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「或るサムライの不覚」を以下のとおり復元します。

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<p>※このSSは、がくぽ×リンのカップリングSSです。</p>
<p>　苦手な方はご注意ください。<br /><br /><br /><br /><br />
【或るサムライの不覚】</p>
<p>　ある、簡素な抹茶の席。茶器の他には１枚の皿が乗っただけの、小さなテーブルを挟んだ形で、１組の男女が向かい合って座っていた。<br />
　メイコは、この場に招待した相手の目を見つめた。<br />
　「相談？」<br />
  どんな時でも真っ直ぐな視線を受けて、紫の前髪に隠れた切れ長の目が伏せられた。<br />
　気まずそうな表情と紅潮した頬を見た瞬間に、メイコには相談の内容がぴんと来た。<br />
　日本語ボーカロイドとして再古参の経験が、勘というかたちで教えていた――というようなことではなく、それは誰でも察するような、すごく解りやすい問題だったのだが、メイコはそれを悟られないよう、慎重に返事をした。<br />
「私で良いなら、聞くわよ」<br />
　それを聞いて、憂いていた彼の瞳がほんの少し明るくなった。しかしすぐに、自分の感情を押し込めた、堅い表情に戻る。<br />
「……かたじけない」<br />
  とは言ったものの、最も新参の日本語ボーカロイドこと、神威がくぽは何も話し出さない。<br />
  10秒。15秒。20秒。<br />
  25秒後、待つのに飽きたメイコはさりげなく切り出した。相談をもちかけた側の彼にとっては、むしろ単刀直入な切り口だったが。</p>
<p>「誰か、好きな人でもできた？」</p>
<p>  ……………………ぶほっ。<br />
  たっぷり8秒の間を空けて、がくぽは吹き出した。続けて、痙攣するように咳き込む。<br />
「－－－－な、なぜ、そう思われるのか？」<br />
「ただの勘よ。鎌かけてみただけ」<br />
「ふぅむ……おなごの勘は恐いというのは本当でござるな……」<br />
  ドキドキと鳴り響く胸に手を当てて、がくぽは苦笑した。<br />
　邪気のない笑顔に、メイコも思わず似たような笑みを浮かべる。<br />
　再び訪れた沈黙の間に、メイコはがくぽが立てた抹茶を一口飲んだ。<br />
　苦いが、うまい。<br />
　抹茶といったらアイスクリームの種類だと思っている、某アイス馬鹿の顔を思い出した。<br />
　あの甘党は、この苦味をどう感じるだろうか。<br />
　口許に、苦笑とは違う微笑みを浮かべながら、メイコはがくぽに茶をすすめた。<br />
「がくぽ君も飲んだらどう？　落ち着くわよ」<br />
「……そうでござるな」<br />
  がくぽは自分の分の抹茶を立てる。その細やかな手つきを見るともなしに見ながら、メイコは皿から干菓子を一つ取り、手の平に乗せた。<br />
  桜を模した干菓子を珍しげに眺めていると、がくぽの声が聞こえた。<br />
　<br />
「――拙者は、その女性には、年かさすぎる」<br />
　<br />
　メイコはがくぽを見た。がくぽの視線は手元に注がれている。温めた器に粉末の茶葉を入れ、湯を注ぐ。<br />
　迷いのない手つきで、一度使った茶筅を手に取る。<br />
　<br />
「拙者は未熟者だ。何をしても、あの方を忘れられぬ。<br />
　あの方を想うのなら、何も伝えてはならぬ、悟らせてはならぬと、解っているのに。<br />
　――気がつけば、心は、気付いて欲しい、伝えてしまいたいと叫んでいるのでござる」<br />
　<br />
  茶筅を動かしていた、がくぽの手が止まる。まろやかな緑色の泡を見つめたまま、がくぽはメイコの反応を待っているようだった。<br />
　メイコはぽん、と口に干菓子を放り込み、吟味するように転がした。</p>
<p>  静かに、静かに、時間だけが過ぎる。</p>
<p>  がくぽの茶が冷めきる前に、メイコは聞いた。<br />
「がくぽ君は、もう、わかってる。わかってるなら、あとは行動するだけ。そうでしょう？」<br />
「……行動する、とは？」<br />
「簡単じゃない。その子に好きだって言ってキスのひとつもすればいいわ」<br />
　<br />
  ……………………………ぶは。<br />
