獅子搏兎


獅子神敬一は怯えていた。
当然だ。殺し合いに巻き込まれたのだから。

獅子神敬一は悲嘆に暮れていた。
当然だ。理不尽な死に襲われるかもしれないのだから。

獅子神敬一は絶望していた。
当然だ。生きて帰還する見込みがほぼないのだから。


嘘。嘘。嘘。


獅子神敬一は――――


◆ ◆ ◆


約1億ボルト。
雷は、およそ60ワットの電球を8万個以上灯せるだけのエネルギーを一度で放出する。

そんな雷を自由自在に操る男がいた。
男の名は、アドルフ・ラインハルト。

「免疫寛容臓(モザイクオーガン)」を人体に移植するM.O.手術の史上初の成功例であり、
一撃で馬を倒すほどの電流を発生させる、敵を殺傷するために電撃を用いる唯一の生物――デンキウナギの能力を持つ。

アドルフはもちろん殺し合いに乗っていなかった。
ゴキブリ型の異星生命体「テラフォーマー」なら狩ったことはあるが、同じ人間を殺すなどもっての外だ。

アドルフはまだ最初に目覚めた例の部屋から脱出していない。
タブレットを操作し、綿密に作戦を立てる。

まず、地図アプリを立ち上げ、自身の現在位置を確認する。
A-5というのが自分が配置された場所のようである。

ドアの隙間から外を伺い、A-5よりも外側、つまりマップの外を確認する。
特に境界を遮るものはない。脱出可能なのだろうか。

「ま、ムリだろうな」

しかし、アドルフはそれを確かめることもせず、そのまま部屋の中へ戻った。
当然主催者側も参加者がマップの外へ脱出しようとするなんてことは想定済みだろう。
そんなことをすれば、即座に首輪が爆発するに違いない。

次にアドルフは自身のデンキウナギとしての能力を駆使し、身体から粘液を分泌することで首輪を外そうとし、止めた。
タブレットの注意事項に「首輪を無理やり外そうとすると爆発します」という一文が書いてあったことを思い出したからだ。

さて、どうしよう。
アドルフはとりあえず、デイパックの中身を確認することにした。
特に重要なのはやはりランダムアイテムというものだろう。

当たりを引くことができれば、生き残る確率がグッと高くなる。

ふと見ると、『変身薬』が入っていた。
これは、アドルフのデンキウナギとしての能力を引き出すために必須の薬剤だ。

「及第点、か……」

支給品の確認を終え、アドルフは立ち上がる。
まずまずの支給品を手に入れた。

次に必要なのは――

「ッ……!」

するとアドルフが急に立ち上がり、一目散に部屋の外へ駆け出していく。
A-5と外を繋ぐ境界へと走り、そして足元の石を拾い、それを思いっきり投げた。

石は猛スピードで飛んでいくと、着地点で立っていた男の頭をかすめる。

「馬鹿野郎! 死にたいのかッ!」

アドルフ・ラインハルト。普段の冷静な彼が我を忘れ、激昂していた。
その相手は、ギャンブラー・獅子神敬一。たったいま境界を越え、マップの外へと脱出しようとしていたところである。


◆ ◆ ◆


「いやッ……! 本当にわりぃと思ってるよ」

十数分後。必死に頭を下げていたのは獅子神だ。

「いやね、オレも外に出たらやばいかなーとは思っていたんだが、早る気持ちを抑えきれずつい……」

などと言いながら平身低頭に獅子神は謝る。
アドルフはそちらを見ようともせずに、ただタブレットを弄っている。

「そうか。オレは別にお前が死のうが構わないんだが」

「んだよ、テメー! 助けるのか見殺しにするのか、どっちかにしやがれ」

吠える獅子神だが、その言葉とは裏腹に敵意は感じられない。
アドルフもそれを理解してか、わざとつっけんどんな態度を取っているようである。

アドルフ・ラインハルト――数々の死地をくぐり抜けてきたドイツの英雄はこう考えていた。
次に必要なのは――信頼できる仲間だと。

「ところで、アドルフさんよ。もしかしてアンタも知り合いと一緒に拉致られてきたクチか?」

獅子神は急に真面目な顔になり、人差し指を立てた。

「ああ。オレの知り合いが何人かいる」

「そうかい……」

「お前もか? 獅子神」

「ああ、オレのダチが三人と、知り合いの銀行員が一人いる」

二人の間にしばし静寂が流れる。

「それってもしかして、他の奴らも同じだったりするのか? みんな一定のグループで拉致られてきたのか?」

獅子神の言葉にアドルフはほう、と目を見開く。
最初にマップの外に出ようとしているのを見たときは考えたらずかと思ったが、存外頭が回るようだ。

「まあ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。余計なことに思考リソースを割くと後で後悔するぞ」

