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7ページになりましたスクラップノート。渾身のネタからしょーもない小話まで、
メモ帳の奥底に押し込むには惜しいと個人的に感じるものをこれでもかと貼り付けていくのでご笑覧あれ。



かわいそうは用法・用量を守って、の巻

【かわいそうはかわいい】
現代日本語の「可愛い」「可哀想」は同じ言葉を起源に持つ
「顔映ゆし(かほはゆし)」から変化した「かはゆし」には「見るに忍びない」という元々の意味のほかに
中世後半ごろから「かわいらしい」「愛らしい」という意味も加わった
さらに近世以降「かはゆい」→「かはいい」と変化し、現代とほぼ同じ意味のみになる
一方、消失した「ふびん」「気の毒」の意は接尾語を付けた「かはいさう」の形になった
結論として、「かわいそうはかわいい」は日本語として非常に正しいのである
「かわいいは壊せる」「かわいそうは作れる」も参照せよ


HPの10倍くらいのダメージを与えても平気な顔して去って行くのだが、の巻

ゲームのストーリー、特に地の文がなくキャラクター同士の会話だけで進むタイプのものについて時折思うのだが、
主人公らと悪役との会話の最中に「理屈は良いからさっさとぶっ殺そうぜ!」とプレイヤーに思わせてしまうような
話はダメだよね、と。

おれは小説を読みたいのではなくゲームをしたい。自分が主体的にスカした敵役をぶん殴って溜飲を下げたい。
早く、早くおれにスキル発動ボタンをタップさせろ!

もちろん、「だったらストーリーをスキップすればいいじゃん」というのは全くもってその通り。けれども
話を飛ばすと一体どういう理由で戦ってるのかがさっぱり分からなくなるのからなんかイヤだ。結局のところ、
長い話を読んで無駄にイライラをため込むことこそが、敵をボコった後の爽やかさへの原動力になっているのかもしれない…。

いやでも、ボコったと思ったら「フン、所詮この程度では破滅の因子が云々で世界の因果律がどうこう」とか
さらにスカしたことほざいて退散するスパロボのラスボスみたいな奴らも結構いるような気がする。やっぱりさっさとぶっ殺そうぜ!


ウナギ保護や甲子園改革と同じ季節の風物詩でしかないのか、の巻

毎年8月6日から15日までの10日間、日本全体が「戦争の記憶を忘れないようにしようモード」になる。さまざまな特番や企画がテレビ
や新聞で流れ、戦争の悲惨さや暴力性を誰もがしんみりした気分で再確認せざるを得なくなる。ところがその「悲惨さや暴力性」はお
おむね被害者としてのそれであり、どのメディアにせよ「こんなひどい目に遭った、こんなひもじい思いをした」という切り口で語ら
れる。そこでは戦争や空襲は天災か自然災害のごとく突然始まり、そして人々のあずかり知らぬところで突然に終わる。それ以前の話
という物がすっぽり抜け落ちている。おれはここに違和感を持つ。

戦争は地震や台風と異なり人間による主体的な行為である。しかも国民は賛同的だった。というより国民の熱狂なしに戦争などできっ
こなかった。そりゃ、新聞に名前と顔をさらして自分のやった残虐行為を今更語りたい人はまずいないだろうし、不義の戦争だったと
自覚があるからこそ自分がごく平均的な戦争推進者に過ぎなかったことさえも言いたくない。それは分かる。しかし黙ったまま被害者
意識だけ膨らませてもやるかたない。「こんなひどい目に遭った、こんなひもじい思いをした」という所から下っていって、だから戦
争はダメだよね、と結ぶのが現代の平和教育の基本である。しかしこのやり方だと「なんで戦争が起こったのか? 誰が、どうやって
始めたのか? 途中で止められなかったのはなぜか? 国民は反対していたのか?」などと問うことが出来ない。戦争発生までの経緯
を丸々省略しているので「いや、あの戦争は○○が仕組んだものでやむを得ない自衛戦争だった」という説に触れると一発で陰謀論者
になってしまうし、「じゃあ次は負けないように大軍拡しよう」という素朴な感想への反論に窮する。沖縄戦経験者の「軍隊は国民を
守らない」との言説はこのような感想への反論を狙ったものであるとおれは考えているが、国民が主体的に戦争に関わっていた現実(
1941年冬には首相官邸に早く対米開戦しろとの投書が続出していた、なんて話)をすっ飛ばしており、パンチ力はどうしても弱い。8
月6日や8月15日がなんの日か酸っぱく説く人々も、9月18日7月7日が何の日かはおそらく知らないだろう。そういうことである。も
う一度書くが戦争は自然災害ではない。ある日戸口を開けたらそこに立っていたわけでも、ついうっかり尻尾を踏んづけてしまったわ
けでもない。

