フレッシュ・アンド・ボーン


ゲーム開始直後。
ニトは独りぼっちでトボトボと街を歩いていた。

「ああ~~~~ッ! クソッ、どうしたらいいんだよ……」

頭を掻きむしるニト。

部屋を出る前に見せられた映像はショッキングだった。
首輪が爆発して人が死んだのだ。

殖魔(サキュバス)との戦いを経て多くの人の死を目の当たりにしてきたニトだったが、
未だに人が死ぬのは慣れない。特に、自分の周りの人が死んでいくのは。

だが、困ったことにニトには現代社会についての知識が殆どなかった。
よって、タブレットを起動して名簿を確認するのが精一杯だったのだ。

「うう……黒金……」

ニトはマルサ(公安殖魔対策局)に入ってニ番目にできた"仲間"の名を呼ぶ。
彼もこのゲームに無理やり参加させられているのだ。

だが、当然といってもいいが、返答はない。
そもそもこの会場内のどこにいるのかも分からないのだ。
ニトはますます心細くなった。

するといきなりニトの肩に手が置かれた。
誰かが近くにいたのだ。殺し合いに乗っている人間か?

思わず振り向くニト。
その顎に強烈な肘打ちが喰らわされた。

――しかし。
ニトは常人とは全く異なる肉体構造を持つ変異生命体、殖魔である。
そんな攻撃には身じろぎもしない。

「ッてェ! 俺とやんのか!」

すぐさまニトの手の周囲を爆発する筋肉が覆う。
ニトの必殺技『乖筋 序局 爆腕縛手』である。

「お、おおっと……! 勘違いしちゃ困るな」

しかし、そのまま向かってくるだろうというニトの予想に反し、相手は両手を上げた。

「君の顎に蝿が止まっていたんだ。それを叩こうと思ったら意外にも力が入ってしまってね」

青年は殆ど毛の生えていない眉を吊り上げて笑った。

「ほ、ほんとかー……?」

「ああ、本当さ。命を賭けてもいい」

青年は自身の名を金田保と名乗った。
彼の話すところによると、どうやら金田自身も独りぼっちで心細くこの辺りを彷徨っていたようだ。

「金田……!」

「ニト君……!」

自己紹介もそこそこに、意気投合した二人は熱く握手を交わした。

「とりあえず、この辺に殺し合いに乗ってる参加者がいるかも知れない。
 俺はタブレットを使えるから、ここから北上しながら頼れる仲間を探そう」

「おお……! いいのか?」

白く輝く歯を見せ、ニトを先導する金田。

(クソッ、危ない……! 俺の一撃を喰らってピンピンしてるとか、コイツマジで人間か……?
 頭の弱いタイプで助かった。こんな鳥の巣頭の馬鹿、隙を見てブッ殺してやる)

だがこの金田という男、とんでもない危険人物であった。

オリンピック柔道競技100キロ超級金メダリストだが、決して清廉潔白ではなく、むしろプライドと自己顕示欲の塊のような性格で、
ドーピングや闇討ちなどという卑劣な手段も積極的に使い、実の父親すらも自らの手で絞殺しているというおぞましい過去を持っていた。

そして、当然ながら殺し合いにも乗っていた。

(5000万ドルが嘘にしろ本当にしろ、まずは生き残らなきゃ話にならない。
 そのためには利用できる奴は片っ端から利用して殺しまくる必要があるな)

金田はクレバーな男だ。決断力も高いが、いざという時まで本性を隠す狡猾さも併せ持っていた。

(さて、このニトとかいう馬鹿を殺すには手段が必要だ。普段なら後藤に薬を用意させるんだが……)

策謀を巡らせる金田。
しかし、その権謀術数は披露する場をあっさりと絶たれた。

『ギャンブル・ルームだよ!』

幼児用アニメのキャラクターのような声が無情にもゲームの開始を告げる。
そう、このロワイアルの目玉にして特殊ルール、ギャンブル・ルームにニトと入室してしまったのだ。

「どういうことだよッ! 『ギャンブル・ルーム』って部屋のことじゃねぇのかよッ!」

戸惑うニトを他所に吠える金田。
『ギャンブル・ルーム』については事前に宇佐美から聞いていたが、その「部屋」に入らなければ安心だと思っていた。

そこは完全に屋外であり、部屋でもなんでもない横断歩道の一角であった。

『それじゃあ今回のルールを説明するよ~! デレレレレ……ドンッ!
 難易度【竹】の~~~~その名も【二人限定ジャンケン】っ!』

ルールはこうだ。
2人のプレイヤーはお互いに「グー・チョキ・パー」の3種類が描かれたカードを3枚ずつと星バッジを3個もらい勝負に挑む。
お互いにカードを出し合って、じゃんけんで勝った方は星をもらい、負けた方は星を失う。
1回勝負が終わるごとに中央の机の穴にカードを処分していき、10分以内に星が3個に満たなかったプレイヤーの負けである。
なお、カードを使い切れないと両者の負け、暴力行為やカードを勝負以外で破棄する行為などは即敗北となる。
今回のゲームで敗北したプレイヤーは、首輪から毒を注入され、どんな参加者も1時間行動不能にされてしまう。

(な、なんて穴だらけのルールなんだ……! このゲームを考えた奴も筋金入りの馬鹿なのか……!?)

