モヤモヤする。
あなたを見た時。
あなたに話しかけられた時。
あなたに抱きつかれた時。
あなたを振り払った時。
あなたが困ったような笑顔を私に見せた時。
どうしてあなたは無神経な優しさを私に押し付けるの。与える側は楽かもしれないけど、受けとる側はそういう訳にいかないのに。
いろいろ考えて、苦しんで、本当にそれを手にしていいのか悩んでしまうのに。
もしもあなたが、持てる優しさを全て私だけに向けてくれたとしたら。
多分私は、容易にその意味を理解して、あなたをこの胸に抱きしめることができるだろう。だって、そうしたいんだから。
…なのにあなたは今日も、優しさを振りまく。周りの友人、家族、自分を取り巻く人間全てに、その優しさを向ける。私にした時と同じように、分け隔てなく。
そうすることで、私はあなたにとって特別な存在じゃないんだって気付く。
だから、私はモヤモヤする。
だってあなたは―――私にとって特別な存在なんだから。
ジャジャッジャジャッジャ~ン…
律「ふぅ、こんなもんか?」
澪「律、相変わらずドラム走りすぎ!」
律「うぅ…」
唯「あはは、りっちゃんたら~」
澪「あと唯!」
唯「は、はい!?」
澪「細かいとこ間違えすぎだ!もっと練習しとくように!」
唯「はーい…」
紬「唯ちゃん、頑張って♪」
律「んじゃー課題も浮き彫りになったとこで解散に…」
梓「…あの」
澪「ん、なんだ梓?」
梓「唯先輩の演奏は…別に今のままでいいと思います」
先輩たちは驚いたように私を見た。そりゃそうか。普段ならこんなこと、絶対に言わないから。
それでも…私には唯先輩の演奏に違和感はなかった。
澪「そ、そうか?ちょっとテンポ悪くなってるとこもあるし、もっと直した方が…」
梓「いいえ!唯先輩はさっきのでいいんです!」
私は無意識に語気を荒らげていた。子供みたいな話だけど、ムキになっていたのだ。
紬「梓ちゃん…?」
律「な、なんだなんだ?どういう風の吹き回しだ?」
澪「そ、そっか…まぁ梓がそういうならそれでいいよ。でも唯、ちゃんと練習はするんだぞ?」
唯「う、うん!」
梓「……」
下校の支度をしていた私に、唯先輩は明るく話しかけてきた。
私は普段通りのそっけない素振りで返事をする。
梓「…なんですか?」
唯「さっきはありがとう!私のことほめてくれたんだよね♪」
梓「…別に、そんなつもりじゃ」
唯「いいんだよ照れなくて~♪ありがとう♪」
梓「……」
唯先輩に頭を撫でられて、私の心はふわっとあたたかくなる。居心地の良さを感じる。
もっと…唯先輩のそばにいたい。私は強く、そう感じていた。
梓「あの、唯先輩…」
唯「んー?」
梓「今日、一緒に…」
唯「あっ、りっちゃんそのマンガ見して~♪」
梓「あ……」
唯先輩はあっさりと離れていった。私をほめたことなどなかったかのように、律先輩のマンガを読んでいる。
一瞬にして私の心は冷たく、暗くなった。
唯「え、貸してくれるの!?りっちゃんありがと~♪」
唯先輩はさっき私にしたのと同じように、律先輩の頭を撫でていた。
…やっぱり私は、特別じゃないんだ。律先輩と、皆と…同じでしかないんだ。
唯「ふんふふん♪それでさっきの話なあに?あずにゃん」
梓「…なんでもないです。じゃあ私帰りますね。お疲れさまです」
唯「あ…?」
そのまま早足で玄関までやってきたところで、後ろから聞きたくない声が聞こえた。
唯「あずにゃ~ん!」
梓「……」
唯「はぁ、ひぃ…ひどいよあずにゃん、呼んでるのに先行っちゃうなんて」
梓「…すいません」
唯「それでさ、さっきの話なあに?一緒に、の続き!」
意外に聞いているものだな。目は律先輩のマンガにいってたのに、耳はまだ私の声をとらえていたんだ。
それでも私は、それを嬉しいとは思わなかった。多分、私じゃなくても同じことだっただろうから。
梓「…なんでもないです。じゃあ私、急ぐんで」
唯「またまた~♪ホントはどこか行きたいとこあるんでしょ~?」
梓「ないですって…」
唯「隠さなくたっていいからぁ~♪先輩が付き合ってあげるよ!だから…」
梓「…なんでもないって言ってるじゃないですか!!」
唯「っ…?」
私は唯先輩に向かって大声を上げていた。
ちょうど廊下を歩いていた先生に何か言われたような気がしたけど、まったく耳に入らなかった。
唯「あ…あずにゃん?ご、ごめん、ちょっとしつこかったかな。あはは」
梓「…なにがあはは、なんですか?なにがおかしいんですか?」
唯「え…?あ、いや…」
私は、自分の気持ちが抑えきれなくなっていた。
唯先輩に対する苛立ちと、自分自身に対する嫌悪感。その二つの感情が入り交じったどす黒い感情が、私の心を支配していた。
梓「…どうせ私のことなんて何とも思ってないくせに、先輩風吹かせないでくださいよ」
唯「そんな、何とも思ってないなんて…」
梓「じゃあ…どう思ってるんですか?」
