「~~~♪」

携帯電話の着信音に素早く反応し、画面に表示された名前を確認すると、私は一度深呼吸してから通話ボタンを押した。
「・・・はい。」
おかしいな。
この人と電話するのに、ちょっと緊張するなんて。
「唯先輩?」

『あ。あずにゃん?やほー。』
聞こえてきたのは、いつもと変わらないふわふわの柔らかな声。
「こんばんは。・・・どうしたんですか?」
『うん。・・・あ、今平気?忙しい?』
「え~と・・・。」
私は、訳あって服が散乱している自室を見渡した。
忙しいと言えば忙しいし、忙しくないと言えば忙しくない。
今の時刻は19時半。
まぁまだ時間に余裕はあるし、大丈夫だろう。
「はい、大丈夫ですよ。どうしたんです?」
『そっか、良かった!実はね、ちょっと訊きたいことがあって。』
「はい。」

『あずにゃんは、ピンクと白と黄色、どれがいい?』

「・・・・・・はい?」
『だから、ピンクと白と黄色だよ。』

「・・・えーと・・・。」
いや、だからと言われましても・・・。
突然過ぎて訳が分からない。
どの色が好きかと、そういう事だろうか。
というか、言葉があちこち抜け落ちてやいませんか?

『あのね、今明日着てく服を選んでたんだけど、迷っちゃって。』
「ああ。」
なるほど、そういうことですか。
ピンクと白と黄色、何色の服がいいかと。
もう、最初からそう言ってくださいよ。
そう文句を言おうとしたら。
『明日はあずにゃんとの初デートだもん!やっぱばっちしキメたいじゃん?』
「うっ・・・。」
唯先輩がそんなことを言うものだから、私は二の句が継げなくなってしまった。
「・・・は、初デートって・・・。2人で出掛けたことは何度かあるでしょう?」
その時も、デートとか言ってましたよね?確か。
『でもでも、恋人同士になって初めてのデートだよ?やっぱ初デートだよ!気合入れないと!』
フンスという鼻息が、こちらまで聞こえてくる。
“恋人同士”。
私は、その単語がむずがゆくてちょっとそわそわ。
『けど、服選んでたらいつの間にか部屋中洋服だらけになっちゃった。片付けるの大変かも・・・。』
「・・・もう、だらしないですね。」
『ところで、あずにゃんは今何してたの?』
「・・・えっ?」
ぎくり。
私は、手に持っていたパーカーに視線を落とした。
『TVでも見てた?あ、もしかしてお風呂入るところだった?』
「あ・・・いえ・・・。」
お風呂は明日に備えて早めに入ってしまった。
今は・・・。
「・・・少し勉強を・・・。」
『そっかー、あずにゃんは真面目だねぇ。えらいえらい。』
「・・・・・・。」
言えない。
今更、私も明日着て行く服を選んでて部屋が大変なことになってますよーなんて言えない。

明日は唯先輩とデート。
唯先輩の言っていた通り、恋人同士になってから初めてのデートである。
今までの友達同士のようなお出掛けとは訳が違う。
正真正銘の“デート”なのだ。
私だって乙女。そこはやっぱり気合いも入るというもの。
だから、前日に早めにお風呂に入って、早く就寝して、明日は万全の体調で臨もうと考えるのは、しょうがない事なんです。
こうやって明日の為に服を引っ張り出してはうんうん悩むのも、しょうがない事なんです。
それを素直に言えないのは、恋人になってまだ日が浅いためか、何かの意地か。
私もそれなりに真面目でしっかり者を自負していますし、こんな少しだらしない自分はあ
まり知られたくないというか、張り切ってるのを知られるのが恥ずかしいというか。
とにかく、乙女心は複雑で、それもしょうがない事なんです。

