「あれ? 私は今まで何を……」
広い大草原。その中でただ1人の私。
「ここは……どこ?」
あたりには何も無い。手には大きな盾と剣が握られている。
「……こんな物騒なものを何で?」
剣を高々と掲げて見つめてみる。本物かな……? 重いし。
ぴこ~ん
「な、何これ……」
なんか軽い電子音と共に画面が出てきた。
「あ、あずにゃん……って私のこと……?」
あまりにも有りがちなシチュエーション。ゲームをしたことのある人ならなんとなくわかるよね。
そう、このシチュエーションは───
「勇者様!」
「はい?」
不意に後ろから呼ばれた。
「そろそろ旅立ちましょうか」
振り向いて見ても誰もいない。
……と思ったら、足元に何かいる。
「トン……ちゃん?」
何でこんなところに!?
「じゃあ行きましょう」
しかも喋っている。
「……」
一体どうなっているの……?
「囚われの姫を助けに行きますよ。もうしっかりしてください」
「……ごめんなさい」
やっぱりね……。私はお姫様を助けに行く勇者のようだ。
「何で私が勇者……?」
「とりあえず、あの塔に行きましょう」
トンちゃんが示す塔を見ると、古びていて明らかに怪しそうなオーラが立ちこめている。
「ちょ、ちょっと待って。これは何なの?」
「あなたは勇者なんですよ? 姫が待っていますよ?」
いきなりそういうことを言われても……。私が勇者だなんてありえない。
そうか、これは夢なんだ。絶対そうだ!
でも、どうしよう。早く夢から覚めないと……。
「勇者様! 危ないです!」
「えっ?」
でろ~ん
ヤッテヤルデス
HP:20 MP:10
とくちょう:あたまだけのモンスター。すばしっこい。
「な、何アレ……」
「モンスターですよ! 戦ってください!」
「ほ、本当に戦うの!?」
やっぱりモンスターと出会ってしまった。
あれと戦わなくちゃいけないのか。どことなく私に似ているのは気のせいかな……。
「さぁ、勇者様、戦ってください!」
夢なら早く覚めてよぉ……!
しかし、わたしの願いは届かずモンスターから攻撃を受けた。
「!? 痛ったい!」
何とも言えない重い痛みが体を突き抜ける。
鎧を着ていたからさほどダメージは無いけど、痛いものは痛い。
「何これ!? 夢じゃないの!?」
もうパニック状態の私。
「勇者様、まずいですよ!」
もうこうなればやけくそです! 夢でもなんでも私がやられちゃう!
「おりゃあぁ!」
ザシュッ!
「ギャアァ!」
何だかあんまりうれしくない断末魔と共にモンスターは倒された。
「やりましたね!」
「あ、うん……」
そんなことはどうでもいい。むしろ、攻撃を受けて痛かったことが問題だ。
(これは現実なの……?)
あまりにもショックが大きくて、呆然とする私。
「さぁ、行きましょう!」
「い、嫌だ!」
「どうしたんです?」
「だ、だって痛かったし、こんなことしてたら私……」
本当に死んじゃうかも……。
「大丈夫ですよ。私、回復する道具持ってますから」
「そういう問題じゃなぁい!」
落ち着け、落ち着くのよ梓! これは夢、夢なのよ!
ほっぺをつねったら……。
「い、いひゃい……」
夢から覚めなかった。
「何しているんですか?」
「いや、なんでも……」
この状況をとりあえず整理しよう……。
私は勇者。何故かはわからないけど。
トンちゃんは何故か喋れる。それに、私の味方らしい。
私はお姫様を助けに行くことが目的で旅にでている。
戦闘をすると、ダメージは本当に痛い。
「……」
そういえば、私がここに来る前が思い出せない。
なにか重要なことがあった気がするんだけど……。
「さぁ、行きましょう!」
「う~……」
一体ここがどこで、何で私がここにいるのかさっぱりわからない。
しかも、攻撃を受けたら痛い。
現実……、なのかな……。
だったらここから早く抜け出さないと……。
「あ、あれ……?」
「どうしました?」
ここから抜け出す?
