部活から帰宅した私は、夕食、入浴、勉強とやるべき事を一通り済ませ、
今現在は部屋着に着替えて自室のベッドに座っている。
そして私の対面には少し大きめな一つのクッション。
それには唯先輩の顔写真が貼り付けられていた。
別にこれをつかって……いかがわしい事をするって訳じゃないよ?
これは今日の部活で課せられた『
罰ゲーム』に対する練習だ。
私は明日一日、唯先輩を ”唯” と呼ばなくてはいけない。しかもおしゃべりもタメ口で。
だからこうして練習しようとしているのだ。
梓「コホン… えと… ゆ… ゆ、ゆ… ゅ ぃ……///」
ボンッ とマンガみたいな擬音がするくらい、顔が熱い、真っ赤になる。
梓「うっわぁ~! すっごく恥ずかしいよこれ!///」
たかだか”センパイ”を付けないだけなのに、むちゃくちゃ恥ずかしい。
梓「はぁ…意識しすぎ…だよ、私…」
ぽふっ と唯先輩の顔写真を貼り付けたクッションに顔をうずめる。
意識して当然なのだ。
クッションから顔をあげると、唯先輩と眼が合う。もちろん本人ではなくて写真だけど。
梓「だって…好きなんだもん…唯先輩の事……どうやったって意識しちゃうよ…」
ただでさえ先輩を呼び捨てにするだけでも難しい上に、それが自分の好きな人だから
そこに恥ずかしさも相まって余計に難しい。
梓「でももし万が一だよ?私と唯先輩がさ、こ、こ、恋人になっちゃたりする事があったら、
その時は呼び捨てにしたいし、しないと失礼かもだし…
…って私、何恋人とか言っちゃってんの!?」
うわぁ、一気に体温あがってきちゃったよぉ///
だんだんと、写真を貼っただけのクッションが、本物の唯先輩に見えて来る。
その時、部室での唯先輩の言葉がよみがえる。
『だ、だって…その…
あずにゃんにさ ”唯” って呼んでもらえたら、もっと仲良くなれると思ったんだ』
”もっと仲良くなりたい” …その想いは私も同じだ。
私に名前を呼び捨てにされるだけで唯先輩はそう感じると言ってくれた。
梓「…そうだよね…私だってもっともっと仲良くなりたいもん!
よしっ! 頑張って唯先輩を喜ばせてあげなくちゃ!」
気合を入れなおし、何度か簡単なセリフを練習してみた。
時刻はすでに0時を回っており、実に一時間近くやっていたことになる。
でもその介あって、幾分まともに喋れるようになってきた。
梓「ゆ、ゆい …お菓子ばかり食べてないで、練習して… 練習…し…するよ…」
もうちょっと。
梓「…ゆい …お菓子ばかり食べてないで、れ、練習…するよ!」
言えた。
クッションを前にしてだけど、なんとか言えた。
梓「はぁ~~~… つかれたよ~…」
ひとまず安堵のため息が漏れる。
梓「スムーズには出来ないかもだけど、言います…ううん、言うから、
楽しみにしてくだ…楽しみにしててね? ゆい…」
そういってクッションを抱きしめ、布団に潜った。
ただ、なまじクッションに唯先輩の写真を貼っていたため、体が火照っちゃって… つい、その… ね?
