───
──
─
「う~ん……、なかなかおもしろかったな」
「そうだな。まだちょっとやっていたかったかも」
「意外な一面が見れておもしろかったですね」
「みんな満足してくれてよかったわ」
嬉しそうに話す4人だが、1人だけまだベッドに横たわったままだった。
「あれ? 唯はどうしたんだ?」
律が近寄り、顔の前で手を振ってみる。しかし、何の反応もない。
「ムギ先輩、もう30分過ぎましたよね?」
「えぇ、だからみんな出てきたんだけど……」
「唯~、起きろ~」
澪が声をかけても起きる気配は無い。
不思議そうに唯を見つめていると、斉藤が険しい顔持ちでやってきた。
「お、お嬢様……」
「何?」
「そ、それが、唯様のドリームダイバーにエラーが発生しまして……」
「ど、どういうこと!?」
「唯様の意識が戻られないのです……」
「何ですって……!」
全員の血の気が引く音がした……。
「ど、どういうことですか?」
澪が詰め寄る。
「原因はわかりませんが、唯様が夢の中から戻ってこれなくなったということです……」
「唯は、どうなるんですか!?」
「現在外からの
アクセスが困難でして、唯様に何が起こっているのかわからない状態です……」
「……唯」
「身体的には今のところ問題はありません。すぐに原因を突き止めて、唯様をお助けいたしますので……!」
斉藤が必死に取り繕うとするが、空気が重くなる一方だった。
「ごめんなさい……。私がみんなを誘ったから、こんなことに……っ!」
「ムギ、そんなに思いつめるな。ムギのせいじゃないよ……」
律が慰めるが、紬は涙を流してただ謝るだけだった。
「唯先輩……、大丈夫なんですかね……」
「斉藤さんも寝ているだけだって言っていたし、すぐに原因もわかって助かるよ」
澪が力強く言う。
「そうですよね……」
しかし、状況は好転しなかった。
30分を過ぎても尚、唯は目覚めなかった。
みんなが焦り、時間だけが過ぎていくそんな時、紬が口を開いた。
「……私、唯ちゃんを起こしに行きます」
「ちょ、ちょっと、何言っているの!?」
驚く澪だが、紬の真剣な表情は変わらない。
「これはもともと他人の考えを具現化して他人に見せられるものなの。だから、他の人が唯ちゃんの夢の中に入れるのよ」
「そ、そうなのか……」
「機械の故障じゃないとしたら、あとは唯ちゃんの夢になにか原因があるとしか思えないわ」
「た、確かにそうだけど……」
「だから、私が責任を持って行きます!」
「それって危険なんじゃないか?」
律が心配そうに言った。
「確かに危険よ。でも、このまま見ているなんてできない……!」
紬は唯の頭に乗っているヘッドギアに、自分のヘッドギアのコードを挿した。
「お、お嬢様! 危険でございます! おやめになってください!」
「斉藤……、行かせなさい」
どれだけ危険か事か、紬にもわかっていた。でも、紬の決意は揺るがなかった。
私が、何とかしなきゃ……。
「外から何ともならないのなら、私が夢の中でやるしかないわ……。だから!」
真剣な眼差しを感じた斉藤は悩みぬいて、口を開いた。
「……わかりました。ただし、危険だと思ったらお戻りになってください」
「わかっているわ。脱出コードはブラックサレナでお願い」
「わかりました。脱出コード、ブラックサレナ!」
脱出コード───
ドリームダイバーは30分で終了するようになっているが、夢の中で脱出コードを発言すると中断して目覚めるシステムがある。
「お気をつけて……」
「じゃあ、行ってきます」
「ムギ、私達も行くよ!」
「そうだぞ。私だって!」
「私も行きます!」
「澪ちゃん、りっちゃん、梓ちゃん……、ありがとう。でも、さっき言った通りこれは危険だから……」
「そんなことはわかっている。でも、私達もこのまま見ているなんてできない」
澪もヘッドギアをかぶり、唯のヘッドギアへコードを挿す。
「みんなで行けば、早く終わるかもしれないしな」
律もぐっと親指を立てて、笑う。
「そうですよ。みんなで唯先輩を起こしに行きましょう!」
梓もふんす! と気合を入れてヘッドギアをかぶる。
「……わかったわ。それじゃあみんな、脱出コードを入力して」
ピッ
琴吹紬:脱出コード ブラックサレナ
田井中律:脱出コード お米最高!
