「唯先輩、この後観覧車に乗りませんか?」
「ふん、ひひよぉ♪」


クレープを頬張っていた為、返事らしい返事になっていなかったけど、表情を見る限りOKだという事だろう。
この遊園地にある観覧車は高さが120メートルあり、日本最大の規模を誇る事で有名だ。
そこからの眺めは格別で、ニュースにも取り上げられた事があるくらいだ。
今の時間は16時過ぎだが、冬という事もあり西の空がうっすらと赤くなっている。
      • となると、私達が観覧車に乗っている頃は夕焼けが綺麗な時かもしれない。

また、この観覧車はもう1つ有名な事がある。頂上付近で告白をすれば、必ず良い返事を貰えるというエピソードがあるのだ。
その為、巷では恋愛成就の観覧車と呼ばれており、週末ともなれば若い男女が、観覧車目当てで並んでいる事も多い。
桜高の生徒の間でも話題になる観覧車なので、当然唯先輩にもその噂は耳に入っていると思う。
唯先輩は今どんな気持ちで列に並んでいるのだろう・・・。告白というシチュエーションに期待していたりするのかな。
それとも、ただ仲の良い後輩と一緒に乗るというだけの意識なのかな・・・。
唯先輩の視線は真っ直ぐ観覧車の乗り場に向いており、表情は若干硬い。
その為何を考えているのか、表情からは窺い知る事はできなかった。

一方の私は、観覧車の列に並び始めた時からドキドキが止まらない。
2人で繋いだ手から鼓動が伝わっているかもしれないと思うと、恥ずかしさからつい俯いてしまう。
冬なのに体が熱い・・・手や額からはうっすらと汗もかいている。
まだ観覧車にも乗ってないのに、どうしてこんなに緊張しているんだろう・・・。
列が進んでも足取りが重く、唯先輩に引っ張られる事でやっと前に進めるくらいだ。
告白は成功する・・・そんな願掛けもあって観覧車に乗ろうとしているのに・・・何でだろう・・・。
何でこんな気持ちになるんだろう・・・。





怖い―――――





何を恐れているの?
      • 願掛けをしたのに告白が失敗する事?
      • 唯先輩に今までのような態度を取ってもらえなくなるかもしれない事?

あずにゃんの事は、可愛い後輩としか思えないよ・・・』

確かに振られるのは嫌だけど・・・でも違う・・・。
私が恐れている事は、そんな事じゃない・・・。
でもわからない・・・私が恐れている原因が・・・。
胸の高鳴りとは別に沸いてくる胸騒ぎ・・・。
告白なんてまた別の機会で良い・・・今はすぐにこの場から引き返した方が良い・・・そう思うほど、正体不明の何かに私は怯えていた。

だけど・・・原因がはっきりしない以上は、やっぱり観覧車に乗るのは止めましょう、などと言えるわけもなく・・・。
気付けば、観覧車に乗る順番がもうすぐそこまで迫っていた。


「うわぁ・・・あずにゃん、この観覧車を下から見ると凄い迫力だね!」
「そうですね・・・さすが日本一の高さを誇るだけありますね」
「下からだと、一番上が見えないや~」
「頂上から見下ろすと、私達なんて豆粒みたいに見えるのかもしれませんね」


私達は目の前にそびえ立つ観覧車の高さに圧倒されていた。
その横を、恐らく告白が成功したであろう男性が、女性と腕を組んで、にこやかな表情で通り過ぎて行く。
私達も、もうすぐあんな幸せそうなカップルのような関係になっているのだろうか。


「もうすぐこの観覧車に乗れるのかぁ・・・。私、あずにゃんと一緒にどうしても乗りたかったんだよね!」
「・・・私も乗ってみたかったです・・・唯先輩と・・・」
「もうすぐ・・・叶うんだ・・・私の夢・・・」
「えっ?・・・何ですか?」
「あっ、いや、何でもないよ~・・・あはは・・・」