「そ、そうだ!」
重要なことを少し思いだした。
「ここから早く抜け出さないと……!」
「抜け出さないと?」
「……」
そこから先が思い出せない。
「あああぁ! せっかく手掛かりらしいものを思い出したのに!」
「もう、早く行きましょうよ」
トンちゃんに急かされる。
ここでだらだらしているより、とりあえず散策して手掛かりを探したほうがいいかもしれない。
「……わかったよ。行こうか」
私は仕方なく怪しげな塔に向かうことにした。
でも、早く抜け出さないと何があるんだっけ……?
「おりゃああ!」
ザシュッ!
「ギャアアァ!」
「これで何体目だろう……」
それから私は順調にモンスターを倒していた。
ぴろ~ん
レベルアップ
Lv.7 あずにゃん
HP:120 MP:65
「レベルが上がりましたよ!」
「おぉ、これで少しはやられなくなったかな」
攻撃力とかもあがっているようだし、このまま進んでさっさと……。
……さっさと、何をするんだっけ?
確か何かを思い出しかけて、それを探るためにこうやってわざわざモンスターとかを……。
「さぁ、ついに塔につきましたよ!」
「あ、うん」
まぁ、後から考えればいいか。
「ここは何なの?」
「モンスターのいわばアジトです。ここで情報を手に入れましょう!」
「まだ終わりじゃないのね……」
さっさと行って、情報を集めよう。
「こんにちは……」
「勇者様、そんなこと言わなくていいんじゃ?」
「うっ……、そ、そうだね」
条件反射って怖いな……。
中は何だか寒いような、生温かいような気持ち悪い空気が流れている。
「こういうのには強い敵がいるんだよね……」
いかにもという石造りの階段が上へと伸びている。
「さっさと行こう」
階段をのぼりはじめて数分、目の前が急に開けた。
「部屋かな?」
「気を付けてください。ここは言わばモンスターの巣窟ですからね」
「わかっているよ……」
でろ~ん
サイクロプス
HP:400 MP:30
とくちょう:ひとつめで、とてもちからがつよい。
「グヘヘヘ……、来たな、勇者め! ここから先は通さないぜ!」
「うわっ! でた!」
こういうのはいきなり出てくるから心臓に悪い。BGMもそういうのを狙っているから余計に怖い。
「や、やるしかないの……?」
「気を抜かないで下さいよ!」
「わかっているって!」
私は剣で戦いを挑んだ。
「おりゃあぁ!」
バキッ!
「お、折れたぁ!?」
なんと私の剣が折れてしまった。
「そんな剣で挑もうとはな……!」
「ま、まずい……!」
「くたばれ!」
サイクロプスの手が私の体を弾き飛ばす。
「きゃああぁ!」
壁に叩きつけられて、頭がくらくらする……!
「うぅ……!」
「へっへっへ……」
どうしよう、やられちゃう……!
「危ない!」
その時、サイクロプスに光弾が命中した。
「ぐああぁ!」
「だ、誰……?」
何とか起き上がると、誰かが私に駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「はい……」
私を助けてくれたのはショートヘアでカチューシャをしている女の子と、ロングの黒髪の女の子だった。
「貴様ぁ……!」
サイクロプスが唸りながら立ちあがる。
「ここは私達に任せて、早く逃げな?」
私を庇いながら、ロングの女の子が言う。
「だめですよ。私、まだ戦えます!」
まだHPもMPも残っているし。……武器は折れちゃったけど。
「それに、逃げられる相手じゃないですよ」
「……それもそうだな!」
そう言ってショートの女の子が笑う。
「何をごちゃごちゃ言っている!」
サイクロプスがまた攻撃を仕掛けてきた。
私達は散開して、それぞれ構えた。
「ファイア!」
手をかざすと、炎が吹き出てサイクロプスを包む。
「レイガアアアァン!」
ロングの女の子の人差し指から放たれた光弾がサイクロプスを射抜く。
「ま、まだまだぁ……!」
いい感じにHPが削れている。
「よし、トドメだ!」
ショートの女の子が両手にナイフを構え、サイクロプスに仕掛ける。
「Dロール!」
高速で切りつけ、サイクロプスに大ダメージを喰らわせる。
「がああぁ!」
断末魔をあげて、サイクロプスが倒れた。
「やったぜ!」
「はぁ……、本当に助かりました。ありがとうございます」
私は2人に歩み寄ると、お礼を言った。
「いいって。君もお姫様を助けに行くんだろ?」
「君もってことは、あなたも?」
「あぁ。私は律。で、こっちが澪」
「よろしくな」
「梓です、よろしくお願いします」
律と澪が仲間になった!
