メイコが来て、僕の生活は一変した。
まず、昔作った曲のアレンジをするようになった。また、
以前は誰も歌わないからと適当に作っていた歌詞を真剣に作るようになった。
そして多分生活で一番変わったことといえば、一人でご飯を食べることが無くなったことだろう。
「おはよう、メイコ。すぐ朝ごはん作るからな」
朝起きてそうメイコに声をかけながら冷蔵庫をあけ卵を二つ取り出す。
フライパンを火にかけながらパンをトースターにセットし、卵をフライパンの上に落とす。
「マスター。毎日言っていますが、私のエネルギーは一週間フル稼働しても余裕があるので補給する必要はありません」
毎朝言われることを今日も言われ、僕は目玉焼きの焼き加減を見ながらメイコに尋ねる。
「エネルギーを補給しすぎたらまずいことになるの? 」
これも、毎朝の恒例行事になってきている。
そしてメイコは毎日全く同じ言葉を答える。
「エネルギーの補給上限は設定されてないため特に問題は無いと思われますが、必要以上のエネルギー補給は非効率だと思われます」
いつも通りの答えを聞いた僕は火を止めて笑ってメイコを見て言う。
「じゃあ、一緒に食べよう」
そしてメイコの答えを待たずに皿を出してパンと目玉焼きを盛ってテーブルへと持っていく。
そして椅子を引いてメイコを座らせてから向いの椅子に座る。
「いただきます」
以前は一人で食べていたご飯。
味気なく感じ、自分で作ることも減ってきていた。
それが、メイコが来てからは毎食きちんと作るようになったし、なによりも美味しく感じられるようになった。
「マスター、一つ聞きたいのですが、いいでしょうか」
パンを口に含んでいた僕は、視線でメイコに先を促す。
「その・・・・・・いただきますって、何ですか? 」
その質問に、僕は少し驚いた。
今まで当然のように使ってきていた言葉だから、誰もが知ってて当たり前だと思っていたんだろう。
だが、メイコはあくまでもVOCALOID、平たく言うとロボットだ。
必要のない知識は持たされなかったんだろう。
そう考えながらパンを食べ切って説明をするために口を開く。
「いただきますって言うのは、感謝の言葉だよ。
例えばこの目玉焼きは鶏の卵からできてる。
鶏の卵はそのまま成長したら孵化して、ひよこになって、鶏になる。
でも僕達が生きるために卵の時に犠牲になってくれる。
それを感謝していることを表す言葉がいただきます、なんだ」
まぁ、卵は夢精卵だから孵化しないんだけど……。
説明をしやすくするためにその言葉は飲み込んでおく。
「野菜にしても、穀物にしても、他のどんな食物にしても全ては命を犠牲にして作られているんだ。
だから、いただきます、ごちそうさまと言って感謝を表して、僕達は生きていかなきゃならないんだと思うよ」
僕の説明を聞いたメイコは、静かに持っていたパンを皿の上に置いて言う。
「でしたら、私はこれらを食べるわけにはいきません」
「え……」
予想外の言葉に僕は言葉を詰まらせる。そんな僕に構わずメイコは話を続ける。
「生きる、ということは死ぬという事があって始めて成り立つ行為のはずです。
私は故障することはあっても死ぬことはありません。
よって、生きることは出来ないため、この命を犠牲にして作られた食物をエネルギーとして摂取することはできません」
まさかそう言われるとは考えてなかった僕はとっさに何の言葉も出てこなかった。
「あー、メイコ」
とりあえず、名前だけ呼ぶ。
呼ばれたメイコはしっかりと僕のほうを見る。
「とりあえず、今ここにある分は食べた方がいいと思うんだ」
自分が何を言いたいのかが分からない、まとまらない。
ただ、頭に思い浮かんだ言葉がポンポンと口から飛び出していく。
「……わかりました、そうします」
少し思案した後、メイコはそう言ってまたパンを手に取った。
そのことに僕は、なぜかひどく安心したように感じた。
そして結局それからのご飯はまた一人で食べるようになった。
別にメイコと何か話して食べていたわけでもないのに、ただ目の前に座っていた存在がいなくなっただけで僕はとても寂しく感じた。
「せんせー、こんにちわー」
玄関の方から元気よく僕を呼ぶ声が聞こえて慌てて時計を見ると時間は四時半。
「いらっしゃい、みさちゃん。ところで今週もまた三十分早くついてる気がするんだけど」
玄関へと向かい扉を開けながら僕はそう言う。みさちゃんのレッスンは五時からなのだが、この子はいつもこの時間に来ている。
「だって暇なんだもん」
ランドセルをかるって来ているということは今日も学校帰りに直行したんだろう。とりあえず家に上げる。
「マスター、その子は……? 」
たまたま廊下を歩いていたメイコがみさちゃんを見て疑問を投げ掛けてくる。
説明しようと僕が口を開く前に、みさちゃんが声をあげる。
「先生恋人できたの? すごい! 」
いや、恋人じゃないし。
というかすごいってどういうことだ。
恋人がいるという事をすごいといっているのか、とれとも僕に恋人ができたことをすごいといっているのか。