「日本人の大多数は、本当に彼ら自身をだますことについて驚くべき能力を持っている」と太平洋戦争開戦時の駐日米国大使ジョゼ
フ・グルーは言っていた。そんなことはない、と我々は彼に反論できるだろうか。


非実在ナチの非ナチ化と実在元ナチ賛美との間、の巻

もうみんな忘れていると思うのでそろそろおれが蒸し返そうと思う。2023年9月、ウクライナのゼレンスキー大統領がカナダ議会に訪
問したのに合わせ、ヤロスラフ・フンカなる98歳の男性が議会内で盛大なスタンディングオベーションを受けた。下院議長のアンソニ
ー・ロタの紹介によればウクライナ系カナダ人の彼は「第二次大戦中ウクライナの独立のためロシアと戦った」そうで、ウクライナと
カナダ双方にとっての英雄であり、その軍務に感謝するとロタは述べた。カナダのトルドー首相、ならびにゼレンスキーの二人も立ち
上がっての拍手に加わる喝采ぶりだった。

「ウクライナの独立のためロシアと戦った」と聞いて頭に疑問符が浮かんだあなたはカナダの全国会議員より頭がさえている。フンカ
が所属していたのは第14SS武装擲弾兵師団、ポーランド人の虐殺に複数回関わった悪名高い部隊である。つまりカナダ議会が総力を挙
げて本物のナチを賞賛してしまったのである。プーチンはウクライナ侵攻の大義名分として「ウクライナの非ナチ化」を唱えていたが、
図らずも西側世界が「ウクライナのナチっぷり」の証明に手を貸す真似をやったわけだ。カナダの動きは速かった。トルドーはすぐさ
ま謝罪し、ロタは辞任。ロタは「議員やウクライナの代表団を含め誰も詳細を知らされておらず、すべては自分の責任」と周囲をかば
説明までしてみせたし、それを口実にして万雷の拍手を浴びせた議員たちは頬被りを決め込んだ。それみたことかと早速プーチンが
口撃をかける。お得意の歯に衣着せぬ物言いで「もし彼(ロタ)が第二次大戦中ロシアと戦っていたのはヒトラーとその子分だと知ら
ないならマヌケだ。知っていてウクライナとカナダの英雄扱いしたならクソ野郎だ」と非難を浴びせた。自分がマヌケともクソ野郎と
も認めるわけにはいかないカナダ側は「ロシアのプロパガンダに気をつけろ」と返すほかなかった

ここまではググればいくらでも出てくる事実である。わざわざ事細かに解説するまでもないだろう。問題はおれたちはこの喜劇もしく
は悲劇をどう解釈すれば良いのか、だ。一番単純かつ雑に考えると、「カナダ人(のうちいくらか)はナチのシンパなんだ!」みたい
な安易な結論に飛びつきたくなる。だがまさかそんなことはなかろう

なかろうと思うのだが、最近こんなニュースが飛び込んできた。オタワに建設された「共産主義による犠牲者の追悼碑」に刻まれた55
3件の人物・団体のうち、6割にもおよぶ330件の名前を削除すべきとの勧告がカナダ文化遺産省から行われていたことが分かった。そ
の理由は、くだんの人物・団体がファシスト組織やナチスと関係している可能性が高いからというものだった。この追悼碑は2023年11
月に除幕式をする予定だったが、上記の議会元ナチ歓迎事件と受けて取りやめになっていた。過去15年にわたり目的、設置場所、費用
を巡って論争が絶えないこの追悼碑建設プロジェクトは、費用750万カナダドルのうち600万が公金から支出されていると記事にはある。