自己紹介したら、2人が不思議そうな顔をしている。
「ステータスだとあずにゃんになっているけど?」
「こ、これは……」
ちょっと恥ずかしいから言わないでおいたのに……。
「まぁ、梓でいいか」
「それでお願いします……」
「ねぇ、そのすっぽんみたいなのは何?」
「あぁ、これはトンちゃんです。私のナビゲーターです」
「よろしくお願いします」
澪さんはちょっとトンちゃんが苦手なようで、若干距離を置いてよろしくと言った。
「しかし、梓の武器壊れちゃったな」
「ここを調べ終わったらどこかの町で新調するか」
「そうですね……」
私は2人の話を聞きながら、何か引っかかっていた。
(何だろう。なんだかこの2人を呼び捨てで呼び辛い……)
いつの間にか”さん”付けで呼んでいた。でも、まだしっくりこない。
(何だろう、もっといい呼び名があった気がする……)
「よぅし、じゃあさっさとこの塔を調べようぜ」
「あぁ。行こうか、梓」
「はい……」
私はもやもやしながら、塔の探索をすることになった。
───
──
─
「ダイブ、スタートします」
「よし、電極はどうか?」
「通電に異常はありません。脳内血流計測も順調です」
モニターには5人分の脳波、脳内血流、心拍数のデータが現れては消えていく。
30人は超えると思われるスタッフがそれぞれ仕事をしつつ、目の前に横たわる5人を見つめていた。
電子音と共に5人がレム睡眠に入ったことが告げられる。
「脳波は?」
「シータ波が優勢ですね。丁度入ったころです」
「もしものことがあっては困るからな。モニターから目を離すなよ」
「了解」
横たわる5人は、頭に脳波と脳内血流、手首には心拍数を計測する機器が取り付けられ静かに寝息を立てていた。
「しかしな……」
斉藤はこの光景をあまり快く思っていなかった。
「確かにテストは好調だったものの、一般公開前にやっていただくのは問題だろうに」
「そうですけど、意外と頑固ですからね。お嬢様は」
「そうだな……」
スタッフの的を射た意見に、少し笑みが零れた。
「まぁ、一般女子の意見を聞くためのマーケティングだと説明しておけ」
「わかっていますよ」
笑いながらスタッフが作業に戻る。
(しかし、これはどうも好きになれんな)
斉藤は5人の頭の装置を眺めながら、自分が入った時のことを思い出して、1人思っていた。
(この機械はどうも人の心に踏み入り過ぎる。リアルすぎるんだ……)
それがこのドリームダイバーの良い所だが、悪い所でもある。
人の思いに素直に反応し過ぎるのだ。
例えば、不安とか、欲望とか。良い感情だけがこの機械で読み取られるわけではない。
そして、それが脳内で夢として映し出される。
自分を知るいい
きっかけになると思うが、人は自分をすべて受け入れられるほど強くない。
そう、自分の脆い部分を見せられることほど辛いことは無い……。
自分を見るのは不愉快なのだ……。
(まぁ、私が口を挟むことでは無いがな……)
斉藤は自嘲気味に笑った。
─
──
───
「何の収穫もなかったな……」
律さんが何とも残念そうに言う。
「そういうな。梓が仲間に加わってよかったじゃないか」
「それはそうだけど……」
私もちょっと残念に思っていた。
けど、それよりさっきから感じている違和感のほうが気になっていた。
「あ、あの、2人はどうして姫を助けに?」
「私は自分の家で唯姫を助けに行くんだって思って出てきた」
「唯姫?」
「あぁ、お姫様の名前だろ?」
何を今さらという顔で澪さんが言う。
唯姫……。その言葉がとても気になる。
(そうだ……、私は知っていた。囚われのお姫様が唯姫であることを……)
それを助けるためにこうやって旅を……。
「うっ……」
「どうした、梓? まさかダメージが……」
「いや、違うんです。何か思いだしそうな気が……」
唯姫? ゆいひめ……。ゆい……?
