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隠し味は何? - (2008/08/29 (金) 22:39:31) のソース
<div><font size="3"><font size="2">この作品は、2008年度の初音ミクの誕生日企画「ボカロSS投稿所PS企画”Miku Hatsune”」に投稿された作品です。</font></font> <p><font size="3"><font size="2"> 作者名は、人気作品アンケートが終了するまで非公開とさせて頂いております。</font></font></p> <hr /><font size="3"><br /> キーンコーンカーンコーン。<br /> 放課後を告げるチャイムの音が校舎に響いた。<br /> 家路へ向かう者、部活動に勤しむ者、様々な生徒達に混ざって一人の少女が佇んでいる。<br /> 下駄箱を出て直ぐの柱に背中を預けて視線を左右に泳がせている。<br /> 落ち着かない様子で先ほどから何度も腕時計を確認する。<br /> 「まだかなー……」<br /> 待ち合わせの時刻は放課後。胸の前で抱えた荷物をそっと覗きこむ。<br /> 「きっと大丈夫だよね」<br /> ただでさえ固まり損ねたチョコがこれ以上溶けてしまっては大変だ。早いとこ貰い手に受け取って欲しいところである。<br /> その時ふと視線を感じた。<br /> ゆっくりと目線を上げて確認してみる。<br /> するとこちらを見て、近づいてくる人物がいる。<br /> (うわわ、来ちゃった……)<br /> 緊張が走った。<br /> 動悸が激しくなり、顔が熱くなるのを感じる。上手く渡せるだろうか。受け取ってもらえるだろうか。自分の想いを伝えることができるだろか。いろいろな考えが瞬時に脳裏を駆け巡る。<br /> そして勇気を振り絞って声を出した。この思いが届きますように。</font></div> <div><font size="3"> <br /> 季節は二月。寒さ厳しいこの季節、都内は一様にあるイベントに向けて盛り上がりを見せていた。<br /> 二月十四日、バレンタインデー。<br /> 世の中の女の子達にとっての一世一代のイベント。<br /> デパートなどでは色とりどりのチョコ達がショーウィンドウの中に飾られており、一種の芸術品のようである。<br /> 学校からの帰り道、ミクは都内の喧騒を横目で見ながら本屋へと立ち寄った。そこで一冊の本を見つける。<br /> 店に入って直ぐの場所に配置されている新刊コーナーには『絶対できるチョコ』と書かれた本がこれ見よがしに平積みされている。<br /> 「チョコか……」<br /> ミクは一瞬その本の前で立ち止まる。<br /> さすがに年頃の女の子ともなると、渡したい相手くらいはいるようで。ミクもその例に漏れず、気になっている相手がいた。<br /> しかしミクは本を買う素振りも見せない。<br /> 「別に改まって渡したりするのも変かな」<br /> 誰に言い訳をするともなしに歩を進めた。<br /> 店内奥の参考書コーナーや小説の棚を一瞥しながら店内を一周して、また最初の位置に戻ってきた。<br /> 「お菓子なんて作ったことないしなー」<br /> そこには相も変わらず『絶対できるチョコ』が陳列されている。ミクはその本を手に取ることなく再び歩きだす。<br /> 「お買い上げありがとうございましたー」<br /> 店を五周程した頃には店員さんに元気よく見送られていた。<br /> 「結局買ってしまった……」<br /> 軽くなった財布の中身を寂しそうに確認する。<br /> 「買ったからには絶対作ってみせるぞー!」<br /> 自棄になったのだろうか、己を鼓舞し、ミクは高らかに拳を突き上げた。</font></div> <div><font size="3"> <br /> 家に帰り早速本を開いてみる。</font></div> <div><font size="3">『一番大切なことは、彼の味の好みをリサーチすることです』</font></div> <div><font size="3"> なるほど、確かにと納得する。そして彼はどうだったかと考える。<br /> 「んー、お菓子は普段からよく食べてた気がするけどチョコはあんまり食べてなかったかなー」<br /> そこでもし彼がチョコが嫌いだったらという考えに思い当たる。確かに考えられないことではなかった。人の好みなんてそうそうわからないものである。当然対処法が載ってるだろうと信じて買ってきた本で調べてみる。</font></div> <div><font size="3">『もし彼がチョコを嫌いだったら!?』</font></div> <div><font size="3">「お、丁度このページっぽいぞ」<br /> それらしき項目を見つけ、すぐさまページをめくってみる。</font></div> <div><font size="3">『その時は諦めましょう(笑)』</font></div> <div><font size="3">「なんじゃそりゃー!」<br /> ばーん! と壁に向かって思い切り本を投げつけた。本は大切に扱いましょう。<br /> 「はっ。いけないいけない。思わず取り乱しちゃったじゃない」<br /> 慌てて投げ捨てた本を拾いに行き、開き直そうとした。<br /> どたどたどた!