秋山澪:脱出コード ぴゅあぴゅあはーと
中野梓:脱出コード Aminor7
「危険だと思ったらすぐに叫ぶのよ。中で何が起きているかわからないから」
紬が念を押す。4人が息を呑み、ドリームダイバーがスタンバイ状態へ入った。
「じゃあ、行きましょう!」
「おー!」
紬達はヘッドギアのスイッチを入れると、唯の夢の中へと入っていった……。
─
──
───
「思い出した……! 唯先輩!」
私の頭にドリームダイバーへ入る前の記憶が一気に甦った。
「……あっ! そうか! だから私達はこんなことに……」
「そうだった、そうだった!」
律先輩も澪先輩も記憶が戻ったようだ。
「みんな思いだしたみたいね」
「おう、もう大丈夫だ!」
「早く唯を助けに行こう!」
「で、でもどこに行けば……」
「……それは問題ないです」
トンちゃんが不意に呟く。
「みなさん、早く言ってあげてください。唯さんが待っています」
「トンちゃん……」
「私が皆さんをナビゲートします。それで飛べるはずです」
「トンちゃんの言うとおりだわ。みんなでイメージすれば唯ちゃんのところへ飛べるわ」
「そんなことできるんですか!?」
「大丈夫よ、梓ちゃん。ここでは夢と同じように想像が具現化するのよ」
手始めにとムギ先輩が宙に浮いて見せた。
「す、すごい……!」
「みんな、ここまで来るのに知らないうちに魔法とか使っていたでしょ? そのイメージでやってみて」
イメージか……。
「……おぉ! う、浮きました!」
「わ、私も浮いた!」
「こりゃすごいな……。でも、何でこんなことが?」
「言ってもわからないと思うけど、次元連結システムのちょっとした応用よ」
「じ、次元……れ……何?」
「まぁ、気にしなくてもいいわ。それに澪ちゃん、急いだ方がいいのよ」
「な、なんで?」
「現実の世界ではどれだけ時間が経っているかわからないから、唯ちゃんの体が心配なのよ」
「そ、そうだな……! やるしかないな!」
「とりあえず近場で練習しましょう。それからみんなで唯ちゃんのいる場所へ飛びましょう!」
「おー!」
何度かやってみると、意外と簡単に瞬間移動ができる様になった。
「何かその場所にあるものを強く念じるといけるみたいですね」
「そうなのか? やってみるか……」
律先輩がふんっ! と意気込むと、目の前でぱっと消えたと思ったら1メートルぐらい離れたところに現れた。
「おっ! できたぁ!」
「わ、私も!」
澪先輩も気合を入れて力を入れると目の前から消えて、律先輩の横に現れた。
「みんな慣れてきたみたいね。そろそろ行きましょう?」
「そうですね。ぐずぐずしていられませんし」
「あぁ、もうばっちりだ!」
「よぅし! 行くかぁ!」
唯先輩……、待っていてください!
「ゼオライマー、暁に出撃す……か」
律先輩がぼそっと呟いた。
「何言っているんですか?」
「いや、唯の貸してくれたDVDにそんなものが……な」
律先輩がニヤニヤして言った。
「じゃあ、みんな手をつないで輪になって」
みんなで手をつないで輪をつくる。
「唯ちゃんのことを考えて……」
唯先輩のことを考えて……!
「じゃあ、行きますよ!」
トンちゃんが輪の中心に行く。
「よろしくね、トンちゃん……!」
「……!」
シュン……!