……だめだ。何も思い出せない。せっかく何か掴めそうな気がしていたのに……。
けど唯姫に何か手掛かりがありそう……。
「そ、それより律さんはどうだったんですか?」
「私はいきなり森の中だったな。で、うろうろしていたらモンスターに襲われていた澪がいて、颯爽と現れた私が華麗に救出を……」
「ねつ造すんなっ」
澪さんの突っ込みが律さんに飛んだ。
「本当はな、律が私を見た途端、”仲間になれ!”って強引に仲間にされちゃって……」
「澪もいいって言ったじゃん」
「それはそうだけど……」
「……くっ、ふふふ……」
「な、何笑っているんだよ~」
堪え切れずに笑う私に、律さんが顔を赤らめて言う。
「す、すいません……ぷっ!」
「梓ぁ!」
笑いながら、私はこの2人にはどこか懐かしいものを感じていた。
(何だか初対面じゃない気がする……)
気になった私は聞いてみることにした。
「あの、2人ともどこかでお会いしましたっけ?」
「初対面だよ?」
「そうですか。そうですよね……」
どうやら私の思い違いだったようだ。
「でもな、何となく2人とも初対面じゃない気がするんだよな」
「私も思っていた。律に声かけられた時も、何だか自然に感じられたし、梓を助けた時も躊躇いが無かったし……」
あれ? 2人とも私と同じように思っていたみたい。
「もしかしたら、私達は前世で友達だったとか」
「澪はロマンチストだな~」
「何だよ。悪いか?」
「いや。かわいいよ」
「かっ……かわっ……」
澪さんの顔がぽんっと赤くなる。
「あれ? 照れてらっしゃるのかしら?」
くふふと笑う律さん。
「あんまりからかっちゃだめですよ」
そうだ。こうやってからかうといつも……。
「律ぅ!」
「あだっ!」
ほらね、鉄拳制裁ですよ。
「みおしゃん……そこまでしなくても」
「律のせいだぞ」
……いつも?
今、この2人の行動を見ていつも通りのことだと思った。
何でだろう。やっぱり私はこの2人のことを知っているのかな……。
「とりあえず、新しい武器を買いに行こうぜ」
「そうですね」
とりあえず武器の調達だ。これがなかったら唯姫救出なんて無理だ。
「トンちゃん、近くに町ってある?」
「この辺ですと……、西の方にありますね」
「よぅし! じゃあその町に向けてしゅっぱーつ!」
私達は西の町へと向かうことにした。
「お、あれか」
「へぇ、なかなか大きな町じゃないか」
町は人がにぎわい、見た感じ店も充実しているようだ。
「さて、武器屋は……」
数分歩いていると、ある一角に武器屋の看板を見つけた。
「ごめんください」
「はい、何でしょうか?」
奥から顔をのぞかせているのはさわ子先生だ。
「な、何しているんですか……?」
「はい?」
さわ子先生が不思議そうな顔で首をかしげている。
そっか、これは夢だ。先生がいても不思議じゃないか……。
「あ、新しい武装が欲しいんですけど」
「はい。では、良いのがありますからこちらに……」
数分後
「あの……、何ですかこれ?」
「何って、ネコ耳メイドですが?」
「私、武装が欲しいって言いましたよね……」
「いや、かわいいですよ?」
「そういう問題じゃないです!」
まったく、夢の中でもさわ子先生は相変わらずだ。
「武器も何ですかこれ!?」
「何って、むったんMk-Ⅱですが?」
「Mk-Ⅱって何ですか! Mk-Ⅱって!」
どう見ても私のむったんだ。むったんで戦えってこと!?
「このむったんMk-Ⅱは攻撃する時に形が変わります」
「そ、それってどういうことですか……?」
「まぁ、こんな感じに……」
さわ子先生がむったんMk-Ⅱを振ると、アックスに変形した。
「他にも色々使用者の好みに合わせて変形します」
何気にすごいかもしれない。
「じゃあ、武器はこれでいいです。でもこの格好はちょっと……」
メイド服じゃ戦闘なんて出来やしない。
「じゃあこれどうですか?」
そういって出してきたのはVの字のハイレグだ。
「何ですかそれ!?」
「全米を震撼させる服ですが?」
「それ、防御力も何もあったものじゃないです!」
もう肌の8割ぐらいが露出していて、一歩間違えば変態レベルだ。
もう、いつになったら夢から覚めるのかな……。
「……むったんMk-Ⅱ試そうかなぁ」ピキピキ
「ま、待って下さい! これなんかどうですか!?」
出してきたのはさっきよりは露出が少ない黒色の鎧だ。
「黒い太陽という名前の鎧で、私の渾身の一作です」
「はぁ……」
さっきよりは良さそうだけど、これも何だかフリルみたいのがついていて鎧と言うよりドレスだ。
「防御力も最高級ですし、どうですか?」
これ以上何か言ったらもっと変なのが出てくるに違いない。
今のうちに妥協した方がいいかも……。
「まぁ、これでいいです」
「ありがとうございます。それでは着付けを……」
数十分後
「わぁ……! かわいい!」
ぐっと親指を立ててさわ子先生……じゃなかった。武器商人が言った。
黒い太陽をつけた私だけど、かわいいというのは違う気がする。
こう、何だか力を感じる気がする。さすが渾身の鎧!
