「ケチャップは野菜」「ピザは野菜」はデマだぞ
2023/9/21追記
wikipediaに「
ケチャップは野菜」「
ピザは野菜」の記事が出来ていることを今日知った。このコラムでも参考にした出展のみならず
さらに多くのソースによって書かれた項目であり、とても出来が良い。以下に書いてある内容とwikipediaに書いてある内容はほぼ同
一なので、「デマなのか、そうじゃないのか」を知りたいならそちらを先に読むことをおすすめする。
このサイトのコラムでは「wikipediaに書いてある内容は書かない」ことを努力目標としていたのだが、まさか後からネタ被りをする
とは思わなかった。本稿の初版は2021年5月19日、wikipediaの「ケチャップは野菜」の初版が2023年7月28日、「ピザは野菜」は2023
年7月24日なので二年天下(?)だったわけだ。
ピザの方の都市伝説で一点だけ気になったことを書くと、おれは執筆当時「ピザは野菜である」と主張している団体や政治家、そう定
義する給食の基準を見つけられなかった。なので「真の問題はピザに野菜が含まれているとカウントするかどうかなのだろう」と考え
本稿のように記すことにした。wikipediaの方では「ジャンクフード提供業者などがロビー活動を展開し、レーガン政権時代の『ケチ
ャップは野菜』論争を持ちだして、『トマトペーストをふんだんに使用したピザは野菜である』という主張を展開した」と書いており、
そこには
出展も付け加えられている。しかし出展を読んでも食品業界が悪巧みをしていることは書いてあるが本当に「ピザは野菜」と
唱えたとは書いていない。ガイドラインの改定がお流れになった(つまりピザの地位は何も変わっていない)のだから、今改めてピザ
が野菜になったわけでも、昔からの主張がついに認められたわけでもないはずなのだが……。
ピザはまだまだおれたちに謎かけをしている。
はじめに
「アメリカではケチャップは野菜」「ピザは野菜」とはネット上でよくネタにされる小話である。しかし、この両者とも誤りがあ
る。本稿ではどこがどう間違いなのかを取り上げると共に、そのようにして「不健康なアメリカ人」を笑う日本人もまた笑えない状
況にいることを指摘する。
始まりは給食改革だった
1981年、レーガン政権は連邦予算の削減を試みており、そのためにOmnibus Budget Reconciliation Act of 1981(包括予算調停法,
包括的予算調整法など訳語が安定しない)と呼ばれる予算案を成立させた。この予算案の元でUSDA(米国農務省)が行っている学校
給食の予算は45億ドルから30億ドルへと大きく減額された。新しい会計年度の始まりである1981年10月1日まで12週間、公表期限の9
月1日までは8週間しかない中で、栄養を満たしながらコストカットできる学校給食プログラムの改定案の提出が要求された。公開さ
れた改定案の中では特定の食材について代替品を使用することが許可されており、例えば
- 肉の代替品:ピーナッツやその他のナッツ類、そこから作られるバター(ピーナッツバターとか)は必要な肉の半分を代替でき
る。またヨーグルト、豆腐、同等量の乾燥豆(dry beans)、エンドウ豆、卵なども肉の代替品としてよい。
- パンの代替品:パンの定義を拡大し、パスタ、クラッカー、ドライシリアル、ロールケーキ、プレッツェル、米、ロールドオーツ
(=オートミール)などを代替品として扱ってよい。
といった具合になっている。ここでは野菜の代替品もいくつか挙げられており、その中にはピクルスの
レリッシュを野菜としてカウ
ントして良いなどといったことが記載されている。件の「ケチャップは野菜」もここに関わってくることである。具体的にはこのよ
うに書かれている。「野菜と果物の濃縮物は、実際に使われる量ではなく濃縮前の量に換算してカウントすることを認める。例えば
大さじ1杯のトマトペーストはトマトジュース4分の1カップに相当するものと見なしてよい」。ここではケチャップとは書いてない
し、「濃縮したトマト」の定義もされていないのだが、ともかくトマトペーストをトマトジュースの代替物として扱って良いとする
ものだ。トマトジュースは野菜としてカウントされるので、巡り巡ってケチャップが野菜と見なされることになる。最初に「ケチャ
ップは野菜」とした文言が出てくるのは公開から5日後のワシントンポストで
“When Is Ketchup a Vegetable? When Tofu Is Meat,”(なぞなぞ:ケチャップが野菜になるのはどんなとき? 答え:豆腐が肉に
なるとき)という見出しで記事を出した。ニューズウィークやロイターもケチャップと関連づけて報道したが、中にはニューヨーク
タイムズのように「ケチャップなんて書いとりゃんやんけ」と冷静な反応をしたメディアもあった。ともあれ「ケチャップは野菜」
の衝撃は大きく、議員も国民も猛反発。怒りの矛先はあちこちに向けられ、終いには共和党のヘンリー・J・ハインツ上院議員にま
で飛んできた。名字から分かるとおり、彼はケチャップで有名なハインツ社の一族。彼が上院で「いや、ケチャップは調味料でし
ょ」としごく常識的な発言したのと同じ日、ホワイトハウスは改定案を取り下げることを決定。
かくてケチャップは野菜にならずに済んだ……ように見えたのだが、ここから二つ目の都市伝説「ピザは野菜」と話が繋がってく
る。2011年、オバマ政権の主導の下USDAは学校給食のガイドラインを改定しようと試みる。物議を醸した内容はみっつ。
- デンプン質の野菜(starchy vegetables)、つまりイモの食べ過ぎを起こさないよう提供量を制限する
