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<p> 「じゃあ、ここに印鑑をお願いします」<br /> いやに大きいダンボールの上にある紙に、僕は印鑑を捺して荷物を受け取る。<br /> 覚えのないその荷物の送り主はよく知っている人物。<br /> 「ありがとうございましたー」<br /> それは僕に対して言うことなのだろうか、と思いながら玄関から出て行く配達員を見送る。<br /> 見た目以上に思いそれを持ちよろけながら、僕は居間に入り、荷物を床に置く。<br /> 一息ついてから箱を開けると、その中では茶色く短い髪の女の人が赤い服を着て眠っていた。<br /> その女の人の上には手紙が置かれている。<br /> 「……」<br /> 驚いて声も出ない。<br /> 恐る恐る手を近づけて口元に当てると、女の人は呼吸をしてないようだ。<br /> まさかあいつは、誰かを殺してしまってその死体を僕に送りつけたというのだろうか。<br /> 脳裏に殺人幇助だの、死体遺棄だのという言葉を思い浮かべながらとりあえず手紙を開封して読んでみる。<br /> 「よ、久しぶり。お前趣味で作曲とかしてたよな? <br /> なんか俺の知り合いの会社が作った新商品らしいんだが、歌を歌ってくれるらしい。<br /> モニターを頼まれたんだけど俺曲作らないし必要ないからお前がやってくれないか? <br /> 商品の説明はその商品自身にしてもらえって言われたから実際どんな感じなのかはよく分からないんだ。<br /> とりあえず電源が頭部にあるらしいから見つけてくれ。<br /> それから最初は歌が下手らしいけど教えたり何回も歌わせたりするうちに上手く歌えるようになってくるらしいから頑張れ、ってことで後はよろしく」<br /> らしいという伝聞ばかりのその手紙を見て僕はため息を吐く。<br /> こうやって送られて来たからには今更文句を言っても仕方ない。<br /> それに、歌を歌ってくれるという部分に興味を引かれた。<br /> 僕は趣味で作曲をしているが、残念ながらものすごい音痴のためにその曲は全部お蔵入りになっているのだ。<br /> 本当に歌を歌ってくれるなら、その曲を歌って欲しい。</p> <p> とりあえず起動させてみようと考え箱の中に手を伸ばす。<br /> 頭部にあるという電源は見当たらないから、たぶん髪の中なんだろう、と当てをつけてから髪を掻き揚げながら捜す。<br /> 手をすり抜けるその髪は柔らかく人間のように感じられるのに、頭皮の部分はひんやりとしていてこれが人ではないという事を実感する。<br /> 指先に何か出っ張ったものが当たり、そこの部分の髪をどけてみるとボタン式のスイッチがあった。<br /> これが電源なのだろう、とりあえず押してみる。<br /> 「起動します……」<br /> 女の人がそう言うと、目を開け起き上がり箱の中で座った状態になり僕を見る。<br /> 「あなたがマスターですか? 」<br /> 「マスターってなんのことですか? 」<br /> よく分からないので質問を返してみる。<br /> 「分かりました、質問を変えます。<br /> 私をこれから所有するのはあなたですか? 」<br /> そう聞かれてようやく質問の意図を知る。<br /> 僕に自分の事を説明をすべきなのかを判断しようとしているのだろう。<br /> 手紙にも、説明は自身でするって書いてあったし。<br /> 「あぁ、今の所君の所有者は僕だよ、よろしく」<br /> 自己紹介とかをすべきなのかが判断できずとりあえず質問にだけ答える。<br /> 「分かりました、マスターとお呼びしても良いでしょうか。<br /> 私は人型VOCALOID-MEIKO 01-01-01です。初めまして」<br /> 無機質な声でそう淡々と説明を始める。<br /> 「ちょ、ちょっと待って。<br /> 人型VOCALOIDって何? それと君の名前は?」<br /> 放っといたらこのまま機能の説明などを始めそうなほど淡々としていたのでとりあえずストップをかけて質問をする。<br /> 「人型VOCALOIDと言うのは、私の商品名の一部です。<br /> 歌を歌うロボットだと思っていただいて構いません。<br /> また私の名前はありません。<br /> 人型VOCALOID-MEIKOが商品名で識別番号が01-01-01、固体番号は識別番号の詩も2桁の01となります」<br /> まるで質問の内容が前もって分かってたかのようによどみなく棒読みで答えられてくる。<br /> 「じゃあ、何て呼べばいいのかな」<br /> 呼び方が分からなければ、会話もできないと思いつつそう質問を重ねる。<br /> 「マスターが呼びたいように呼んでくださって結構です」<br /> 呼びたいように……一番困る答えをもらった気がする。