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 ライプツィッヒ留学の俊英、19歳ごろ(1877年ごろ)のソシュール

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ソシュールの言語革命

 前章では、<情念としての言葉>というパトスが、
 ロゴスと対立するものではなく、
 ロゴスそのものの深部にある<動きつつあるゲシュタルト>であることを述べた。
 これは文学における詩の言葉であり、
 音楽・絵画・造形美術とも通底する言葉の姿である。
 またこれは、のちにも詳しく見るように(本書、第Ⅳ章)、
 夢の言語とも比較可能であり、
 S・フロイトのいう無意識の言葉でもある。
 このようなパトスを深層とする<ロゴス=言葉>の重層性を
 西欧においてはじめて示唆してくれたのは、
 スイスの言語哲学者・フェルナン・ド・ソシュールであった。

 エルンスト・カッシーラーは、
 ソシュールによって創始された現代言語学の重要性を
 「17世紀において物理的世界についての我々の観念全体を変えたガリレイの新しさ」
 に比することができる、と書いている。
 右の文を引用したJ.カラーによれば、
 「カッシーラーにとって、現代言語学の死活的で革命的な相は、
  関係と関係の体系の優先性についてソシュールが力説したこと」であり
 「その戦略は事物から関係への焦点の転移である」(『ソシュール』)という。

 <言語革命>という概念を、
 狭義の<言語革新>ではない
 <言語観の革新による認識=存在論的視点の転換>と考えれば、
 ガリレイに始まりニュートンによって完成する古典物理学がなしとげた
 <科学革命>(H・バターフィールド)がルネサンスや宗教改革以上に
 近代を近代として特徴づける決定的な事件であったのと同様に、
 この実体論パラダイムから現代の関係論パラダイムへの転換は、
 <革命>と呼ぶにふさわしい出来事であるかもしれない。
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 しかし、ソシュールの思想においてそれ以上に重要なものは、
 R・ヤーコブソンが「第二のソシュール革命」と呼んだ
 晩年の<アナグラム研究>に読みとられる<無意識の言葉>の発見であった。
 <アナグラム>は、
 テクストの背後にもう一つのテクストを同時存在せしめることによって、
 表層意識における言葉を制約している線状性・不可逆性をゆるがし、
 深層意識における言葉のもつポリフォニー(他声音楽)性・
 可逆性を回復させるからである。

 本章では、そのアナグラムの謎に取り組む準備として、
 ソシュールの生涯と思想、
 さらにはそれが与えた現代へのインパクトがいかなるものであったかを
 見ておくことにしたい。
 換言すれば、ソシュールの第一の言語革命が
 第二のそれをどのように用意したかというプロセスを追ってみようと思う。
最終更新:2008年07月02日 21:00