アドルフは忠告めいたことを告げ、コートのホコリを払い、立ち上がった。

「ここから先は歩きながら話そう」

アドルフが獅子神を先導し、周囲を注意深く見渡す。
彼はデンキウナギの能力を移植されたことにより、微弱な電磁波によって索敵を行うことも可能としていた。
獅子神の愚行を目視することなく気づいたのもそのおかげである。

薬を長期間摂取していないため、索敵能力は多少落ちて周囲100メートルほどしか確認できないが、
物陰の多いこの街の地形では非常にありがたかった。

「怖いのか? 震えているぞ」

アドルフは獅子神を冷やかす。
見ると、手足が少し震えていた。

「へッ、ちげーよ。これは武者震いだ。どうやってもここから脱出してやるぞって心意気の表れだよ」

獅子神はどこからどう見ても強がりを吐いた。
臆病な狐は獅子のふりをする。

「アドルフ。ついでにこっちも質問しちまうけど、その口元って――」

「実験中の事故だ」

アドルフは特になんの感慨もなさそうにそう返す。

「へえ、アンタも実験なんかするんだな。理系……っぽくはあるけどな」

「いや、オレ自身が実験生物だった。この火傷はその時に負ったものだ。身体中にもあるが、見るか?」

アドルフはこちらも続けて特になんの感慨もなさそうに返した。

「いや……その……わりぃ……」

先ほどまで饒舌だった獅子神は、ぽりぽりと頭をかき急に黙り込んでしまう。

「気にするな。オレも別に気にしちゃいない」

「いや……そう言われても気にするだろ、普通……」

アドルフはそんな獅子神の様子を見、少し目を細めた。

「じゃあ言葉に甘えてもう一度質問のチャンスをもらうけどよ、あのキラキラ光ってるのって一体何だ?」

獅子神は丘の方を指さした。
確かに何かが燦めいている。しかし、鏡にしてはゆらゆらと揺れているような……。

「ッ……! 獅子神! 伏せろ! あれはスナイパーだ!」

アドルフが獅子神を押し倒す。
次の瞬間、弾丸が飛来し、アドルフの腕をかすめた。

「お、おいッ! 大丈夫かよ!?」

アドルフはマントを少し破き、腕を止血する。
どうやらかすり傷のようだ。

「クソッ……思ったよりも早く遭遇したな。"乗ってる"ヤツに」

驚き慌てる獅子神を他所に、アドルフは呟く。
いくら索敵ができても、超スピードで飛んでくる弾丸が相手だと避けるのは間に合わない。

――しかも。
チラと獅子神を見やり、アドルフは心を決めた。

「おい、獅子神」

「ななな、何だよ。早く逃げようぜ!」

「いや、この距離かつ高低差では逃げ切るのは難しいだろう。それよりも、オレたちであのスナイパーを捕まえるぞ」

「……は?」

とんでもないことを言い出すアドルフに呆然とする獅子神。

「恐らく、相手はかなり手練れのスナイパーだ。だが、あっちは完全に獲物を狩る気でいる。つまり、こちらが反撃してくるとは思ってもいないということだ」

「え、だからこっちから追い詰めるって? アンタ正気かよ!?」

無言で頷くアドルフ。

「いやいや、無理……っていうか、不可能だろ……! あんなに遠くにいるんだぞ!? ここから歩いても5分はかかる!
 その間に何発撃たれるんだよ。お、オレは……っ! オレは逃げる! じゃあな、アドルフさん。少しの間だけど楽しかったぜ!」

獅子神はそう言い、そろそろと遠ざかろうとする。

アドルフはそんな獅子神の姿を見て、「そうか」とだけ呟いた。


◆ ◆ ◆


尾形百之助は二人の姿を確認し、僅かに気分を高ぶらせる。
仲間割れか。これは非常にありがたい。

敵はまとまっていないほうが狩りやすい。
先に逃げたやつから撃ち、次に向かってくるやつも撃つ。

これで殺害数2だ。

尾形に支給されたのは愛用の三八式歩兵銃――ではない。
最新式のマクミランTAC-50だ。アメリカのマクミラン社が開発したボトルアクションライフルである。
そんな自身の生きていた時代とかけ離れた一品を、尾形はその天性の才能で使いこなしていた。

すると、向かってきた方の男――コートを着ている――がなんと両手を広げて立ち上がり、こちらに猛然と向かってくるではないか。

尾形は一瞬、狙撃手である自身への挑戦かと思い、そしてその頭に狙いをつけた。

「いいぜ。その頭、ぶち抜いてやる」

だが、ハッと気づき、スコープの倍率を下げる。
見ると、金髪の男の方がいなくなっていた。

コートの方が金髪を逃がすためにわざと囮になったようだ。

尾形は舌打ちをくれる。
こんな単純な作戦に引っかかるとは。
新しいオモチャが手に入って、少し調子に乗っていたかもしれない。

「仕方ない。一人分で我慢するか」

尾形は再度コートの男の頭に狙いをつけ、引き金を引いた。
銃弾は寸分の狂いもなく発射され、男の頭を撃ち抜くはず……だった。

だが、弾丸は着弾寸前でぐにゃりと向きを変え、地面に落ちた。

おかしい。

尾形は再度、狙いをつけ、撃つ。
だが、弾丸はやはり命中することはない。

「なぜだ」

理由は単純である。
コートの男――アドルフが人為変態を行い、デンキウナギとしての能力を使用した。
すなわち、周囲に高電圧の磁場を張り巡らせ、弾丸を曲げたのだ。

だが、科学がまだ発達していなかった時代に生まれた尾形にはその思考に至らない。
――いや、仮に現代日本に生きていてもそんな荒唐無稽な技術があるとは思いも寄らないだろうが。

