「ピュロスの勝利」はどう定義されるのか
はじめに
ウクライナ・ロシア間の戦争について、ロシアの経済的軍事的実情に関する西側のあまりにも楽観的な報
道を批判する文脈で「世界でフィンランド人と日本人だけが、フィンランドが冬戦争に勝ったと思ってい
る」という皮肉を見かけた。もっともらしい気もすればそんなことなかろうという気もする。気になった
ので調べてみた。
今回調べた条件は以下の通り。
- Wikipediaの「冬戦争」の各言語版の項目を調査対象とする。
- 調査時点で記事のある全86言語を調査した
- 戦争テンプレートの「結果」がどうなっているかをチェックし、フィンランド側が
何らかの勝利を収めたと書いてあるかを調べる
- 「結果」の記述を日本語に訳したものを記す。なお適宜改行を入れてある
- 外国語に関しては基本的にDeepL翻訳とGoogle翻訳に頼った
- 上手く翻訳できないもの、ニュアンスが微妙なものは原文を付した
- 各言語の記事を閲覧したのは2025/12/8である
- 冬戦争後にソ連・フィンランド間で結ばれた講和条約は日本語版に合わせて
「モスクワ講和条約」で統一した
ちなみに、戦争テンプレートって↓みたいな奴のことね
| 言語 |
「結果」の記述 |
芬が勝ったと 書いてあるか? |
備考 |
| 日本語 |
ソビエト連邦側の勝利、フィンランドの政治的辛勝、 モスクワ講和条約 フィンランドの領土喪失により翌年 継続戦争開始 ソビエト連邦の国際連盟除名 |
○ |
|
| 中国語 |
ソ連の辛勝 『モスクワ講和条約』に調印 ソ連・フィンランド関係は「暫定平和」段階へ
|
× |
秀逸な記事に選定 辛勝の部分の原語は「慘勝」と書かれており、 ピュロスの勝利への記事へとリンクされている。 |
| グアラニー語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| 英語 |
モスクワ講和条約 |
× |
秀逸な記事に選定 |
| スペイン語 |
ソ連の勝利 モスクワ講和条約 |
× |
結果・影響とで欄が二つある |
| フランス語 |
ソ連の勝利、 モスクワ講和条約 |
× |
|
| オランダ語 |
ソ連の勝利 |
× |
|
| ポルトガル語 |
モスクワ講和条約; フィンランドの独立は維持された。 |
× |
|
| バシキール語 |
戦争テンプレートを使っているが結果の表記なし |
- |
|
| ベラルーシ語 |
ソ連の勝利 モスクワ講和条約(1940年) |
× |
|
ベラルーシ語 (タラシケヴィツァ) |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ブルガリア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| マケドニア語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ロシア語 |
モスクワ講和条約、フィンランドの主権維持、 フィンランドの一部の領土喪失 |
× |
|
| セルビア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| タタール語 |
ソ連の勝利、 モスクワ講和条約(1940年) |
× |
|
| ウクライナ語 |
モスクワ講和条約(1940年) |
× |
|
| カザフ語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ギリシャ語 |
ソ連の勝利 モスクワ講和条約の調印 |
× |
|
| アラゴン語 |
ソ連の勝利 |
× |
|
| アストゥリアス語 |
領土の変化については記載があるが結果の記載は無し |
- |
|
| アゼルバイジャン語 |
モスクワ講和条約の調印 |
× |
|
| ボスニア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| ブルトン語 |
モスクワ講和条約 |
× |
原文「Darvoud-alc'hwez」なので「結果」とは違う? |
| カタロニア語 |
ソビエトのピュロスの勝利 |
× |
|
| デンマーク語 |
モスクワ講和条約。その後、継続戦争 |
× |
良質な記事に選定 |
| ドイツ語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
秀逸な記事に選定 |
| エストニア語 |
モスクワ講和条約により、フィンランドは独立を維持したが、 ソビエト連邦にヴィボルグ県の一部とその他の地域 (割譲されたカレリア、フィンランドが割譲した地域を参照) を割譲せざるを得なかった。 |
× |
|
| バスク語 |
ソ連は講和条約によって戦争に勝利した。その見返りとして、 ソ連はフィンランドの領土の10%を獲得した |
× |
|
| 西フリジア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
良質な記事に選定 |
| アイルランド語 |
戦争テンプレートを使っているが結果の表記なし |
- |
|
| ガリシア語 |
モスクワ講和条約(暫定和平) |
× |
秀逸な記事に選定。ここでの暫定和平とは スウェーデン語と同じく冬戦争と 継続戦争の戦間期を意味する単語 |
| クロアチア語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| イタリア語 |
ソ連の勝利 モスクワ講和条約 |
× |
秀逸な記事に選定 |
| ラテン語 |
カレリアはフィンランドから奪い取られた |
× |
原文「Fortuna」。 結果と言うよりは「宿命」「運命」か |
| ラトビア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| リトアニア語 |
モスクワ講和条約 フィンランド湾のフィンランド領をソ連へ割譲 |
× |
|
| リッヴィ語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ルクセンブルク語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ハンガリー語 |
ソ連のピュロスの勝利 |
× |
|
ノルウェー語 (ブークモール) |
モスクワ講和条約 フィンランドによるソビエト連邦への大規模な領土割譲。 継続戦争 |
