J.ハウザー
- 本名:ジェームス・アダム・ハウザー(James Adam Heuser)
- 1984年3月30日生 左投左打
- 育成選手時代の背番号は「123(12')」
- 2012年春季キャンプでのテストを経て育成選手として入団。
- 変則左腕で最速158キロの速球が武器。奪三振率はそこそこながら、四死球が多い。
- 2003年にアスレチックスに入団。マイナー暮らしを続けたが芽は出ず、2009-2010の2年間は独立リーグでプレーしていた。
- 日本では考えられない話だが、2011年はどの球団にも所属せず、ジョージア州立大へ通っていたという。
太陽光エネルギー、水力発電など自然エネルギーについて学んでいたそうで、入団当初「エコ左腕」と書かれたりもした。
- 一年のブランクはあるものの、キャンプでは140キロ超を計測し、OP戦でも2試合を投げて高評価を得る。
- 「育成契約初年度で26歳以上の外国人選手は、昇格は3月末まで」というルールもあり、晴れて3月29日に支配下登録された。
- 5月1日、ケガの疑いのあるD.ラズナーが大事を取って降板、代わって登板し来日初セーブを上げる。
- 片山が不振で、貴重な左腕リリーバーとして奮闘。
- 登場場面はだいたい半袖が二死、一・二塁で左打者を迎えたところ。
- 追い込んでからの決め球がないのに勝ち継投の一角を占めるため、わしせん民の胃をボロボロにする。
- なんだかんだ言われつつ、一度も降格されずシーズンを投げきる。成績は58試合で防御率3.17。
- 2013年シーズンでは前年同様左のリリーフとしての起用だったが防御率は常に10点台という極度の不振で二軍落ち。
深刻な駒不足から8月に先発起用。援護がなく敗戦投手になったものの5回2失点とまずまずの内容。- 9/18のソフトバンク戦では驚異的なペースで三振を奪い6回12奪三振でマウンドを降りこの日は打線の援護もあったことから先発転向後初勝利が期待されたが中継ぎ陣が大炎上してしまった。
- 9月26日ペナント優勝試合でビハインド時にリリーフ登板。前日は先発するも危険球でたった13球で退場。その汚名を晴らすかの如く好リリーフ。
その後チームは逆転し優勝決定試合の勝ち投手になった。おめでとう!(ちなみにセーブはマー君)
- 日本シリーズでは第4戦で先発。初回にAJの3ランホームランで援護をもらうも四球連発で非常にテンポの悪いピッチング。
3回1失点でマウンドは降りたが球数は72球も費やしていた。
なお試合は案の定中継ぎが炎上して敗戦。
- 12月2日自由契約公示。
- その名前からスレでは「おいおい聖帝か」などと早々にネタ化した。
- 非常によく似た名前のJames Robert Houser投手がおり、しかも1984年生まれのサウスポーということで、
来日当初はスポーツ紙での報道も錯綜し、わしせんもたびたび混乱に陥った。
最終更新:2013年12月08日 18:39