『あずにゃんはもう明日の服選んだの?』
「・・・えと・・・。」
今、赤のワンピにしようか白のワンピにしようか迷ってました。
けど、いきなりワンピースとか気合い入り過ぎかなって悩んでました。
白のワンピースに、でも、パーカーとか羽織っちゃえば、カジュアルな感じかな、とか。
って、そんなこと今更言えませんけどね・・・。
「わ、私は、明日の朝決めようかと・・・。」
『そっか~。あずにゃんの格好に合わせるのもアリかなって思ったんだけどな~。』

『で。』
「はい?」
『あずにゃんは何色がいいと思う?』
「えーと・・・。」
確か、ピンクと白と黄色でしたっけ?
「じゃあ・・・。」
『うんうん!』
「黒で。」
『ええっ!?あれぇ!?無いよ!?黒は言ってなかったよ!?』
「冗談です。」
思った通りの反応に、私は小さく声を出して笑う。
『もぉー。ひどいよあずにゃ~ん。私は真剣なのにぃ。』
「すいません。でもそういうのって、知らない方が当日のちょっとした楽しみになったりするんじゃないですか?」
『あーなるほどぉ。それもそうだねぇ。』
「ね?」
『・・・あずにゃんは、私がどんな格好して来るか、楽しみ?』
「え!?・・・いや、それはまぁ・・・多少あるような無いような・・・。」
『私は楽しみだよ!!』
「そ、それは、恐縮です・・・?」
ああ、何言ってるんだ。
楽しみにしてくれている唯先輩に嬉しかったり、これはハズせないってちょっとプレッシ
ャーだったり、素直に楽しみだと言えなかった自分が悔しかったり。
私は先程から、棚に陳列されたCDを無意味に出したりしまったりして手元が落ち着かない。
『あずにゃんなんか日本語ヘンだね。』
「う・・・。」
言われてしまった。

『・・・あっ!こうなったらペアルックとかどう!?』
「へ?・・・いや、無いじゃないですか。お揃いの服なんて。」
今度はCDの背表紙を指でなぞる。
時たま指を止め、また出したり引っ込めたり。
『あーそっかぁ。・・・そだ!制服は!?』
「いやいや、おかしいでしょう。てか唯先輩、こないだ卒業したじゃないですか。」
なのに着るんですか?なんちゃって女子高生?
それに、はっきり言って制服はペアルックじゃない。
『制服デートしたかったかも!』
「知り合いに会ったり補導とかされたら、恥ずかし過ぎますよ?」
『あ、そだね~あははー。』
「笑いごっちゃないです。」

『あー楽しみだなぁ。あずにゃん明日どこ連れてってくれるんだろー。』
「えー・・・?大体の予定は話したじゃないですか。」
CDを一枚抜き取り、しばらく眺めてみるけれど、正直無意識の行動なので内容はまったく入ってこない。
『でも楽しみなんだも~ん。』
「ううっ。あんまりプレッシャーかけないで下さいよ。」
一応頑張って考えましたけど、行動範囲やらお金の問題なんかでプラン内容にはあんまり自信ないんですから・・・。
『ほえ?プレッシャー?』
「えと・・・いえ、何でもないです。」

『私はあずにゃんと居るだけで楽しいよ?』

「・・・!!」
思わずCDを落としそうになった。
慌ててCDを元に戻すと、私はゆっくりとベッドの横に腰を下ろす。
ああ、顔が熱い。
嬉しい。

恋人になって、私と唯先輩との関係が変わって、まだほんの少ししか経っていない。
それでも、私の中では色々なものが変わった気がする。
電話ひとつ採ってみても、以前は唯先輩との電話で緊張してしまうなんてことは、ほとんどなかった。
唯先輩は私の好きなひと。それは前から変わらないけれど、今は。
私達は恋人で。
唯先輩は、私を好きになってくれたひと。
それだけでも、妙に意識して緊張してしまう。
まだ全然慣れないこの関係は、すごくくすぐったくて、恥ずかしくて、でもやっぱり、嬉しい。
ああもう、ダメだ。
顔がニヤけちゃう。
いま私、絶対変な顔してるよ。