「うぅ……! あ、嵐の中にいるみたいだ……!」
「みんな、手を離すなよ!」
「い、言われなくたって!」
瞬間移動中なのに、ごうごうと強く吹きつける風に体を叩かれ耳がキンキンする。
目も開けられず、必死にお互いの手を握り合うだけだった。
「かなり拒絶反応が強いですね……!」
トンちゃんの苦しそうな声が聞こえる。
「う……!」
「と、トンちゃん!?」
「わ、私に構わずみなさんは唯さんのことを……!」
キ……ン、オオォ……ン!
「必ず、見つけて……」
耳に強い風が吹きつけて、トンちゃんの声が聞こえなくなっていく。
「……」
どれくらい嵐の中にいたのか分からなくなって来た頃、急に全てが無くなった。
風も、耳鳴りも、何もない。
閉じた目には光が感じられない……。それと、寒い……。
繋いだ手が何とか暖かさを感じさせてくれるが、背筋を駆けあがる寒気が嫌な感じにさせる。
「お、終わったのか……?」
澪先輩の震える声が聞こえる。
「みなさん、着きました……!」
「ほ、本当か?」
「澪、大丈夫みたいだぞ」
私もゆっくりと目を開けると、そこは何もなく黒い空間が広がっていた。
「……」
「と、トンちゃん……?」
私達の前には、緑色に透けているトンちゃんがいた。
「大丈夫!?」
「私はただのナビゲートです。だから、心配しないで下さい……」
よろよろと動くけど、体がどんどん無くなっていく。
「ちょ、ちょっと……!」
「みなさん、唯さんが待っていますよ……」
それだけ言い残すと、トンちゃんが消えた。
「……消えた」
「多分、このドリームダイバーの制御システムか何かでしょう。私達を助けるための……」
ムギ先輩が少し寂しそうな声音で言った。
トンちゃん……。
「……行きましょう!」
「そうだな。トンちゃんが力を貸してくれたんだからな」
律先輩が私の頭を撫でながら言う。
「いざ!」
手さぐりで何もない黒い空間を進んでいく。壁も、距離感も何もない……。
「あ、あれ!」
澪先輩が指差す先に、何か光るものが見えた。
「あ、あれは……!」
「ゆ、唯先輩!」
黒い空間に、ぽつんと座る唯先輩がいた。
「唯!」
律先輩が呼んでみるけど、反応が無い。目を閉じて眠っているような感じだ。
「急ぐぞ!」
走って駆け寄ろうとすると、何かに突き飛ばされた。
「うっ! な、何!?」
でろ~ん
И∀K∀ИO∀S∩2∀
HP:??? MP:???
黒いオーラを纏う人の形が唯先輩の前に立ちはだかる。
「何なの……これ……!」
「へっ……! ラスボスの登場ってわけか」
それぞれ武器を持って、待ち構える。
「……」
その黒い影は見れば見るほど吸いこまれそうで、不気味で仕方なかった。
ゆっくりと顔らしいのが私達を眺め、後ろにいる唯先輩を見つめる。
ぴんと張り詰めた空気の中、黒い影が、動いた。
「は、速い!」
黒い空間なのにはっきりと見える黒い人の影が、澪先輩を襲う。
素早く身構えた澪先輩の前に防御壁が現れ、攻撃を受け止める。
「ぐっ! つ、強い!」
「澪!」
動きを止めた黒い影へ、律先輩がナイフで切りつける。
「……いない!?」
黒い影が目にも止まらぬ速さでステップを踏み、距離を開けていく。
「逃がさないよ!」
私はむったんMk-Ⅱを振りかざし、飛びかかった。
ガキィン!
(……何、この感じ!?)
