一秒の魔法【いちびょうのまほう】
「愛実ーアンタいい加減部屋片付けなさい」
「はーい」
「はーい」
服に埋め尽くされたこの部屋
「わ、この服懐かしい。もう着れないだろうなー」
部屋を散らかしてみせた服は、季節ごちゃごちゃになってそこら中の床に散らばっていた
そろそろ寒くなってきたし、ついでに衣替えもしなきゃ
そろそろ寒くなってきたし、ついでに衣替えもしなきゃ
冬服や秋服をクローゼットへしまう
半袖はまだ少しだけはとっておこう。下に着るインナーとして残しておいても損は無いだろう。あと昼間はまだ暑かったりするし
半袖はまだ少しだけはとっておこう。下に着るインナーとして残しておいても損は無いだろう。あと昼間はまだ暑かったりするし
「…これ…」
ふとクローゼットの隅の方に追いやられた、綺麗にアイロンがけされてハンガーにかけてある服に気が付いた
その服は、とてもとても大事にしてた服
大好きだった彼が可愛いと褒めてくれた服
大好きだった彼が可愛いと褒めてくれた服
「…そっか、もう冬になるんだ…」
毎日が幸せだと思えた、去年の冬
大好きだった彼と出会った、あの冬
大好きだった彼と出会った、あの冬
そして、彼とサヨナラした、春が来た
「…アルバム、何処だっけ」
部屋の片づけをさっさと終わらせると、部屋はビックリするほど綺麗になった
服を整理しただけなのだけど、それがどれくらいの量だったのかを気づかされた
服を整理しただけなのだけど、それがどれくらいの量だったのかを気づかされた
綺麗になった部屋を見渡して、本棚にアルバムがあるのが見えた
「…あった」
少し分厚いそのアルバムを手に取ると、ベッドに腰掛ける
そのアルバムの表紙を見るだけで、ほんの少し胸が苦しくなった
そのアルバムの表紙を見るだけで、ほんの少し胸が苦しくなった
…泣いて、しまうだろうか?
いいえ、それでも構わない
いいえ、それでも構わない
表紙を見ただけで既に涙が溢れ出そうになっていた
…涙腺、ゆるすぎでしょ
…涙腺、ゆるすぎでしょ
一度深呼吸をして、涙を引っ込めようと堪えてアルバムを開いた
そこには懐かしい写真があってあの頃に戻ったかのように、周囲の声や音が聞こえてきた気がした
そこには懐かしい写真があってあの頃に戻ったかのように、周囲の声や音が聞こえてきた気がした
あの日に戻れたら、あの時言えなかったあの言葉を伝えたい
そしてもう一度「またね」って言いたい
そしてもう一度「またね」って言いたい
――
―
(また、今日もいつも通りか…)
―
(また、今日もいつも通りか…)
あの頃は毎日が同じ事の繰り返しで、何も変わらなかった
何かを変えようとすら思ってなかったのだけど
何かを変えようとすら思ってなかったのだけど
「おはよー」
「おーおはよーなぁなぁ昨日のテレビ見た?」
「おーおはよーなぁなぁ昨日のテレビ見た?」
「おはよ!ねぇねぇさっきテニス部の先輩に会って挨拶しちゃったー」
「えー!いいなぁあたしも挨拶したーい」
「えー!いいなぁあたしも挨拶したーい」
正門を抜けると、そこには同じ制服を着た男子生徒と女子生徒が何人も居て
友達同士で喋っているクラスメイト、音楽を聴いている男子生徒、電話をしているギャルみたいな後輩、メールをしている先輩など、さまざまな人が居た
友達同士で喋っているクラスメイト、音楽を聴いている男子生徒、電話をしているギャルみたいな後輩、メールをしている先輩など、さまざまな人が居た
「ん?」
ふと足元を見ると、そこには黒い手帳が落ちていた
うちの学校の、生徒手帳
拾ってみると、そこには見知った名前が書かれていて
うちの学校の、生徒手帳
拾ってみると、そこには見知った名前が書かれていて
(確か、隣のクラスの人)
