CHAPTER.4

 ――――――ドン。

 フライパン丸々一杯分ほどの山盛りのチャーハンが二人前、テーブルに置かれる。
 …中身満載の土鍋か何かのような鈍い音を立てるそれは、一応皿なのだがー。
「うむ!準備完了だっ!!」
 エプロンを外し、互いに食卓に座って向かい合う。
 ヒーの奴は腕組みをして完成品を眺め、うむうむと頻りに頷いている。
「悪いな。一緒にやるどころか、足引っ張っちまって」
「む?はっはっはっ、気にするな男っ!!
 おまえは覚えが早くて教え甲斐があるぞ!流石、私が惚れただけのことはあるなっ!!」
 俺が詫びると、ヒーは上機嫌に笑いながら鍋から味噌汁を装う。


 …単刀直入に言うと。ヒーの料理スキルは半端じゃなかった。
 それこそ俺のやっつけ技術など、こいつのそれと比べれば児戯に等しい。
 チャーハンの具に使うウィンナーに、包丁の刃を垂直に入れようとした俺に対して
 こいつが怒号を飛ばしたことに端を発し、ヒーの集中調理講座が始まった。

 包丁という道具の持つ性質と使い方、中華鍋の回し方、調味料を入れる順番etc…。
 ガチガチの我流で固まってしまっていた俺の技術を、ヒーは実践を交えて根気強く矯正してくれた。
 気がつけば一時間のマージンはあっという間に使い切ってしまっており、
 このままでは晩飯がいつになるか分からなかったので、俺は終始ヒーのサポートに回ることになった。
 …それでも、主食と汁物を一品ずつ仕上げるのがやっとになってしまったが。

 本当。多少うるさいのが玉に瑕だったが。
 食事が遅れるのも厭わず俺に指導してくれている時の真剣さといい、
 手馴れた手つきで中華鍋の肉や野菜を回す姿といい。
 ヒーは俺が思っているよりずっと、家庭的な娘なのかもしれない

「米を多めに炊いておいて正解だったなっ!メニューが少ないのを量で補えるというものだ!!」
「………すまん」
 ヒーに悪気がないのは分かるが、そういうことをいわれると
 スーパーで偉そうなことを言った手前、肩身が狭い。
「細かいことは忘れろ男おおおおっ!それより、冷めないうちに頂くとしようっ!!」
「…そういってくれると、助かる」
 こんな時、こいつの底抜けの明るさは非常に嬉しい。
 …時刻は七時半。まぁ、早いとは言いがたいが、遅すぎるということもないだろう。
 こいつがせっかく気合を込めて作ってくれたのだ、
 少しでも美味く食ってやるのが礼儀というものだろう。

「それじゃ、いただk」
「いただきまああああああああああああああああっっっっっすッッッ!!」

 手を合わせ、豪快に叫びながらスプーンを引っつかんで
 目の前に置かれた米と具材の山を掻き込んでいくヒー。その姿、まるで猛獣。
 …先ほどまでの家庭的なこいつは、見る影もない。
「…はぁ」
 やれやれ。昼間といい、さっきのといい、俺はどうやら少し、疲れているらしい。
 そう、何度も確認したじゃないか。
 こいつはこいつ、可愛いとか、家庭的とか、
 そういうのとは無関係なとこで、ヒーはこういう奴なのだ。
「ハム」
 しょんぼりしながら、スプーンを握って山盛りのチャーハンを口に運、ぶ――――――んう!?
「―――――――――」
 …美味い。なんだこれ。おい、ちょっと待て、こんなの、知らないぞっ。
 これが家庭で作ったチャーハンだってのか!?
「んぐっ…おい、ヒー!」
 すぐさま飲み込み、コレを作った張本人を問い詰める、が。
「#$б★℃@!?」
「わかった、ちゃんと飲み込むまで待つから、叫ぶな」