黒い影に触れた瞬間、体中をざわつかせる悪寒が走る。
戸惑っている間に黒い影が私の体に一撃を喰らわせた。
「うぅっ!」
「梓ちゃん!」
私と入れ替わるように、ムギ先輩が黒い影にパンチを繰り出すが、やすやすと片手で受け止められる。
「まだまだ!」
すかさず激しいラッシュを繰り出すけど、そこにもう黒い影はいなかった。
「!?」
いつの間にか後ろにいた黒い影は、ムギ先輩を一撃で吹き飛ばす。
「きゃあぁ!」
あまりにも強い。全く歯が立たない。
「大丈夫か、ムギ!」
「えぇ、これぐらいっ……!」
ムギ先輩がまだいけると構えた。
「さすが、ラスボス。格が違うな……!」
律先輩がナイフを構えなおして、気合を入れる。
「みんな、一対一じゃ勝ち目が無いぜ……!」
「だったら……!」
「同時攻撃ですね……!」
「そういうこと!」
黒い影を囲み、タイミングを計る。
そして……!
「だあああぁ!」
私と律先輩、ムギ先輩が飛びかかると同時に、澪先輩が呪文を唱え始める。
「動きを止めさせすれば!」
澪先輩の放った魔法が黒い影に直撃し、黒い影の動きが止まった。
「今だ!」
そこに私達の渾身の一撃を叩きこむ。
「……どうだ!?」
黒い影は身動きが取れず、私達の攻撃を完璧に受けていた。
よろよろと黒い影が身じろぎ、その場でくずおれた。
「や、やった! 倒した!」
「早く唯を助けに行こう!」
唯先輩を見ると、戦闘の音で目が覚めたのかこっちに向かってきていた。
「唯先輩、大丈夫ですか!?」
ほっとして声をかけるけど、唯先輩の顔色は悪い。
「さぁ、早く帰りましょう」
「……」
「どうした、唯?」
澪先輩が心配そうに声をかけると、途中で止まり唯先輩が何か呟いた。
「どうしたの、唯ちゃん……」
ムギ先輩が近寄ろうとすると、唯先輩が顔を上げてもう一度呟いた。
「……帰らない」
「何言っているんだよ、唯。迎えに来たんだぞ?」
「来ないで!」
律先輩が差し伸べた手が、宙で止まる。
「私は、帰らない……」
「な、何言っているんですか?」
私の質問には答えず、唯先輩が右腕をあげた。
「出て行って……」
暗く、そして重く呟くと唯先輩の前にあの黒い影が湧いてきた。
「そ、そんな、何で!?」
唯先輩がうっとりとした表情で黒い影に寄り添う。
「ゆ、唯先輩……!?」
「……どうなっているんだ?」
澪先輩の目の前にも黒い影が現れる。
次から次へと黒い影が湧きでて、私達の周りに人の形に変わっていく。
「まさか……、唯!」
律先輩が奥歯を噛む音が聞こえた。
「そうだよ。私が望んだの。ここにずっといたいって……」
「何でだよ、唯!」
澪先輩が涙目で訴える。
「……だって、あそこは辛いことばかりだから。ここなら、私の欲しいものが手に入る」
「だからって、こんなこと……!」
必死で訴える澪先輩を一瞥すると、黒い影がこっちに歩いてきた。
「さぁ、出て行って……?」
「唯ちゃん、目を覚まして! こんなの、自分を辱めるだけよ!」
「……それでもいいの。それでも……」
そのまま背を向けて、唯先輩が黒い影と共に遠ざかっていく。
「唯、ゆいいいいぃ!」
律先輩が必死に叫ぶけど、唯先輩はその場から消えた。
「くそっ……!」
「そんな、唯先輩……」
「どうする……?」
にじり寄る黒い影を見据えながら澪先輩が言う。
「……みんなよく聞いて」
「何だ? ムギ」
「唯ちゃんは自分のネガティブな思考に溺れているだけなの。ドリームダイバーのせいで……」