「どうでしょうか?」
「うん、いい感じですね、これ」
ちょっとデザインがアレだけど、まぁさっきのよりはいいか。
「そういえばお金って……」
「あぁ、いいですよ」
「な、なんでですか?」
「いいものを見せてもらっ……ゲフンゲフン。お姫様を助けに行くのでしょ? さぁ、早く行ってあげて下さい」
武器商人さんがにっこりと笑って言った。
「……トンちゃん、こんなのでいいのかなぁ」
「いいんですよ。さ、行きましょう」
「おぉ、いい鎧と武器だな」
律さんがまじまじと見て感嘆する。
「黒い太陽か。まさしく勇者の鎧だな」
「そうなんですか?」
「それほど強いってことだよ」
澪さんがウィンクして言う。
「さて、澪、梓、
これからどうする?」
「そうですね、この町で情報を集めましょうか」
「そうだな。今の私達には何も情報が無いからな」
「じゃあ3人で手分けして、またここで落ち合おう」
「わかりました」
「じゃあ、またあとでな」
私は2人と別れて情報収集へ赴いた。
───
──
─
それから何事もなく数十分は過ぎた。
相変わらずモニターには規則的な波形が描かれ、何の異常もないことを告げていた。
ピッ……、ピッ……、ピッ……。
「5人はどうだ?」
「ぐっすり寝てますよ。今頃、いい夢でも見ているんじゃないですかね」
「……そうだな」
斉藤はそうであってほしいと願っていた。
もし、ドリームダイバーが見せた夢が悪夢だとしたら……。
今のところそのような話は聞いていないし、そうならない様に調整はしてある。
(お嬢様とそのお客様だからな。何かあってはまずい)
その変な緊張感がさっきから斉藤をそわそわさせていた。
ドリームダイバーで事故が起きたことは一度もなかった。だからこそ何かあるのではないかと、つい考えてしまう。
「もうすぐ指定時間です」
「そうか、覚醒プログラムチェック」
アトラクションの時間である30分がもうすぐ経とうとしている。
それが終われば、横たわっている5人が目覚め、夢の中の話で盛り上がるのだろう。
「一応、アンケート用紙は出しておけ。物理的証拠がいるからな」
一般女子の意見を取り入れるという名目だから、これはしておかなくてはな。
「覚醒プログラム、チェック完了」
「ダイブアウトします」
軽いブ……ンと言う音と共に、脳波がノンレム睡眠に入ったことを告げる。もうすぐで目覚めるはずだ。
「さ、斉藤さん」
「どうした?」
「ちょっと、これを……」
スタッフの声音に震えがあった。
「4号機だけレム睡眠のままです」
「何故だ? 覚醒プログラムは作動したのだろう」
「はい。ヘッドギアに受信も確認しました」
斉藤の頭に嫌な予感がよぎった。
「もう一度やってみろ」
「はい」
スタッフが再度、覚醒プログラムを走らせるが何も起きない。
「……まさか」
嫌な予感が的中してしまったのだろうか。
「4号機の状態は?」
「未だダイブ状態です」
「装着者は?」
「呼吸、心拍、共に異常無し!」
「一体どうなっているんだ!?」
「わかりません。機械は正常に作動しています」
「外からの緊急脱出コードは!?」
「反応ありません!」
アラーム音と共に、モニターにERRORの文字が現れる。
「一体何があったというのだ……」
4号機に横たわる少女が目覚めない……。
「まさか……、事故ですか……?」
スタッフが最も考えたくないことを口にした。
「すぐに原因の究明に当たれ。君はもう一度覚醒プログラムを!」
「わかりました!」
みんなに嫌な汗が流れていくのがわかった。
─
──
───
「さて、どこを調べたらいいものか……」
「とりあえず、人に話しかけたりしましょうか」
「そうだね」
トンちゃんの言うとおり、誰かに話しかけてみたほうがいいかも。RPGの基本だもんね。
