私達のゴンドラがまさに頂上に来た時・・・夕陽は地平線に完全に隠れた。
その瞬間・・・影を潜めていたアイツが・・・現れた・・・。










―――――モウスグ・・・オ前達ノ命ハ終ワル―――――










ドーーン!!










激しい爆発音が聞こえたかと思うと、私達の乗るゴンドラが大きく揺れ、観覧車の動きがストップしてしまった。
突如聞こえてきた爆発音に私達は飛び上がる程驚き、お互いの肩を抱き合うような形になっていた。


「え!?な、何!?」
「何かが爆発・・・したみたいですけど・・・あ、何か煙出てますよ!」
「ほ、本当だぁ・・・大丈夫かなぁ、あずにゃん・・・」
「だ、大丈夫ですよ!!直に動きますよ!」


下を見ると、観覧車の制御盤から煙が出ている。そこが爆発した為、観覧車も止まってしまったのだ。
どうしてこんな事が起きたのか・・・その真相はわからないが、突然の出来事に私達は簡単には落ち着く事ができない。
とは言え、残された私達はただジッと観覧車が動き出すのを待つしかなかった。

突然の爆発も気がかりだけど、私は他にも気になっている物がある。
それは・・・不気味に鳴り響く時計の針の音だ。


チッ チッ チッ チッ チッ・・・


この観覧車に乗るまではまったく気にならなかった。勿論、お化け屋敷に入った時も・・・。
それもそのはず・・・私も唯先輩も腕時計をしていないのだから・・・。
それなのに、先程からずっと聞こえてくるこの時計の針の音・・・。
聞こえてくる先には・・・あの紙袋がある。この時計の針の音の正体って・・・。


「そういえば・・・」


何かを思い出したかのように、唯先輩は言葉を続けた。


「今朝、ニュースで見たんだけど・・・最近、怖い事件が起きてるんだって」
「こ、怖い事件ですか・・・?」
「うん。最近、遊園地とかスーパー、図書館等に爆弾が仕掛けられて、警察が来た途端に爆発するっていう事件・・・」
「そんな事件が・・・」
「私達が住んでいる場所からは程遠い所で起きてる事件だったよ。今までは幸いにも、怪我人も居なくて、ただの悪戯だろうって言われてたみたい」
「悪戯でも・・・質が悪すぎますね・・・」
「だけどね、明朝に警察へ犯行予告が届いたんだって・・・」
「犯行予告・・・どんな物なんですか?」
「えーっとね・・・確か・・・」


『お遊びは終わりだ。日本一夕陽が綺麗に臨める場所で、2つの魂を奪うべく最後の打ち上げ花火を見せてやろう。
 止められるかどうかは2人次第・・・但し、警察が近付けば THE END・・・我は死へ誘う・・・死神だ』


「えっ!?」
「確か、そんな感じだったと思うよ~。細かい所は間違ってるかもしれないけど・・・」


ドックン・・・強く鳴り響いたのは私の今の鼓動だ。
先程までの緊張という感覚とは全く違う鼓動の高鳴りが私を襲い、胸は圧迫されるように苦しい。
死神―――――今日何度聞いたかわからない・・・。
その言葉を聞く度に悪夢を思い出し、恐怖に怯え・・・それでも何度も乗り越えてきた。
だけど・・・今回だけは・・・完全に呑み込まれてしまう・・・そんな事しか考えられなかった。
そんな恐怖に怯える私の心の隙を突くように・・・夕闇の世界に、不気味に笑う死神が見えた・・・気がした。
ただの気のせいかもしれない・・・けれど、私達が置かれた立場を把握してしまったからこそ、私は逆に冷静で居る事ができなかった。


「そ・・・そんな・・・!!・・・ヤダ・・・ヤダよぉ・・・!!」
「ど、どうしたの、あずにゃん!?」
「ヤダ・・・唯先輩・・・死にたくないよぉ」
「お、落ち着いて!あずにゃんが死ぬわけないよ!!」
「だって・・・死神が・・・死神が・・・!!」


何故、幾度となく死神が夢の中でも現実でも・・・私の魂を奪うと言ってきたのか・・・その理由がようやくわかった。
私は・・・導かれてしまったのだ。死神が用意した、私の人生の終着点に・・・。
デートを今日にした時から・・・私達の運命も決まってしまっていたのだ。
観覧車に乗る前に感じていた、怖いという感覚・・・。
私は・・・感じ取っていたのかもしれない。この観覧車に決して乗ってはいけないという事を・・・。
死神の魔の手から逃れられたかもしれない。だけど、恐怖の理由がわからず、逃れる事ができなかった。
それもまた運命なのだろうか・・・。