カナダ人のみなさん、インド人移民が増えてイラついてらっしゃるのは分かりますが、少し頭冷やしてください…。


本当に世間から追放されているのはおれたちなのでは、の巻

これはもうネットのそこかしこでさんざっぱら言われていることだろうが、「追放もの」というジャンルは書く方も読む方もずいぶん
苦労するのではないか? 実は有能で凄い力を秘めた主人公の能力を理解できず理不尽に追い出した連中が後で痛い目に遭う、それを
尻目に主人公は頼れる仲間を集め立身出世する……というのが見所であり、読者がスカッと爽やかになれる肝であろう。だが、マヌケ
な奴らを見返したときの爽快感を増そうと主人公が追放された理由を理不尽にすればするほど「いくらなんでもそれは不自然だろう」
と読者は感じてしまうし、主人公を強く有能に書けば書くほど「こんな優秀な奴を追い出すのは変だ」となってしまう。逆に話にリア
リティを持たそうと十分な理由を設定すれば「追放するまっとうな根拠があり、見返してざまぁするほどの非がない」ことになる。
「理不尽だがそれなりに筋の通った話、しかし追放側に同情できないくらい悪辣」なきっかけが求められる。前掲のpixiv百科事典に
ある「俺のパーティに俺以外の男はいらない」なんて理由はなかなか悪くないが、人生をかけて復讐を誓うにしてはどうにも軽薄である。

そうして無事に(?)追放された主人公だが、あっという間に追放した側を見返しては話が面白くない。どん底まで落ちた主人公が這
い上がり、追放した側があぶくのような栄華を極めている描写がなければ爽快感は出ない。ところが、それがあんまりにも長すぎると
「さっさとざまぁしに行け」とイライラの原因となる。話が長すぎても短すぎてもいけない。その上、一度ざまぁしてしまったが最後、
主人公にはそれ以上の目標がもはやない(スローライフものにでも方向転換する?)。追放系の根底に流れる「ざまぁ」「もう遅い」
を求める心はほの暗い負の感情である。読者たちの負の感情を爆発させず冷まさずコントロールするのに必要な技術は、世論操作とか
プロパガンダ工作とかに必要なそれと似たようなものだろう。そんなおっかないものを誰しも持っているわけではないからこそ、ここ
まであーだこーだと言われるのだろうが…。


脅しが効かなくなってからが本番なのだが、の巻

「なまはげ」でも「アマメハギ」でも、なんなら獅子舞や鬼や天狗でもなんでもいいが、そういった「恐怖による脅し」で子供をしつ
けようというのはずいぶんと非教育的ではないか?
子どもたちに「親の言うことを聞いているか」と詰め寄ると怖がる幼い子どもは泣き声をあげていました。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20250103/3020022799.html
子供が泣くような恐怖によって親の言うことを聞かせたり、あるいは親孝行させることはまったく可能である。日本中のほとんどの家
庭で今も昔も取られている手段だろう。親や地域社会にとっては便利な手段だがそこには教育的意味がこれっぽっちもない。ただ罰を
恐れて言われたとおりのことをしているだけで、そこには「親の言う○○をしなければならない理由」も「親孝行しなれければならな
いわけ」も説明されていないのである。「罰を受けないためにやっている」のだから親の話を聞くこと、親孝行することに積極的意義
を見いだせないし、一方で従わせるための恐怖は増大を続けざるを得ない。そこにポジティブな要素を見つけることはできないのであ
る。百歩譲って、子供の頃の話だからと笑って済ませることも出来るだろう。しかしこれが法律に書かれると笑い事ではない。
刑法第200条か違憲がどうかについての議論は、昭和48年から遡ること約四半世紀、昭和25年にすでに行われていた。尊属殺規定は道
徳の乱れの歯止めとして機能している。親孝行の大切さを刑法に顕しておくのはもっともなことだ—。議論の結果、当時の最高裁大法
廷は合憲との判決を下している。
https://www.bengo4.com/times/articles/136/
なんと75年前の日本人は尊属殺規定は「親孝行の大切さ」を表現するために必要だと考えていた。これでは「日本人は法律で脅されな
いと親孝行も出来ません」と言っているに等しい。「神様の罰が怖いから悪いことはしません(≒地獄で永遠に虐待されるという脅し
がなけりゃ道徳も持てません)」と宣誓するのと同レベルである。おれは日本人全体が一歩でも二歩でも優れた倫理感と道徳を持ちモ
ラルを体現するような人々になって欲しい。おれはゴミを捨てるなとか自転車ドロに注意とか振り込め詐欺にご用心とかいう看板が消
える日を心待ちにしている。それらの看板があるということは、ゴミをポイ捨てする奴や自転車を盗む奴や振り込め詐欺があることを
示しているからだ。