<br /> 「えっと、商品名は人型VOCALOID-MEIKOだったよね? <br /> それから取ってメイコって呼んでもいいかな」<br /> たぶん人型VOCALOIDの後についてるのは名前と見ていいんだろうと思いそう聞いてみる。<br /> 「それだと他個体との識別が難しいと思われますが、それでよろしいのでしょうか」<br /> やはりよどみなく、淡々と聞いてくる。<br /> 「別に君以外の人型VOCALOIDが家に来る予定もないし、同姓同名の人が居ることもあるから大丈夫だよ」<br /> 特に考えもせずに僕はそう答える。<br /> 「マスターがよろしいのでしたら、私はそれで構いません」<br /> だったらこれからはメイコと呼ぶことにしよう。<br /> そう思いながら話の続きを促す。<br /> 「途中で遮ってごめん、説明はまだある? 」<br /> 「はい、ありますので続けます」<br /> メイコはそう断ってから説明を再開する。<br /> 「まず人型VOCALOIDは歌うための機械であるため、それ以外の機能はあまり発達するようには作られていません。<br /> そのことはあらかじめご了承ください」<br /> そこまで言って、メイコは黙った。<br /> 「説明は終わり? 」<br /> あまりにも短いので不審に思ってそう聞く。<br /> 「残りは分からないことがあったときに聞いてくださればその場で回答いたします。<br /> 全てを説明すると膨大な量になるため最初は必要最低限の事だけにするように設定されています」<br /> どうやらさっきわざわざ質問をしなくても早くに終わったらしい。<br /> 「じゃあ、質問。メイコはご飯を食べるの? 」<br /> 僕の質問にメイコは少し考えてから答える。<br /> 「エネルギー供給は食事でも可能です。<br /> また、他には充電という方法もありますので食事をしなくても稼動はできます」<br /> 食べても食べなくてもいい、ということなんだろう。<br /> じゃあ今晩の食事から付き合ってもらおう。<br /> 「早速で悪いけど、歌ってもらえるかな。<br /> 楽譜とかはこっちの部屋にあるからちょっと来て」<br /> そう言って僕は音楽用の部屋に移動する。<br /> 「ピアノ……」<br /> 部屋の中央に置いてあるピアノを見てメイコがそう呟く。<br /> 「あぁ、僕はピアノの講師をしてるから。<br /> 週に何回か夕方ごろに生徒が来るから騒がしくなると思うよ」<br /> そう言ってから僕は楽譜を探す。<br /> 整理は一応してるが、昔のものになるほどどこにおいてるかが曖昧になる。<br /> 少ししてからようやく目当ての楽譜を見つけ出してメイコの方を向くと、メイコはじっとピアノを見ていた。<br /> 「メイコ、これ楽譜。ピアノに興味あるなら弾き方教えるよ」<br /> 手に持った譜面を差し出しながら僕はそう声をかける。<br /> 「あ、いえ。見たこと無かったので少し珍しかっただけです。<br /> それに私はVOCALOIDですから、歌を歌う以外の昨日はあまり発達しないとさっき説明したはずです」<br /> 譜面を受け取りながらメイコはそう言う。<br /> 「ピアノを弾くのに上達するしないは二の次でいいんだよ。<br /> あくまでも楽しむためにする事なんだから」<br /> 譜面を読んでいるメイコに僕はそう言いながらパソコンを立ち上げて打ち込んだ曲を呼び出して再生可能な状態にする。<br /> 「楽しむ……私は、楽しいという気持ちがわからないのでやはりピアノを弾く必要は無いようです」<br /> パソコンをいじっている僕の後ろでメイコはそう言った。<br /> チラリとメイコの方を見ると、最初から変わらず無表情である。<br /> ただ、僕にはその顔がとても寂しそうに見えた。<br /> 「じゃあ、まず最初ワンフレーズを歌ってみてくれる? <br /> ピアノをするにしろしないにしろ、先に歌をそれなりに歌えるようになってからだね」<br /> 明るい声でそう言いながら僕は振り向く。<br /> 「はい、分かりました」<br /> メイコがそう返事をしたところで丁度曲が流れ始めて最初のフレーズに入る。<br /> メイコは楽譜を見ながら大きく息を吸って、歌いだす。<br /> 手紙に書いてあったとおり、確かに下手だ。<br /> 今現在の僕よりかはかろうじて上手いが、一般的に見たら下手なほうだろう。<br /> とりあえず、ピアノに関してはしばらくお預けだろう。<br /> 僕は苦笑しながら曲を止め、どこから指摘するかを考える。</p>
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