手帳の持ち主は辺りには見当たらなくて、どうやら既に教室へ行っているのだろうと思われた
(…教室行く時通るし、ついでに渡そう)
その人の教室の前を通ると、そこには確かに手帳の持ち主が居て
だけど、男女複数の生徒がその人を囲むようにして周りに居た
だけど、男女複数の生徒がその人を囲むようにして周りに居た
別に、嫌いな人が居るとかじゃない
だけど何となく他のクラスには入りにくくて
だけど何となく他のクラスには入りにくくて
「篠原さん?どうしたの?うちのクラスに何か用?」
声をかけてきたのは、手帳の持ち主と同じ、このクラスの女子生徒だった
確か、この手帳の持ち主とよく一緒に居る人
確か、この手帳の持ち主とよく一緒に居る人
「誰かに用事?私、呼んでこようか?」
「あ、いや…その…まっまた後で来ます!」
「あ、いや…その…まっまた後で来ます!」
逃げるように慌てて自分の教室へと走った
(あーあ、渡しておいてって頼めばよかったのに)
何で逃げちゃったんだろう、と先ほどの自分の行動を振り返る
今更また戻れない
変に思ったかな、あの子
今更また戻れない
変に思ったかな、あの子
(そりゃ思うよね、いきなり逃げるなんて)
感じ悪い、とも思っただろう
折角親切で声をかけてくれたのに
後で会ったら、謝ろう
折角親切で声をかけてくれたのに
後で会ったら、謝ろう
――
―
結局、隣のクラスに行けないまま放課後になってしまった
―
結局、隣のクラスに行けないまま放課後になってしまった
(また明日でいいか…)
明日こそ、勇気を出して教室へ入ろう
そしてちゃんと渡さなきゃ
そしてちゃんと渡さなきゃ
(今日は早く帰って数学の課題をやらなくちゃ)
そんな事を考えながら正門へ向かっていると、少し前を一人歩く男子生徒に気が付いた
(あれは…)
「ねぇ!」
「ん?」
「ん?」
その人は、手帳の持ち主
それに気づくと、私は思わず声をかけていた
それに気づくと、私は思わず声をかけていた
「貴方のでしょ」
その手帳の持ち主は、私が差し出す手帳を見て、顔を明るくさせた
「ああ!それ!探してたんだ!」
「今朝、正門の近くで拾ったの。渡そうと思ってたんだけど…」
「あー今朝愛美が抱きついてきた時に落としたのかな。良かった、見つかって。ありがとう!」
「今朝、正門の近くで拾ったの。渡そうと思ってたんだけど…」
「あー今朝愛美が抱きついてきた時に落としたのかな。良かった、見つかって。ありがとう!」
(…あ)
“ありがとう”
何気ない言葉だった
何気ない言葉だった
だけど、何故かその言葉は胸に響いて
拾い上げた時と同じ私の右手に掴まれた黒い手帳が、彼の手に渡る
その一瞬、彼の手が私の右手に触れた
その一瞬、彼の手が私の右手に触れた
「おーい前田ー生徒手帳見つかったー?」
私の背後から、数人の話し声が聞こえてきた
彼と共にそちらを見ると、そこには彼のクラスメイトの姿があって
彼と共にそちらを見ると、そこには彼のクラスメイトの姿があって
「おう!見つかったー!」
「おーそうか、よかったな!」
「おーそうか、よかったな!」
「ありがとう」
彼はもう一度礼を言って笑うと 彼等の元へと走って行った
彼はもう一度礼を言って笑うと 彼等の元へと走って行った
私はほんの少しだけそれを見ると、ゆっくりとまた前を見て歩き出した
(今日は、いつもと違った)
ありがとう、だって
彼ってあんな顔して笑うんだ
彼ってあんな顔して笑うんだ
いつも通りだと思ってた今日が、彼のおかげで違って見えた
帰り道の枯れ木までもが華やいで見えたのだった
帰り道の枯れ木までもが華やいで見えたのだった
(…手、触れた)
自分の右手を見て先ほどの事を思い出す
何度も聞いたはずの 「ありがとう」だったのに
(…ああ、そっか)
今初めて分かった