数分後
「あんまり有力な情報は得られないね……」
「まぁ、町の人たちですからね」
何人か聞いて回ってみたけど、得られたのは話を聞いた旅の商人に買わされた花だけだった。
「さっきの商人、これがあれば大丈夫って言っていたけど何でだろうね?」
買った花をまじまじと見つめてみるけど、特に変わったところは無い。
「商人ですから、あんまり本気で言っていない気がするんですけど……」
「そ、そうかな……」
トンちゃんの言うとおり、こんな花が何の役に立つとは思えない。
「はぁ、勢いとはいえこんなものを買ってしまうとは……」
「確か、これ桜ですよね?」
「うん。日本で四月ぐらいに咲く花なんだけど、何でこんなところで売っているんだろう……」
小さな枝に咲いている一輪の桜。
(でも、これを見ていると何だか心が落ち着くな……)
それだけでも買った意味はあったかもしれない。
「さて、また誰かに話しかけましょうか」
「そうだね」
私はまた町の中を歩き始めた。
「あ、あれは……」
道を行く人の中に、どこかで見たことのある人がいた。
でも名前が浮かばない。
(だ、誰だっけ……!)
あの特徴的な髪の色は忘れるわけないんだけど……。
「……だめだ。思い出せない」
散々考えてみたけど、何も思い当たらなかった。
そうこうしているうちにその人がどんどん行ってしまう。
仕方ない……。話しかけてみよう!
「あの!」
「あっ!」
声をかけた人は私を見るや否や、すごい勢いで向かってきた。
「な、何ですか!?」
「やっと見つけたぁ……!」
手を握ってぶんぶんと上下に振られる。
「あ、あの……」
「梓ちゃん、どうしたの?」
「えっと、どちら様でしたっけ……」
自分から声をかけておいて失礼だけど、どうしても思い出せない。
「何言っているのよ、梓ちゃん。私よ?」
……だめだ。思い出せない。
知っているのに思い出せないこのもどかしさ……! どうにかしてぇ……!
「あっ、もしかしたらドリームダイバーの影響で……」
何かブツブツ言っている。
「あの……」
「とりあえず、りっちゃんと澪ちゃんは?」
り、りっちゃん……、澪ちゃん……?
「あ……多分その2人なら今、別行動中ですけど」
「なら、早く合流しましょう。2人とも梓ちゃんみたいになっているなら急いだ方がいいわ」
「どういうことですか?」
「ごめんね。記憶に障害がでるなんて思っていなかったから……」
一体この人は何を話しているんだろう……。
「とりあえず、私の名前は紬よ」
「は、はぁ……」
そのまま紬さんに連れられて、律さんと澪さんを探すことになった。
紬が仲間になった!
「あ、いたいた!」
さっきの武器屋に戻ると、2人が戻ってきていた。
「りっちゃん、澪ちゃん!」
2人に駆け寄る紬さん。
「あ、え?」
「おい、梓。この人は……」
「2人とも、私が誰かわかる?」
紬さんが尋ねるが、律さんも澪さんもこの人を知らないようだ。
「やっぱり、私と同じで2人とも記憶が……」
「あの、紬さん。一体どういうことか説明してください」
「一体、君は……」
律さんも澪さんも興味津々で説明を乞う。
「……わかったわ。とりあえず自分が何者か思い出してもらうわね」
「自分が何者か……?」
「そう。運よく私の記憶が戻って、みんなも自分の名前は覚えているみたいだから助かったわ」
紬さんは私達を見据えると、一呼吸置いてから話し始めた。
「あなた達は桜が丘高校の軽音部で、ドリームダイバーで今のような状況になっているの」
「ドリーム、ダイバー……」
「私が一般公開前にみんなにやってほしくて誘ったんだけど、その時に……」
紬さんがそこまで言いかけた時、私の頭のもやもやがすっと晴れた。
「……そうだ!」
最終更新:2011年02月09日 22:00