「大丈夫?あずにゃん・・・落ち着いた?」
「・・・あっ、はい・・・すみません・・・」


ハッと我に返ると、目の前で唯先輩が私の涙をハンカチで拭ってくれていた。
どれくらいの間、涙をこぼしていたのかはわからない・・・。床には小さな小さな水溜まりができていた。


「大丈夫だよ、あずにゃん・・・さっきも言ったけど、お化けだろうが死神だろうが・・・今度こそ、私があずにゃんを守ってあげるから・・・」
「唯先輩・・・ゴメンなさい、私が観覧車に誘ったせいで・・・」
「もう・・・あずにゃんのせいじゃないよぉ・・・」
「私、怖いんです・・・私達・・・このまま死んでしまうのではないかって・・・」
「大丈夫・・・まだ死ぬって決まったわけじゃないよ、あずにゃん!」
「で、でも・・・」
「最近の爆弾事件の犯人が示した犯行予告の場所が、この観覧車だとすると・・・『最後の打ち上げ花火』は爆弾が爆発するって事だよね」
「多分そういう事なんだと思います・・・」
「だから、あずにゃんは恐れているんだよね・・・私達が爆発に巻き込まれてしまうんじゃないかって」
「・・・は、はい・・・時計の針の音が異様に大きく聞こえますし・・・爆弾は恐らく、あの紙袋の中に・・・」
「うん・・・でも『止められるかどうかは2人次第』って事は、爆弾を止める方法もあるって事だよね!『警察が近付けば THE END』って事は、
 警察にここへ助けに来てもらう事はできない・・・多分、警察が観覧車に近づけば犯人が遠隔操作で爆発させるって事だと思うんだ」
「・・・唯先輩、詳しいですね・・・」
「この前、そんな映画を見たんだよ~。主人公が爆弾を解体する内容で、解体途中で『このコードを切れば、遠隔操作で爆発されなくなる』って言ってたんだぁ。
 最終的には、2本のコードのうち、1本を選んで切らなきゃいけなかったんだけど、無事に正しいコードを選んで、爆弾解体は大成功っていうストーリーなの」
「映画の世界だけかと思ってましたけど・・・素人が爆弾解体なんて・・・本当にできるんでしょうか・・・」


今まで、爆弾がどんな物なのか見た事すらない。一生で爆弾に遭遇する人は圧倒的に少ないだろう。
それを解体するとなれば、0.00000・・・%という確率・・・もう低すぎてわからないくらいだ。
しかし、私達は爆弾を処理しなければ生きて帰る事はできない状況だ。
平穏だったはずのデートで、急に突きつけられる究極の選択・・・。生きるか死ぬか―――――

勿論、あっさり後者を選ぶ人は居ないだろうが、前者を選んでも落ち着いて行動できる人が果たしているのだろうか。
頭を抱えたくなるような事態を目の前にしても・・・唯先輩は唯先輩だった。


「大丈夫だよ、あずにゃん~。止められるかどうかは私達次第・・・だったら信じようよ、私達の絆の固さを!!この危機、一緒に乗り越えようよ!!」
「・・・はい」


絆だけで何とかなるとは思ってないけれど・・・でも、唯先輩の言葉は何か信じられるし、何だか・・・本当にどうにかなるという気を起こさせてくれる。
そして、私がコクンと頷くと、またいつもの柔らかい笑顔で私の気持ちを落ち着かせようとしてくれる。
本当に・・・不思議な人だ。こんな状況でも笑えるんだから・・・そして、私も小さくとも、笑顔にさせてくれるんだから・・・。


「それじゃあ・・・始めようか、あずにゃん」
「は、はい・・・もう暗いですし・・・し、慎重に・・・紙袋から出してくださいね・・・」
「う、うん・・・」


紙袋の中には、箱のような物が入っている。縦30センチ、横20センチくらいだろうか・・・。
唯先輩はそれをそっと取り出そうとするが、予想以上の重さで後ろへよろけそうになってしまった。
私が唯先輩の肩と背中を支える事で何とか踏ん張り、無事に座席へ箱を置く事ができた。
まだまだ道のりは長いものの、第一段階はクリアできた。目の前の箱からは、相変わらずチッチッチ・・・と時計の針の音が聞こえてくる。
カウントダウン・・・刻み込まれる時の音。それは、私達が生きながらえるものなのか・・・それとも、死への誘いなのか・・・。