 口に大量の米粒を詰め込んだまま叫び返そうとする奴の口を脊髄反射で塞ぐ。
 危うく鼻から無理矢理スパゲッティを食わそうとしたガキ大将と腰巾着のようになるとこだったぞ…。
「…むぐっ!ふぅ、どうかしたかっ、男っ!!何か足りないものでもあるのかああああっ!!」
 ピチピチッ。…それでも、完全には防げんのね。
 まぁ覚悟はしていた。それよりも、だ。
「これ、どうやったんだ?家庭のチャーハンって、もっとねちゃっとしてるもんだと思ったけど」
 火力不足のせいか何なのか、家庭で作るチャーハンは水っぽくなりやすい。
 だが、ヒーが作ったこれは、米の一粒一粒がパラパラとスプーンから零れ落ちるほど、繊細だ。
「ああ、それは砂糖を使ったんだっ!
 チャーハンは砂糖を混ぜて炒めると、風味が増し、更に水分を相殺してくれる!覚えておけええええっ!!」
「へえ…米に三十分水分をどうたら、っていうのも関係してるのか?」 
 一口ずつ口に運びながら(奴はその間に、三口ほど口に放り込んでいる)、確認していく。
「当ッッッ然だあああああっ!!チャーハンに限らず初歩の初歩だっ!これも覚えておけええええっ!!」
「おう。…なら、あのチクタンとやらは?」
「ミネラルの力を侮るなあああああああっ!!こいつも覚えtЩ☆⊿Ψ!!!!」
 むせた。何やってんだ、こいつは。
 説明も段々具体性がなくなってったし。…ひょっとして、照れてるのか?
「…ふぅん。成る程ね」
 ズズッ。何だか微笑ましくて、味噌汁を啜りながら早食いに夢中なヒーを眺める。
 …ううむ、昆布出汁がよく効いている。今度、これも聞いてみよう。

「っ御馳走様ッッッ!!!」
「って早いなおいっ!!」
 気づけばヒーの皿とお椀は空っぽ。…まだ、5分ちょっとしか経ってないはずだが。
「はっはっはっ!いや、まずまずだったな!
 コンロの火力がもう少し強ければ更に上を狙えたんだが、まぁ及第点だっ!!」
 こいつにしてみれば、アレでまずまずだったらしい。…底が知れん奴だよ、全く。
 しかし、とことん品がないなぁ。これだけの料理の腕があるんだから、
 もう少し大人しくなれば引く手数多だろうに。…ほら、口元にご飯粒までつけて、はしたない。

「ったく…ヒー、ちょっと動くなよ」
「む!?何だ、おとk」
 ひょい、ぱくっ。
 指でちょい、と、ご飯粒をとってやって自分の口に放り込む。
「んぐ………………」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!????????


  な に や っ と ん じ ゃ 俺 は ア ア ア ア ア ッ ッ ッ ! ! ! ! ! !


 これは平和ボケか老害かっ!!?はたまたアカシックレコードの陰謀かっ!!
 何を自然にヒーのおべんとの面倒見てんだ俺って奴はあああああああっ!!
 しかも、く、く、く、くちも、口元の…ッッッ!!!!

「―――――――――」
 ヒーの奴は無表情で固まって、声も上げられずにいる。
 そりゃそうだ、いくらやったのが俺で、相手がヒーとはいえ、
 突然男にあんなことされりゃ女なら誰だってこうなろうってもんだ!
 ああ、と、とりあえず謝らないとッ!!
「す、すまん、ヒー、反射的につい」
 ってなんだこの言い訳はああああっ!
 俺は反射的に女の子の口についた米粒を食っちまうような変態だと聞こえるぞ!!
 何か、何か違う言い方は―――、
「……っ男ッッッ!!」
「はいっ!!」
 などと脳内会議を開いている間に、ヒーが復活した。

「…すまん、先に、皿を洗ってくる。
 …あ、ああ、男はゆっくりでもいいぞ、味わってほしいからなっ!
 皿はそのまま置いておいてくれ、後で取りに行くからっ!」

 硬い笑顔で、強がりにも似た口調のまま、自分の皿とお椀を持って流しに向かうヒー。
 本人は上手く取り繕ったつもりなのだろうが、
 彼女を知る人間なら誰でも何事かと思うほど、その言葉には普段の覇気は微塵も残っていなかった。
「………ぁ」
 呆気に取られたまま、俺はヒーを止めることも出来ず、
 ただ馬鹿みたいに口をぽかんと開けていた。

(…嘘、だろ。あいつが…俺を…避けた、のか…?)

 昼間の友の言葉が、再度俺の脳内に反響する。

 …いつでも、何をしても、俺に好意をぶつけてくれた、ヒー。
 鬱陶しくて、やかましくて、男友達みたいなヒー。
 本当は料理が上手くて、世話好きで、優しいヒー。

 その彼女に避けられることが、こんなにも、俺の心を空虚にする。

 ―――なぁ、俺よ。お前は、ヒーを、どう思ってるんだ―――?

             ピシャァァァン…ゴロゴロゴロ…

 遠雷を耳にしながら、俺は冷めたチャーハンを無理矢理に腹に収め、食卓を後にした。



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最終更新:2007年07月26日 18:21
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