「そんなこと、わかってるよ」
澪先輩が微笑んだ。
「そうだ。本気で言っていないことぐらいはな」
律先輩がナイフを構えて、ムギ先輩にウィンクした。
「私だって、唯先輩のことよく知っていますからわかりますよ」
ムギ先輩がふっと笑って、私の肩を叩いた。
「そう。なら、唯ちゃんの説得は梓ちゃんに任せるわ」
「な、なんでですか!?」
「そりゃあ、梓の方が言いに決まっているじゃん。勇者様なんだろ?」
「そうだな。梓の方がいいかもしれない」
「律先輩も、澪先輩まで……」
「唯ちゃんのこと、よく知っているんでしょ?」
ムギ先輩が真剣な表情で私を見つめる。
「……でも、みなさん……」
「唯ちゃんを迎えに行ってあげて。ここは私達がなんとかするから」
「どうせ、みんなで行ける状況じゃない。だから頼む」
「部長命令だ! 唯を迎えにいくんだ!」
3人が力強く頷く。
「……わかりました。私、行きます!」
私は唯先輩の消えた黒い空間へ走り出した。
「梓を守るんだ。行くぞ!」
「おー!」
次々と襲いかかる黒い影を跳ねのけて、唯先輩を探す。
「どこにいるんですか……!」
しばらく走っていると、向こうの方に何か集まっているのが見えた。
「あれは……!?」
大きな砦のようにわらわらと黒い影が群がっている。
「多分、唯ちゃんがあそこにいるんだわ」
「黒いのが集まっているな……。どうする?」
澪先輩の問いに、律先輩は軽く笑った。
「そんなの、強行突破だ!」
「律らしいな。けど、それしかない!」
「梓ちゃん、行くわよ!」
「やってやるです!」
私達は黒い影に飛び込んで行った……。
「うおおおあぁ!」
目の前に黒い影が4人、いや、5人が立ちはだかる。
「レイガアアアァン!」
澪先輩の放った光弾で一気に薙ぎ払われる。
倒れていく黒い影を踏み台にし、一気に距離を詰めていく。
「お前ら、邪魔しない!」
律先輩が先回りし、ナイフで道をつくっていく。
「すみません!」
「前だけ見ろ!」
律先輩に怒鳴られたのに、少し気を抜いたのがいけなかった。
目の前の黒い影にわき腹を突かれた。
「くはっ……!」
激痛が走り、耐えきれなくて思い切り倒れこむ。
「くっ……! こんなことで!」
立ち上がろうとすると、黒い影が迫ってくる。
「おりゃああぁ!」
むったんMk-Ⅱを振りかざし、黒い影を斜めに切り込む。
「梓ちゃん!」
ムギ先輩の声に振り向くと同時に右肩に衝撃が走る。
ドグッ!
肩に蹴りを入れられたらしい。バランスを崩して、また倒れこむ。
「梓ちゃん、しっかり!」
ムギ先輩が手を差し伸べてくれた。
「すみません……!」
「私に続いて。行くわよ!」
ムギ先輩が駆けだすのを追いかけ、黒い影の中を突き進む。
「道をつくるから、そこに飛びこんで!」
「わかりました!」
砦のような所にはまだ20人ぐらいの黒い影がうようよといる。
「天よ地よ、火よ水よ、我に力を与えたまえ……!」
気合を入れ何かのポーズをとり始めるムギ先輩。そして……、
「とうぁ!」
ムギ先輩が宙に飛んだ。
「サンダアァ! ボルトスクリュウウゥ!」
急転直下の蹴りが決まり、一気に10人ぐらいの黒い影を弾き飛ばす。
「おおおおおおぉ!」
私も続いてむったんMk-Ⅱを構えて突っ込む。
ムギ先輩がさらに追い打ちをかけていく。
「とああああぁ!」
激しいラッシュを繰り出し、さらに黒い影を吹き飛ばしていく。
そして、その先にある黒い壁を発見した。
