それは日常の中で。
ただある時、気が付いた。

何でもない、いつも通りのとある日。ふと。
今まで気付かなかったのが不思議なくらい、明確で、当たり前のようにそこにあった答え。

ああ。
私はあの子の事が好きなんだって。

放課後みんなでお茶している時だったかもしれない。
授業中、1人でぼんやりしている時だったかもしれない。

それがいつだったのかは、もう忘れてしまった。


「う~ん・・・。」
放課後の部室で、私は一人頭を悩ませていた。
「う~ん・・・。んん~?」
しかし、腕を組み首を傾げてみても、良案は浮かばない。
何かいい手はないものか。
考えれば考えるほど。
「・・・あ~だめだぁ~っ。」
私はとうとう机に突っ伏した。

そこに、ガチャリと扉を開ける音。
「おーっすお疲れー。・・・って、唯だけか?」
「ああ、りっちゃん・・・。おいっすー。」
「なんだなんだ、だらけてんな~。」
机に伏せたまま顔だけ上げた私を、りっちゃんが見咎める。
「えー、そんなんじゃないよー。」
「じゃあなんだよ。受験勉強はどーした~?」
「うっ・・・。・・・ちょっと、考えてて。」
「何を。」
これからの事。」
「あん?」
「・・・あずにゃん、ひとりぼっちになっちゃう。」

そう。
私が考えていたのは、来年の軽音部のこと。
私達が卒業してしまえば、あずにゃんは1人になってしまう。
そのことを色々考えてみたのだけれど・・・。

「ああ・・・。」
私が言わんとしていることを察したのだろう、りっちゃんは荷物を置きながら、少し目を伏せた。
「けど、なんも思いつかない・・・。」
後輩を1人残していくことは、私達だって辛い。
けれどあずにゃんの方が、どんなに心細いことか。
あずにゃんは真面目で頭がいいから、そんなことは顔に出さない。
あずにゃんは頑張り屋さんだから、平気そうな顔をして。
あずにゃんは優しいから、淋しいとは言わないのだ。
うん・・・。なんとなく、見てれば分かるよ。
私達の勉強の邪魔をしちゃいけないとか、困らせちゃいけないなんて、たぶん、思ってるのかな・・・。

「・・・今さら、遅いよね。」
5人がいいと言ったのは私だ。
みんなも、それこそあずにゃんも賛成してくれたけど・・・。

今頃部員の勧誘なんかしても遅い。
私達が残るわけにもいかないし、あずにゃんだってそんなの喜ばない。
これから出来る事なんて、来年の新入生の勧誘くらいだし、そうなると結局は、あずにゃ
んが一人で頑張らなくてはならなくなるのだ。

「でも、梓も入れた5人でバンドは続けていくだろ?」
「・・・そうだけど・・・。」
「私達が全員N女子大に合格して、そのあと梓がくれば、また元通りじゃん?」
「でも・・・。」
「・・・うん、まぁ、そんな楽観視はできないよな、正直。」
「・・・・・・。」
「軽音部が廃部なんてことになったら、たぶん梓すげー気にするだろうし。」
「・・・うん。」
「どうしたって梓が頑張らなきゃいけなくなる。あんまり気負わなきゃいいけど。」
「・・・うん。」
「ふーむ・・・。私達に出来ること、か。」
「そーなんだよー。」
まさに今それを考えていたのです。
「けどさ、唯。」

「・・・梓は、ひとりぼっちじゃないだろ?」
「へ?」
私は、りっちゃんの声に顔を上げる。

「しっかし、唯はほんとに梓の事好きだよなー。」
言いながら、りっちゃんは私の正面に腰掛けた。
「ほえ?・・・えと、うん。そりゃあ大事なたった1人の後輩だもんっ。みんなだってそうでしょ?」
何をおっしゃられますか、急に?
ちょっとドキッとしちゃったよ。
「・・・そういう意味じゃないんだけどな。」
ぼそりと呟くような意味深なその言葉に、もう一度私の胸が鳴る。
「・・・え?あ、あの、りっちゃん?それってどういう・・・?」
どくり、どくり、どくり。
「まぁ確かに、みんな梓のこと好きだし、これからの軽音部のことだって気にはしてるけど。」
「あ、う、うん。そうだよね?」
「・・・でも、唯のは違うだろ?」
ええ?えええええ!?
「唯が誤魔化すんなら、まぁそれでいいけどさ・・・。」
「・・・・・・。」

えーと、その、りっちゃん?
それってもしや・・・ううん、もしかしなくても・・・。
私の顔が急速に熱を上げていった。
今、顔が真っ赤になっている自覚がある。
それを隠すように両手で頬を押さえながら、私は口を開いた。