翌日。
登校し自分の教室へ入り、すでに来ていた憂と純に挨拶を交わす。
憂「梓ちゃん、おはよ~」
純「おはよっ、梓!」
梓「あ、おはよ~、二人とも」
親友だし同級生だから、当選ながら普通にタメ口で話す。
付き合いの長さはこの二人と先輩たちとは大差ないのに、
たった一年違うだけで口調がかわるんだもん。
なんか不思議。
特に憂なんて、髪型を同じにすれば唯先輩と見分けがつかないくらいなのに…
そんな事を考えていたため、少しボーっとしていたようだ。
純「梓? どったの?」
憂「気分わるいの? 保健室行く?」
梓「あ、ううん、なんでもないよ」
変に心配してもらいたくは無かったから、二人には罰ゲームのことを話した。
もっとも憂は姉である唯先輩から聞いていたらしい。
純「じゃあ梓は今日の部活では、唯先輩のことを呼び捨てで呼ばなくっちゃいけないんだ!?」
梓「そうなんだよ… まぁ罰ゲーム自体は自分のミスだから仕方ないんだけどさ、
内容が難易度高くってね…」
純「でも梓と唯先輩は私らから見ても仲いいんだから、別にそんなに難しいことでもないんじゃない?」
梓「そんなことないって 唯先輩だって”センパイ”なんだよ? 呼び捨てなんて失礼だよ…」
純「まぁそうだけどさ、 でもやるんだよね?」
梓「まぁそうゆう約束だからね…それにさ…」
純「それに?」
梓「あ/// いや、な、なんでもないよ///」
憂「ふふっ、梓ちゃんてれちゃってる~」
純「あ、憂、何か知ってるの?」
憂「お姉ちゃんが言ってたんだ~
『あずにゃんに”唯”って呼んでもらって、もっ~と仲良くなりたいんだ』 って」
梓「ちょっ! う、うい!///」
純「ほほぅ~ するってと梓は愛しの唯先輩のためにがんばっちゃうわけだ」
梓「ちょ、な、何言って…///」
この後ふたりに散々からかわれ、唯先輩に会う前にグロッキーになりそうだった。
昼休み。
昼食を終えた私達は、純の提案で憂を唯先輩に見立てての練習をすることになった。
髪を下ろし唯先輩とそっくりになった憂だが、やっぱり憂は憂だよね。
目の前で変装されたってこともあるけど、唯先輩感?っていうか、そんなオーラみたいなものが
憂からは感じられなかったのだ。
だから若干緊張した程度で、敬語になることはなかった。
憂「う~ん、あんまり効果なかったね?」
純「しっかし不思議だね、今の憂って、唯先輩そっくりなのに…」
憂「それだけ梓ちゃんがお姉ちゃんの事を好きって事じゃないかな?」
純「ほほぉ、違いの分かる女って訳か…」ニヤリ
梓「そ、そんなんじゃないってば!///」
結局からかわれるのか私は… まぁ憂の言ってることは当たってるんだよね。
結局練習らしい練習は出来ずに、本日の授業は終了。とうとう
放課後となった。
純はジャズ研に向かい、憂は部活に入っていないため下校する。
親友二人に励まされた私は、軽音部へと向かった。
階段を上り、我が軽音部の部室である音楽準備室の前に立つ。
中から話し声がいくつか聞こえてくるので、先輩たちはもう来ているようだ。
もちろん唯先輩の声も聞こえる。
梓「唯先輩いる…」
一気に緊張感がクライマックス。胸がドキドキしてきた。
深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせ、ドアノブに手をかける。
ドアノブを握った手に汗をかいているのが分かる。
…えーいっ!
ガチャッ
梓「こ、こんにちわ!」
扉を勢いに任せ開きつつ、挨拶の言葉を発する。
気が付いた先輩方が、いっせいにコチラを振り返った。
律「お、梓じゃん」
澪「やっ、梓」
紬「こんにちわ、梓ちゃん」
律先輩、澪先輩、ムギ先輩が挨拶を返してくれる。
そして、唯先輩は…
ガタッと勢い良く立ち上がり、両腕を左右に広げながらコチラに駆けて来る。
そしていつものように私に抱きついてきた。
唯「あっずにゃ~ん、まってたよ~!!」ギュッ
い、いきますよ、唯先輩!
梓「ちょ、ちょっと、ゆ、唯…いきなりで…いきなり抱きついてこないでってば」
…第一声はなんとか言えたと思う。
唯先輩はどう思ったのかな?
唯「ふぇっ!」
唯先輩のビックリしたような声が聞こえた。
抱きつかれた体を少し押し離し、唯先輩の様子を伺う。
唯先輩の表情は…感極まったとでも言うのかな?