言っちゃった、と言わんばかりにそわそわしだす唯先輩。
私は聞こえて無いふりをしたけれど・・・はっきりと聞こえていた。


『もうすぐ・・・叶うんだ・・・私の夢・・・』


それって・・・もしかして、もしかするのかな・・・。
より一層心臓がドキドキし始め、私の緊張感もピークに達しようとしていた。


「ほら、順番来たよ!・・・行こう、あずにゃん!!」
「あ、はい・・・!」


私は唯先輩に手を引かれ、観覧車乗り場へ向かった。
唯先輩の夢=私の夢だと信じて・・・希望を胸に抱いて・・・。





幸せな時間はもうすぐやってくるんだ・・・そう思っていた。





だけど、ここからが私の・・・いや、私達の本当の地獄だった。










私達が観覧車に乗る為、数段しか無い階段を上ると1人の男の人とすれ違った。
コートを着て、帽子にサングラスという、いかにも怪しげな格好をした人だった。
恋愛成就・・・とは程遠いような感じだったけど、男の人が1人で観覧車に乗ったりもするんだ・・・。
唯先輩はその男の人の事を気にする素振りは見せず、目の前の観覧車に勢いよく飛び乗った。
私もその男の人に対し、変に疑ったり怪しんだりする事はせず、唯先輩の後に続いて観覧車に乗り込む。
2人とも観覧車に乗りこんだ事を確認すると、ゆっくりと席に腰を下ろした。


「それでは、素敵な景色を楽しみながら、ゆっくりと2人だけの時間をお過ごしください」
「はーい、ありがとぉー♪」
「ど、どうも・・・もう、唯先輩はしゃぎすぎですよ!///」
「えー?そうかなぁ?」


観覧車の案内をしてくれたスタッフの方が笑顔で私達を見送ってくれている。
それに応えるように唯先輩は大きく手を振り、私も軽く頭を下げた。


「ねぇあずにゃん~、この紙袋って何だろ?」
「さ、さぁ・・・さっき乗ってた人の忘れ物じゃないですか?」
「何が入ってるのかな~♪ケーキだったりして~」
「ダ、ダメですよ、勝手に開けたりしたら!!」


観覧車に乗り込んだ時から目に入った紙袋・・・気にはなっていた。
しかし、忘れ物だと知らせる前に観覧車のドアが閉まってしまった為、スタッフの方に渡す事ができなかった。
先程の怪しげな人の忘れ物・・・どんな人の物であっても、やはり他人の物を勝手に開ける事は気が引けるものだ。
本当に中身を調べようとした唯先輩に軽くお説教をすると、唯先輩の興味は紙袋から外の景色に移った。
呑気と言うか、マイペースと言うか・・・それでも、何にでも興味津津になる所は子どもみたいで可愛いと思う。


チッ チッ チッ チッ チッ・・・


観覧車はゆっくりとしたスピードで、高度を上げていく。
遥か遠くに見える夕陽は地平線にその姿を隠そうとしているが、最後の輝きで私達を照らし出している。
ほんのりとした笑みで夕陽を見つめる唯先輩・・・私はその姿にうっとりしていた。
夕陽に照らされている唯先輩の横顔があまりにも綺麗だったから・・・。
私の視線に気付いたのだろうか・・・程無く、唯先輩はクルリとこちらを向き、私の表情を見るや否や、無邪気な笑顔を見せた。


「あずにゃん、顔真っ赤だぁ~♪」
「なっ・・・ゆ、夕陽のせいですよ!///」
「えぇ~?本当にぃ?」
「本当・・・ですよ///」
「じぃー・・・」
「うぅ///」


もういい加減、素直になっても良かったのかもしれないけれど・・・唯先輩の意地悪な視線に耐えかねた私は、プイッと顔を背けてみた。
背後から聞こえるゴメンゴメンという声と共に、私はいつもの・・・全身が優しく包まれる感覚を覚えた。


「あずにゃん、ギュ―♪」
「もう・・・今日何度目ですか///」
「えへへ・・・あずにゃん分補給は1日に何度しても良いんだもーん♪」
「誰がそんなルール決めたんですかぁ?」
「私が今決めました!」
「もう・・・特別ですよ?」
「えへへ♪ありがとう、あずにゃん」


何だかんだで受け入れてしまう私・・・。やっぱり唯先輩にはかなわないなぁ。
特別・・・なんて言ったけど、そういえばこんなやりとり、前にもあったなぁ。
私が1年生の時、唯先輩が風邪で学園祭前日まで休んだ事があった。当日になってもなかなか現れない唯先輩を私は本気で心配していた。
唯先輩が来ないなら、学園祭なんて無意味・・・そんな事を考えてしまうくらいに、私は唯先輩と一緒にステージに立ちたかった。
そんな心配をよそに、唯先輩は約束の時間を大幅に過ぎてやってきた。その時の唯先輩の申し訳なさそうな表情は今でもよく覚えている。