なまはげや尊属殺規定合憲論の何が気に入らないかと言えば、それらは例示した「看板」そのものだからである。お前達は自発的にゴ
ミを持ち帰ることも親孝行も出来ない、だからお前達のモラルのなさを看板で公衆の面前にさらし、あるいは刑法という恐怖で縛り付
けて強制させるほかない――とおれはこう見るわけである。これはずいぶん日本人を、市井の人々を馬鹿にした発想である。世間のほ
とんどの人間は他人が見てないからと言って冷凍餃子を盗みはしないし踏切内で倒れているお年寄りを見つければなんとかしなきゃと
思う。小学生がいいことして感謝状をもらったなんてニュースは度々見るが、恐怖で脅されることしか知らない子供にはそんなことで
きっこないと、おれは大胆にも断言したい。

追記:この手の脅しで特筆すべきは仏教における地獄の概念である。十六小地獄なんかがそれだ。鳥や鹿を殺した者専用の地獄や僧侶
のふりをした者専用の地獄があるとされ、そこでどのように苦しめられるのかが微に入り細に入り記されている。年端もいかない少年
少女を始めとする老若男女を脅すために無駄に想像力が発揮されており、そこらのライトノベルが裸足で逃げ出すほどやたらめったら
細かな設定が盛られている。だがこんな設定を繰り返し繰り返し教え込んで怖がらせ、それでようやく仏様への信仰を維持できている
とするならば、仏本人はなんと無力なのだろうか。


妄想世界大戦2020:必殺撃滅竹槍伝、の巻

これは推測と妄想だけで書くので笑って読み流してもらえれば良いのだが。太平洋戦争末期に「竹槍で米軍に勝てるわけ無いじゃん」
という発言をした人は町内で炎上しまくったのではないか。いわく「竹槍でもないよりマシだ」「他の施策もやった上での竹槍だ」「
出来ることは何でもするとの政府の姿勢だ」「竹槍を作っている女学生を侮辱するのか」などなど。もっと露骨な言い方だと「対案を
出せ」「小磯はよくやっている」「和を乱すな」「みんなが一生懸命にやっているのに水を差すのか」「団結して米軍と戦うつもりが
ないのか」「心を一つにして取り組むのが尊いんだ」「政府を責めて戦争に勝てるのか」なんて具合に町内会で吊し物にされたのだろ
う。

とはいえ、そのような不届きな考えを持っていたのは一部の「非国民」だけであって、大多数の主婦やご老人はまじめに竹槍訓練をや
っていたとは、おれは全然思えないのである。表向きは真剣でも、心の中では「さっさと帰って配給の行列に並びたい」「家庭菜園の
手入れをしたい」なんて考えながら米兵に似せた巻藁を突いていたのではないか。竹槍は、おそらく千人針や神社のお守りや千羽鶴と
同程度には御利益があるのだろう。それらと同じくらいにはないよりマシなのだろう。元気も暇もあるご老体が竹藪をぶった切って竹
槍を作ったりとか、おばちゃん達が商店街の入り口で買い物ついでにちょちょいと千人針に糸を通すとかはそれをしたところで誰が困
るわけでもない。だが政府が音頭を取ってそれをやりだしたら話は別だ。何がダメかと言えば、端的に言って意味が無いからである。
政府は、政府しか持ち得ない巨大な権力、多額の金を使って最短距離で米国に勝つ選択をしなければならない。無いよりマシ程度の「
おまじない」にうつつを抜かしてもらっては困る。

何がおまじないで何が合理的選択かは時代によって異なるだろう。例えば奈良時代には、仏の力で社会不安を取り除き国を安定させよ
う、そのために大仏を建立しようというアイデアに一定の説得力があった。だから奈良の大仏が作られたわけだ。戦時中の政府が同じ
ことを言って同じような大仏を作ったら笑いものなっただろう。そのように考えてみると、竹槍という物は現代人から見てももちろん、
同時代人から見てもおまじないの域であった。少なくとも「竹槍では間に合わぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」と新聞紙上に書かれるく
らいにはおまじない的だった。