「あそこね……。梓ちゃん!」
「はい!」
ムギ先輩が壁に向かって拳を繰り出す。
「ゴッドハアアアアァンド! スマアアアァッシュ!」
ドグッ! という音と共に壁にひびが入る。
「早く、中に!」
むったんMk-Ⅱを壁に突き刺し、こじ開けていく。
「おりゃあああぁ!」
ずるっと抵抗が無くなり、私は壁の中へと投げ出された。
「うわっとと……!」
何とか中に入れたようだ。
「梓ちゃん、頼むわよ……!」
「む、ムギ先輩!?」
破壊したと思った壁がいつの間にか再生を始めていた。
「必ず、唯ちゃんを……!」
その言葉を最後に、外と完全に隔てられた。
「みなさん……!」
悲しみに浸っている暇は無い。早く行かなくては。
「……」
冷たい空間を歩いていくと、唯先輩が待ちかまえていた。
「唯先輩、もうやめましょう……!」
「何で、来たの。来ないでって言ったでしょ?」
「そんな嘘、信じると思ったんですか?」
「フッ、何が嘘よ。知った風な口を!」
唯先輩がカッとなって怒鳴る。
「誰も、私のことを理解してくれていないくせに……!」
「……それは、そうかもしれません」
唯先輩が睨む。
「だったら、何しに来たの!」
「……唯先輩が、帰りたいと思ったから迎えに来たんです」
「私が、帰りたいと?」
「そうですよ」
それを聞いた途端、唯先輩が笑いだした。
「何を言うと思ったら……、ククク……!」
「強がらないで下さい」
「強がってなんかいないよ」
「強がっていますよ」
私はゆっくりと唯先輩に近づいていった。
「何よ、来ないで……」
「本当は、みんなと一緒にいたい。戻りたいんでしょ?」
「違う!」
「じゃあ、何で私達をここに呼んだんですか?」
「呼んでいない!」
「……でも、あなたはトンちゃんを使って私達をここに呼んだ」
「!?」
唯先輩が引きつった顔で私を睨む。
「……ここはあなたの夢の中です。あなたが望んだから、私達はトンちゃんに呼ばれた」
「違う……!」
「これだって……」
私は懐からあの桜を取り出した。
「あの時の、桜です……」
唯先輩が卒業式の日にくれた、私達のようだと言った5枚の花弁がついた1輪の桜だ。
「一緒にいたいと思っているからこそ、これがあるんですよ」
その桜は貰ったものより淡い色をしていて、今でも綺麗な輝きを放っている。
まるで、唯先輩の心がそうであるかのように……。
「こんな綺麗に思っていて、それで独りでいたいなんて嘘に決まっているじゃないですか!」
唯先輩はその場にくずおれて、肩を震わせ始めた。
「……っ!」
「さぁ、帰りましょう?」
手を差し伸べようとしたその時、手を何かに弾かれた。
「きゃっ……! 何!?」
さっきの黒い影が私の目の前に現れた。
「こ、これって……!」
黒い影は次第に形を変えて、1人の人間になった。
「わ、私……!?」
その姿は本当に私そのものだった。
「……ユイセンパイハ、ココデワタシトクラスノ」
影の私が唯先輩を抱きしめる。
「アナタハ、デテイッテ」
「何を言っているの! 唯先輩、目を覚ましてください!」
唯先輩の手を取ろうとしたら、さっと引かれてしまった。
「ゆ、唯先輩……?」
「……
あずにゃんは、私に優しいもの。こんなに……!」
「ソウデスヨ。ワタシハアナタトトモニ……」
唯先輩が影に撫でられてうっとりとした表情をする。
「……っ!」
私は唯先輩を影から引き離し、思い切り睨みつけた。
「……何?」
ぱぁん……!