頬を紅潮させており、瞳はうるうるとしている。
唯「あ、あず、あずにゃん……今、”唯” って…”唯” って!」
梓「はい!…あ、うん! 言ったよ 唯?」
唯「っ! あずにゃ~~~んっ!!」ギュゥッ
再びギュッっと抱きしめられる。さっきより強い力だ。
そして気が付いた。
唯先輩が泣いてることに。
梓「ちょ、なんで、泣いて…」
唯「だぁって…嬉しくって~」グスッ
たった一言二言で涙を流して喜んでくれる唯先輩がとても愛おしく感じる。
そんな唯先輩を見て私も嬉しくなってしまい、唯先輩の背中に腕を回し、抱きついた。
梓「…もう…ゆ、唯が言った事だからね? 泣く…泣かないでよ…ね?」
唯「うん そうだったね… ごめんね?」
えへへと笑顔を見せた先輩は、私の腕を引っ張り、皆さんのところへ連れて行ってくれる。
唯「ねぇねぇみんな、さっきの聞いた? あずにゃん、私の事 ”唯” って!」
紬「聞いてたわよ♪ よかったわね、唯ちゃん」
澪「ああ、梓もがんばったな」
梓「あ、ありがとうございます///」
律「しっかし…まさか唯が泣くとは思わなかったな~」
澪「確かにな あれだけ頼んでおいて、いざ言われたら泣くってのはどうかと思うぞ?」
唯「でもでも、すっごく嬉しかったんだよ? 涙くらい出るよ~」
紬「それだけ唯ちゃんは純粋なのよ~」
唯「えへへ… そ、そうかな///」
緊張したけれど、唯先輩はあれだけ喜んでくれたんだから、ホント、やって良かった。
メンバー全員がそろったところで、恒例のティータイム。
ムギ先輩にお茶を入れてもらいながら、お茶請けのお菓子…本日はケーキを選ぶ。
律「私、チョコケーキにしよっと」
澪「あっ、それ私欲しかったのに……じゃあ、私はモンブランにするよ、いい?」
唯「いいよ~」
梓「はい、構いませんよ …ゆ、唯はどれが…にする?」
唯「えへへっ あずにゃんはこのオレンジのタルトだよね?」
梓「え? なんで分かったんですか? あ、分かったの?」
唯「わっかるよ~ あずにゃんのことだもん!」
言われ、少し照れてしまう。
ほんと唯先輩ってば、私の好きなものをよく分かってくれている。
どうせなら、私の好きな”人”もわかってくれてもいいんじゃないかな?
梓「ありがと… ゆ、唯はショートケーキだよね?」
唯「うん♪ イチゴが二つも乗ってるなんて贅沢すぎるよ~♪」
それぞれに好きなケーキがいきわたり、ティータイムが始まった。
ティータイムはみんなが打ち解けあう事が出来る大切な時間だ。
お菓子の話や音楽の話、くだらない話…とにかくたくさんおしゃべりする。
しゃべった分だけ、みんなの絆が深まる気がするから、
今では私もこの時間は必要だと思っている。
ティータイムも半ばほど過ぎ、ケーキも残り少なくなった頃、
唯先輩がイチゴをフォークにさして私へとさし出してくる。
”食べて” って事だ。
唯「はい、あずにゃん、 あ~ん」
梓「そ、そんな悪いよ 唯の好きなイチゴだよ?」
唯「今日のは二つのってたから、一個はあずにゃんにあげたいんだ~」
梓「え、でも…」
唯「ほらっ、 あ~ん」
梓「…あ、 あ~ん…」
恥ずかしいため少し遠慮がちに口を開く。
唯先輩の差し出したイチゴが口に触れたので、もう少し大きく口を開けてそれを食べる。
イチゴ特有の甘酸っぱさが口内に広がり、幸せな気分になってしまった。
唯「そう? おいし?」
梓「うん、 すごくおいしいイチゴだね」
唯「でしょ、でしょ?」
梓「じゃあ、私からも…はい」
私も残ったケーキの半分をフォークに乗せ、唯先輩へ差し出す。
唯先輩はパァッっと笑顔を輝かせながら、あ~んと口を開いた。
唯「あ~ん んっ むぐむぐ…」
梓「ど、どう?」
唯「おいしい~ あずにゃんが食べさせてくれたから特別においしいよ!」
梓「そ、そんなこと…ないよ?」
ムギ先輩が恍惚とした表情で私達を見ていたが、気にしない事にしておいた。
それからも唯先輩のことを呼び捨てにし、タメ口でおしゃべりをつづけた。
噛んだりどもったり、つい”センパイ”をつけちゃったり、敬語になったりしたけれど
唯先輩は終始満面の笑顔を見せてくれた。
いつもよりたくさん抱きつかれたけど、今日は大人しく抱きつかれていたい気分だ。