だがおまじないは人を安心させる。「こんなモンやったって意味ねぇよ」とハナから馬鹿にしている人間は別として、竹槍の訓練に集
中している間は辛い気分が紛れる。「竹槍で敵歩兵中隊を壊滅させる必殺の包囲殲滅陣!」を考えている間は現実の敗勢から目をそら
すことが出来る。竹槍の有効な使い方というミクロなものに目を向ければ向けるほど、そんな物をありがたがって使わなければならな
いマクロな状況を直視せずに済む。竹槍の戦術的価値云々という局所的視点に注目すればするほど、その費用対効果は如何ほどかとい
う大局的視点を考えなくて良くなる。竹槍がいかに優れた兵器かを力説する怪しい専門家の論説を読みあさることで勝利への渇望が満
たされる。銃後の武装は竹槍で間に合わせ前線の兵士に武器を集中させるのだ、と言われれば合理的選択に見えてくる。政府が国民に
竹槍を配ることは是か非かという議論が喧々囂々と続いている間は、こんな状況に追い込まれた原因が何であり、責任は誰にあるかと
いう話に向き合わなくてよくなる。

自分たちで勝手にやる限りにおいては「まあ無いよりはマシかもね」レベルの安心感を漂わせていた竹槍も、政府が大まじめな政策と
してやりだすととたんに国民を分断するアイテムとなる。お上の言うことを信じるか信じないか。国民として求められる模範的態度を
取るか否か。敵か味方か。そのような踏み絵として使われる。国民を安心させ団結させるはずのアイテムが不安と分断の象徴になる。
統計学者だの経済学者だのがそれぞれ好き勝手に竹槍についてあることないこと言いまくり、ラジオや新聞や雑誌には有識者のコメン
トがあふれかえり、床屋では在野学者然としたオッサン達が、井戸端では軍需大臣ならぬ民需大臣と化したオバサン達が意見を交わす。
そして、こういう竹槍に対するメタな話でさえ、うさんくさい自称中立の(そう、彼らは総力戦や国家総動員に対し自分が中立でいら
れると思っている! だが日本全国が無差別な戦略爆撃を受けている状況における「中立」「どちらにも与しない」ってなんだ?)思
想家だか哲学家だかを名乗る冷笑家の話の種として消費され尽くす。それでも市民レベルで「議論」が成り立っているうちはまったく
有意義だろう。

しかし遅かれ早かれおまじない中毒となった「竹槍をくれるなんてなんてありがたい政府なんだ!」「竹槍配布に文句を言うのは米英
の手先!」みたいな奴が出てくる。一人につき米一俵の特配というのならともかく、しみったれた竹槍ごときで政府に恩を感じてしま
う臣民の鑑がそこここに出没する。同胞を殴るための道具としてのみ竹槍を使い出す輩が増えだし、「戦車や飛行機を作っても燃料が
切れたらただのゴミ。よって竹槍の方が優秀」といった具合に奇天烈な褒め方を始める。間に合わせの「手段」であった竹槍がいつし
か「目的」としてすり替えられ、「竹槍の訓練をしてさえいればそれで勝てる」と本末転倒な気分が醸成される。かくして竹槍は神格
化され反論する者は容赦なく非国民扱いされる。

ところで、ここまでダラダラと嫌みったらしい文章を書き連ねてきたが、そもそも我々は一体竹槍で何をする話をしていたのだったか?
非国民を突き刺すためではないことまでは確かなのだが…。

(ここまで読んだ人は大抵見当付いてるだろうけど、この文章は「竹槍」を「アベノマスク」と置き換えて読むことを前提に書いてい
ます。あしからず)