「あ・・・開けるよ、あずにゃん・・・」
「大丈夫・・・ですよね・・・開けたら、いきなり爆発とか・・・しないですよね・・・」
「ヤダ・・・あずにゃん・・・そんな事言わないでよぉ・・・」
「す、すみません・・・」


私の余計な一言が不安を煽ってしまい、唯先輩は箱から手を離してしまった。
その手は明らかに震えており、唯先輩の強い心に私の弱気が侵食させてしまっているようだった。
観覧車に乗ってからは、常に死と隣り合わせの状況に居る。唯先輩だって怖くないはずはないと思う。
それなのに、唯先輩は常に冷静で居てくれた。私が動揺しても、すぐに落ち着かせてくれている。
今、こうやって爆弾と向き合っていられるのも、唯先輩のおかげなのに・・・。
爆弾にはどんなトラップがあるかわからない・・・だから、つい『開けたら、いきなり爆発とか・・・』なんて言ってしまった・・・。
唯先輩の強い気持ちを削いでしまう言動に、私は悔いた。今信じる事は、私達の絆の固さなのに・・・。


「ゴメンなさい、唯先輩・・・開けなかったら何も始まらないですよね!止められるかどうかは2人次第って言われているのに、
 箱を開けずに何もしないで爆発を阻止する事はできませんよね!・・・って事は、箱を開けても爆発する可能性は無いと思います!」
「あ、あずにゃん・・・」
「私・・・開けますね・・・」
「待って!」


箱に手を伸ばそうとした私を、唯先輩は制止した。
そんな危険な事を私1人に任せられない、と言わんばかりの表情だ。
唯先輩は視線を私から箱に移すと、私の左手にそっと右手を添えてくれた。


「一緒に開けよう、あずにゃん!」
「唯先輩・・・」
「せーの!・・・で開けるよ、あずにゃん!!」
「・・・はい!」


唯先輩の言葉に私は大きく頷く。先程まで震えていた唯先輩の手からは、箱を開ける勇気が伝わってくるようだった。
2人で大きく深呼吸をすると、お互いの目を見る。2人だけの空間なのだから、言葉を発すれば良いのだが・・・。


―――――あずにゃん・・・準備は良い?
―――――大丈夫です、唯先輩!


お互いにアイコンタクトで確認を取ると、再び2人で深呼吸をして頷いた。
同時に視線を箱の上に乗せた手に移すと、私達は力を振り絞って声を出した。


「「・・・せーのっ!!」」





どんな物でも闘う・・・そう覚悟はしていた。
しかし、いざそれを目の前にすると・・・恐怖で心が折れそうになってしまいそうだった。


「うぅ・・・ゆ、唯先輩・・・」
「あずにゃん・・・」


いくつものコードが連なり、液晶パネルには赤い文字で1:30という時間が刻まれている。
これが・・・生まれて初めて見る・・・いや、決して見たくはなかった、爆弾という物なのか。
私を悩ます死神からすれば、私に贈った人生最後のプレゼントというところだろうか。


チッ チッ チッ チッ チッ・・・


その音に呼応するかのように、1:30と刻まれている時間の隣の数字が、1秒ずつ順調に減っていく。

03・・・02・・・01・・・00・・・59・・・

時間は1:29となる・・・。つまり、爆発までのタイムリミットは1時間29分後・・・午後8時00分という事だ。
たったそれだけの短時間で・・・私達はこの爆弾を解体しなければいけない。
爆発を阻止する、なんて啖呵を切ったものの、何から手をつけてどう対処すれば良いのか、全くわからなかった。
しかし、ヒントになりそうな物を、唯先輩が見つけた。


「あずにゃん、何かメモみたいなのが挟まってたよ!」
「・・・暗くてよくわからないですけど・・・何か設計図・・・みたいな感じですね」
「もしかして、この爆弾の設計図なのかな!?って事は、これを参考に爆弾のコードを切っていけば良いんだね!」
「でも・・・何て書いてあるかわかるんですか?・・・コードと思われる線には色々書かれていますが、全部英語なので何が何だか・・・」
「うっ・・・私、英語はあんまり得意じゃ・・・」
「まぁ、日本語だとしても専門用語が書かれてたら、わかりませんね・・・」