練習もいつもよりノリノリ。
とにかく唯先輩のテンションの高さがすごい。
でも演奏は無茶苦茶…昨日はあれだけすごかったのに、ホント訳わかんない先輩ですね…
だいぶ、唯先輩への話し方もスムーズになってきたところで、部活の終わりの時刻を迎える。
これで私の罰ゲームも終了だ。
…もうちょっと続けていたかったな…
律「よし! 今日はここまでにするか~!」
澪「そだな… 梓もおつかれさま もう口調もどしてもいいよ」
梓「あ、はい、ありがとうございます お疲れ様でした」
律「しっかし…梓が唯にタメ口になっただけで、いちゃつき度が上がるとは思わなかった…」
紬「ううん、とっても素敵だったわよ、梓ちゃん」
梓「へ? わ、私は別にいちゃついてなんていません!」
澪「いちゃつくと言うより、仲の良さが跳ね上がったって感じかな? 違和感全然なかったし」
唯「ほ、ほんと? 澪ちゃん?」
澪「ああ、ほんとだ だけど、今回だけにしといてやれよ 梓だって疲れただろうし」
梓「い、いえ、私こそ先輩に対して失礼な事しちゃって、スイマセンでした」
罰ゲームとはいえ、先輩に対しての非礼をお詫びする。
唯「そんなこと気にしなくていいよ~ すっごく楽しかったよ、あずにゃん!」
唯先輩は満面の笑顔で、私に楽しかったと言ってくれた。
私も楽しかったし…それに…唯先輩の言ったとおり、もっと距離が近づいた気がした。
つられて笑みがこぼれる。
梓「えへへ、喜んで貰えてよかったです///」
学校を出てみなさんと分かれ、私と唯先輩の二人、並んで歩く
帰り道。
今日は緊張はしたものの、なんとなく充実した一日となったようで、不思議と足取りも軽い。
唯「あずにゃん、今日はほんとにありがとね
それと、ごめんね、無理なお願いしちゃって?」
梓「いえ、無理なんかじゃないですよ…それにその…私もたのしかったですから///」
唯「うん、私も大満足だよ~♪」
満足か…
唯先輩、ごめんなさい…私は満足してないんですよ?
梓「…あ、あの、唯先輩…」
唯「ん? なあに?」
梓「私達…その…仲良くなれましたでしょうか?」
唯「うん! もちろんだよ! 超仲良しさんだよ私達!」
私は…もっともっともっと…今よりずっと、あなたと仲良くなりたいんです。
梓「じゃ、じゃあ… その超仲良しさんよりもっと仲良くなりたいです…といったら?」
唯「…え?」
梓「…」
唯「…」
梓「…ゆ、唯」
唯「あ、あずにゃん?」
梓「ふ、二人きりの時だけでいいから… ”唯” って呼んでいい?
…私、もっと唯と仲良くなりたい///」
私からのお願いに唯先輩は目を見開いて驚きの表情をした。
でもそれは一瞬の事で、すぐ笑顔になり、優しく微笑んでくれた。
そして満面の笑顔で私の抱きつきながら…
唯「ふふっ もちろんおっけーだよ!」
梓「あ、ありがとございます///」
唯「あははっ、敬語になってるよ、あずにゃん」
梓「あぅ///」
唯「ね? あずにゃん」
梓「えと… なに?」
唯「えっとね…超仲良しさんより仲がいいのってなんていうか知ってる?///」
唯先輩は頬を染めながらこんなことを質問してきた。
もちろん私は先輩が照れた意味を理解している。
梓「うん、しってるよ?」
唯「じゃあ、せーので一緒に言おうか?」
梓「い、いいよ?」
唯「せーのっ」
唯梓「――――!」
いつもの帰り道、でもいつもと違う帰り道。
後方に伸びた二人の影がそれを物語っていた。
しっかりと手を繋がれた幸せそうな影が。
FIN.
- 可愛い!甘い!凄くいい!! -- (ui) 2012-03-25 01:00:47
- いいね! -- (名無しさん) 2012-03-26 05:45:09
- 頑張れ!あずにゃん、あと一押しだ! -- (名無し) 2012-03-27 06:53:27
- 素晴らしい作品でした。是非とも③後日談を御願いしたいです -- (通りすがりの百合スキー) 2012-03-31 00:52:13
- 唯が無邪気で可愛い -- (名無しさん) 2013-01-27 00:57:02
- 文句無しです -- (名無しさん) 2014-04-24 04:25:50
最終更新:2012年03月25日 00:34