこうかしらね)


接触にあたり、一応武器だけは用意しておく事にした。
殺し合いに乗っている様子は無いとは言っても、万が一というのもありえる。
よってトリニティは、榊が言った様にウィンドウを呼び出し自らの支給品を確かめた。

(……本当に、ウィンドウが出てきた。
道具を持ち運ぶ手間が省けるのは、便利な機能だけど……)


このウィンドウを呼び出すという行為も、空を飛ぶ少女同様、今までのマトリックスの中ではありえなかったものの一つになる。
ある意味、ネオやエージェント達以上に現実離れした機能かもしれない。
それをこうして、参加者全員が扱えるようにしているという事は……あの榊という男は、マトリックスのシステムに大きく干渉できる能力の持ち主なのだろうか。

閑話休題。
トリニティは自らに支給されているアイテム一覧に目を通すと、その中からある一つの道具を実体化させた。
武器と呼ぶには少々心もとないが、素手よりかは遥かにいい鈍器―――鉄バットである。
他にも気になる品は幾つかあったが、今はこれで十分だ。
彼女は強くその手でそれを握り締めると、下降をし始めている少女の元へ歩み寄っていった。



◇◆◇



そして今。
二人の女戦士は、モールの入り口で正面より向き合っていた。
お互い殺し合いに乗るつもりが無いと分かったからか、警戒心は既に殆ど無い。


「はじめまして、トリニティさん。
 私はアスナといいます、よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね。
 それで、アスナ……その、貴女は一体何者なの?
 背中から羽根を生やして、空も飛んで……まるでファンタジーの妖精みたいだけど」


トリニティは、単刀直入に自らの疑問をアスナにぶつけた。
この未知に満ちている状況では、僅かな情報でも貴重となる。
そして彼女が殺し合いに乗らない側であるとはっきり告げられた以上、ここは遠慮せずに質問をすべきと判断したからだ。


「あ、このアバターの事ですね。
 これはALO……私がプレイしているVRMMOのアバターなんです。
 どうして、このままの姿でここにログインしているのかは分からないんですけど……」


この質問にアスナは、何でもないかの様にあっさりと答えた。
トリニティの事を単に、ALOを知らないプレイヤーか、或いはVR従事者と思ったからだ。

「……VRMMO……?」


だが、その簡単すぎる返答は、逆にトリニティを混乱させた。
それも当然である……アスナは然も当たり前の様に口にしているが、トリニティはVRMMOという単語などまるで知らないのだ。
辛うじて分かるのは、それが何かの用語という事だけだ。


「あの、アスナ。
 答えてもらったところに悪いんだけど……VRMMOって何なのかしら?」


故にトリニティは、その意味を知るべく更なる問いをかけた。
すると今度は、先程とは逆にアスナの方が困惑の表情を浮かべた。
信じられない。
そう言わんばかりの、そんな表情だった。


「え……トリニティさん。
 失礼ですけど、VRMMOを知らないんですか?
 あのSAO事件で、世界中に取り上げられる程のニュースになった筈ですよ?」


アスナにとって、VRMMOを知らない人がいるという事実は信じられないものだった。
確かにそれは、数年前までは自分も全く知らないジャンルの一つだった。
しかし、かのSAO事件が起きてからは、良くも悪くもその概念は世界中に広まったのだ。
今や社会現象と呼ぶに相応しい規模になっているのに……言葉そのものを全く知らないなんて、ありえない。


「SAO事件?
 それも聞き覚えが無いわ……それに、世界中って……」


しかしトリニティにとっては、それも当然だ。
彼女がいた世界では、VRMMOなんてジャンルは存在していない。
あるのは、機械が人間に見せている『夢』の世界……仮想現実世界ことマトリックスだけである。
また、彼女にはアスナがいう『世界中』という言葉も引っかかっていた。
人類と機械との激しい戦争が行われた結果、人類はその大半を殺害された。
そして生き残った唯一の人類達は、ザイオンと呼ばれる地下都市に暮らしているのだ。
つまり人類は、ザイオンにしか存在していないのである。
それにも関わらず、世界中などという言い方をしたという事は……