私達は完全に行き詰ってしまった。見た所、爆弾には全部で8本のコードが出ているが、どのコードをどの順番で切れば良いのだろうか。
悩んでいるだけでは何の解決にもならず、ただ虚しく時間は過ぎていくだけだ。残り時間は1時間25分・・・。
陽も落ち、制御盤も爆発されてしまったので、観覧車の中は真っ暗な状態になっている。
改めて爆弾がどういう物なのか確かめるべく、私はケータイを取り出し、内臓されているフォトライトを爆弾に照らした。
すると、爆弾から出ているコードは8本全てが違う色をしている事に気付いた。


「唯先輩!爆弾のコードの色、全部違うみたいですよ!左から黒、青、白、水色、緑、赤、黄色、紫・・・」
「でもあずにゃん・・・どのコードから切れば良いの?」
「そ、それは・・・」


何か突破口を開けた気がしたが、結局は何も前進してなかった。
確かに、コードの色がわかっただけで、どのコードから切れば良いのかはわからないままだった。
どうすれば良いのか再び悩みかけた時、気にしていなかったもう1つの問題点が生じた。


「・・・そういえば、唯先輩・・・コードを切るって言っても、私ハサミやカッターなんて持ってないですよ?」
「はっ!?・・・そ、そういえば私もだ・・・ど、どうしよう・・・」


唯先輩はバッグの中を漁りだした。そして、入っていた物を取り出していく。
お財布に手帳、化粧ポーチにソーイングセット・・・?


「ソーイングセット・・・?唯先輩、何でこんな物持ってきてるんですか!?」
「あ、それ・・・いやぁ、女子力アップしようかなって思って・・・りっちゃんに聞いたら、デートにソーイングセットは必需品だぞって言われたの」
「律先輩・・・まぁ、確かにデート中にボタンが不意に取れたりしても、裁縫が出来たら女の子としての価値も上がるでしょうね・・・」
「りっちゃんって、お料理も得意だし、裁縫もできるし・・・女子力高いよね!」
「律先輩の性格からすると、ちょっと意外って感じもしますけどね・・・でも、ソーイングセットがあるって事は、何とかなりそうですね!」
「ほぇ?・・・そうなの?」
「えっ・・・だって、ソーイングセットってハサミが入ってるじゃないですか・・・?」
「え?そうなの!?」
「・・・唯先輩、何が入っているか知らないでソーイングセット持ってきたんですか!?」
「必需品って言われたから、とりあえず持ってきただけです・・・」


ガクッ・・・ここに来て、まさかの天然発言・・・。女子力アップをしようとしても、女子力の知識が足りないとは・・・。
でも、その天然な所も可愛かったりするので・・・結局は可愛らしい女の子としては価値は上がるんだけどね・・・私の中では。
とにもかくにも、唯先輩がソーイングセットを持ってきているという事で、爆弾解体への支障は無くなった。
それにしても・・・ソーイングセットを爆弾解体の為に使う人なんて・・・後にも先にも私達だけなんだろうなぁ。

唯先輩が財布や手帳、化粧ポーチをしまっていると、唯先輩のケータイからメールの到着を知らせるメロディが聞こえてきた。


「あ、ムギちゃんだ・・・『梓ちゃん・・・唯ちゃんの嫁に異論は無いわ』・・・って、何言ってるの///」
「唯先輩こそ、こんな時に何訳のわからない事を言ってるんですか!///」
「だって、ムギちゃんがいきなりこんなメールを・・・・・・あっ!!」
「な、何ですか・・・?」
「そうだ、ムギちゃんなら・・・」


唯先輩は何かを閃いたように、ムギ先輩に電話を掛け始めた。
それにしても、私が唯先輩のお嫁さんって・・・。な、何だろう・・・私が知らないうちに、私と唯先輩は公認の仲になってたのかな・・・。
いや、だって・・・そんな・・・告白だってちゃんとしてないのに・・・いきなりお嫁さんだなんて・・・。
ど、どうしよう・・・お父さんとお母さんに何て報告をすれば・・・。お、おめでとうって言ってくれるのかな・・・。
憂や純にも報告を・・・あ、でも結婚の日取りなんて決まってないし・・・あぁ、もういきなりお嫁さんだなんて・・・。