× |
良質な記事に選定 |
ノルウェー語 (ニーノシュク) |
モスクワ講和条約 |
× |
原文「Sovjetisk siger ved Moskvafreden」 |
| オック語 |
ソ連の勝利 |
× |
|
| ポーランド語 |
ソ連の形式的勝利、軍事的/戦争的な引き分け、 フィンランドは独立を守った |
△ |
|
| ルーマニア語 |
ソビエトのピュロスの勝利 |
× |
|
| スコットランド語 |
ソビエトの勝利 モスクワ講和条約 国際連盟からのソビエト連邦の除名 ソビエト連邦の多大な損失と国際的威信の失墜 ソビエト連邦による併合計画からフィンランドの独立が守られる 継続戦争による戦闘再開 |
× |
|
| アルバニア語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| スロバキア語 |
モスクワ講和条約により、フィンランドはソ連に 国境地帯の一部を割譲した。 |
× |
|
| スロベニア語 |
ソビエト連邦の勝利 |
× |
|
| セルボ・クロアチア語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| フィンランド語 |
モスクワ講和条約 (1940年) |
× |
影響として別に長文あり |
| スウェーデン語 |
戦争テンプレートを使っているが、「Mellanfreden」という 冬戦争と継続戦争の間の期間を指す 単語へのリンクが結果に張られている |
× |
|
| トルコ語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| ヴェプス語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ヴォロ語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| アイスランド語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| チェコ語 |
モスクワ講和条約 ソ連の国際連盟 からの除名 |
× |
|
| サモギティア語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| アルメニア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| ジョージア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| アラビア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| 南アゼルバイジャン語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ペルシア語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| パシュトゥー語 |
戦争テンプレートを使っているが結果の表記なし |
- |
|
| 中央クルド語 |
戦争テンプレートを使っているが結果の表記なし |
- |
|
| ヘブライ語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| マラーティー語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| アフリカーンス語 |
モスクワ講和条約 |
× |
秀逸な記事に選定 |
| スワヒリ語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| 呉語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| 広東語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| 韓国語 |
ソ連軍が勝利したが被害が甚大 フィンランド国境の領土喪失 モスクワ講和条約 ソ連の国際連盟追放 継続戦争による新たな戦争の開始 |
× |
|
| モンゴル語 |
ソビエト連邦の勝利。フィンランドの精神的勝利 |
○ |
原文「Финландын сэтгэл санааны ялалт」 |
| インドネシア語 |
暫定和平 |
× |
原文「Perdamaian Interim」ガリシア語、 スウェーデン語と同じく戦間期の意か? |
| マレー語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| ウズベク語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| タガログ語 |
ソ連の勝利 |
× |
|
| ベトナム語 |
ソ連の高くついた勝利 モスクワ講和条約 |
× |
|
| 閩南語 |
戦争テンプレート不使用 |
- |
|
| ヒンディー語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| ベンガル語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| パンジャブ語 |
モスクワ講和条約(その後を参照) |
× |
|
| タミル語 |
モスクワ講和条約 |
× |
「結果」の欄がなく「戦争が起きた地点」に 東フィンランドと併せてモスクワ講和条約と描いてある |
| タイ語 |
モスクワ講和条約 |
× |
|
| イド語 |
ソ連の勝利 |
× |
原文「vinko Sovietiana」 |
| シンプル英語 |
戦争テンプレートを使っているが結果の表記なし |
- |
|
感想
リストを見れば分かるとおり、何らかの形でフィンランドの勝利と書いてあるのは日本語版とモンゴル語
版だけであった。強いて言えばポーランド語版もかなりフィンランド寄りの書き方である。以上、一言で
言えば都市伝説は半分真実で半分間違いだった。
各言語の記事を見ていく中で執筆者のセンチな気持ちが伝わってくる感じはする。要するに、モスクワ講
和条約でフィンランドが領土を割譲したことは事実であってもソ連の損害は大きくて、ピュロスの勝利で
あり、国際連盟も追放された…と。しかしピュロスの勝利とはあまりにも「言ったもの勝ち」な表現では
ないか?
