「まだかな……唯先輩」

 とある秋の日、梓は校門の前で唯を待っていた。

 昨晩、『明日の放課後、迎えに行くから校門の前で待ってて』と唯からメールを受けた梓は部活を休み、指定された場所に立っていた。

「そう言えば今日は私の……」

 ふと今日が自分に関わりある日だと思い出した梓の前に鮮やかな赤のスクーターが停車した。

「お待たせ、あずにゃん!」
「いいえ、大丈夫ですよ……唯先輩」

 梓が笑いかけると、唯も満面の笑みを浮かべた。

 唯は大学生になってすぐバイクの免許を取得し、更には中古車ではあるが女性に人気があるモデルのスクーターを購入した。

 しかし唯が惹かれたのはそのデザインではなくその鮮やかな赤のカラーリングだった。
 唯曰く『あずにゃんのむったんみたいで綺麗でカワイイし、ちょっと違うかもだけどお揃いにしたかったんだ~♪』との事。

 利用目的は通学用……ではなく梓とのデートが第一の目的だったりする。
 通学に使わないワケではないがデートや梓の学校やライブでの送迎に使う事の方が頻度が多いのが実情だった。

「さぁ、行くよ、あずにゃん!」
「はい」

 梓は唯から梓専用のヘルメットを受け取り、しっかりと装着してから唯の後ろに乗り込んだ。

 実は二人のヘルメットにも唯のこだわりがある。
 お揃いなのは当然で、お互いの顔と声がしっかり認識出来るようにとハンキャップタイプ(銀○の銀さんが被ってるアレ)にしたのだ。
 しかもマジックで唯と梓の相合い傘まで書いてあったりする。
 もちろん書いたのは唯であり、梓も満更ではないのだが。

「今日は何処へ行くんですか?」
「えへへ~、着いてからのお楽しみだよ!」
「それじゃあ、楽しみにしてますね♪」

 梓はそう言うと唯の腰に腕を回し、しっかりと抱き着いた。
 このやり取りも唯の愛車で色んな所へ行くようになった二人の間ではすっかり定着している。
 今では梓の中で好きな事の一つにまでなっているのだった。