「もしもし、ムギちゃん!?」
『あ、唯ちゃん?・・・デートは順調かしら~♪』
「うん!・・・でも、今それどころじゃなくて・・・!」
「はっ・・・私とした事が・・・また今朝みたいな妄想をしちゃってた・・・」
『まさか、もう破局の危機なのかしら!?』
「私とあずにゃんはラブラブだよっ!!」
「・・・って、またムギ先輩に何言ってるんですかぁ!!///」
「そ、それどころじゃなくて・・・ムギちゃん・・・今朝のニュースで、最近起きてる爆弾事件で犯人から犯行予告が届いたって言ってたけど、見た?」
『あぁ、そのニュースなら見たけど・・・それがどうかしたの?』
「実は・・・私とあずにゃんが今乗ってる観覧車に・・・その爆弾が仕掛けられてるみたいなの・・・」
『そうなの!?・・・その事は警察には・・・』
「言えないよぉ・・・犯行予告聞く限りじゃ、警察がここに近づけば、犯人が遠隔操作で爆発させてしまうっぽいし・・・」
『・・・そうね』
「それでね・・・ムギちゃんの家って大きいし、知り合いの人も多いと思うんだけど・・・警察の人で知り合いの人って」
『居ないの・・・ゴメンなさい』
「そ、そっかぁ・・・だよねぇ・・・」
『唯ちゃん・・・爆発まで、あとどれくらいかしら?』
「えっと・・・あと1時間15分・・・」
『時間が思ったより無いわね・・・唯ちゃん、私のケータイに爆弾の設計図の写メをすぐに送って!』
「う、うん・・・」


期待していた結果にならなかったせいか、唯先輩の表情は晴れないままだ。
話の流れから察すると、交友関係の広そうなムギ先輩の家族に、警察の知り合いが居る事を期待して電話をかけたようだ。
恐らく、電話越しで爆弾の処理方法を教わろうとしたのだと思う。
確かに私達の周りで、警察に知り合いが居そうなのはムギ先輩だけだ。でも、実際には居なかったようだ。
犯人がどう動くかもわからない以上、警察に直接電話を掛ける事もできず、私達は途方に暮れそうになった。


「あずにゃん・・・爆弾の設計図の写メをムギちゃんに送るから、あずにゃんのケータイのフォトライトも照らしてくれる?」
「あ、はい・・・良いですけど・・・何でムギ先輩に設計図の写メを送るんですか?」
「ほぇ?・・・だって、ムギちゃんがすぐに送ってって言うから・・・」
「いや・・・そうではなくて、唯先輩・・・ムギ先輩に設計図の事話したんですか?」
「・・・あれ?そう言えば、私・・・設計図の事は一言も・・・」


私達は、ムギ先輩の言葉に疑問を感じつつも、言われるがままに爆弾の設計図の写メを送った。
ムギ先輩からの返事があるのかはわからないものの、私達はムギ先輩に何か案があるのではないかと信じて待っていた。
そして10分後・・・爆発までの残り時間は1時間に迫ろうとしている。
気持ちに焦りが出始めた時、ムギ先輩からの電話が鳴った。


「もしもし、ムギちゃん!?」
『唯ちゃん・・・詳しい説明は後でするから・・・今は黙って私の言うとおりにしてね』
「えっ・・・?う、うん・・・」
『左から2番目の白いコードがあると思うんだけど・・・まずはそれを切って』
「えっと・・・白・・・だね?」
『そう、白いコードよ・・・』


私は唯先輩の手元が狂わないように、ケータイのフォトライトを照らし続けている。
30秒程経つと、自然とライトが消えてしまうのが厄介だったが、それでも何度も点灯させ、唯先輩をフォローした。
まずは白いコード・・・ハサミを持った唯先輩の手は震えており、なかなか切るという所まで進まない。
ムギ先輩を信じられないというわけではないのだが、コードを切ったら爆発してしまう・・・そんな恐怖も、どうしてもチラついてしまうのだ。
私は暗くなった外を見渡した。・・・少なくとも今はまだ、私の目にはアイツの姿は見えていない。


「大丈夫ですよ、唯先輩・・・」
「あずにゃん・・・」
「私達の絆は・・・どんな物にも負けはしません!私はずっと唯先輩の隣に居ますから・・・だから、心配しないで切ってください」
「う、うん・・・ありがとう、あずにゃん・・・」


唯先輩の額からはうっすらと汗が出ている。息遣いも少し荒いように聞こえる。
極度の緊張が、今唯先輩を襲っているのだ。ムギ先輩から電話が掛ってきてから、既に10分を過ぎている。
つまり、爆発までの残り時間は既に1時間を切っているのだ。


