鎌田祐哉
- 1978年11月30日生まれ 秋田県秋田市出身 右投右打
- 在籍時の背番号は「34」
- 2010年の交流戦終了直後にナベツネとのトレードでヤクルトからやってきた御方。
- 武器は高速スライダーで速球もなかなかのものらしい。
しかしコントロールが悪く、期待されたほどの成績はあげられなかったそうだ。
- ……どこかでよく見たスペックなのは気のせいだろうか。
- スペ体質らしく、2007年の開幕前に肩をやっているものの、復帰後は敗戦処理で神ピッチを見せたそうだ。
- 2008年の一軍登板は16試合に留まるが、二軍ではストッパーとして大車輪の活躍を見せ、リーグ優勝に大きく貢献。
その働きっぷりを見たやくせん民から「戸田の土手様」の異名を賜った。
- 使い方は「表ローテも裏ローテも投げる人がいないド谷間で『試合作ってくれればめっけもん』」とのこと。
また、偵察メンバーで1番センターに入れると勝率が良い……パじゃ意味NEEEEEEEEE!!!
- マウンドでの立ち姿はかっこいいらしい。
- 二軍で中継ぎとしてそこそこ使われたものの、結局一度も昇格することなく2011年に戦力外通告を受けた。
- しかしこの年は後半先発に回って9月に調子を上げ、ファームでは3.12の防御率だった。アピールが遅すぎたのだろうか。
- 戦力外後は台湾の統一に移籍。すると開幕11連勝という無双を見せ、チームを前期優勝に導いた。
- 最終的に16勝7敗という好成績をあげたものの、後半の失速が響いたのか1年で戦力外に。
- 年明けに再契約のオファーがあったり、国内球団が興味を示す報道も出たが、引退を決断。本当におつかれさまでした。
- 引退後の2013年4月26日のブログ上にて、現在『城北不動産株式会社』に勤務している事を公表。仕事の関係上、GW中も一所懸命に取り組んでる模様である。
小奇麗に髪を切り、髯もそり落としたサラリーマン姿の写真がアップされていたが、
昨年台湾リーグで投げていた時とのギャップが余りにも激しく見えるのは気のせいだろうか?
- トレード後、不運を極めていた元同僚の石川雅規に「いつか日本シリーズで会おう」とエールを送る。
実現すれば楽天にとっても一場との対決も夢ではなかったのだが…。
最終更新:2013年05月07日 22:47