「戦争カゼもユダヤ人の謀略である旨、ユダヤ研究家が発表している。これが「昭和日本」の知識標準だ。」
清沢洌「暗黒日記」昭和19年1月22日


道理が通らぬ世の中に国民性を垣間見よ、の巻

たとえばこういうものの見方がある。(孫引きです。ごめん)
「元來特別なる國民性を有する支那に對しては、述特別なる外交を以てせざるべからず。支那人は弱味を見すれば際限もなくつけ上る
國民にして、而も恩義を忘卻する事も亦他に類なきなり」
大正2年9月5日付『東京日日新聞』
現代の日本人が書いたと言われても信じるような内容である。ネット上でいくらでも見られる「中国(人)信じるな論」の一バリエー
ションだ。しかし国家と国家の付き合いとは互いの弱みにつけ込みあげつらい、押したり引いたりこびへつらったり取引したり妥協し
たり脅したりの丁々発止が当たり前ではないのか? 恩だの人情だのの浪花節で外交を行っている国家がどれだけあるのだろうか。

「フィリピンは憲法を改定して、国内に外国軍が駐留すること禁止し、米海軍の海外最大の基地だったスービック基地と空軍のクラー
ク基地を撤退させました。でも、一度は「出て行け」と言っておきながら、中国の攻勢で南シナ海が危機的になると、今度は米軍に
「戻ってこい」と言い出した。まことに身勝手な話ですけれども、「こういうこと」ができるのが主権国家なんです。自国益を最優先に
して、他国と交渉する。譲るところは譲り、取るべきものは取る。それが主権国間の外交なんです」
おれにはこちらの方がより現実味のある国家同士の関係に見えてほかならない。国家とはワガママなのだ。だけどもそれが当然だ。も
しかしたら日本人は「間抜けなフィリピン政府が米軍を追い出してしまい、そこに手を伸ばしてきた中国を見て恩知らずにも米国に助
けを求めた」と理解するかもしれない。だがフィリピン人はそうは思わないだろう。アメリカ・フィリピン間の安保条約である米比相
互防衛条約自体を破棄したのではなく、あくまで基地協定が更新されず期限切れになっただけだ。同盟は続ける。だが冷戦終結で基地
はいらなくなったのでお引き取り願う。それだけだ。

中国の脅威が高まってきたからまた駐留してくれと言われて、そりゃ米国だって内心ムカつきはするだろう。だが基地の使用を再開す
るのは願ってもないことである。加えてフィリピンに一つ貸しが出来る。だから過去のことは水に流して「米国は常にフィリピンとと
もにある。我々の求める未来を達成するために、米国は常に立ち上がって皆さんとともに戦う」なんて歯の浮くようなことをヒラリー
言わせる。

米軍が日本にいるのは日本に対するお慈悲でもお恵みでも施しでもない。それが米国の国益につながるからである。米国の国益になら
ないとひとたび確信すれば、彼らは明日にでも日本から出て行くだろう。全く同じく、日本が米国と安保条約という名の同盟を結んで
いるのはそれが日本の国益にかなうからであり、彼らが宗主国だからでもご主人様だからでもない。それを「日本と米国との間は特別
な関係がある」とか「駐留してくれるなんてありがたいことこの上ない」とか考えたり、「思いやり予算」「トモダチ作戦」などとい
った情緒的単語に酔い痴れているようでは、米国が日本人に対して「特別なる國民性」を発見するのにそう時間はかからないだろう。

ここでも引用したとおり、フィリピンの歴史家レナト・コンスタンティーノによればアメリカ統治時代のフィリピン人はフィリピンと
アメリカの間には「特別な関係」があるとの神話を持っていたという。そのフィリピンが米軍を追い出したり、必要とあらばまた受け
入れたりを自ら選択できたという事実は我々日本人にとって重い。


ヒーラーの心は誰がヒールするのか、の巻

ヒーラー職というのはその実結構キツい職業ではないか? 少人数の冒険者グループでなら好きなだけチ
ヤホヤされるがいい。おれが話しているのは軍隊サイズの集団における彼ら彼女らヒーラーの話だ。勝っ
ているときは少しでも多くの首級を挙げ、あるいは戦利品を得ようと躍起になる兵士たちから早く回復し
てくれと次々せかされるだろう。褒められこそすれ足蹴にはされない。攻め込んでいる内は負傷者の収容
も問題にならない。自分が人の役に立っていればお国の始めた戦争でしかるべき活躍をしていると満足感
を得られる。