「ピュロスの勝利」とは古代ギリシャに位置したエペイロスなる国のピュロス王がローマ、カルタゴと戦
ったピュロス戦争の逸話である。ピュロスは行く先々の戦で勝ちはしたものの、それが最終的な戦勝に繋
がらず、ずるずると兵を失っていった。このことから割に合わない勝利や被害の大きすぎた勝利のことを
「ピュロスの勝利」という。
しかし、
Wikipediaでも見れば分かるとおり彼は戦場では勝っても戦争に勝ったわけではないのだから、
どちらかの側が明確に戦争目的を達成して講和と相成った戦争について「ピュロスの勝利」と形容するの
は軍事史的には不適切であろう。賢明なことに、
英語版Wikipediaでは挙げられている例はすべて戦術レ
ベルの戦闘であり、ある戦争自体を挙げてピュロスの勝利とはしていない。
百歩譲って、「割に合わない勝利」「被害の大きすぎた勝利」という比喩的意味についてのみ考えてみよ
う。「冬戦争はピュロスの勝利」だ、と各国語版Wikipediaに書いてある。日本語版によればソ連の被っ
た損害は戦死・戦傷・捕虜合わせて40万人と書いてある。では一体何人の被害なら「割に合う勝利」にな
るのか? それを追い求めるのは茨の道である。「1939年冬のこの状況、この軍事力ならソ連軍の許容さ
れる損害は○万人までであった」などと計算することは果たして可能なのか。現代人が計算して出した数
値と当時のソ連が計算して出した数値に差があったらどちらを優先すべきなのか。勝利の結果として得ら
れたものの価値と人命の釣り合いはどうやって計るのか。仮に諸々の努力の末にもっともらしい数値を得
られたとして、歴史をやりなおして確かめることなど出来ないのだから良くてやっかみ、悪くて負け惜し
みの範疇を超えた意義があまり出てこない。
例えば「独ソ戦の死者は多すぎる。ドイツの軍事力・経済力を示すこれこれの資料を踏まえればソ連の損
害は○万人まで減らせたはずである。よってソ連側の『ピュロスの勝利』である」などという主張をして
いる人間は、それがどれだけ優れた論証であったとしても、通常「戦争の勝敗が敵味方の殺傷数比べで決
まると思っているバカ」「逆張りしたいだけの痛い奴」「筋金入りの反共主義者」のいずれかにくくられ
ること請け合いである。なぜか。戦争目的を達成したのがドイツではなくソ連だからである。
では戦争目的さえ達成すればどんな戦争もピュロスの勝利ではなくなるのか? と言われればそれも難し
い。国家が戦争に手を出すのは、極論すればより良い状況へ自らを押しやるためである。ところが「戦に
勝って戦争に負けた」の拡大版、「戦争に勝ったけど国家が行き詰まった」なんてことになってしまった
例が確かにある。戦争を長く続けたために深刻な財政危機を招きマーシャルプランによるアメリカ指導下
の復興計画を受け入れざるを得ず、ブレトン・ウッズ協定によりポンドの基軸通貨としての価値を失うこ
とになったイギリスをピュロスの勝利と呼ぶことは普通ないが、法幣の大量発行による天井知らずのイン
フレに伴う国民経済の破壊と土地の荒廃を招き、その後国共内戦に敗北することになる中華民国の終戦後
の状況について、堀田善衛によれば人々は「惨勝」と呼んでいたという。典型的ピュロスの勝利であろう。
40万人の死傷者を出したことが直接ソ連の崩壊へ繋がったわけではないことを顧みれば、イギリスの例に
近いと思えるのだがどうか。
ところで我々は「ピュロスの勝利史観」の敗戦国バージョンというべきものにも目を向けねばならない。
「戦争目的を達成したといえど、被害が大きすぎるので実質負け」を敗戦国側にスライドさせたもの、つ
まり「戦争目的を達成できなかったのだから、負けた側の全ての犠牲は無駄であり、犬死にだった」とす
る考えだ。「犬死に史観」とでも呼ぶべきそれは、アメリカのアフガンでの軍事行動についての誰が言い
だしたのかも分からないコピペによく現れている。
以下に引用する。
If you feel useless, just remember USA took four presidents, thousands of lives, trillions of
dollars and 20 years to replace the Taliban with the Taliban.
