明治の終わりか、大正のはじめごろ、よりずっとずっとあとの平成の話。

「いってきまーす」
「いってらっしゃいお姉ちゃん、買いすぎちゃダメだよ」

 女子高生の唯は、朝早くに家をたって、リヤカーをゴロゴロとひきながら四.四キロの道を、
駅前の商店街までお菓子を仕入にいったもんだ。
 着いたらすぐに、友達とお茶をして、妹から頼まれた買い物や用事をすませる。
 そして、夕方になると晩御飯のおかずやお菓子などを車につんで帰りはじめる。

「今日もリヤカーいっぱいに買っちゃった。持って帰るのが大変だよ」
「なんで42,195キロも歩かなければいけないのですかぁ」

 かえり道は、車は重いし登り坂は多いしで、家のずっと手前で日がとっぷりくれてしまう。

「くふふ、今日も食べ物がいっぱいです」

 リヤカーに積んだ食べ物をあずにゃんがねらうのは、こんなときだ。





 あずにゃんは、唯の家の人になって寄って来るのだが、
妹の憂のふりをして話し掛けてくるのが多かったそうだ。

「唯せんぱ……、お姉ちゃん! あんまり遅いから、迎えに来ました。私が後ろから車を押しますね!」

といって、リヤカーの後ろから、食べ物の入った箱にさわるんだって。
 ところが、あずにゃんは憂とは似ても似つかないもんだから、唯はすぐにわかって、

「あずにゃんありがとー!」

と、いいながら車をとめて、箱を縄できつくしばりなおす。
 すると、あずにゃんは食べ物がとれない。それでもにおいに引かれてついて来るのだって。

「だから、私はあずにゃんじゃなくて、そう、とにかく妹ですよ。お姉ちゃん」
「あはは。そうだったね、ごめんね、あずにゃん」
「それよりお姉ちゃん。もう一駅ぶんは歩きました。そろそろ休憩しませんか」

と、いうのだって。唯は笑いながら車を止めて、

「それもそうだね。どっこいしょ」

と、腰を下ろすんだと。なんとか箱を開けさせようと、あずにゃんは話しかけてくる。




「それで、お姉ちゃんはその憂という人に頼まれて、何を買ったんですか」
「ニンジン、玉ねぎお肉にジャガイモ。今夜には間に合わないから、明日にカレーだね!」
「それからそれから。お菓子は何を買ったんですか、お姉ちゃん」
「お祭りがあったからね。ワッフル、大判焼き、あん巻き。それからたい焼き!」

唯は平気な顔をして、答えてやるのだと。すると、あずにゃんは、

「たい焼き! それはおいしそうですね! それじゃあ冷めてないか確認してみましょうよ」

と、いうのだって。

 その言葉につられて箱をあけると、たい焼きを取られてしまうことがよくわかっている。
 だから唯は、箱をあけないで、あずにゃんにちょっかいをだす。

「あずにゃんのいやしんぼさーん。ういやつういやつ、よしよし」
「や、やめてください!」

 恥ずかしがりのあずにゃんは、それで消えてしまうんだと。
 それで、休み終わった唯が、

「さて、そろそろ帰ろうかな。月も出てきて、道がとっても明るいよ」

なんていいながら、リヤカーを引いて歩きはじめると、あずにゃんはまた後ろから押してついて来る。




 やっと家の近くまで帰ってきた唯は、リヤカーを下ろすと、

「お疲れさま、あずにゃん。ごほうびのたい焼きだよ」

と、いうて箱を開けて、たい焼きをひとつ、口にくわえるのだそうだ。
 するとあずにゃんは目をまるくして、

「ど、どうして口にくわえてるんですか。それじゃあもらえません!」

なんて、文句をいいおる。だから唯も、

「なんでさ。このままたい焼きを食べればいいんだよ」

とはいうものの、あずにゃんははじめは絶対に食べようとしないのだって。

「だってそんなの、変ですよ。唯先輩と、だなんて」

なんて顔を真っ赤にして、妹に化けているのも忘れて。
 だが、ここからが唯の一番の楽しみだ。
 唯はあれこれ言って、なんとかあずにゃんにたい焼きを食べさせてやろうとする。