『最低です!皆がこんなに心配してたのに・・・最低です!』


唯先輩の顔を見れた安堵から流れた涙。それを隠すように、辛い言葉を投げかけてしまった。
だけど、唯先輩はそんな私をそっと抱き締めてくれた。さっきの、唯先輩の言うあずにゃん分補給・・・とか言う感じで。
その時に耳元で囁かれた『最高のライブにするからさ・・・』という言葉・・・。
この時の口調は、今までの唯先輩の口調からは考えられない程落ち着いていて、私をキュンとさせる物だった。
私がずっと抱いていた、明るいけれどもだらしない唯先輩というイメージからは程遠い物で・・・。
その口調だけで私は唯先輩に心を許してしまいそうだった。


『特別・・・ですよ・・・』


だから、こんな言葉まで言ってしまったのに・・・直後の唯先輩の不真面目なキス顔で私は冷静に戻ってしまった。
それ以来、私は唯先輩の口調にギャップを感じたり、ドキッとするようなセリフを聞いていない。
私の心を一瞬で落としてくれるような刺激的な口調や言葉・・・もう聞く事はできないのかな・・・。
もしかしたら今回のデートで聞かせてくれるかもしれない・・・。
淡い期待を持ちながらも、後ろから聞こえてくるのはお調子者の唯先輩の口調。これもまた・・・いや、これが唯先輩なんだな。

でも、もしも私が唯先輩に迫って、私の本気の気持ちを伝えたら・・・唯先輩は落ちるのかな。


『唯先輩・・・私を本気にさせた罪は重いですよ?』
『えっ・・・あ、あずにゃん・・・?』
『唯先輩の全てが好き・・・身も心も・・・唯先輩の全てを私のものにしてやるです』
『あずにゃん・・・私なんかで良いなら・・・喜んで・・・』


なんてね・・・。あれ、でも結構簡単に唯先輩を口説き落とせるんじゃないかな。
私の、いつもと違う雰囲気を醸し出せば・・・そのギャップで唯先輩もイチコロ・・・だったりして。
あとは、どう話を切り出すかだけど・・・。


「あずにゃん」
「にゃ、にゃんですか!?」


私の計画は妄想に終わった。実行する前に、唯先輩によって現実に連れ戻されたのだ。
突然の事で、猫みたいな返事になってしまい、凄く恥ずかしい。
しかし私の反応を見た唯先輩は、まるで花が咲いたかのような表情で私の事を見ている。


「あずにゃん!!返事も猫みたいで可愛いね♪」
「うぅ・・・さっきのは聞かなかった事にしてください///」
「あずにゃん可愛いから、またあずにゃん分補給しちゃおーっと♪」ギュー
「にゃぁ~・・・」
「・・・」
「・・・」


私は今、いつもとはやや違う状況に置かれている。
唯先輩に抱きつかれている・・・いや、これは日常茶飯事の出来事なので何も驚く事は無い。
私は今、唯先輩に後ろから抱きつかれたままの状態なのだ。
唯先輩は抱きついてくると、頭を撫でてくれたり、私の手を引いてどこかに行ったりと、すぐに次のアクションを起こしてくれる。
私に抱きつくという事は、次の行動に向けての事前準備みたいな意味合いもあるのだ。
しかし、今のように私に抱きついたまま動かない・・・こんな事は今まで一度も無かったので、私は少しだけ戸惑いを感じている。


「ゆ、唯先輩・・・どうしたんですか?」
「あずにゃん・・・」
「はい・・・」
「私・・・あずにゃんの事をギュッとするとね・・・あずにゃんの温かさ、優しさが私の心を満たしていくの・・・。
 だから、ずっとこうしていたいっていうのが本音なんだよ」
「え、そ、そんな・・・急に・・・///」


何を言い出すのかと思えば・・・口調は普段と変わらないものの、耳元で囁かれただけで体中がゾクッとしてしまった。
口調は変わらなくとも、普段言われない事を耳にした私の体温は、上昇の一途を辿っており、鼓動はペースを上げるばかりだ。
唯先輩は私の背中に密着したまま離れようとしない。
一呼吸置こうと、唯先輩の腕から逃れようとするも、唯先輩はそれを許してくれなかった。