「……アスナ。
 もしかして貴女……マトリックスから目覚めていないの?」


アスナがまだ、マトリックスから目覚めていない存在ではないかという事だ。
彼女はザイオンという現実を知らない……かつてのネオ同様、マトリックスこそ世界と認識しているのかもしれない。
そう考えれば、筋は通る。
尤もその場合、彼女が持つ謎の力が何なのかという疑問が残るが……それ以外に考えられる可能性もない。


「マトリックス……?
 一体それって、何なんですか?」


「……そうね、それは説明させてもらうわ。
 ただ、アスナ……今から話すことは、貴女にとって信じられない事かもしれない。
 それでも、理解してほしいの……それが、現実だって」



◇◆◇



「……嘘……」


トリニティより全てを聞かされ、アスナは呆然とした表情で彼女を見つめていた。

曰く、この世界は本物ではなく、機械が見せている仮想世界―――マトリックスである事。

曰く、現実では人類と機械との戦争が行われ、人類側が敗北したとの事。

曰く、トリニティは人類を救うべくマトリックスの中に潜り戦っているとの事。

その全てが、アスナには到底信じられないものだった。
理解してほしいと言われたが、そんな事は出来ない……出来る筈がない。
この世界が、キリトと出会い過ごしてきた全てが、まやかしであるというのか。


「だって……そんな!
 だったら私は、どうなるんですか?
 仮想空間の中で更に、仮想空間にログインしているなんて……」


たまらずアスナは、トリニティに反論した。
自分は仮想空間の中で、更に仮想空間へ潜っているのか。
そんな無茶苦茶な話があるのかと。


「……何ですって?」


しかし、その反論はトリニティにも予想外のものだった。
仮想空間の中で、更に仮想空間へログインする。
そんな話は、聞いた事がない。
マトリックスの住人が、マトリックス内に仮想空間を築いているなど……そんな技術があるならば、幾らなんでも自分の耳に入っている筈だ。
いや、そもそも機械達がそんなものをマトリックス内に作るとは思えない……作る意味がないのだから。


「……アスナ、一つ確認させて。
 もしかしてさっき貴女が言った、VRMMOやALOっていうのは……仮想空間の事なの?」

「え……あ、はい。
 VRMMOが仮想空間を用いたゲームの事で、ALOはそのソフトの一つなんですけど……」


確認を取り、トリニティは更に頭を悩ませた。
つまり彼女の今の姿は、現実のものではなく、そのALOのゲームで用いていたキャラのそれだという事だ。
それが何故か、このマトリックスの中で顕在している。


「マトリックス内に、別のデータが介入している……?
 でも、マトリックス以外の仮想空間が存在しているなんて……」


それこそ信じられない話だった。
先程も考えた様に、機械達にはマトリックス以外の仮想空間を作る意味がない。
ならば誰が、アスナのいう仮想世界を作ったというのか。
自分達が知らないだけで、実は人類の生き残りがまだいたというのか。
いや、それならば確実にザイオンの船長達が見つけている筈だ。
訳がわからない。
この不可思議な状況は、一体どう説明すればいいのか……


「……異世界……」


その時、不意にアスナが口を開いた。
異世界。
その言葉を聴いて、トリニティはとっさに意味を聞き返す。


「異世界……?
 アスナ、それってどういう事?」

「……トリニティさんの話を聞いて思ったんですけど、私達の常識は根本から違っているみたいなんです。
 VRMMOにマトリックス……お互いにとって当たり前の仮想空間を知らないし、現実世界の事もそうです。
 私がいたのはあくまでも平和な日本だけど、トリニティさんがいたのは人類と機械が戦争を行っている世界……」

「まさか……あなたは、私達が異世界から来たっていうの?」


説明を聞き、トリニティは我が耳を疑った。
自分達が異なる世界からやってきたなんて、あまりにも突拍子のない話だ。
しかし……この状況を片付けるには、一番説得力のある説かもしれない。
だが、アスナはどうやってその発想にいたったというのか。


「私にも、確証がある訳じゃないんです。
 ただ……以前、このVRMMOってジャンルを生み出した人から聞いた事があるんです。
 その人が仮想空間を作り出した理由は……現実とは違う『異世界』に行ってみたいからだって」


それはかつて、SAOクリア時に茅場晶彦から告げられた事実だった。
何を思い彼がSAOをデスゲームとしたのか、何故SAOを作り出したのか。
その理由は、彼が異世界の存在を信じていたから。
現実とは違う、少年の頃に夢見た異世界に行ってみたかったからだという物だった。


