高校最後の学園祭。

私達のクラスは演劇をやることになった。

「いやぁ、去年のロミジュリを思い出しますなぁ」

「そうだね。あの時も軽音部のみんながやってたな……」

あの時はいいお芝居だったなぁ。唯先輩の木は本当に必要だったのか未だに疑問だけど……。

「でも今回はそれを上回るかもね!」

「そうだね……」

そう、今回の演劇ははっきりいって軽音部の発表以上に私をドキドキさせているものなのだ。

何たってキスシーンがあるのだ。まぁ、角度でそういう風に見せるだけなんだけどね。

「しかし、何で私が木Jなの!?」

「何でだろうね」クフフ

「解せぬ……!」

いつになく真剣な顔で純が呟いた。

「でも、純はいろんな役を兼任しているでしょ?」

「まぁそうなんだけど……」

街の人に、お城の衛兵に、あと何だっけ?

「でも、王子様役が憂になるとは思ってなかったな」

「そうかな?」

「だってあの憂だよ? 女の子の見本みたいな人なのに」

「わかってない。実にわかっていない!」

純がさらに真剣な顔で腕を組みながら力説する。

「中学の時に男子の学ランを来た憂のかっこよさは異常だったからね」

「へぇ……」

学ランを来た憂か……。ちょっと見てみたいな。

「髪の毛のショートだからよく似合うんだよ」

さすが中学の時からの親友。憂のことはよく知ってらっしゃる。

その噂の憂さんはというと、今は衣装合わせに行ってしまってここにいない。

一体どんな服装になるのやら。

「そういえば、今年も衣装は山中先生なんだよね」

「本当、元気な人だよね……」

私の衣装もどんなのになるのか全く知らされていない。

「ただいま~」

「おかえり」

椅子に座ると深いため息をついた。

「憂、大丈夫?」

心なしか顔が赤く見える。

「大丈夫。ちょっと疲れちゃったみたい」

「ならいいんだけど……」

力なく笑う憂を見て、少し不安に思った。

「しかし、憂どうしたんだろう……」

練習の時も何だか上の空だったし、調子悪そうだったな。

プルルル、プルルル

「はい、もしもし」

「あ、梓ちゃん?」

「どうしたの? 急に」

「実はね、風邪ひいちゃって……ゴホッ、ゴホッ」

「えっ!? 大丈夫なの?」

「うん。あと一週間あるから、何とか治すよ」

「無理しないでね?」

「うん……、じゃあね」

ピッ

「憂が風邪か……」

クラスの出し物もそうだけど、軽音部の発表もあるのに大丈夫なんだろうか。

「……憂」

次の日

「お”は”よ”う”~」

「う、憂……、大丈夫?」

「う”ん”。大丈夫」

「全然大丈夫じゃない……。声もガラガラだし」

「ごめんね”。何だか思うとお”りにしゃべれな”くて……」

「これじゃあ、王子様役は変えたほうがいいかも……」

「そうだね。まだ余裕がある時に探したほうがいいかもね」

あと一週間もないから本当にぎりぎりだ。誰かいないかな……。

「熱とかはあ”んま”りない”んだけど、声がね……」

喉を押さえて声を整えようとするけど、一向にいい声は出ない。

「はい、のどあめ」

「ん~」

純からのどあめを受け取り、ころころと舐める。

「ひき始めが肝心だからね。よく休んで治しなよ」

「うん」

憂の代役、今から見つかるのかな……。

そして、当日!

結局、代役は見つかったんだけど憂の声も治って復帰することができた。

「憂は何とか声治ってよかったね」

「そうだね」

きりっとした王子様の格好をした憂は本当にカッコよく見えた。

……これが唯先輩だったらいいのにな。

「どうしたの?」

「へ? ううん、何でもない」

ぽーっとしていたら純に横から小突かれた。

「緊張しちゃってるのかな?」

「そ、そうかも……」

まずい、憂を見て唯先輩のこと考えてたなんて言えないよ……。

「大丈夫。みんな一生懸命練習したじゃない」

純が私の方を叩いて言った。

「……そうだね」

そうこうしているうちに幕が上がっていく……!

「本番か……!」

それからはもう必死で役になりきって、舞台の上で右往左往した。

次々とセリフをしゃべり、時には憂のアドリブに合わせて劇は進んでいった。

そして、遂にクライマックスのキスシーンに……。

「あぁ、なぜこんなことに……」

私の傍らで憂が演技をしている。ピンスポットで私達だけが照らされていて、目を瞑っていても眩しくて仕方がない。

「姫……」

憂の手がそっと頬に触れる。

つ、ついにキスシーンが……。

「……ねぇ、あずにゃん

「……!?」

しかし、耳元でそっと囁かれるその言葉は、憂のものではなかった。

「起きて……?」

丁度客席からは私達の口は見えないから、喋ってもばれないけど……。

ってそれどころじゃない!

「ゆ、唯先輩……?」

こっそり薄目を開けると、逆光でよく見えないが王子様の影が見えた。

憂? いや、唯先輩? どっちなの?

混乱する私を置いて、王子様はゆっくりと私の顔に近づいてくる。

そして……。

「んっ……」

唇が触れた。

驚きのあまり体が硬直してしまったが、周りからは見えない様になっているので気付かれてはいない。

でも、キ、キスしちゃ……って、ええぇ!?

キスのふりじゃなかったの!?

「ちゅ……」

ゆっくりと私の唇を味わって、王子様は嬉しそうな顔を浮かべて演技を続けた。

「姫よ……、美しい姫よ……」

体中がぞくぞくして、もう何が何だか分からない。

一体、何が……!?

「……はっ!」

カチ……、カチ……、カチ……

急にうす暗い所で気がついてしまった。

「あ、あれ……?」

ぼんやりと見える照明や家具。そして、嫌によく聞こえるのは時計の音。

携帯を開けてみると、午前2時。学園祭の5日前だった。

つまり……

「……夢?」

それを裏付けるかのように右手には劇の台本が握られていて、体には毛布が掛けられていた。

「はぁ……、なんて夢見てるんだろう」

劇の途中で憂が唯先輩に変わるなんてありえない。

それに……。

「キ、キス……、するところだなんて……」

あの柔らかい感触を思い出してしまって、顔が熱くなった。

「……唯先輩に久しぶりに会ったからかな」

横に寝ている唯先輩の体を撫でながら、少し恥ずかしく思った。

もうすぐ学園祭だと言うのに、この人は寂しいという理由で家までやってきて泊まっているのだ。

「……はぁ、欲求不満なのかなぁ」

ついさっきまで劇の練習に付き合ってもらって、キスシーンを本当にやってみて……。

「いきなりしてくるんだもん。ずるいですよ……」

私はそのまま唯先輩の艶やかな唇を奪って、毛布にくるまって眠りについた。


END


  • 正夢かもね♪ -- (あずにゃんラブ) 2013-01-09 23:11:12
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最終更新:2011年03月31日 13:55