「そうそう、そんで昨日寝たのがさぁ……」
紗織と話しながら通学路を歩く。
もう、眠気が襲ってきて死にそうだ。
「あはは~。うちもうちも~」
「二人揃って目の下にクマ作ってりゃぁ世話ないわね。こんだけの情熱を受験勉強に活かせればいいのに」
「もううちら高校行かなくてもいいんじゃない? 漫画家やろうよ漫画家!」
「まぁね、その線は考えてんだけどねぇ。やっぱりほら、観察対象が無いとインスピレーションも出てこないって言うかさ」
アキラくんはもう手放せない。手元に置いて見つめてたいくらい。
「まぁねー。でもうちはタカちゃんと一緒にいればどんだけでも描けるよ!」
「そりゃぁ……」
「一緒に住んで一緒にお風呂入って一緒に食事して一緒に寝られる毎日ならもっともっといいの描けるよ!」
「はいはい。あんたがあたしのこと大好きなのはわかったから。朝から言わないの」
「なんだ。うちがタカちゃんのこと好きだって知ってたのん?」
「毎日一緒にいればわかるわよ」
「そ、それじゃ今日はお持ち帰りでお願いします」
「……勘弁して」
実のあるようなないようないつもの会話をしながら歩いていると、通学時間なんてあっという間だ。
さぁ、あとはアキラくんを待って観察するだけ!
「じゃ、あたし行くから」
「えー。よく飽きないよねぇ」
「飽きないわよ! こんなワクワクすること、飽きるわけないじゃん!」
玄関で紗織に荷物を渡して別れ、あたしはそのまま校門付近の茂みまで移動する。
彼の行動はもう大体把握している。
不良然としているくせに朝は早い。
横を通りかかる女の子全員にラブコールしながら悠々と歩く。
よくも毎日そんなことをして飽きないもんだ。
「はぁ、はぁ……もう頭爆発しそう」
妄想が膨らんでいく。
あたしが男だったらよかったのに。
そしたら、14作目のソウスケみたいに、あたしがアキラくんを犯してやるのに!
「『アキラ……すごく、いい』、『あ、ぅ……俺、も、気持ち……いい』とかさぁっ! あーはははっははひゃは!!」
すかさずメモを取り出し、事細かに脳内妄想を書き連ねていく。
「そうそう、それでそれでぇ! あはっ!? あはははっはははひぇひぇ!!!」
「ずぉぅッ!? な、びびびびっくりしたじゃァねぇか!!」
「あっはははは……は?」
茂みに隠れていることを忘れ妄想に耽っていたあたしが正気に戻ったのはそのときだった。
目の前にいたのはあたし妄想内で快楽に悶えていたまさにその人。
そこで、生涯で初めて目が合った。
「アキラ、くん……」
「ぬおぅ!? 誰かと思えばキミは雪城さんちの貴美ちゃんじゃぁないか! 日本人離れした目鼻立ち! それでいてすらっと伸びた肢体! これはアンビリーバボーで奇跡の出会い! どうだいお嬢さん? 今夜この僕と一緒に夜のダンスを!」
今までずっと傍観者だったあたしに口説き文句をすらすらと並べ立てる。
だが、アタシはもうそれどころじゃない。
だって、目の前にアキラくんがいるんだもの!
「ねぇねぇ!? ソウスケくんと二人で何かあったりしないの!? いや、ソウスケくんだけじゃなくって、ほら、ユウヤくんとか、ツヨシくんとかさぁ! はぁっ、はぁっ……」
「へ? 何かって何よ?」
「え? やだなぁ、もう! 夜のデュオとかセッションとかさぁ! あるでしょ? アキラくんみたいないい男、他の男の子が黙って見てるはずないもの!」
「…………」
「それで、それで! どぉどぉ? 誰のが一番気持ちよかった? もう全部聞きたいんだけど!!」
「…………ごめん、俺ちょっと腹痛いしトイレ行くわ……」
本当に具合悪そうに青ざめる彼。
でも、青ざめていくその様を見ていると、確信が沸いてくる。
「やっぱり! 『何でばれた!?』って顔してる! ねぇ、全部あたしに話してよ! あたしアキラくんとすっごくお話したい! やばい、頭おかしくなりそう!」
「…………すまん!!」
そういうと、彼は私の目の前から一瞬にして消える。
「え? 逃げた!! ダメ!! 今日だけは絶対逃がさないからね!!」
「来んなぁぁぁぁぁ!!! おい、誰か助けてくれ!!!」
通学路を逆走し、校門を出てしまったが気にしない。
「ちょっと待ってよぉ!! 大丈夫だって! あたしは全部秘密にするからさっ!」
「だーーーーーーーーーー!!! きゃわゆい女の子に追われる夢の構図なのに全然嬉しくねェェェ!!!!」
何で逃げるんだろうか。
ああ、でも恥ずかしがって逃げる彼もまた新鮮で素敵過ぎる!
つくづく、あたしが男だったら今この状況は夢の様だと思えるのに。
「あああああああああああやめちゃあああああああああああああああああああん!!!! たああああああああああああああすけええええええええてええええええええ!!!!!!!!!!!」
前方に小柄で眼帯をした女の子がいるが、勿論気にしない。
「あ、進藤センパーイ! おはようございまスープレックス!!」
「づごぶぇあがっ!!!!!???」
彼女にスープレックスを食らわされ、地面にめり込むようにしてアキラくんは止まった。
「あやめを口説こうなんて17億光年早いッス! 3498回死んで出直してまた死ぬッス!」
その娘はスタスタと何食わぬ顔で歩いていく。
ああ、あの娘も男だったら漫画に出来るくらいいい逸材なのに……
いや、それよりアキラくんだ。
「ああ、もう白目向いて泡噴いてるぅ!! すごい、すごすぎるわよアキラくん!! もう大好きすぎて失神しちゃいそうっ!」
興奮が治まらない。
もう、どんどん好きになってく。
このまま愛で続けたいが、道の真ん中に放置するのは流石にまずい。
ちょっと横の木陰までひきずり、じっくり観察する。
「うん、やっぱりアキラくんってすばらしいわ!」
「う、うぅ……死ぬ……」
「攻めも受けもどっちもいけるクチなんてそうそういないもの!!」
「うお……こ、こは?」
「もうだめっ! こんなの受験勉強なんてしてる場合じゃないわ!」
アイデアが溢れ、耳から何か垂れて来そうなほどだ。
「好きよ、アキラくん……もっともっと、あたしのために頑張ってね?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃいぃ!!! ごごごごごごめんなざざあああああいいいいいい!!!」
寝ていたアキラくんが飛び起き、再び全力疾走する。
「あ、待って!! あ、あれ?」
腰が抜けて立てない。
「あ、あははは……あたし、いつイッちゃったんだろ……あ、はは」
身体から力が抜け、気持ちのいい倦怠感が脳髄から身体を支配する。
「やばい……や……死ぬまでネタに困らなさそう」
最終更新:2013年03月18日 01:14