「私・・・ずっとあずにゃんの事を想って、ずっと隣であずにゃんの事を見ていたいな・・・」
「ゆ、唯先輩・・・!!急にど、どうしたんですか!?」
「私ね・・・」


唯先輩は何かを言いかけた後、一旦私から腕を解き、私の隣で体勢を整えた。
一方の私は、先程までの唯先輩との言動の違いに驚き、おどおどと落ち着きの無い態度を取ってしまっていた。
唯先輩の、普段とは違うギャップ・・・それを望んでいたのは自分だったはずなのに・・・。
しかし、いざ目の前でいつもと違う唯先輩を見ると、こんなにも動揺してしまうなんて・・・。
ここでもまた、素直に受け入れられない自分を悔い・・・そっと唯先輩に視線を向ける。
唯先輩は目を瞑りながら上を向いており、数秒深呼吸をした後でもう一度顔を私に向けた。


「あずにゃん、今日は楽しかった?」
「は、はい・・・唯先輩と一緒でとっても楽しかったです。時間が過ぎるのが早く感じて・・・って、それは私が寝坊したからですよね」
「まぁ、寝坊の件は置いといて・・・楽しんでもらえたようで良かったよ♪ 私もね、今日あずにゃんと一緒にデートができて凄く楽しかったよ」
「私もそう言っていただけると嬉しいです」


唯先輩は私の言葉を聞くと、ニコッと笑ってくれた。
しかし、表情はすぐに引き締まり、とても真剣な眼差しへと変わっていた。


「あのね・・・いつもはふざけてばっかりだから、本気に捉えられてなかったかもしれないけど・・・今日は正直な気持ち、想いをあずにゃんに伝えます」
「はい・・・」


そう切り出されてから、私の鼓動の高鳴りはより一層激しくなるばかりだったが、恐らく唯先輩も同様だろう。
心なしか、緊張のせいで唯先輩の声も震えているように聞こえてくる。


「わ・・・私ね・・・」


私は待つ身となった。もう・・・何を言われるのかは、この雰囲気で察している。
唯先輩が言ってくれる言葉を待つだけだが、それに対する返事は・・・ずっと前から決まっている。
ただ・・・たった一言の気持ちを口にするのがとれだけ大変な事か・・・私にはわかっている。
普段はよく唯先輩の口から聞かされるその言葉・・・普段から聞いてしまっていたからこそわからなかった。
それがただの後輩としてなのか、1人の女の子としてなのか・・・。

私は隣に座る唯先輩から視線を外さなかった。ジーッと唯先輩を見つめているが、その表情は赤く見えた。
夕陽のせい?・・・そんな野蛮な事も考えたが、そうではない事は一目瞭然だった。
外は暗くなってきており、夕陽もあと2~3分で完全に顔を隠すという所まで来ていたからだ。


チッ チッ チッ チッ チッ・・・


二人の間を流れる沈黙・・・。私の耳に聞こえてくるのは、私自身の鼓動と、時計の針の音だけだった。
視線をチラッと外に向けると、もう間も無く私達のゴンドラが頂上に到達しようとしている。


「あのね、あずにゃん・・・」


緊張感の溢れる沈黙をようやく破った唯先輩。その声は相変わらず震えている。
きっと唯先輩は今、緊張の絶頂に到達しようとしているのだろう。それは、どうしても乗り越えなければいけない山だ。
辛く険しいその山を、私の為に越えようとしてくれている・・・。
そう思うと嬉しくて、唯先輩の震えた声を聞いただけで私は自然と笑みがこぼれた。


「唯先輩・・・私が言うのも何ですけど・・・唯先輩のペースで言ってください。私・・・ずっと待ってますから」
「あずにゃん・・・えへへ、ありがとう」


水を得た魚のように、それまで硬かった唯先輩の表情は崩れ、自然と明るくなっていく。声も表情も普段の唯先輩だ。
完全にペースを取り戻したのか、唯先輩は軽く咳払いをしてから、もう一度私に視線を向けた。


「改めて言うね・・・」
「はい・・・」










「あずにゃん・・・私ね・・・」










「あずにゃんの事が――――――――――」










あと少しで、唯先輩の気持ちが私の心に届く所だった。
同じく、私の気持ちも唯先輩の心に届く所まで来ていた。





あと1分・・・いや、30秒・・・いや、あと10秒あれば十分だった。





だけど・・・そのたった10秒という時間は・・・。





私達の心に届かなかった。


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最終更新:2011年07月21日 20:10