私を染めたこの色は彼のコトバがくれたのだ
私を染めたこの色は彼のコトバがくれたのだ
いつも通りを変えたのはほんの少し声を交わしただけのやりとり
それが伝わって、私にも伝わっただけ
たったそれだけで、変わってしまったのだ
それが伝わって、私にも伝わっただけ
たったそれだけで、変わってしまったのだ
(明日もまた、会えたらいいな…)
その日は寝るまでずっと彼の事を考えていた
――
―
―
次の日、目が覚めると外は雨が降っていた
(手帳を落としたのが昨日だったら、ぐちゃぐちゃになってただろうな)
そんな事を考えながら学校へと向かうと、通学路で彼を見かけた
(彼もこの辺に住んでるのかな…)
彼を見ただけなのに、体が熱くなった
彼を見ただけなのに、体が熱くなった
彼は昨日の男子生徒と楽しそうに会話をしている
(…挨拶、してみようかな)
(…挨拶、してみようかな)
でも隣に居る男子生徒と話しているのを見るとなかなか勇気が出せなくてしばらく彼の数メートル後ろを一人歩いていた
下駄箱に着いた時、彼と目があった
「…おっ…おはよう」
「あっおはよう!昨日はありがとな!今日凄い雨だな!手帳落としたの今日じゃなくて良かったー」
「あっおはよう!昨日はありがとな!今日凄い雨だな!手帳落としたの今日じゃなくて良かったー」
彼と一緒に居た男子生徒が「何々?」と興味深々な様子で私と彼を交互に見た
「手帳、拾ってくれたんだよ」
「へぇーこの子がかぁ」
「へぇーこの子がかぁ」
彼が男子生徒と話し始めたので、私は軽く頭を下げると自分の教室へと向かった
(…あ、雨、止んだ)
廊下から外を見ると、いつの間にか雨が止んで太陽が見えてきていた
「あ、公輝おはよぉ」
「おはよー」
「おはよー」
誰とでもできる挨拶
(あれ?)
遠くに聞こえたはずの挨拶なのに、彼の声だ、とすぐに気づけて
胸が苦しくなった
胸が苦しくなった
教室に向かって自分の席に着く
挨拶した時からずっと、自分の顔が赤いのが分かっていた
それは鏡を見なくても分かるくらいに頬が熱くて、きっと、真っ赤だっただろう
挨拶した時からずっと、自分の顔が赤いのが分かっていた
それは鏡を見なくても分かるくらいに頬が熱くて、きっと、真っ赤だっただろう
「…どうしよう」
私明日からもちゃんと言えるのかな
それから、彼をよく見かけるようになった
それはきっと、私が彼を意識し始めたせいで
それはきっと、私が彼を意識し始めたせいで
彼をそっと見つめて、赤くなる頬に手をやりどうか彼にこの心臓の音が聞こえないように願うばかりだった
挨拶をしようと口を開いても、彼に声をかける女の子が何人もいて、きっとそのうちの何人かは彼を好きなのだろうと思った
いつからか、彼を見つけるとそっと隠れるようになってしまった
彼をずっと見てると、胸が苦しくて仕方なかったのだ
挨拶をしようと口を開いても、彼に声をかける女の子が何人もいて、きっとそのうちの何人かは彼を好きなのだろうと思った
いつからか、彼を見つけるとそっと隠れるようになってしまった
彼をずっと見てると、胸が苦しくて仕方なかったのだ
どうか、この想いが彼にも届けばいい
そう毎日願い続けていた
そう毎日願い続けていた
今はまだ言えないこの想い
きっと返事は「ごめんなさい」だろう
きっと返事は「ごめんなさい」だろう
だから今はせめて挨拶だけでも
「お、おはよう!」
「おはよー」
「おはよー」
――――
―――
―
―――
―
気づいたら、涙は溢れていた
(アルバムに、涙がついちゃう)
涙が落ちないように、さっとアルバムを閉じる
卒業式、彼が私に告げた 「さよなら」 もまた、笑顔で
(最後は見せられなかったな…)
あの日、言いたかった言葉
彼に、私も笑って
彼に、私も笑って
(好きだったよ…)