最近、唯先輩が抱き付いてこなくなった。イヤがる私に無理矢理、キ…キスしてくることもここ二週間すっかり止んでいる。
自分が美味しいと思ったおやつも分けてくれるけど、「あーん」はしてこない。
丁寧に切り分けて渡してくれる。食べてるおやつがふたりで違うときは私も切り分けて、ふたりで半分こ。
時々羨ましがった律先輩と争奪戦になるのは余談。
入部した直後は過剰なスキンシップについていけなくて呆れてしまったのだけど、今では唯先輩の体温を感じられない日があるとたまらなく寂しい。
でもね。生意気だから嫌われちゃったのかな―って心配は不思議となかった。
ていうか、過剰なハグとキスがないだけで、それ以外で唯先輩の態度に変わりはないんだもん。
これで呼び方が
あずにゃんから梓ちゃんとか中野さんとか、他人行儀なのに変わったら立ち直れなかったけど。
「えへへ…梓♪」
むしろ進展しちゃってます。他の先輩たちと別れてからは大体呼び捨てで呼ばれてるし、私もその…ゆ、唯って呼ぶこともある。
私たちふたりだけの、特別な呼び方。
だから余計に不思議。
手を繋ぐことは増えたけど、抱き合う機会は少なくなって。キスも強引じゃなくなって。
覚えるのは不安じゃなくて違和感。前よりもっと仲良くなってるのに、けれど感じる体温は遠くなった気がして。
「あの、唯…最近、あまり抱き付いてこなくなりましたよね? どうか…したんですか?」
いつもの
帰り道、思い切って唯先輩…唯本人に尋ねてみた。
不安…はやっぱりちょっとあったのかも。そのことを尋ねるとき、繋いでいた手につい力が入ってしまった。
唯のこと、信じてるけど…でも、この温もりは離れて行ったりはしないよね…そう訴えるように。
「うん? それはほら、梓ってりっちゃんにハグされるのが好きでしょ? だから、だよー」
台詞だけ抜き出すと言い方にトゲがあるけど、唯の顔は朗らかそのもの。「梓の好きなもの持って来たよ~」って感じだ…ていうか、私と律先輩がどうしてそこで繋がるのかな?
「普通、自分の恋人が友達とは言え他の人に抱き付かれるのってイヤじゃないですか?」
「好きな子だからだよ~。好きな子には一番好きなことしてて欲しいじゃん。梓が楽しければ私はそれが一番だもん」
「私、そんなに律先輩と楽しそうにしてました?」
「それはもうジェラシーしちゃうくらいじゃれついてたよ~」
ジェラシーと言いつつ、唯の顔はほにゃって笑ってる。「梓とりっちゃんが仲良くしてると私も嬉しいし」って付け加えて。
確かに律先輩にはいつも楽しいし、あの明るさには励まされているけど…
「それでハグは律先輩に譲った…ってことですか?」
「そだよ~」
「おやつを切り分けるようになったのは?」
「みんなの前であ~んってやると梓困って食べられなくなっちゃうんだなーって気付いて。
ごめんね、もっと早く気付いてあげたかったんだけど」
「はぁ…気の使い方がおかしいですって」
毎回毎回ヘンなことばかり天然でやってしまう唯に―誰より近くにいてくれる恋人に、私は苦笑混りの溜め息を吐く。でも、どうしたって呆れ顔は作れなかった。
だってどんなにおかしな奇行だって唯は私を想ってしてくれたんだもん。
溜め息ついてるくせして顔が顔が綻んじゃっても仕方ありません。
…そうは言ってもね、唯。
「唯はそれでいいんですか? 本当はハグもあ~んもしたいんでしょ?」
「うっ…さすが梓、お見通しだったかぁ」
「唯の考えてることならなんだってわかりますよ。…したいんですよね?」
「実は今、禁断症状と戦ってる真っ最中でありますっ。梓をハグハグしたい病のっ」
「なら遠慮しないで解禁してください――」
私だって唯とおんなじですよ。あなたには一番好きなことをして貰いたい。遠慮とか我慢とかしないで、とびきりの笑顔を私に見せて欲しいんです。
あなたの一番は私なんですから。私の一番はあなたなんですから――何をされたって幸せふたり分です。
幸せはふたり一緒に味わえます。
「――私は唯の体温も何もかも欲しくて…大好きなんですから」
解禁するやいなや「あ~ずさ~♪」って言いながら、繋いだのと反対の手で唯は私をぎゅ~って抱き締めた。
久し振りに全身に感じた唯の体温は、身も心もとろけてしまいそうになるくらい温かった。
- こうゆうのいいね -- (鯖猫) 2012-07-31 00:31:04
最終更新:2009年11月24日 03:31