尾形は何発も弾丸を放つ。
だが、その全てが逸らされ、何発かは身体を抉るも致命傷にはならない。

「クソ」

尾形の弾丸がそろそろ尽きようとしていた。
そして、同時にアドルフの変身薬の効果も――

「うおおおおおおおおおおッ!」

すると尾形の後方で叫び声がする。

見ると、先ほど逃げたはずの金髪の男が尾形の方へダッシュで向かってくる。

「おいおい、お前、逃げたんじゃ――」

タックルを背中に受け、尾形は呟いた。

「バーカ。途中で気が変わったんだよ」

獅子神は肩で息をしながら尾形にそう返す。


◆ ◆ ◆


結局、尾形はあっけないほど簡単に捕縛された。
全身に銃創を負ったアドルフが合流した後、尾形の処遇を二人で決めることにした。

「このままマップ境界の外に放り出すってのはどうだ?」

今回のMVPである獅子神は平然と恐ろしい提案をする。

「いや、武器になりそうなものを奪ってこの辺に転がしておこう。そうすれば少なくとも脅威にはならん」

どこまでも不殺を貫くアドルフはここまで深手を負わされたにも関わらず、そう結論付けた。

「オイオイ、アドルフ、アンタ甘すぎるだろ。コイツはオレたちを撃ち殺そうとしたんだぜ?」

抗弁する獅子神に、アドルフは背を向けた。

「……わーったよ。アンタの言う通りにする。コイツはこの辺に転がしとこう」

獅子神はしばらく考え込む"フリ"をして、アドルフに賛成した。
とっくの昔から獅子神の中でもアドルフと同じ意見だったのだ。

「じゃあな。えーっと、尾形」

獅子神は尾形に手を振り、狙撃手と一戦を交えた小高い丘を立ち去ろうとした。

――しかし。
尾形は完全に無効化されてはいなかった。
彼は無言で足元に仕込んでいたナイフを取り出すと、自身を戒めていたロープを切り、獅子神へ飛びかかったのだ。

「危ないッ! 獅子神!」

咄嗟に二人の間に飛び出すアドルフ。

そして、尾形の虚ろな眼光がアドルフを捕らえた。

首筋を掻っ切られて鮮血を迸らせるアドルフ。
獅子神はその姿を、ただ眺めることしかできなかった。

【アドルフ・ラインハルト@テラフォーマーズ 死亡】
残り 44/46

「――クソッ! テメェ!」

獅子神は無我夢中で尾形からナイフを引ったくると、彼に向ける。

「殺すッ! ぶっ殺してやるッ!」

怒気を滲ませ叫ぶ獅子神。

尾形はそれをぼうと興味なさげに見、脇に打ち捨てられていたTAC-50を抱えると、踵を返して走り去った。

「待てッ! テメエは必ずこのオレが殺してやるからなッ! 覚えてろ!」

獅子神の怒号を背に受けながら。


◆ ◆ ◆


獅子神敬一は怯えていた。
当然だ。殺し合いに巻き込まれたのだから。

獅子神敬一は悲嘆に暮れていた。
当然だ。理不尽な死に襲われるかもしれないのだから。

獅子神敬一は絶望していた。
当然だ。生きて帰還する見込みがほぼないのだから。


嘘。嘘。嘘。


獅子神敬一は――――

獅子神敬一は憤っていた。

この世界の仕組みに。
見て見ぬふりをする人々に。
突如として姿を現す死に。

そして、どうしようもなく弱い自分自身に。


【A-4/丘/1日目・午前】
【獅子神敬一@ジャンケットバンク】
[状態]:疲労(小)
[装備]:ナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:主催を倒す
1:尾形……! ブッ殺してやる
2:アドルフ、すまない
[備考]
尾形百之助を仇だと認識しました。

【尾形百之助@ゴールデンカムイ】
[状態]:健康
[装備]:TAC-50
[道具]:基本支給品一式
[思考・状況]
基本行動方針:優勝狙い
1:???

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麒麟児 投下順 死神
麒麟児 時系列順 死神

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START 獅子神敬一
START アドルフ・ラインハルト GAME OVER
START 尾形百之助
最終更新:2024年04月30日 22:16