どんなデスゲームをニトと行うことになるのかと戦々恐々としていたが、ルールを知って胸をなでおろす金田の袖を、そっとニトが引っ張った。

「大変だ金田! 全くルールが分からん!」

「大丈夫だ、ニト君。このゲームには必勝法がある……!」

ニトに微笑む金田。彼は心の中でも笑みを浮かべていた。
もちろん顔に出しているものとは種類の違う笑いだが。

「必勝法!? なんかカッコいい響きだな、それ」

「ああ、このゲームをやりすごすのは簡単さ。『9回連続あいこ』で問題なくお互いに星3個でゲームを終えられる」

「9回連続…………た、確かにそうじゃん! 金田、お前天才か!?」

「ああ、じゃあ早速カードを処理していこう。順番はグー、チョキ、パーの順番でいいね?」

「おう!」

二人は意気揚々とカードをあいこにし始めた。

――しかし、じゃんけんが7回目になった頃に異変が訪れる。

「あ、しまった!」

なんと金田が(うっかりカードを出し間違えて)ニトに勝ってしまったのだ。

「おいおい、金田ー。なにやってんだよ」

「すまない、次で帳尻を合わせよう。次に俺はニト君に負けるから、とりあえず便宜上として星は貰っておくよ」

続く8回目。
なんともう一回金田が宣言通りのカードを出さず、勝利してしまった。
これで金田は最後の9回目のじゃんけんも勝利が確定し、ニトの星は0個になってしまうことが決まった。

「お、おい金田! これって……!」

「ニ、ニト君……! す、すまないっ! 君が行動不能になった1時間は絶対に君のことを護るから!
 カードを連続で出し間違えた俺を許してくれっ!」

顔を手で押さえ、その場に蹲る金田。
さしもの金田も、バトルロワイアルの舞台に放り込まれれば緊張して手元が狂うか……?

『二人限定ジャンケンの勝者は~~~~! ドンッ! 金田保で決定!
 敗者のニトは1時間動けなくなってもらいまーす!』

アニメのキャラクターのような声がニトの敗北を宣言し、ニトの首に薬物が注入される。

「か、金田。俺もう、身体が痺れてきた……。1時間は頼んだ……ぞ……」

徐々に身体の痺れたニトは、そのまま昏倒した。

「……く、くくく……! ニト君! 君ってホント~~~~にバァーカだよなあ!?」

ゲームから開放された金田は、異様なまでに俊敏な身のこなしでニトのデイパックを漁り始めた。

「俺が2回連続でカードを出し間違えた? そんなことを! この俺がするわけないだろ」

中の物を全て自身のデイパックに移し終えた金田は、つかつかとニトに近づき、彼の首に手をかけた。

「さて、アホでバカでノータリンのニト君。君の人生はここでお終いだね。なにか言い残すことは? ……って喋れないか」

嘘だろ、というような、訴えるような目でこちらを見てくるニトの顔に金田は唾を吐きかける。

そして、金田の両腕に力が入り、ニトの首の骨がヘシ折られる……と思われた瞬間。

一本のメスが金田の頬をかすめた。

「そこまでだ」

そこに立っていたのは、今にも倒れそうなほど細身の、眼鏡をかけた男だった。

「その少年を殺すことは許さん」

男はメスを手に、ニトから手を引けと言っていた。

金田は思わず吹き出してしまった。
こんなひ弱な男が、柔道を極めた自分相手に命令? 武器を持っているにしろ、勘違いも甚だしい。

まずは邪魔なこの男から殺してしまおう。
武器と言っても刃先の短い医療用のメスだ。
距離を一気に詰めれば対応できないだろう。

金田は笑みを浮かべながら立ち上がった。

――だが。

金田は感じてしまった。
その男の全身から立ち上る死の香りを。

そのか弱い佇まいからは想像もできないほどの危険な、猛毒を持つ生物が警告色を光らせて周囲の獲物を恐怖させるような怖気が金田を襲った。

全身の毛穴が開き、鳥肌がブツブツと立っていく。

「く、クソッ!」

金田の決断は早かった。
一瞬でデイパックを背負うと、一目散に逃げ出したのだ。

その後には、動けなくなったニトと眼鏡の男だけが残された。

男はメスを片手に、嬉しげに歩み寄った。

「さて、あなたの名前は聞いてる。ニト、あなたをこの私が解剖してやろう」

男は医者だ。
腹を捌き、診断を下す。

男はギャンブラーだ。
心を読み、勝利を攫う。

男の名を、村雨礼二という。


【D-4/大通り/1日目・午前】
【ニト@LILI-MEN】
[状態]:行動不能(回復中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:黒金を探す
1:金田……嘘だよな……?
2:変な眼鏡だ!
[備考]
金田に支給品を全て奪われました。

【金田保@喧嘩商売】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×2、ランダム支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく殺す
1:クソッ、あの眼鏡……!
2:ニト君、本当に馬鹿だね
[備考]
ニトの支給品を全て奪いました。

【村雨礼二@ジャンケットバンク】
[状態]:健康
[装備]:メス×2
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:ニトを解剖したい


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死神 投下順 熊腿(ベアー・フット)
死神 時系列順 熊腿(ベアー・フット)

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START ニト
START 金田保
START 村雨礼二
最終更新:2024年04月30日 22:16