 唯が、

「別に手から渡すのも口から渡すのもおんなじだよ」

なんていえば、あずにゃんも、

「同じじゃないです! だって、その、うわさになっちゃうかもしれないじゃないですか」

と、答える。だから唯も、

「人のうわさも十五日、っていうでしょ。だから、うわさになったって気にしなくてもいいよ」

と、言ってやる。そうして、

「十五日じゃないです、七十五日です!」
「そんなのどっちも大差ないよ」
「何倍も違います!」

こんな風に、少しの間、問答を楽しむそうだ。





 それで、気が済んだなら唯は、決まってこういってやる。

「おかしいなあ、妹はお姉ちゃんからこうやってごほうびをもらうんだよ。あずにゃんは妹じゃないの?」

と、いってやる。そうしたらあずにゃんはやっと、

「そ、そうでした。だって、私は妹です。おかしくない、ですよね」

なんていいながら、おそるおそる近づいてくる。
 あずにゃんは自分が妹ではないと怪しまれたらいけないからと、簡単に引っかかるそうだ。

「ほら、はやくー! たい焼きがやわらかくなっちゃうよ」

「キスじゃない、そうキスじゃない……」

 そうして、あずにゃんが近づいてきたら、唯は今だとばかりに、あずにゃんを抱き寄せる。
 それで、たい焼きをあずにゃんの口に押し込んで、そのまま唇を押し付けるのだって。

「んんぅっ」

 はじめはあずにゃんもびっくりしてな、体をこわばらせる。
 だから唯は、あずにゃんを怖がらせないように、抱きしめる腕の力を少しだけ弱くして、頭をなでてやる。
 そうすると、あずにゃんは落ち着くそうだ。





「ん……ちゅっ……ふぅ、ん……」
「ちゅ……ぴちゃ…………んぁ、む……ふっ」

 唯は、たい焼きをあずにゃんの口に送りながら、その舌であずにゃんの舌を追いかける。

「ちゅぷ……ん……んんっ……ふっ……んっ」

 あずにゃんはまだ怖いから、それから逃げようとする。
 また唯がそれを追いかける。
 頭をなでてやっていた手は、その頃にはすっかりあずにゃんを抑えているから、
あずにゃんは口を離すことができない。
 そうやって、狭い口の中で二人の舌が走り回る。

「ふーっ、ぅ……んむ……ちゅっ……」

 しばらくすれば、あずにゃんも逃げることをやめる。
 そうしたらしめたもので、唯は、舌先であずにゃんの舌を誘うようになでてやる。
 すると、あずにゃんは自分から唯の口の中に入ってくるようになるそうだ。

「ん……むぁ……ちゅ……っ、ちゅぷっ……はぁっ」
「れろ……ちゅ……ふぅ、……んむぅっ」

 それから、唇の先でついばんだり、離れたと思えば、舌先だけを絡めあったり、
時々体をまさぐって、今度は、大きく口を開けてお互いを咥えるように触れ合ったりして、
だいたい半刻は、二人でそうしているという。




「ちゅっ………ぷぁ……」
「はぁ……はぁ……はうぅ……」

 やっと唯の唇が離れると、あずにゃんはいつも腰がぬけて、へたり込んでしまう。
 顔も、酒でも飲んだみたいに真っ赤で、ぼーっとしているそうだ。
 唯はあずにゃんのその顔が好きで、しばらく眺めている。
 そうして満足すると、唯は、

「あずにゃん、たい焼き食べないの? 冷めちゃうよ」

と、声をかけてやる。するとやっと、あずにゃんも、はっとしたように、気がつく。

「たい焼きは、たい焼きは」

 あずにゃんの口の中には、たい焼きなんてほとんど残っていない。
 わずかに残ったものも、二人の唾液でふやけてしまっている。

「ごくっ」

 それを飲み込んではみるのだけど、あずにゃんは食べた気がしないから、不満そうにする。
 だけど、次にまたたい焼きをもらったら、また「へん」になってしまう。

「えっと、えっと」

 唯は、そうやって、悩んでいるあずにゃんを眺めることも好きだという。





 あんまりそうしてほうっておくと可哀想だから、唯は、しばらく眺めてから、

「いじわる言ってごめんね、あずにゃん」

といって、たい焼きをもう一つ手渡してやるそうだ。あずにゃんは、

「えっ」

と、はじめは分かっていないから、唯が、

「今日は手伝ってくれてありがとう。今度もよろしくね」

と、言ってやる。
 すると、やっとたい焼きがもらえたと分かったあずにゃんは、妹に化けていたことも忘れて、

「にゃあ」

と、一声鳴いて、去っていくそうだ。
 ときどき、すぐには去らないで、振り返ってしばらくこちらを見つめることもあるのだって。


終わり



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最終更新:2011年07月09日 00:51