「・・・い、いいい、いつから気付いてたの・・・?」

すると、りっちゃんの驚いた顔。
「・・・・・・えと・・・今?」

え?
「えええええぇぇぇえぇぇっ!!?」

「いや、ちょっと冗談半分でカマかけてみただけなんだけど、まさか本当だったとはなー。」
「ひ、ひどいよりっちゃん・・・。」
私は、抜け殻のように再び机に突っ伏しながら、声を絞り出す。
ああ、バレた。
バレてしまった。
しかし、事実を知ったりっちゃんの声音は、意外にも軽い。
「・・・あのさ、びっくりしないの・・・?」
「いや、してるけど。」
「・・・そうじゃなくてさ、だって私、あずにゃんのこと・・・好き、なんだよ?」
一つ年下の軽音部の後輩で、同じバンドの仲間で、女の子。
「・・・女の子同士、なのに・・・。」
もっと、気持ち悪がられるかと思っていた。
「う~ん。意外とそこはあんまし気にならなかったなー。唯と梓だし。」
「・・・どーゆーこと?」
「そーゆーこと。」
「?」
「それに、薄々はそうなんかな~?って思ってたし。」
「うっ・・・。私ってそんなに分かり易いかな?」
「正直、梓が軽音部に入ってから、唯は変わったと思う。」
「へ?」
「ちょ~っとはしっかりしてきたと思うし、意外にもちゃんと先輩してるっつーか。」
「・・・。」
「梓もあれで結構頼りにしてると思うぜー?」
「・・・そ、そうかな?」
ほ、ほんとにそうかな?
昨日も私あずにゃんに怒られたけど・・・。
「最初はまぁ、後輩も出来たし唯も先輩としてちょっとは頑張ってんのかなーって思って
た。や、実際そうだったんだと思う。ただこうなんていうか、だんだんと・・・。」
「なになに?」
「・・・・・・てかお前らくっつき過ぎなんだよ。」
「ええっ!?」
「あずにゃんあずにゃーんってすぐ抱きつくし。」
「うっ。」
それは、体が勝手に動いちゃうというか・・・。
「可愛い可愛いって猫っ可愛がりだし。」
「ううっ。」
だって、実際かわいいし・・・。
みんなだってそうじゃん?
「なんだかんだでいつも気にしてるだろ?」
「・・・・・・。」
「そりゃ気付くっつーの。まぁ、半信半疑だったけど。」
「あずにゃんも・・・。」
「ん?」
「もしかしてあずにゃんも気付いてるかなっ!?」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ・・・。いや、梓は普通に気付いてないだろ。唯は基本的に誰にでも抱きつくし。」
「・・・そっかぁー・・・。」
「だから、なんで少し残念そうなんだ・・・。」
や、もしあずにゃんが私の気持ちに気付いてたら、なんか反応でわかるかなーと。
あずにゃんが私のことどう思ってるか、とか?
それに、気付いて欲しい気持ちもある。
同時に、気付いて欲しくない気持ちも。
「・・・てか、そんなら告ってみたらいいんじゃねー?」
「それは・・・。」
りっちゃんの言葉に、私は。

「無理だよ。」
小さく俯いた。

「だって、あずにゃんを困らせちゃう・・・。」
嘘。
伝えたい。
「あずにゃんに嫌われちゃう。」
嘘。
あずにゃんは、きっと、たぶん、嫌ったりなんかしない。
「私は、今のままで十分だよ。」
嘘。
今の居心地の良い場所を、手放したくはないけれど。

私はたぶん、いつか伝えるんだと思う。
もしダメだったとしても、真面目で優しいあの子なら、私の気持ちに一生懸命応えてくれる。
あの子なら。
あずにゃんなら。
言葉とは裏腹に、心のどこかではそう思ってしまっていた。

私はどうしようもなくあの子のことが好きで、どうしようもなく、あの子を信じている。

そっか。
淋しいのは、私の方なのかもしれない。
軽音部の繋がりがなくなっちゃうって、怖いんだ。
だから、何かしなくちゃって思ってたのかもしれない。

「うそつき。」
「へ?」
私は顔を上げた。
りっちゃんは、何故か小さく笑っている。
そうだねと、私は心の中で呟いた。

「梓、待ってるかもしれないぞ?」
え?
「・・・どーゆー意味?」
「・・・どーゆー意味だろうな?」

「今日のりっちゃんは、なんか意地悪だよぉ~。」
「ははっ。・・・まぁ、なんつーかお前らは。」

「一緒に居ない方が不自然だよ。」

りっちゃんの言葉に、ふつふつと勇気が湧いてくる。
単純なのかな?私って。
りっちゃんが私の気持ちを理解してくれた事も大きいのかもしれない。
否定なんか全然しなくて、軽く、拍子抜けするぐらいあっさりと、受け入れてくれた。
でも、それってもしかして。
「ねぇ、りっちゃん。」
「ん~?」
「りっちゃんの気持ち、伝わるといいね。」
誰とは言わないけど、幼馴染だったり?
「なっ!?なんだよそれ!?」
焦るりっちゃん。
りっちゃんも案外分かり易い。
「ふっふっふ~。なんだろーね?」