「・・・それで、服は決まったんですか?」
変な思考を追いやるように、私は話の軌道を修正した。
そこで、私も唯先輩と居るだけで楽しいですと返せなかったのが、ちょっぴり悔しいけど。
『・・・ああっ!そうだった!!』
やはりというか、どうやら唯先輩は本来の目的を見失っていたようだ。
『ど、どうしよう。まだ全然決まってない!』
「あはは。」
って、笑っている場合じゃない。
私も決まってなかった!
『く、黒・・・。あずにゃんのリクエストは黒だったよね!?』
「いや、あれは冗談ですってば。」
確かに黒ってカッコいいし、シックな感じもするし、そんな唯先輩も見てみたいと思わなくはないけれど。
『いや、だいじょぶ!』
「え!?何がです!?」
会話がまったく噛み合っていない。
『・・・確か、黒のニットカーディガンがあったはず・・・。それと、デニムとショート
ブーツで、バッグは・・・。』
ぶつぶつぶつぶつと唯先輩。
『・・・うん、いいかも。』
「・・・あの~?」
『・・・よしっ!大体決まったよ!ありがとあずにゃん!!』
「あ、いえ。お役に立てて何よりです・・・?」
なんだか展開の早さについていけない。
ちょっとおいてけぼり感が・・・。

『はぁ~これでもうゆっくり寝られるよ~。』
「部屋の片付けが残ってますけどね。」
『え?・・・あ、う、うん。そうだったね。』
「・・・・・・しない気ですか?」
『えあ!?す、する!するよ!?・・・ソノウチ・・・。』
「・・・もうっ。」
『・・・じゃ、ありがとね、あずにゃん。』
「あ、はい。」
『また明日ね。』
「はい、明日。」
『おやすみ~。』
「はい、おやすみなさい。」
『・・・・・・。』
「・・・・・・。」
『・・・・・・。』
って。
「・・・切らないんですか?」
『え~?・・・あずにゃんから切ってよぉ。』
「あ、はい・・・。」
『・・・・・・。』
「・・・・・・。」
『・・・切らないの?』
「・・・・・・ど!同時に!一緒に切りませんか!?」
『う、うん!そうだね!じゃあ・・・。』
私はそこで躊躇う。
ずっと迷っていたけれど、でも・・・。
ええい、言ってしまえ!
「・・・・・・あ、あの!唯先輩!」
『へ!?な、なあに!?』
「えと、私、私も・・・。」
『うん?』
「明日、すごく・・・楽しみです。」
『・・・・・・。』
「だから、その、えーと・・・おやすみなさい!」
『・・・うん、ありがとう!私もすごく楽しmブツッ!!

「あっ。」

切ってしまった。
唯先輩まだ何か言っていたのに、同時に切ろうって言ったのに、恥ずかしさのあまり思わず切ってしまった。
「あああっ!」
私は慌てて謝罪のメールを送り、唯先輩からもすぐに返信が来て、何度かメールを交わし
た後、今度こそちゃんとおやすみなさいをした。

「ふう・・・。」
少し失敗してしまったけれど、でも、言えた。
ちゃんと、楽しみですって。
「良かった・・・。」
唯先輩がくれる気持ちに、言葉に、私だって応えたい。
「ふふふ。」
唯先輩、ありがとうって言ってくれたな。

って。
「・・・あっ。」
そこで、私はふと自分の状況を思い出した。
否が応でも散乱した衣服が視界に入るので、思い出さない訳にはいかない。
「全然良くない・・・。」
達成感やら幸福感に浸っている場合じゃなかった。
これからまた服を選び、尚且つ片付けをしなくてはならないのだ。
「はぁ・・・。」

今夜は、長い戦いになりそうだ。


おわり


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最終更新:2011年08月25日 23:39