「き・・・切るよ・・・あずにゃん・・・」
「はい・・・!」


ついに唯先輩は左手で白いコードを持ち、ハサミの2つの刃の間にコードを挟んだ。
ギュッと目を瞑り・・・唯先輩は力いっぱいコードを切った。





パチン・・・





静かに・・・ゆっくりと目を開く唯先輩。チッチッチと鳴り響く爆弾のカウントダウンも、液晶パネルの時計も変化は無い。
しかし、爆発もしなかった。その事が私達にとって大きな事であり、まずは1本切れたという安堵感から、2人で崩れ落ちてしまった。


『もしもし、唯ちゃーん?大丈夫ー?』


唯先輩は電話に出る気力も無くなっている程だったので、代わりに私が応答をする事にした。


「もしもし、ムギ先輩・・・。何とか白いコードは切れました」ピーピー・・・
『そっか、よく頑張ったわね♪・・・でも、まだ切るコードは残っているから、油断はできないわ』ピーピー・・・
「は、はい・・・」ピーピー・・・
『次は、右端に紫のコードがあると思うんだけど、それを切って』ピーピー・・・
「右端の・・・紫ですね・・・」ピーピー・・・
『そう・・・それを切れば、遠か』ピーピー・・・


ブツ・・・


「あれ・・・?ムギ先輩?・・・もしもし!?」


ケータイのディスプレイを見ると、真っ暗になっていた。どうやら電池が切れてしまったようだ。
そんなにムギ先輩と話はしていないのに、何故・・・と感じた時、私は今朝の事を思い出してしまった。


『あずにゃんの事待ってる間、りっちゃんや澪ちゃん、ムギちゃんに、あずにゃんとデートするって電話してたんだ~♪』
『そ、そんな報告しないでください!』
『遊園地デート、楽しんで来いよって応援されちゃったんだよ~』
『デートの場所まで言っちゃったんですか・・・』
『それでね・・・電話してたら、ケータイの電池がほとんど無くなっちゃった』
『何してるんですか、唯先輩・・・。まぁ、はぐれたりしない限りはケータイを使う機会もそんなに無いでしょうし・・・』


      • これは想定外だ。今朝の時点では、私達がこんな事件に巻き込まれるなんて全く想像していなかった。
だから、唯先輩のケータイの電池が少ないと言われても気にする事は無かった・・・。
だけど、まさか唯先輩の天然行動が、私達の運命を左右する事になるなんて・・・。


「そんな・・・ケータイの電池が切れちゃうなんて・・・」
「・・・今朝、私が皆に電話掛け過ぎたからだね・・・ゴメンね、あずにゃん・・・」
「まぁ、それは仕方ないですが・・・私のケータイもあるわけですし、心配ないですよ!」
「そっかぁ・・・。ホントにゴメンね、あずにゃん・・・」
「気にしないでください。それより、次は紫のコードを切れば良いみたいですよ」


責任を感じてしまっているのか、力無く話す唯先輩。私は励ますように唯先輩に声を掛けた。
しかし、実は私も寝坊をしてしまったせいで、普段よりかはケータイの充電はできていないのだ。
チラッとケータイのディスプレイを見ると、電池の残量は2個・・・約20%といった所だろうか。
フォトライトやムギ先輩への電話を考えると、決して十分とは言えない残量だ。
爆発まで残り45分・・・気力を振り絞り、唯先輩が再び起き上った。


「次は紫だったよね、あずにゃん・・・」
「はい・・・切れますか?・・・わ、私が代わりに切りましょうか・・・?」
「大丈夫・・・私はあずにゃんを守るって決めたんだから・・・」
「む、無理しないでください!唯先輩だけにこんな辛い事はお願いできませんよ!・・・一緒に乗り越えようって言ったの、唯先輩じゃないですか!」


すると唯先輩は口元を緩ませ、ニコッと微笑んだ。
この状況でこの表情になるのは凄いと思ったけれど、理由を聞いたら・・・唯先輩らしいなと思った。


「私、あずにゃんと一緒に居られるだけで強くなれるの・・・あずにゃんと一緒に居られるだけで笑っていられるの・・・。あずにゃんが隣に居てくれる・・・
 それだけで、私には大きな力になるの・・・。あずにゃんという存在が、私の背中を押してくれるんだ・・・。だから、あずにゃん・・・怖いと思うけれど・・・
 私の事を笑顔で見ていてほしいんだ。それだけで、どんな困難にも一緒に乗り越えられるからさ・・・」


