「はっ……、はっ……」
その時、私は走っていた。
一体どこに? 何のために? 全く分からなかった。
それでも走らずにはいられなくて、広い草原を駆け抜けた。
しばらく走っていると、きれいな色をした花畑が見えて来て、そこに誰か座っていた。
その後ろ姿は見間違えるはずもない。そして、そのために走ってきたのだとわかると胸が熱く、嬉しくなった。
「……唯先輩!」
そこに座っている人の名前を呼んでみても唯先輩は花畑を見つめたまま振り向かない。
私は堪え切れなくなって、後ろから抱きしめてしまった。
「ねぇ、唯先輩……。こっちを向いて……?」
唯先輩のうなじに顔を埋めて、恥ずかしかったけど耳元で続けて囁いた。
「私を……、見て?」
そして、唯先輩の手が私の腕を撫でながらそっとこっちの方を……。
「う……ん」
向かなかった。
というか、全部が無くなった。草原も、花畑も、唯先輩も。
辺りをきょろきょろと見回すと、いつもの自分の部屋だった。
「……夢?」
こんなにうまくいきっこない。
もう私は受験生で、唯先輩はこの春から寮暮らしだ。
大学だってここからだと少し遠いし、偶然会えたりするはずもない。
メールはよくするけど、ゴールデンウィークの予定はゆっくりするとだけ聞いていた。
……ゆっくり、か。
遊びに来てくれたりしないかなぁなんて思っていたけど、私が受験生だから遊ぼうなんて誘わかったんだろうな。
けど、それが何となく寂しい。
確かに受験勉強はした方がいいけど、そういうのを振り切って私を連れ出してほしかった。
まぁ、単なるわがままなんだけどね。
学校帰り。
唯先輩といつもこの道を歩いていたなぁなんて思っていたら、人混みの中に見なれた黄色いヘアピンが見えた。
「……唯先輩」
大きな荷物を見って、向かいの道路でそわそわと何かを探しているようだった。
何だろう。待ち合わせかな。
もしかして……。
「こ、恋人……かな」
ちょっと考えたくないことだったけどありえないことじゃない。
私から見ても唯先輩は魅力的だし、可愛いと思う。
その唯先輩がそわそわと人混みの中を探しているのだ。
多分、そうなんだろう。
「……」
しかし、唯先輩ったらさっきから特徴が同じような人ばかり見ているなぁ。
唯先輩の恋人ってあんな人なのかな……。
ちょっと考えてみるだけで胸がちくちくと痛む。
これ以上見ていても仕方がない。私は帰ろうとした。
けど、その時に唯先輩と目が合ってしまった。
「……っ!」
その瞬間、ぱあぁなんて効果音がしそうな勢いで唯先輩が笑顔になった。
そして、信号が青に変わると重そうな荷物を持って横断歩道を駆けて来る。
そんな……。嘘だ。嘘……。
でも、それは嘘でも何でもなくて唯先輩が一直線に私の胸へと飛び込んできた。
「あっずにゃああぁん! やっと見つけたよ!」
もう何年も会っていないかのように、感情のまま私のことを抱きしめてきた。
あんなにそわそわして探していた人って……、私だったの?
「通学路で待っていたら会えると思ってたんだぁ!」
「ゆ、唯先輩……! どうしたんですか?」
「もうすぐゴールデンウィークでしょ? だから帰って来たんだよ!」
それを聞きながら、唯先輩のぬくもりが本当に久しぶりに感じられた。
まだ、そんなに経っていないはずなのに。
「でも、ゴールデンウィークはゆっくりするって……」
「
あずにゃんのこと驚かそうと思ってね。みんなも帰ってきてるよ」
嬉しそうに話す唯先輩だけど、さすがに走ったのが効いたのかどさりと荷物を地面に落した。
「はぁ……、疲れた」
「こんなに大きな荷物を持って大変だったでしょ? 家に帰ってからでもよかったのに」
「だめだよ。一刻も早くあずにゃんに会いたかったんだもん」
「……っ」
まったくこの人は、恥ずかしいことをぺらぺらと何の臆面もなく言ってくれる。
けど、それが嬉しくて、私の体を導火線のように走っていく。
ぞくぞくして、ふわっとして、よくわからなくなっていく。
ただ、それが”すごく嬉しい”ということはわかる。
「久しぶりのあずにゃん分補給~」
「わっ! ちょっとこんな所で……」
「ずっと会えなくて寂しかったよ、あずにゃ~ん」
「もう……。しょうがないですね」
とかいいつつも、こうやって私のことを抱きしめてくれるのは本当は嬉しい。
ちょっと場所は考えてほしいけど……。
「あずにゃん、ネコさんみたいだね」
「な、何言っているんですか!」
「ほ~れ、よしよし」
「に、にゃーお……」
だ、だめだ。力が抜けていく……。
本当に飼いならされたネコみたいだ……。
「ねぇ、明日は暇かな?」
「はい、暇ですけど……」
「じゃあ、学校で久しぶりに演奏しようよ」
「本当ですか!?」
「うん! 新生軽音部も見たいし、後輩を紹介してよ」
「いいですよ」
「楽しみだなー」
よっと荷物を抱えると、唯先輩と一緒に歩く。
「ねぇ、
これからうちに来ない?」
「えっ?」
「久しぶりに会ったから話したいことがいっぱいあるんだ。だめ?」
ニコニコしながら私の手を握って、行こう? って見つめてくる。
もう……。そんな優しい目で言うなんて卑怯ですよ。
ついていくしかないじゃないですか。
「……行きます」
「よぅし! じゃあ我が家へれっつごー!」
手をつないで唯先輩の家に向かう。
ちょっと恥ずかしかったけど、心のどこかで安心していて離せなかった。
この手を離すと、本当にバラバラになっちゃうのかなって不安になって、怖くなって……。
でも、そんなことを吹き飛ばすように唯先輩の手は優しく暖かかった。
END
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- ガンダムX -- (名無しさん) 2011-07-02 02:09:32
最終更新:2011年05月10日 23:07