<br /> 騒音がする。階段を駆け上がる足音と思しきものにミクが気が付くと同時に――<br /> 「おーい、いるかー?」<br /> ――いきなり部屋のドアが開かれた。<br /> 「いひゃあっ!」<br /> 突然の出来事に気が動転し、手にしていた本を取り落としてしまった。<br /> 「どうしたんだ、変な声出して。あれ? 何その本」<br /> 見つかってしまった。一番見られてはならない人物に。<br /> 近所に住んでるお兄さん。初めはそのくらいの感覚で遊んでいた。<br /> しかし物心ついた頃からの関係も年頃ともなれば別問題。最近ではこのように突然部屋の中に入って来られるのも抵抗を感じるようになってしまった。普通は彼も気を遣うだろう、とは思うのだが。自分が相手として見られてないのではないか、とも悩んでしまう。<br /> 「あーこれは、その……」<br /> あまりに予想外の展開に上手い言い訳がなかなか出てこない。<br /> 「へー今年はチョコレート作るんだ。ってかお菓子作ったことあるの? よかったら試食してやるぞ」<br /> こちらの気も知らないで勝手に本の内容を眺めていく。<br /> 「だから本見てるんだよ」<br /> 機嫌が悪くなったのもあって、若干言い方がきつくなってしまう。<br /> 「そりゃごもっとも、手伝おうか?」<br /> 余程むくれていたのだろうか、見かねた彼が助け舟を出してきた。<br /> 「いいよ、自分で作るもん」<br /> 若干いじけながらも申し出を断った。それはそうだ。手伝ってもらっては本末転倒もいいとこである。<br /> 「さ、早く帰って帰って」<br /> 用事が無いならさっさと帰れと言わんばかりに強引に外まで引っ張っていく。<br /> 渋々ながらも家を出て行った彼を見送ると、ミクは急いで部屋に戻った。<br /> 「試食出来るってことはチョコ苦手じゃないってことだよね」<br /> 彼の発言を思い出して確信する。確かに彼はそのようなことを言っていた。<br /> 「よし、やるぞー」<br /> 勢いよく部屋を飛び出し、キッチンへと向かっていった。</font></div> <div><font size="3">「おいしくない……なんで……?」<br /> 飛び散ったクリーム。舞い上がった粉。唸りを上げたオーブン。凄惨なキッチンでミクは一人首を傾げる。一体何を作ろうとしたらこんなに汚せるのだろうか。<br /> 「本の通りに作ったはずなのになぁ」<br /> エプロンに付いた生クリームを拭き取りながらミクはもう一度本を眺めてみる。</font></div> <div><font size="3">『決め手はやっぱり隠し味です』</font></div> <div><font size="3">「ちゃんと隠し味も入れたのに何でこんな変な味になるのかなー」<br /> 素人の考える隠し味ほど危険な物はない。間違ってもレシピに無いものは入れるべきではないはずだ。<br /> 「やっぱりネギは隠し味に向いてないのかな」<br /> 原因はそれだと思います。<br /> ネギを片手にテーブルに突っ伏してしまう。<br /> 「あーどうしよう、本番は明日なのに」<br /> チョコレートは未完成。一から作り直してる時間もありそうにない。渡すときに添える手紙もまだ書き終わっていない。<br /> 「そうだ、手紙も書かなくちゃいけないんだった」<br /> 慌てたミクは瞬時に判断する。このまま作り続けて目の下に隈を作って彼にチョコを渡すか。それとも潔くチョコを諦めて手紙を書いてさっさと寝る健康優先でいくかどうか。<br /> 「んー、きっと朝になったらおいしくなってますよーに!」<br /> 冷蔵庫の中にチョコレートを押し込むと封印するように勢いよく扉を閉めた。どうやら健康を優先したようだ。</font></div> <div><font size="3"> <br /> 「うーやっぱりダメか」<br /> 翌朝真っ先に冷蔵庫の中身を確認する。しかしそこにあるのは隠し味にネギが使われた無残なチョコレートがあるだけ。<br /> 「え? しかも全然固まってないじゃん! なんでよー」<br /> しかも、一晩入れておけば固まるはずの物が固まっていなかった。手で触ってみても微妙な弾力性を持った不思議なチョコがあるだけだ。<br /> 「やっぱネギか」<br /> ネギです。<br /> 味はともかくもチョコとしてギリギリの存在なのはどうしたものだろう。<br /> 「とりあえず、どうしよう」<br /> 髪はぐしゃぐしゃ、しかも遅刻ギリギリ。<br /> 「あー髪もセットしなきゃいけないし、着替えなきゃいけないし」<br /> 時間の無さも手伝って次第にミクは混乱してきた。<br /> 「と、とりあえずこのチョコを持ってくしかないよねっ」<br /> 急いで取り出して入れ物に詰めなおし、包装を完了させる。<br /> 「これは生チョコこれは生チョコ」<br /> ミクは変な呪文を唱え始めた。<br /> 「よし、いける、行ってきます!」<br /> 半ばやけになりながらも、家を元気よく飛び出した。彼に少しでも早く想いを伝えるために。<br /> チョコと手紙を両腕でそっと抱えながら。</font></div> <div><font size="3"> </font></div> <div><font size="3">了</font></div>