私は返す言葉が見つからなかった。どこにいても、どんな状況でも・・・やっぱり唯先輩の中で一番は私の存在で・・・。
だから、私を守りたいんだって・・・。そんな事言われたら・・・笑顔でいなきゃって・・・笑って唯先輩の事を見なきゃいけないって思うのに・・・。
何でだろう・・・悲しいわけじゃないのに・・・。何で・・・。

何で、こんなに涙が止まらないんだろう・・・。


「もう・・・笑ってって言ってるのに・・・あずにゃんったら泣き虫さんなんだから・・・」
「す、すみません・・・私の事を・・・いつも私の事を考えてくれている事が嬉しくて・・・」


手に持っていたハサミを置くと、唯先輩は右手でポンポンっと頭に手を置いた。
そして、その調子でゆっくりと私の頭を撫でていく・・・その感触が気持ち良かった。


「隣に居てくれるだけでも・・・十分にあずにゃん分は補給できたから・・・また頑張るよ!」
「私・・・唯先輩の為なら何でも力になりますから・・・何かあればまた言ってくださいね・・・」
「うん!」


唯先輩は再びハサミを持つと、紫のコードを摘まんだ。
大きく息をすると、白いコードを切る時とは別人のように・・・ためらう事なくコードを切った。





パチン・・・





コードを切った後には、不気味な静寂に包まれるが、逆にそれが私達をホッとさせてくれる。
8本中、これでようやく2本のコードを切る事ができた。しかし、爆発までの残り時間は、もうすぐ35分になろうとしている。
私は急いでムギ先輩へ連絡を入れた。


「もしもし、ムギ先輩ですか!」
『梓ちゃん?・・・さっきは電話の途中で切れちゃったけど、どうしたの?』
「唯先輩のケータイの電池が切れてしまって・・・だから、今からは私のケータイに連絡を欲しいのです・・・」
『わかったわ!・・・次のコードの前に・・・梓ちゃんに良い事教えてあげる』
「な、何ですか・・・?」
『さっき、紫のコードを切ったと思うんだけど、これで遠隔操作によって爆発される事は無くなったわ』
「ほ、本当ですか!?あっ・・・そういえば、何でムギ先輩は爆弾の設計図があるってわかったんですか?唯先輩は設計図の事は言わなかったと思うんですけど・・・」
『うふふ・・・実はね、ニュースでは報道されていないんだけれど、以前の爆弾事件でも、爆弾に設計図が添えてあったの』
「そうなんですか?」
『えぇ・・・まぁ、警察が来る前に爆発してしまってるから、燃えかすになってしまったのだけれど・・・1枚だけ、爆弾を見つけた一般の人が、警察が来る前に
 設計図を回収していたの。それで、今回の爆弾事件にも設計図が添えてあるんじゃないかなって思って♪』
「そ、そうだったんですか・・・でも、ニュースで報道されていない事を、何でムギ先輩は知ってるんですか?」
『爆弾に盗聴器が仕掛けられているんじゃないかなって思って、さっきは嘘ついちゃったんだけど・・・警察と爆発物処理班の知り合いが、お父様に居るの』
「そうなんですか!?」
『さっき唯ちゃんに送ってもらった写メを、その人にも見せたら・・・以前回収できた1枚の設計図と全く同じ爆弾はだって教えてくれたの。
 私はその人からの手順を電話で教えていただけなの・・・』
「そういう事だったんですね・・・。でもこれで爆弾の解体は何とかなりそうな気がします」
『唯ちゃんは大丈夫?』
「・・・私の為に頑張ってくれてます・・・///」
『うふふ♪ 後で2人の関係の進捗状況を聞かせてもらいましょうか♪』
「は、はい/// あっ、ムギ先輩・・・お願いがあるんですけど・・・」
『なぁに?』
「実は、私のケータイの電池もあまり残ってなくて・・・指示はメールでお願いしたいんですけど・・・良いですか?」
『ええ、わかったわ・・・とりあえず次に切るコードは左端の黒いコード・・・その次は真ん中の水色のコードよ!』
「黒いコード、水色のコードの順番ですね!」
『うん・・・その後は、またお父様の知り合いから連絡があったらメールするね』
「はいっ!ありがとうございます!」


ケータイのディスプレイに表示された残りの電池は残量は1個・・・10%になってしまっている。
今のムギ先輩との電話で、思った以上に電池を消費してしまったようだ。
でも、今後はメールで指示をもらえる事になった為、少しだけ安心感がある。
メールの受信や閲覧くらいなら、それほど電池は消費しないからだ。