　<br />
  がくぽは再び吹き出した。茶を飲んでいなくて幸いだったと、こっそり思った。<br />
　しかし次の瞬間、呼吸を収めるつもりでと抹茶を一息に飲んで咳き込んだ。<br />
　混乱による、単純な判断ミス。<br />
　メイコは昔の自分を思い出して少し照れた。場違いな気持ちだとは自覚していたが、表情に出すことはない。<br />
　対するは、誰よりも大人に見えて、誰よりも新参のがくぽ。今は涙目で口を拭いて、息せききって反論を始めている。<br />
「め、め、め、め、メイコ殿っ！ 拙者の話を、きちんと聞いておられたかっ！？ 拙者が相談したいのは、この想念をどう鎮めるか、ということで－－」<br />
「鎮めたいの？」<br />
「当然でござろうっ！」<br />
　しょせん――始めから刷り込まれた大人としての経験や倫理など、現実の前では砂糖菓子よりも脆く崩れ去ることを、メイコは痛いほど知っていた。軽い既視感。<br />
　<br />
　――カイトは笑い飛ばした。ミクは、泣いていたっけ。リンとレンには、最初からない。<br />
　<br />
　がくぽも、そろそろ気付く頃なのだろう。<br />
　メイコは椅子から立ち上がったがくぽを、静かな眼差しで見上げている。<br />
　<br />
　がくぽは、声を荒げこそしなかった。ただ、混乱したような早口でまくし立てる。<br />
「一回り以上も歳の離れた娘子には、それ相応の相手がいるはずでござるっ！ 拙者の勝手を押し付けるわけにはいかぬ！」<br />
「……がくぽ君」<br />
　――あんまりつまらないことをごちゃごちゃ言ってると殴るわよ。<br />
　そのセリフと拳を抑えて、メイコは極上の微笑みを浮かべてみせた。<br />
「私の質問は聞いてたわね？　ちゃんと答えなさい」<br />
　完璧な笑顔の奥、鳶色の瞳の中に、がくぽは修羅を見た。<br />
　<br />
「あなたはその想いを鎮めたいの？ 忘れても後悔しないの？ そう言い切れるなら、そう声に出して誓えるなら、その想い断ち切って捨ててしまいなさい」<br />
　<br />
　強い声で、強い言葉で、彼女はひとつの在り方を示す。<br />
「――でも、それができないなら。……その大切な想いを正直にリンちゃんに話して、向き合えばいい。それだけでしょ」<br />
　私の意見はここまで、と言いかけた時、がくぽの姿勢が突然傾いた。呼吸を止めて倒れるように伏したがくぽに、メイコが椅子を蹴って立ち上がる。<br />
「がくぽ君！？ どうしたの！？」</p>
<p>  …………………………………………………ぶは。</p>
<p>  やっとの思いで呼吸を復活させ、がくぽは机に倒れ伏したまま、顔だけをメイコに向ける。<br />
「……メイコ殿。なにゆえ拙者が、り、リン殿を好いていると、知って………。それも勘でござるか……？」<br />
　メイコは全く動じることなく、駆け寄った勢いのままにがくぽの肩を叩いた。<br />
「勘じゃないわ。ミクもレン君も、カイトだって気付いてるもの。周知の事実、ってやつね」<br />
「なっ……！？ まさか、あのカイト殿にまでっ……！？」<br />
　一瞬、がくぽの脳裏を、カイトの能天気な笑顔が駆け抜けた。サムライは悔しさにうち震える。<br />
「くっ、神威がくぽ、一生の不覚……！！」<br />
  ぶるぶる震えるその肩に、メイコが手を置く。<br />
　ボーカロイド界の軍神は、振り向いたサムライに、修羅の微笑みで三度目の質問をした。<br />
「それで、がくぽ君。その想いを鎮める、決心はできた？」<br />
「……………」<br />
　サムライは黙った。意地の悪い質問だとも思った。しかし、意地悪ではないと解っている。叶わぬ想いなどという言い訳をして自分を偽るよりかは、例え痛んでも断ち切るか、逃げずに勝負しろと。そういう答えを好む彼は、彼女ならそういう答えを示してくれると、最初からわかっていて相談を持ち掛けたのかもしれない。<br />
  がくぽは黙ったまま、首を振った。まだ、告白する決意はできない。けれど、逃げない覚悟の準備はできていた。</p>
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【終。】<br /><br /><br /><br />
文：Akahara</p>

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