「いや、恋人じゃなくて……」
そこまで言ってからふと思う、メイコと僕の関係ってなんだろう。
恋人というのはもちろん違う。じゃあ、どんな関係が当てはまるんだろう。
「私は人型VOCALOID、早い話がロボットです。恋人、などという関係は全く当てはまりません」
僕が悩んでいる間に、メイコがスラスラと答える。
みさちゃんはその説明がよく分からなかったのか、きょとんとしていたがとりあえず恋人じゃないということは分かったらしく
「ふーん、そうなんだ。先生は早く恋人を作らないとね、貰い手がなくなるって母さんが言ってたよ」
小学生に何を言ってるんだ、あの人は。
「みさちゃんにはまだ早い話だよ、ほら、ピアノの部屋に行くよ」
「はーい」
呆れながら僕がそう言うと、みさちゃんは大人しく部屋へと向かう。
「えーっとメイコ、あの子はみさとちゃんっていって、僕がピアノを教えている子の一人だよ。
今からレッスンが六時ぐらいまであるからそれまでは適当にすごしてて」
「はい、分かりました」
僕が声をかけると、メイコはいつも通り無機質な返事をする。
そんな彼女を横目に僕はピアノの部屋へと入る。
「みさちゃん、学校におやつを持って行っちゃだめなんじゃなかったっけ……」
ピアノの前に座ってランドセルから出したお菓子を食べているみさちゃんに僕はとりあえずそう聞いてみる。
「んー、でも皆持ってきてるしいいんじゃない? 」
みさちゃんのその答えに僕はため息を吐いてドアを指差す。
「とりあえず手を洗ってきなさい。汚い手でピアノを弾いたらあとで綺麗にするのは大変なんだから……」
僕の言葉を聞いてみさちゃんは片手を上げて「はーい」と答えて部屋を出て行く。
もう何回も家に来たことはあるからトイレの場所も洗面所も彼女はしっかり覚えてるから大丈夫だろう、と判断して僕はピアノの蓋を開ける。
「あ、先生なんか弾いてー」
「もう手を洗ってきたの……って、手を拭いてから来なさい、全く」
あまりにも早かったので驚いて声のしたほうを見ると、そこには手がぬれたままのみさちゃんが。
呆れながら手近にあったタオルをみさちゃんに投げて渡す。
「ごめんなさーい。先生、なんかお母さんより怖いよね」
謝っているが、全く悪びれた様子はない。それどころか笑っている。
「だったらもうちょっと怒られないような行動をすること」
「分かったから、先生なんか弾いてー」
笑顔のまま、彼女はそう言う。
ため息を一つ吐いてからピアノの蓋を開ける。
レッスンが始まる時間まであと五分もある。一曲くらいは弾けるだろう。
「リクエストは何かある? 」
そう聞くと、みさちゃんは悩んだ後に一つの曲名を上げる。
「あれがいい、給食の時間にいつもかかってるやつ。
えーっと、なんだっけ、なんとかアデリーってやつ」
給食の時間になにが流れてるかなんて知らないが、それはもしかしたら渚のアデリーヌのことだろうか。
「この曲のこと? 」
そう聞きながら一番有名だろうと思われる部分をちょっとだけ弾いてみる。
「そう、それそれ」
正解だったようなので、最初からきちんと弾く。
みさちゃんは普段はよくしゃべるのだが、音楽を聴くときだけは一切口を開かない。
目をつぶって楽しそうに聞いている様子を見て、本当に音楽が好きなんだな、と感じる。
「じゃ、みさちゃんの練習を始めるよ」
弾き終わって椅子から立ちながら僕はそう声をかけるとみさちゃんは素直に返事をする。
「はーい」
一時間後、みさちゃんは来た時と同じように元気よく玄関から飛び出していく。
「せんせー、さよーならー」
「車とかに気をつけて寄り道しないように帰るんだよ」
早くも駆け出しているみさちゃんにそう声をかける。
もう角を曲がって姿が見えない彼女の笑い声が少しずつ遠ざかってるのを聞いて僕は家の中へと戻る。
「マスター、お疲れ様です」
スリッパを脱いでいる時、メイコに声をかけられてそっちを見る。
「そういえばメイコは練習中何してたの? 」
そう聞くと、メイコは僕に向けていた視線をそらして自分の後ろの方に向ける。
その視線の先へと僕も視線を向けてみると、そこには掃除機とグチャグチャになった部屋が見える。
「えーっと、メイコ。一体何してたの? 」
さっきと同じような質問をまったく別のニュアンスで聞いてみる。
「掃除を、しようと思ったのですが上手くできずにこの状態になってしまいました」
最初にメイコに説明されたことが僕の脳裏をよぎる。
――人型VOCALOIDは歌うための機械であるため、それ以外の機能はあまり発達するようには作られていません。
こういうことか……、と納得しつつ僕は苦笑してメイコに言う。
「これから、ゆっくり覚えていけばいいよ。
時間は、沢山あるから」
そしてグチャグチャになったリビングへと向かう。
今からこれを片付けなきゃいけないのかと思うと疲れてくる。
しかし、まるで親の敵かのようにじっと掃除機を見つめているメイコを見て僕は笑った。
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