私がムギ先輩から聞いた爆発物処理班の知り合いについて説明すると、それなら安心、と言わんばかりに手際良く2本のコードを切った。
確かに素人よりも現場のプロの指示なら安心かもしれないけれど・・・だからと言って慣れ過ぎではないだろうか・・・。
ビクビクしすぎて、全く作業が進まない・・・というよりかは全然マシではあるけれど・・・。

爆発まで残り25分となった段階で、残るコードは4本・・・あと半分になった。
何とかギリギリ間に合うかなっていうペースだが、やはり目の前で1秒・・・また1秒と刻むカウントダウンは気味が悪い。
何分後にこの爆弾の時間を止める事ができるのか・・・。私はそれだけが気になっていた・・・のだが。


『グゥ~』


デジャヴ・・・だろうか。お昼にも聞いたような・・・・お腹の虫が鳴いた。
そのお腹の虫を飼っているであろう本人は、えへへと照れ笑いをしながら私を見ている。


「お腹・・・空いちゃった・・・」
「こ、こんな時にですか!?・・・まぁ、もう夜7時半を過ぎてますし・・・おかしくはないですけど・・・私は緊張でそれどころじゃないですよ」
「むぅ~・・・」
「でも、お菓子とかも無いですし・・・ここから出られるまでは我慢するしか・・・」
「あっ!そうだ♪」


唯先輩は何かを思い出したかのように、再びバッグの中身を取り出していく。
そして・・・満面の笑みで取り出したのは、アルミホイルに包まれた・・・あのおにぎりだった。


「あずにゃんお手製の、にぎりんちゃんだよ!家に帰ってからゆっくり食べようと思ったけど、ここで出番があるなんてね~♪」
「もう・・・そんな名前付けないでくださいよ・・・」
「・・・ほい、あずにゃん♪せっかくだから、あずにゃんも一緒に食べようよ~♪」
「わ、私は良いですよ・・・唯先輩食べてください」
「半分ずつ食べようよ~・・・ねっ♪」


唯先輩の為に作ったおにぎりだったので遠慮したのだが、唯先輩がどうしてもと言うので、とりあえず一口頂いた。
自分で作った物を、頂いたという表現もどうかと思うが・・・でも、作ってから結構時間が経っているが、味は悪くないかな・・・。
この味なら・・・唯先輩に食べてもらって良かったと思う。


「美味しいね、あずにゃんのおにぎり♪」
「そ、そう言っていただけると嬉しいです///」
「あずにゃんと今、一緒に食べたおにぎり・・・この先、ずっと忘れられない味なんだろうなぁ♪」
「唯先輩・・・」


しみじみとした表情で話す唯先輩・・・。その横顔は言葉のトーンとは違い、どこか寂しげなものだった。
もしかしたら、これが2人の最後の晩餐になってしまうかもしれない・・・もし、唯先輩がそんな事を考えているのなら、寂しげな横顔の理由もわかる。
私は好きな人に喜んでご飯を食べてもらえる事がどんなに幸せな事なのか・・・その気持ちを、今日の昼に知ったばかりだ。
これからも唯先輩と2人で、そんな幸せな気分に浸っていきたい・・・だから、こんな所で最後の晩餐を迎えるわけにはいかないのだ。
絶対に爆弾を仕掛けた犯人に・・・そして死神に勝つ!・・・タイムリミットまであと18分となった時、ムギ先輩からメールが届いた。


「えーっと・・・緑のコード、黄色のコードの順番に切れば、タイマーは止まる・・・もう少しでこの事件からも解放されるから、頑張ってね・・・かぁ」
「緑、黄色の順番だね?」
「はい、それでタイマーは止まるそうです・・・」


もう少しで苦しみから解放される・・・平穏な生活まであと一歩の所まで来ている。
爆弾事件に遭遇してから約1時間45分・・・もうすぐ、長いトンネルから抜け出せる・・・そう確信していた。
残り16分・・・唯先輩は緑のコードを切った。・・・何も起こらないないが、今までと同じ状況なので何も動揺する事はない。
懸念していたケータイの電池も、何とか最後まで耐えてくれた。最後のコードを切る為に、唯先輩の手元にフォトライトを照らす。
残り15分・・・唯先輩は黄色のコードを手に取り、刃と刃の間に挟んだ。

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最終更新:2011年07月21日 20:11