「……」
感情に任せて、私は思いきり唯先輩の頬を叩いていた。
「……いきなり何するん……!」
唯先輩の声が止まった。
「うっ……! うっ……!」
私の方は、涙が止まらなかった。
「そんな、紛いもののほうがいいんですか!? そうやって自分にとって都合のいい人間のほうがいいんですか!?」
「あず……」
「そんな人のほうが、いいんですか……。あなたは……!」
呆然と立ち尽くす唯先輩が影に引かれて、その胸に収まる。
「ワタシナラ、ユイセンパイノノゾムコトゼンブヲシテアゲラレル。アナタミタイニ、タタイタリシナイ」
にやりと影が笑う。唯先輩は叩かれた頬を撫で、心ここにあらずと言う感じだ。
「……あなたのことを思って、怒ってくれるんですか? 泣いてくれるんですか?」
「……っ!」
「あなたのこと、わかってあげられないかもしれない。受け止めてあげられないかもしれない。でも、大切に思って傷ついてもここまで来てくれた人達がいるんです!」
私は泣きながら唯先輩に訴えかけた。
「ユイセンパイハ、ワタシトイッショニイタイノ。アナタニハデキナイデショ?」
唯先輩の肩がびくっと震えた。
「そんなことないです。私だって、唯先輩のこと大切に思っていますから」
唯先輩がゆっくりと顔をあげて、顔を拭っている。
「……っ!」
唯先輩が影を突き離し、私の元へ飛び込んできた。
「……あずにゃん」
私は力強く受け止め、抱きしめた。
「ごめんなさい……」
そう言うと、唯先輩が私のことを強く抱きしめた。
「わかっています。だから、もう……」
「うぅ……!」
私は震える唯先輩を抱きしめ返した。
「……ア、アナタノ、ネガイハ……、ココニ……」
突き放された黒い影が、私の形を失い始めていた。
「違う。私の願いは……ここには無い」
「アナタノノゾムモノヲ、スベテアタエラレル……!」
黒い影がゆらゆらとこちらに歩を進めてくる。でも、唯先輩は動じることなく続けた。
「……でも、私にはみんながいるの。たとえ辛くても、支えて、受け止めてくれる人たちがいるの」
唯先輩が私の手を握り、振り向いた。
「ね?」
「……はい!」
黒い影はぼろぼろと崩れ、やがて空間と同化した。
「消えた……」
黒い影はすべて消失した。
先輩達とを隔てる空間も消え、向こうの方に3人ともいるのが見えた。
「みなさん!」
「梓!」
駆けよるや否や、律先輩が唯先輩に飛びかかる。
「唯ぃ! こいつぅ、心配したんだぞ!」
「ごめんね、みんな……」
唯先輩がぎゅっと全員を抱きしめて泣く。
「もう、泣くなよ……」
澪先輩が泣きながら謝る唯先輩を撫でる。
「でもよかったわ……」
ムギ先輩もほっと一息ついて、唯先輩の手を握る。
「……さぁ、帰りましょうか」
「……うん!」
「そうだな」
「あぁ」
「帰りましょう!」
私達は脱出コードを入力して、ドリームダイバーから抜け出した……。
───
──
─
それから私達は、無事目覚めることができた。
目覚めてからも、私達は泣きながらずっと抱き合っていた。
心配していた外の時間経過も、3時間弱しか過ぎていなかったため唯先輩の体に異常は無かった。
唯先輩と斉藤さんはあれから私達に謝りっぱなしだったな……。
ドリームダイバーは、人の意識を増幅させ過ぎ、危険と判断され一般公開は見送られることとなった。
それから少し経ったある日。
みなさんが部室に遊びに来てくれたので、お茶を飲んでいた。
「唯ちゃん、遅いわね」
「メールでちょっと遅れるって言っていたけど、何やってるんだ?」
澪先輩が携帯をいじりながら言う。
「唯と言えば、ドリームダイバーの時は大変だったな」
律先輩が感慨にふけりながら呟く。
「まぁ、あれはドリームダイバーのせいでしたけどね」
「いや、そうとも限らないぜ?」
にやっと笑った律先輩がお茶をすする。
「それ、どういうことですか?」
「さぁてね?」
何だか気になります……。
「そういえば、何で唯先輩の夢の中で私が勇者だったんだろう?」
先輩達が私の言葉を聞いて、少し呆れた顔をした。
「あのなぁ、梓」
「はい」
律先輩が肩を叩いて、さらにため息をついた。
「な、何ですかみなさん」
先輩方は何か知っているようだけど……。
ムギ先輩が紙を取り出して何か書きだした。
「これが唯ちゃんを連れ去ったものの名前だったわね」
И∀K∀ИO∀S∩2∀
「それと私が勇者と何の関係があるんですか?」
「180度回転させて、鏡に映して見たらわかるよ」
律先輩がそういうので、紙をまわして鏡の前に持っていってみた。
「えっと……えっ?」
「そういうこと」
澪先輩が笑ってお茶をすすった。
「あれはその人の願いを具現化するもの。つまり……、ね?」
わかるでしょ? と言う顔を向けるムギ先輩。
そ、そんな、え? 本当に?