「うん! それじゃあ、しゅっぱ~つ!!」

 梓の暖かさと柔らかさを堪能しながら唯は愛車を再び走らせ始めた。

 ―――――――――。

「い~な~、私もあんな風に送り迎えとかしてくれる恋人が欲しいよ」
「お姉ちゃん達、カワイイ♪」

 軽音部部室の窓から純は羨ましそうに、憂は暖かな眼差しで二人を見送っていた。

―――――――――。

「着いたよ~」
「ここは……」

 唯がバイクを止めたのは紬の実家、琴吹グループの新しく開業したホテルだった。

 ここは紬がデザインした結婚式会場が目玉で、社長令嬢が手掛けた事でも雑誌やテレビで大きく取り上げられている。

「こっちだよ、あずにゃん」
「あ、はい!」

 意外な場所に連れて来られた事に驚いている梓を余所に、唯は梓の手を取ってホテルの中へと入って行った。

 ―――――――――。

 ホテルの中にある結婚式会場は多くの女性客で賑わっていた。
 その中で唯は何か探しているのかキョロキョロと辺りを見回しながら進んでいた。

「唯先輩、一体何を……」
「あ、ムギちゃーん!」

 梓が声をかけようとした所で唯は目的の人物の姿を見つけて大きく手を振った。

「こんにちは、唯ちゃん、梓ちゃん」
「やっほー♪」
「こ、こんにちはです」

 同じ大学の唯はともかく久々に、しかも大勢の人達で賑わう場所での再会に梓はかなり面食らってしまった。
 対して紬はいつも通りぽわぽわした雰囲気と柔らかな笑顔だ。

「待ってたわ唯ちゃん、準備は出来てるわよ♪」
「ありがとね、ムギちゃん!」

「準備、ですか?」
「うん、今日は特別な日だもん!」

 唯と紬の会話に着いて行けずに首を傾げる梓。

「そんな事よりあずにゃん、行こっ!」
「ゆ、唯先輩!?」

 先程の紬の一言からずっと目を輝かせていた唯は少し興奮気味に梓の手を引いて走り出した。

「唯ちゃん、アレは上の階の百合の間よ」
「ありがとーっ!!!」

 唯は紬に言われた場所がわかっているらしく目的の部屋へと一目散に走って行行った。

 ―――――――――。

「ここだね!」

 ドアの横に『百合の間』と書かれたプレートのある目的の部屋に辿り着いた唯と梓。

「あずにゃん……」
「は、はい」

 軽く乱れた呼吸を整えていた梓に唯はさっきまでの興奮した様子はなく、少し緊張しつつも落ち着いた感じで話し掛けた。

「私ね、あずにゃんに見て欲しいモノがあるんだ」
「……はい」

 見て欲しいモノとはおそらくこの部屋の中にあるのだろうと梓は理解した。
 梓が小さく頷くのを確認した唯は『百合の間』のドアを静かに開いた。
部屋に入った梓の瞳に映ったのは純白に輝く一着のドレスだった。

 『ウェディングドレス』と称されるそれは花嫁が纏う清純な聖衣。
 女の子なら誰でも一度は憧れるモノだ。

 梓も例外ではなく幼い頃『カワイイお嫁さんになりたい』と夢見た事もあったし、今も……。
 目の前にあるドレスは幼い頃に夢に見た童話の中の姫が纏っているかのような輝きを放っていた。

「……キレイ」
「よかった、気に入ってくれて」
「え?」

 思わず漏れた言葉に対して返ってきた言葉に梓は思わず唯の方を見る。

「このドレスね、私がデザインしたの……あずにゃんの為に」

 唯は先程までとは違い、静かに優しく微笑んだ。

「あずにゃん、お誕生日おめでとう」
「……覚えててくれたんですね、私の誕生日」
「当たり前だよ……だってあずにゃんが生まれて来てくれた大切な日だもん」

 頬に柔らかなモノが触れる。

 それは大好きな唯の、

 なによりも梓を癒してくれて、

 なによりも暖かくて、

 誰よりも愛されている事を、誰よりも愛してくれている事を教えてくれる。

 魔法でもかかっているかのような唯の唇だった。

「私の17才の誕生日にあずにゃんは私に好き、って言ってくれて初めてのキスとたくさんの大好きをくれたよね……すごく、嬉しかったんだよ?」

 頬へ口づけした唯は優しく梓を抱きしめた。

「だからね、私もその大好きと同じくらい……ううん、もっとたくさんの大好きをあげたかったの」

 梓も優しく抱き返す。

「けど、どうしたらいいかわからなくて色んな人に聞いて、それからいっぱい考えて思い付いたの……『私の大好きを形にしてみよう』って」

 唯は片方の手でドレスに施された花の飾りにそっと触れた。

「そしてコレが私のあずにゃんへの大好きの一つの形……この白の椿はね、あずにゃんの誕生花なんだよ」
「初めて知りました……」
「花言葉は『最高の愛らしさ』あずにゃんにぴったりだね♪」

 梓は限界だった。

 嬉し過ぎて。

 しかし唯は更なる衝撃を梓に与えた。

「あずにゃん……あずにゃんが卒業したらコレを着て私のお嫁さんになってください」

 梓は唯の唇に自らのソレを押し付けた。

  • END
  • この設定なら、唯は免許とって一年たたないよな…タンデムしたらだめじゃないのか? -- 名無しさん (2010-11-25 17:50:40)
  • かっこ唯だから問題ないさ -- 名無しさん (2010-11-25 19:29:29)
  • タンデムって何? -- 名無しさん (2010-11-27 00:44:34)
  • ↑バイクの2人乗りのことだな。 -- 名無しさん (2010-11-27 00:47:08)
  • 法律が変わったんだろう。ついでに民法とかも -- 名無しさん (2010-11-28 21:31:28)
  • なるほど、唯梓の結婚が可能になった世界とな -- 名無しさん (2010-11-29 16:09:44)
  • いい世界だ。 -- あずにゃんラブ (2013-01-12 05:22:37)
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最終更新:2013年01月12日 05:22