(もし自分が役立たずだと感じるならどうか思い出して欲しい、アメリカは4人の大統領、何千人もの命、
何兆ドルもの金、そして20年を費やしてタリバンをタリバンに置き換えたことを)
莫大な命も金も時間も無駄遣いしておれたちアメリカ人は何をやってんだ……という失望や諦観、ペーソ
スを含んだコピペだ。ここでは人命は完全に数字として扱われており、「自国の兵士達の犠牲はまるきり
無駄だったのでは」との悲観が感じられる。
特に継続戦争に関しては「犬死に史観」の付けいる隙がないでもない。戦争目的である旧領の奪還はなら
ず、開戦前と比べさらに領土を奪われ、戦後には「フィンランド化」を余儀なくされる非常に厳しい立ち
位置に置かれる。スペイン同様枢軸寄りの中立国として第二次大戦を乗り切ることがまったく不可能だっ
たとは思わない。「犬死に史観」は日本人も人ごとではない。一方にアジア諸国の解放と独立を達成でき
たのだから日本の勝利であるとの呆れるほど都合の良い見方があれば、もう一方に明治以降に獲得した領
土をまるきり失い現在もなお国内に「占領軍」がいて好き放題にされているのだから戦死者は全て犬死に
であるとの死人にむち打つがごとき見方がある。この二つのうちどちらが、どれくらい正しいのかを巡っ
て80年喧々囂々言い争いが続いてきたし、そしてこれからも続くだろう。
「両論併記で逃げてんじゃねぇよタコ。手前自身の意見を開帳しろ」との鋭い指摘に答えるならば、おれ
は心情的に後者の側である。しかし戦時中の日本人も「ここで戦争を止めたら戦死者は犬死にじゃないか!」
との考えを持っていたこと、それゆえに引くに引けなくなったことは疑いようがない点を考慮せねばなる
まい。つまりおれの立場は戦争が終わった後だから取れる都合の良い立場である。負けて終わった戦争の
数十年後になってから「戦死者はみんな犬死にだったね。平和が一番大事だ」なんてしたり顔で戦争反対
を言うのは簡単だ。戦争中に戦争反対を言うから偉いのである。その辺の後ろめたさを自覚しているがた
めにおれは犬死に史観の完全な信奉者であるとは言うことができない。
それで結局、冬戦争はピュロスの勝利なのか? あるいは継続戦争は犬死になのか? ひとつ言えるのは
日本の戦争における自国の被害について「歴史的事実」を超えたメンタル的、心的部分は日本人自身で結
論を出すべきなのと同様、ソ連の被害、フィンランドの被害については各国人がその判断を下すべきであ
って、外野がどうこう言っても仕方あるまいということだ。マルビナス諸島を奪還するためならアルゼン
チン国民は100万人を失ってでも戦い続けるかも知れない。それを見て日本人が「割に合わねぇなぁ。ピ
ュロスの勝利じゃねぇか」と気軽に言えるだろうか。逆に考えてみれば良い。アルゼンチン人に「世界第
2位の経済大国と戦争してまで、人も住めないような石ころでしかない尖閣諸島を守る意味あんの?」と
聞かれて日本人は首肯するだろうか。多くの人の答えはノーだろう。
「原爆投下で○万人が亡くなった」というデータそのものには誰も異論は無いが、原爆の被害者が「戦争
をふっかけた側の被害者気取り」「国際法違反の戦略爆撃による痛ましい犠牲者」「現在も続く核抑止時
代の最初の、そして今のところ最後の被害者」のどれなのか(あるいはどれでもないのか)は日本人こそ
頭から煙が出るほど論じる必要がある。それと同じことである。なぜこれほどまでの人命が犠牲になった
のか? 何を求めて戦争を始めたのか? 戦争が割に合わなくなるラインとは何なのか? 割に合いそう
なら思いきって戦争に賭けるのもアリなのか?ピュロスの勝利であろうと犬死にであろうと、あるいはど
ちらでもないと結論されようと、それを徹底的に議論し心に刻むこと。それが戦争で命を落とした人々の
犠牲を弔う、一つの有効な方法であると思うのだが。
最終更新日 2025-12-26
.
最終更新:2025年12月26日 22:11