「だから……もしかしてここは、団長が話していた異世界なのかもしれないって、そう思ったんです」


「……成る程ね」


異世界の存在を信じた人間がいる。
そう聞いて、トリニティは小さくため息をついた。
何とも夢のある、俄かには信じられない話だ。
しかし、妖精の姿をしたアスナの事といい、お互いの常識が食い違っている事といい、状況的には最早そう判断せざるをえないだろう。


「でも……もしそうだとしたら、あの榊という男は私達の常識をはるかに超えた存在よ。
 異なる世界同士に干渉できる……言ってしまえば、神に等しい力を持っているわ」

「ええ、そうでしょうね。
 けど……どんな相手でも、負けるつもりはありません」


このバトルロワイアルの裏に潜むのは、自分達の理解を遥かに超えている恐るべき存在だ。
その様な相手に喧嘩を売って、勝てる見込みは限りなくゼロに近いだろう。
しかし……アスナはそれでも、負けるつもりはないと断言した。
何故なら彼女には、負けられない理由があるのだから。


「キリト君が……待っている人がいますから」


愛する者がいる。
その者ともう一度会う為ならば、例え神にだって喧嘩を売ってやる。
はっきりと迷いなく、アスナはそう口にしたのだ。
すると、それを聞いたトリニティは一瞬だけ表情を硬直させ……そしてすぐに、笑みを浮かべた。

「ええ……そうね。
 私にも、ネオが……大切な人がいるの。
 彼にもう一度会う為なら、こんなところで挫けるつもりはないわ」

「トリニティさん……」


トリニティもまた、アスナと同じだった。
愛する者がいるのだから、負けてなんかいられない。
殺し合いがどうした、異世界がどうした。
もう一度、その腕に抱きしめられるその時が来るまで……誰が相手であろうと、乗り越えてみせようじゃないか。


「……トリニティさん。
 一応聞きますけど、殺し合いに優勝してその人のところに帰るって選択肢はなかったんですか?」

「無いわ。
 あなたも同じ理由でしょう?」

「勿論ですよ」


また、二人ともにこの殺し合いに優勝するという選択肢は論外だった。
確かにそうすれば、愛する者の元へと帰る事は可能だ。
だが、それでは意味が無い。
誰かの命を奪った上での再会など……その相手が、喜ぶ筈がないのだから。


「……ふふっ。
 私、貴女とは何だか上手くやれそうな気がしてきたわ」

「ええ。
 私もですよ、トリニティさん?」


気づけば二人は、互いに友情を感じていた。
愛する者を守ると誓った者同士、互いに近しいモノを感じたのだ。


年齢や住む世界の差こそあれど、この相手とならばきっと上手くやっていけるに違いないと。


【G-9/ショッピングモール入口/1日目・深夜】

【アスナ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:健康
[装備]:死銃のレイピア@ソードアート・オンライン
[アイテム]:不明支給品0~2(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にキリトと再会する
1:トリニティと共に行動する。
2:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
[備考]
※参戦時期は9巻、キリトから留学についてきてほしいという誘いを受けた直後です。
※榊は何らかの方法で、ALOのデータを丸侭手に入れていると考えています。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。
 横についても同様であると考えています。
※トリニティと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。

【死銃のレイピア@ソードアート・オンライン】
GGOにおいて死銃が手にしていた、漆黒のレイピア。
死銃曰くGGO内で一番硬い金属を加工して作った物との事で、データには存在しないシステム外の武器になる。
見た目こそ無骨で歪だが、コンバートしたキリトに対して通用した事から、攻撃力は高い事が伺える。


【トリニティ@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:鉄バット
[アイテム]:不明支給品0~2(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にネオと再会する
1:アスナと共に行動する。
2:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
3:モーフィアスとセラフを探し、合流する。
[備考]
※参戦時期はレヴォリューションの、メロビンジアンのアジトに殴り込みを掛けた直後です。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。
 横についても同様であると考えています。
※アスナと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。
※自分やモーフィアスと同じく、セラフもまたこの舞台に囚われていると考えています。

012:妖精少女/人形少女 投下順に読む 014:赤いの黒いの合わせて二組
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初登場 アスナ 033:ありすと空飛ぶ妖精の夢
初登場 トリニティ 033:ありすと空飛ぶ妖精の夢

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最終更新:2013年04月25日 14:07