いくらなんでもこれは……。
「で、本物はそれを助け出す勇者になった」
「理想と現実ってやつだな」
「うふふふ……」
私は鏡の前でみるみる顔が熱くなってくのがわかった。
「おぃーっす」
そんな時に、唯先輩が部室に現れた。
「お、唯。遅いぞ?」
「ごめんごめん」
ま、まずい。こんなこと教えられて、どんな顔すればいいの~!?
胸がドキドキして、さらに顔が熱くなる。
「あれ? あずにゃん、どうしたの?」
「いや、ドリームダイバーの話だよ」
「あ、その節はどうも……」
仰々しく唯先輩がお辞儀をするのを止めつつ、律先輩が笑う。
「何で梓が勇者だったのかって話だよ」
「えっ……?」
唯先輩をちらっと見ると、顔が赤くなっているのがわかった。
「それは……」
もじもじとして、俯く唯先輩。
「だいたいわかるけどな」
律先輩がくふふ~と笑いながら唯先輩を小突く。
「り、りっちゃん!」
「私は別に構わないと思うわ」
ムギ先輩、力説しないで下さい。
「囚われのお姫様と、それを助ける勇者、か……。いい詞ができそうだな」
「澪ちゃんまでぇ~」
顔を真っ赤にして、あたふたする唯先輩。
「ま、まさか、あずにゃん……」
「気づいているぞ?」
律先輩がにやにやしながら言った。
「あ、あずにゃん……」
はうぅ……。顔が熱すぎてどうにかなっちゃいそう……!
「いや、あれは、その……。ごめんなさい!」
唯先輩が勢いよく頭を下げた。
「あんなの見せられたら、嫌な気持ちになるよね……」
「な、なんでそう思うんですか」
「だって、普通は、ねぇ……」
指をツンツンしながら、目が泳いでいる。
「……私の気持ちはどうなるんですか」
「えっ……?」
「そりゃ、いきなりでびっくりしましたけど、嫌だなんて言ってない、です……」
「そ、それじゃ……!」
ぱああぁと唯先輩の顔が明るくなっていく。
「あずにゃああぁん!」
「わっ! ちょっといきなり抱きつかないで下さい!」
顔が近い! 近いです!
「そういうことでいいんだよね!? いいんだよね!?」
「あんまり大きな声で言わないで下さいよ……」
「だ、だって嬉しくて、何かみなぎってきた!」
唯先輩が私の胸の中で顔をすりすりする。
「お熱いですわねぇ」
「……いいわぁ」
「こ、これも、歌詞に……ならないか」
我に返ると後ろの方から生暖かい眼差しを向けられていた。
「ちょ、唯先輩! それぐらいにしてください!」
「ええぇ!? いいじゃん、もっと~」
「ここじゃダメです!」
「じゃあ、どこならいいの?」
「そういう問題じゃないです!」
もう急展開すぎてついていけないです。
「とにかく、離れてください!」
「あずにゃんのいけずぅ~」
「だから、あああぁ、もう!」
嬉しいような恥ずかしいような……。
それからしばらく私の顔から熱はひかなかった。
END
最終更新:2011年02月09日 22:49