- トマトペーストについては、野菜と見なす基準を現行の大さじ2杯(30ml)から半カップに引き上げる
- トマトペーストの「濃縮前の量に換算」を止める。半カップは半カップとしてカウントする。
(レーガンが出そうとして止めたはずなのにいつの間にか成立してたらしい)
学校給食に年間数百万枚の冷凍ピザを卸している食品メーカーにとって後ろふたつの改定は気にくわなかった。基準が引き上げられ
れば、今作っている製品が栄養基準を満たさなくなってしまう。そこで議員に働きかけ猛烈なロビー運動を行い、改定案を阻止する
ことに成功した。「ピザは野菜」と「ピザに野菜が含まれているとカウントする」とではだいぶ話が違うのだが、都市伝説ではごっ
ちゃにされている。といっても、「ケチャップは野菜」の時と同じく、メディアが「ピザが野菜になる!」と大げさにとりあげた
(例えば以下のニュースサイト。
1,
2,
3)せいもあるので、日本人が勝手に勘違いしたんだとは言えまい。そもそも最終的に可
決された農業予算案には「ピザ」なんて単語は一度も出てきてないのだ(またこのパターンかよ!)。
まとめるとこうなる
- 「ケチャップは野菜」は、レーガンによる予算削減の際の学校給食プログラム改定案が元ネタである
- 野菜の代替品や使用基準について書かれた文章の中にはケチャップを野菜にするとは書いていないが、そう受け止められる記述があった
- メディアが取り上げ、世論の反発もありこの改定案は取り下げられた
- 「ピザは野菜」もオバマ政権下での学校給食改訂についての一コマである
- トマトペーストを野菜としてカウントする基準が引き上げられ、このままでは給食用ピザが基準を満たさなくなる可能性があった
- そうなると都合の悪い食品メーカーのロビー運動もあり、この改訂は葬られた
- ケチャップ騒動と同じく「ピザを野菜にする」という記載や、そのような法律が出来たわけではないが、ネット上ではミームとなった
本稿の目的とは異なるので省略するが、出典元では1998年にサルサが給食用の野菜として承認されたとの興味深い記述がある。こちらも闇が深そうである。
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ここまでの出典はこちら。とりわけ1番目を参考にした |
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ところで日本の学校給食における野菜の定義はどうなっているのだろうか。これ! というものを見つけることが出来なかったが、
代わりに都道府県ごとの給食用パンの規格を発見した。原材料はもちろんのこと、福井県のものは焼き時間まで定められているし、
神奈川ではコッペパンや食パンについて「食味は、一般に薄い塩味を感じ、かみしめてよい味のでてくるもの」とまで厳密に決まっ
ている。さらに検索を続けたところ、宗像市の給食用食材の規格を発見した。キャベツやニンジンなどひとつひとつ名前を挙げて
「茎が太すぎないもの」「新鮮で光沢があり、傷がないもの」などと定められている。非常にきめ細やかに決められており、規格を
作った人たちの熱意と真面目さがうかがえる。昨今、給食のメニューが貧しくなったというニュースをたびたび見かける。食材の規
格がこっそり「パンにおがくずが混ざっていてもOK」「芽が出たタマネギでも毒じゃないからOK」なんて書き換えられることのない
よう、大人たちがしっかり見張っていなければならないことはわざわざ言うまでもないだろう。
アメリカ人を笑えない日本人
さてさて、そのようにして「これだからアメリカ人は」などとネタにしている日本人だが、果たしてアメリカ人を下に見られるほど
野菜を食っているだろうか? 答えはノーである。かつては日本人の方が野菜を食べていたが、1990年代ごろを境に逆転している。
2017年のデータによればアメリカ人は1年間で平均113キロの野菜を食べるが、日本人は91キロである。上のサイトはオックスフォー
ド大学の研究者らが立ち上げたOur World in Dataのグラフ。ソースはFAO(国際連合食糧農業機関)なのでネットの書き込みよりよほ
ど信用できる。さらに衝撃的なのが
果物の消費量で、なんと北朝鮮以下である。アメリカ90キロ、北朝鮮60キロのところを日本は33
キロだ。もちろん北朝鮮のデータなんて怪しいと切り捨てることは出来る。しかし同じ東アジアの中国や韓国よりかなり低いのは気
になる。さらに言えば、世界レベルでも日本国民は果物を食べない人々であるようだ。出典元グラフの下の「TABLE」を押せば表形
式でデータが見られるが、190はある国と地域の中で下から二十数番目。そんなに食ってなかったのかと驚く。アメリカンより野菜
を食っていないし、朝鮮人民より果物を食っていない。これが日本人である。急いで付け加えておくが、平均すれば日本人がアメリ
カ人より健康的で北朝鮮人より栄養状態が良いことは疑いなかろう。では日本人をして健康たらしめているものは何か。それを探る
のはとても有意義だろうが、さすがにおれの手に負えるものではない。
都市伝説が伝説でしかないこと、日本の給食は今のところ大丈夫なこと、しかし日本人の食事事情はどうも自慢できたものじゃない
ことをここまで書いてきた。人の振り見て我が振り直せ、もとい人の皿見て我が皿見直せ、という結論にしたい。今日は野菜と果物
をどか食いだ。
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最終更新:2024年11月18日 18:05