そこで、またガチャリと扉が開く音がした。
「あっ、やっぱり。」
顔を出した澪ちゃんの開口一番の言葉。
それに、私とりっちゃんは首を傾げる。
「澪。・・・なんだよやっぱりって。」
「ここに来る途中3人で話してたんですよ。唯先輩と律先輩の2人だと、勉強なんて絶対してないだろうって。思った通りです。」
続いてあずにゃんが姿を見せた。
「えー!?ひどいっ!」
「実際してなかったじゃないですか。」
「まぁまぁ。今お茶入れるね。」
最後に、今日も変わらずおっとりぽわぽわのムギちゃん。
ムギちゃんはぱたぱたとお茶の準備をはじめた。
「お前ら失礼にも程があるぞぉ!私達は今勉強より大事な話をだな・・・。」
「どうせろくな話じゃないだろ。」
「にゃにおー!?」
「一体何の話をしていたの?」
「ムギ・・・。ん~、まぁ・・・秘密だ、な?」
「う、うん!」
ぽりぽりと頬を掻くりっちゃんに、私は強く頷く。
言えないねぇ。言えないよぉ。
「ほらやっぱり。」
澪先輩の言う通りですねとあずにゃんの呆れた声。
「こりゃあ!中野ぉ!!」
「あずにゃんがつれないよぉ。」
「って、どさくさで抱きつかないでください。」
「ぶーぶー。」

みんなでお茶をして、たくさん話をして。
私は気付く。
「りっちゃん。」

「あずにゃんはひとりぼっちなんかじゃないね。」

「・・・だろ?」

私達が傍に居る。
さわちゃんも、憂も純ちゃんも、たくさんの友達も、トンちゃんだって。
これからはあずにゃんが軽音部の中心になっていかなくちゃいけないから、私達に出来る事は少ないのかもしれない。
けど少しでも、私達に出来ることを。
せめてあずにゃんが、軽音部に入って良かったって思えるように。

みんな、あずにゃんの傍に居るからね。
でも、私が一番に、あずにゃんの傍に居ることは出来ないかな?

私のしなくちゃいけないことは、たぶん決まった。
勿論、軽音部とは別の。

私の気持ちを知ったら、キミはどんな顔をするんだろう?
ガッカリしちゃかな?
困らせちゃうかな?
それとも・・・。


あずにゃんは、私のことをどう思っていますか?

まだ言えない。
もう少し、もう少しだけこのまま。
でも、きっと伝えるから。
だから。

待っててね。


唯の目が、少し変わったように見えた。
けれど気付かない振りをして、また会話へと戻る。
正直、言おうか迷っていた。
だって、わからなかったから。

だから私は驚いたんだ。
唯が梓を好きだって、自覚があることに。

唯はみんなが大好きで、みんなに優しい。
その見えない境界線。
唯の思考など、元より読めるはずもなく、けれどその目が梓を追っていることに、私は気付いていた。
先輩として気に掛けているのだと、最初は思っていたけど。
そして、梓の瞳もまた、いつも唯を追っていた。

互いに向ける視線が交わることはほとんど無く。
すれ違い続ける視線が、もどかしかった。

だからガラにもなく、こんなお節介をしてしまったのかもしれない。
それとも、唯と自分を重ねて・・・。

「じゃあ私、練習しますね。皆さんは気にせず勉強はじめて下さい。」
「ああ、悪いな梓。」
「梓ちゃんも私達のことは気にしないで練習頑張ってね。」
「なら私も練習を・・・。」
「いや、唯先輩はあっちでしょう。」
「ああん、あずにゃんのけちぃ!」
「ってああ!危ないです!」
唯がまた梓に抱きつく。
体が勝手に動いてる感じか?
なんか吸い寄せられてる?
いや、あずにゃん分とやらを摂取している唯の方が吸い取ってるのか?
なんだかよくわからなくなって、じゃれ合っている2人を見て、思わず笑みが零れる。

私がお節介なんかしなくても、この2人はきっと大丈夫なのだろう。
すごく不器用で、見ていてなんだか恥ずかしくなる2人。

ぶつぶつと文句を言う梓の。
その瞳は、唯と同じ暖かい色をしていた。


おわーり


  • いいなあ、これ。

唯ちゃんと律っちゃんがいつもよりすごくかわいさを増してました?


フルのんきな唯ちゃんよりも,自覚あり・葛藤ありの方が圧倒的にかわいいと思うのは私だけ? -- (名無しさん) 2011-08-23 01:04:37
  • これ凄く良いわ -- (名無しさん) 2014-10-16 18:27:25
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最終更新:2011年07月21日 21:08