ヤントエンでの決着

  • 対戦日時:1940年5月13日
  • 戦闘形態:ドイツ軍進撃戦 対 フランス軍遅滞戦
  • 作成:Bill Wilson

アルデンヌを通っての急速な進撃に続き、ドイツ軍第XVI装甲軍団はナミュール北の平原地帯を西に向かって移動していた。ドイツ軍の進撃速度に驚いたフランス軍第1軍はおお急ぎでダイレ川に防衛線を構築しようとしていた。ドイツ軍の進撃を遅滞するため、二つの軽機械化師団(第3・第4)からなるプリオー将軍率いる騎兵軍団が前進した。プリオー指揮下の騎兵部隊が最初にドイツ軍と遭遇したのは5月12日、クレエでのことであった。―そしてそれはドイツ軍とこの戦争最初の大規模戦車戦を誘発した。ルフトヴァッフェの支援を受けたドイツ軍の波状攻撃は何とかフランス軍騎兵部隊を押し返した。第3軽機械化師団のプリオー指揮下の部隊はメルドール(Merdorp)、ジャンドゥルヌイユ(Jandrenouille)、ヤントエン(Jandrain)の地域へと退却した。この地域へ進撃したのは第4装甲師団の部隊であった。

ドイツ軍装甲部隊の指揮官たる貴官の任務はこれら3つの村を奪取することである。フランス軍騎兵部隊指揮官たる貴官の任務はドイツ軍の進撃を遅滞し、これらの村を防衛することである。

フランス軍部隊は決して大軍ではないものの、十分な装甲部隊と砲兵の支援を受けられる。ドイツ軍は数において優位に立っている。

ユニット名中の略語の意味

DLM―軽機械化師団
Pz Rgt―装甲連隊

出典:
Scenario source data graciously provided by Monsieur Stephane Commans of France.

translated by tokiedian

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最終更新:2014年07月16日 02:01