今日のお菓子は王道のイチゴショート。
赤く熟したイチゴが、白いクッションの上で私を見ている。私達を食べてくださーい、と。
ええ、もちろん食べますとも!とまずは一口。んー、甘い。おいしい。ティータイムさいこー!!
「ふふ、喜んでもらえて何より」
「唯、高校生なんだから、もうちょっと大人しく食べなさい。あと、急に席を立つな。ビックリする」
 うにぃ。すいません、澪ちゃん。
「ははは、澪はまるで唯のお母さんだな」
「おか!?せ、せめてお姉さんにしろ、律!」
「澪ちゃん、席を急に立っちゃだめよ。お行儀悪いわ。あと、ツッコむ所ちがう」
「あ……、すいません、ムギお母さん……」
 どっ、と皆の笑い声が重なる。なんて優雅で、楽しいひととき。私は、みんなで過ごすこの時間が、大好きだ。
 ……と、気になるのは、先ほどからイチゴケーキとにらめっこして無言なあずにゃん。にらめっこに夢中なのか、ケーキには一口も触れていないようだ。
なんでだろ。おいしいのに。
 そう不思議に思っていると、急にフォークをケーキに滑らせ、一口分のサイズをフォークに備える。あ、なんだ。食べるんだね。
「…………唯、先輩」
「ん?」
 なのに、なぜかあずにゃんは私に声をかける。そればかりか、その一口ケーキ付フォークを、私の口に向け、
「あーん」
 なんて仰るのですよ。
冗談ですかと言えるような空気でもなく、あずにゃんの目は真剣そのもので、その真剣さは文字通り身を乗り出すほどのものだった。
 なぜ急に。こんなこと、今までで初めてだ。
恥ずかしがり屋のあずにゃんが、積極的に私に何かを求めることは、まず無いからね。
…………で、ここはやっぱり「あーん」に答えたほうがいいのかな?
 と、あずにゃんを見ると、明らかに顔が真っ赤だ。眉のつりあがり具合と、私を見るあずにゃんの視線の強さから、早く食べてください、というあずにゃんの訴えが読み取れる。
このままこの様子を見てるのも面白いなー、とか思っていたが、目の端でムギちゃんがビデオカメラを用意してるのが見えたので、すかさず「あーん」と答えた。
 ……不思議と、さっき自分で食べたケーキの味とは、違う気がした。どうしてだろう。同じケーキなのに。
「……先輩」
「んにゃ?」
 余韻に浸っていると、あずにゃんが声をかけてきた。
「次、先輩の番です」
 「なにが?」と危うく訊きそうになったが、すぐに「あーん」のことだと分かった。危ないあぶない。また墓穴を掘って、あずにゃんに叱られるとこだったよ。
 自分のケーキ(食べかけ)にフォークを滑らせ、にっこり笑ってあずにゃんの口元に向ける。
「はい、あずにゃん。あーん」
 すぐには食べないあずにゃん。また顔が赤くなっている。自分で、「やって」と言ったのに、なんかそれってヘンだよあずにゃん。
そう思っていると、可愛らしい小さな口で、パク、と私のケーキを含んだ。私は笑顔で眺めている。
「おいし?」
 もぐもぐと恥ずかしそうに食べているあずにゃんに、私はまた笑顔で話しかける。視線は、何故か合わない。
「…………はい」
 そう小さく答えるあずにゃんは、本当に可愛らしかった。ので、私はもう一度「あーん」をすることにしたのだ。
予想外だったのか、あずにゃんも最初はすぐに対応することができなかったが、無事、あーん、と答えてくれた。
そして、今度は私の番ですと言わんばかりに、「あーん」をしてきた。私はもちろんそれを笑顔で受ける。
 そうしたやりとりが、お互いのケーキがなくなるまで、行われたあと。
「……お前ら、部室であんまイチャイチャするなよなぁ」
 というりっちゃんの呆れた声が。
澪ちゃんは、あずにゃんほどではないが、顔を赤くし、よく噛みもしないままケーキを食べて……、いや、飲んでいる。
ムギちゃんはビデオで私達を撮ってるっぽいです。カメラの向こうの、天使――いや、むしろ女神並みの笑顔が気になるが、まぁ、いいや。
 あずにゃんは私の隣で、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑っていた。

 帰り道。やけにウフフウフフと先ほどのビデオを見ながら言っているムギちゃんを、りっちゃんが引きづっている。その隣で澪ちゃんは、私とあずにゃんに「またな」と手を振って別れた。
季節はもうすっかり冬で、口から吐く息は、白い息に変換されるほどまでに来ている。見ているだけで、寒い。
巻いているマフラーを締め直し、手袋も持ってきたら良かったな、と思う。そして私は、やっとあずにゃんと二人っきりになれたので、今日のことを振ってみることにした。
「珍しく、今日は積極的だったね~、あずにゃん」
「ふぇ!?」
 予想外、だったのだろう。突然のその言葉に、あずにゃんは身体をビクリと揺らした。
「今日の、ティータイム」
「へ?あ、ああ……」
 そのことですか……。あずにゃんは小さく呟いた。思い出したのか、少し顔が赤い。
「いや、別にいいんだけどね?私としては大歓迎。ただ、なんの前振りもなかったから……」
「唯先輩だって、なんの前振りもなしに私に抱きつくじゃありませんか」
「いやぁ、それはまぁ、儀式みたいなもんだし……」
「儀式って……」
 あずにゃんのため息が、白い息となり、空へ消えていく。それを見て、私は余計に寒くなってしまった。
マフラーを、余計に締め直す。
「……嫌、だったのなら、もう、やりませんけど」
 ぽつり。あずにゃんはまた呟いた。まるで今日の行動を、本気で反省してるみたいに。
「……え?ええ!?いあいやいやいや、もままま待ってよあずにゃんこ落ち着いてっ!」
「先輩が落ち着いてください」
 すいません。
「……あ、あのさ。さっきも言った通り、私は大歓迎なんだよ?」
「……はぁ」
「だから、もっとやってくれても構わないから」
「……例えば?」
 えっ。
「やってくれって、具体的に、何を?」
 ――あずにゃんは、本当に分からないから私に訊いているのだろうか。違う。確信犯な気がする。
その具体例を考え、困っている私が見たいのか、その具体例を口に出すのを、恥ずかしがる私が見たいのかは、分からないけど。
「……具体的にはね」
「はい」
「キス、とかかなぁ」
 ……どちらにせよ、私は困ることも、頬を赤らめることもしないまま、ただ淡々と答えた。
逆に、――いや、予想通りに、あずにゃんが頬を赤に染めている。耐性ないなぁ、ホント。
「な、ななななな、な」
「キス」
「二回も言わないでいいです!!」
 やはり、あずにゃんをからかうのは、楽しい。
「してくんないの?キス」
「ふぇ!?……あ。む、そ、あ。…………無理、です」
「えー、なんで?」
「レベル、高すぎです」
 レベルて。
あずにゃん的にキスはどれほどのレベルなのだろう。……と言っても、ここは外だし、レベルが高くなるのも無理はないか。
「……え!?ここ(外)でやる前提だったんですか!?」
「えー?うん。だって今すぐしたいもん」
「今すぐって……」
「ね。今すぐできる何か、あったらしてくれない?」
 この人はホント無理難題を言う。あずにゃんの猫っぽい目が、そう言っているような気がした。
しかしすぐに、何か考えるようなしぐさをする。なんて素直な後輩だ。おねーさんは嬉しいよ。
 何をしてくれるんだろう。わくわくしていると、不意に右手を、柔らかく、あったかい何かに掴まれた。
あずにゃんは微笑んでいる。鼻を赤くして、頬を赤くして。本当にこの天使さんは、私をどうするつもりだろう。
「……これじゃ、不満、でしょうか」
 遠慮がちに言う。彼女のその性格が、良いところでもあり、悪いところでもある。
……いや、私が遠慮なさすぎ、なのかな?まぁ、どっちでもいいか。
「そんなこと、あるわけないじゃん」
 どんなマフラーよりも、どんな手袋よりも、きっとこの温もりが、一番あったかい。
あずにゃんの小さな手を、私は強く握り、微笑んだ。

おわり


名前:
感想/コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年12月15日 05:26