唯「えっ…と…あずにゃんは…」
梓「ただの後輩…ですよね」
唯「ち、違うよ!あずにゃんはかわいくて、あったかくて…」
梓「…結局、その程度なんですね」
唯「え…?」
梓「かわいい。柔らかい。あずにゃん。唯先輩が私に言う言葉なんて、これくらいしかないじゃないですか」
唯「ち、ちがうよ…」
梓「…何が違うんですか?唯先輩は私のこと、それ以上に考えたことなんてないんですよね?」
唯「う……」
梓「……私は」
唯「…?」
梓「唯先輩のこと…好きなのに」
唯「え…」
ドサッ…
私が唯先輩に体を寄せた瞬間、先輩の持っていたカバンが落ちる音が、薄暗い廊下に響いた。
私は困惑する表情の唯先輩に、できるだけ顔を近づけた。
唯「あず…にゃん?」
梓「唯先輩は…私のこと好きじゃないんですよね?」
唯「そ…そんなこと…」
梓「私が言ってるのは恋してるかどうか、です。後輩として、じゃありません」
唯「……」
私は沈黙した唯先輩の手を握った。少し汗ばんだ、私より一回り大きな手。…私は、この手を離したくない。
梓「…唯先輩」
唯「……」
梓「唯先輩が私のことをどう思っていようと、特別じゃなくても、なんでもいいです。だから、これだけは言わせてください」
唯「……」
梓「…私はあなたのことが好きです。私と、付き合ってください」
唯「……」
唯先輩は何も言わない。ただ黙って、少し悲しそうな目で私を見つめていた。
気付くと、私は冷静になれていた。それは多分…唯先輩の答えがわかっているから。
唯先輩は私のことをただの後輩としか見ていない。軽音部の皆よりも私のことを好きになるなんてあり得ない。
だから…もう、あきらめているのかもしれない。
梓「…すいませんでした…今のは、忘れてください」
私は唯先輩から離れた。…その時だった。
唯「……」
梓「…っ!」
唯先輩は、私を力強く抱きしめた。
梓「ゆ…唯…先輩…」
唯「…あずにゃん、好きって言ってくれてありがとう。でも…ごめんなさい」
梓「……」
唯先輩は『ごめんなさい』と言った。
それはつまり…私はフラれたということだ。でも唯先輩は、私を抱きしめる力を緩めない。
梓「…どういう…ことですか」
唯「私…あずにゃんのこと好き。でもその好きはね、あずにゃんの言う通り、後輩としての好きなんだよ」
梓「…そう、ですか」
唯「だから今はあずにゃんとは付き合えない。
あずにゃんは本気で私のこと好きでいてくれてるのに、こんな中途半端な気持ちじゃあずにゃんに悪いから」
梓「唯先輩…」
唯「でも…もし、あずにゃんがいいって言ってくれるなら…私が本当にあずにゃんのことを好きになれるまで、私のそばにいてくれる?」
梓「え?」
唯「あずにゃんのそばで、あずにゃんのいろんなこと、知りたい。あずにゃんのこと、もっと好きになりたい…だめ…かな」
唯先輩は私の顔を見つめた。
あと少し首を動かせば、唇を重ねることができそうな距離で。
梓「はい…いいですよ」
唯「ホント…?」
梓「もちろん、です」
唯「そっか…えへへ」
唯先輩は、さらに私を強く抱きしめた。
…すごく、いい匂いがした。
唯
「ねぇ、あずにゃん」
梓「はい…?」
唯「さっき言ってた、一緒に、の続き…なに?」
梓「…一緒に帰りましょう、って言おうとしたんですよ」
唯「…そっか♪じゃ、一緒に帰ろう?」
梓「で、でも」
唯「言ったでしょ?あずにゃんのそばにいたいって」
梓「…はい」
私と唯先輩は、手を繋いで歩き出した。他の人が見たらなんて思うかな。別に付き合ってるわけじゃないんだけど。
でも…今はこれでいい。少なくとも今私は、こうして唯先輩のそばにいられるから。
唯「…あずにゃん」
梓「はい?」
唯「私、あずにゃんのこと好きになれたら…今度は私から好きって言うからね。だから…待っててね」
梓「…待ってます。ずっとずっと、待ってます」
おわり
- 俺も待ってる -- (名無しさん) 2010-01-27 01:05:58
- どうやら神が通りすぎていったようだ -- (名無しさん) 2010-05-22 10:53:58
- キモい -- (名無しさん) 2010-05-29 15:53:27
- 上のコメがキモいって意味だから -- (名無しさん) 2010-05-29 15:54:02
- ワロスww -- (名無しさん) 2010-07-11 03:11:02
- そんな時間はかからんだろね -- (名無しさん) 2010-08-25 00:51:54
- んー、あと三ヶ月ってとこか?相思相愛になるまで -- (名無しさん) 2010-08-28 22:10:51
- そう遠くはないね。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-21 18:09:27
最終更新:2010年01月10日 03:22