しかし負け始めるとこれが困る。傷ついた兵士を瞬時に直してまた戦わせる。腕が良ければ文字通り切断
された腕をくっつける術や魔法だって使えるだろう。傷つく、治す。傷つく、治す。それでも戦に負ける。
戦線は後退する。一日に二度も三度も死ぬ寸前の重症を負った兵士をまた治し、渋る彼に武器を握らせる。
自分たちに出来ることは一人でも多く兵士を治して一人でも多く前線に送り込むことだけだ。死なない程
度にケガをして故郷へ帰りたい兵士からは恨まれ、自分たちのことを死霊術士か何かだと思っているお偉
方の将軍からはぬけぬけと「死者の蘇生はできないのか?」などと言われる。

たとえ話として、うつ病の原因はこれこれという神経伝達物質のせいである、としよう。精神科医は患者
に抗うつ剤を与えてうつ病でなくす。しかしそれは患者の肉体を治療しただけであって、それら神経伝達
物質が変調を起こした原因、肉体の外にある環境要因(つらい仕事や学校、人間関係のトラブルなど)を
修正したわけではない。つまり患者のうつ病は再燃しうる。ヒーラー職も同じである。S級なんたらだとか
伝説の大魔道士だとかの腕前を持ってすれば、ちぎれた手足どころか戦場でのトラウマを抱える兵士の脳
さえ「治療」できるかもしれない。しかし、兵士一人一人が傷つく原因である戦そのものをどうこうする
力はないのである。(あったとしたら作品のタイトルは「癒し手ですが戦闘も出来るので戦います」とか、
いかにもつまらなさそうなものになっているはずだ)

兵士たちの目には、ヒーラーたちのことが自分たちを永久に戦わせるためのシステムとして映るかも知れ
ない。治す側の彼らたちもわずかな休憩時間に手を止め、魔法の杖をじっと握りながら、自分たちのやっ
ていることが死体を操る以外は死霊術士とほぼ変わらないことを見つけるのである。「いや、人を癒やす
ことは常に善のはずだ」とか「我々の聖戦をあくまで完遂させねばならぬ」などと議論しているうちにい
よいよ戦局はのっぴきならないものになり、とうとう癒し手さえもが戦うことを求められる。「戦わせる
ための人たち」が「戦う人たち」になったとき、癒し手たちが見たものとは――とここまで書けば単なる
ファンタジー冒険譚のみならず職業倫理や生命倫理にまで踏み込んだ話になるだろう。たぶん。

「すぐにお怪我を治しますね」とおれの手を握ってくれるヒーラー職のチョー可愛い女の子たち(たぶん巨
乳だったりツンデレだったり褐色姉御肌だったりするのだろう。むろん女性向けなら性別はスイッチされ
ふさわしい性格が付与される)、彼女たちが見ているのは人格を持つ人間としてのおれなのか、いち戦闘
単位としてのおれなのか……?


妻の憂鬱、夫の憂鬱、の巻

その昔(イスラム圏の国では現在でも)、女性が働きたい場合「夫による許可証」の提出が必要だという
国が少なからずあった。国や時代によっては夫の承認がなければ銀行口座さえ開けなかったという。例え
スペインでは1963年時点でも就業の際に夫の許可が必要で、フランスでは1965年になってやっと夫の許
可なく口座開設や就業ができるようになった。「妻の手綱は夫がしっかり握っておかないとね」と思った
夫たちはいくらもいただろう。だがそれと同じくらい、「こんなのいくら何でも差別的すぎるだろ」と感
じた夫たちだっていたはずだ。

しかし、後者に属する彼らが「こんなバカバカしい法律なんて相手にしてられるか!」と許可証の提出を
しなかったかといえばそうではなかろう。自分がサインしなければ結局妻は口座を作ったり就業したりで
きない。差別的すぎると感じるだけの良心を持つ夫たちは、サインすることで「夫による認可システム」
を生き永らえさせてしまうことを苦々しく思いながら、されどもその良心ゆえに最終的にはしぶしぶ書類
にサインしたはずだ。

何が言いたいかと言えば、システムの中で生きることと、そのシステムを良きものとして認めることとは
イコールではないのである。体制内体制批判の矛盾を指摘してそれで片付けていい話ではないのだ。表面
上どのように見えたとしても、アフガニスタン人の愛妻家みんながイスラム法による支配に満足している
とは、おれは思えないのである。


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最終更新:2025年09月28日 09:52