■はじまり

春。
私、中野梓は第一志望のN女子大へ無事合格し、この4月から大学生となった。
ちなみに憂はワンランク上のK大、純は地元の短大へと進学が決まり、
軽音部の先輩方四人とは違って私達三人は分かれる事になってしまった。
別れはもちろん寂しいけれど、それぞれの目標の為の選択だから、後悔などはない。
それに友情は永遠なんだから。

私の目標は当然、HTTとしてのバンド活動を続ける事。
でも、それとは別に、もう一つ目的がある。
…それは唯先輩の事…

私は唯先輩に恋心を抱いている。
高校一年の夏ごろに芽生えたその感情にはもちろん戸惑いはしたが、
いつしか受け入れ、唯先輩が私の心の中にいない日々は無かった。
あずにゃん”と呼ばれ、抱きつかれて…困った時には手を引いて貰って…
唯先輩への想いは際限なく膨らみ続けた。
だけど、先輩が高校在学中、想いを伝える事は出来なかった。
告白して断られたら、今の関係が壊れてしまうと思ったから…
だから想いをそっと包み隠し、可愛がられる後輩をまま過ごした。
その時はそれでいいと思っていた。
…一番近い後輩でいられればいいと…

でも、唯先輩が近くにいない高校三年の一年間、唯先輩への想いは落ち着くどころか
爆発的に膨らんでしまった。

一緒の大学へ行って、いつしか想いを伝えたかった…



N女は希望があれば学生寮に入ることが出来、軽音部の先輩方はみんな寮生活を送っている。
私もそれにならい入寮を希望し、偶然にも先輩方と同じ寮棟に入ることができた。
そして私にあてがわれた部屋はなんと、唯先輩の部屋の二つ隣りという、
これ以上ない待遇で、思わず神様はいるんだって思ってしまった。

入寮当初、慣れない寮生活、初めての一人暮らしを気遣ってか
唯先輩を初めとした諸先輩方は私の部屋をよく訪れてくれた。
その中でも部屋がすぐ近くの唯先輩は、ほぼ毎日と言っていいほど来てくれた。
いろいろ不安もあったけど、みなさんのおかげでそんな不安もほとんど感じる事は無く、
あっという間になじんでしまった。
何といっても、唯先輩の優しい笑顔を見られるだけで、すっごく安心できてしまう。
つらい事、嫌な事があっても、唯先輩の笑顔を見るだけで立ち直れる。
いつしか私の方からも唯先輩の部屋を訪れるようになり、
気がついたら私達は、大抵どちらかがどちらかの部屋にいると言う関係になっていた。

別に想いを伝えた合ったわけではない。
友人以上恋人未満という関係だけど、今は先輩と一緒に居られるからそれでいい。


そんな私、中野梓と唯先輩との半分同居な生活です。


■1・ある夜の事

「たっだいま~」

扉が開く音とともに唯先輩の声が聞こえてくる。
私はPCに向かっていた頭を音のした方へと向けつつ立ち上がる。

「あずにゃん、いる~?」

部屋にひょこっと顔出した先輩が私の名を呼んだ。

「おかえりなさい、唯先輩 お疲れ様でした」

「えへへ たっだいま~」ギュウ

いつものように私に抱きつく。

「も、もうっ! いきなりひっつかないでくださいってば!」

これも定番だ。本心ではないけれど…
そんな私の一言をよそに唯先輩はテーブルへチラッと視線を向ける。

「あずにゃん、課題やってたんだ?」

「はい、…あ、PCお借りしてます」

「いいよ~、遠慮なく使って」

私は唯先輩の部屋に上がりこんで、唯先輩のノートパソコンを使って課題をこなしてた。
自前のPCはデスクトップだった上、少々古かったため、実家に置いてきた。
だから新調するまでは唯先輩にこうやってお借りしている。

「いつもありがとうございます あ、今お茶いれますね」

「ううん、私がやるからいいよ あずにゃんは課題やってなよ」

「で、でも… 唯先輩だって疲れて帰ってきたのに…」

「課題は大事だよ? ささっと済ませちゃって一緒にケーキ食べようよ」

「え? ケーキあるんですか!?」

「ふっふっふ…今日はあるのだよ! ほれ!」

「おお~っ!」

「んじゃ、準備出来るまで、課題がんばっててね」

「あ、はい、すいませんです もうすぐ終わると思いますので」

「ほーい」

私は再びPCに向かい、課題に取り組み出す。
唯先輩はその間にお茶の準備をしてくれているようだ。
疲れて帰ってきてるからホントは私がやってあげたかったんだけどな…

「ありゃ、お湯無いや ちょっと行ってくるね」

唯先輩は電機ポットを抱えて一旦部屋から出て行った。
寮の個室にはキッチンがない。
お湯は電機ポットで沸かせるけど、給湯室で熱湯を入れてくるほうが早い。
ややあって、先輩が同じようにポットを抱えて戻ってきた。

「ふたたびただいま~」

「ふたたびおかえりなさい~」

「ふふ、なにそれ」

「ゆ、唯先輩が言ったんじゃないですか///」

先輩は私と受け答えしながら、棚からティーセットを取り出す。
ティーポットに茶葉をいれお湯を注ぐと、紅茶のいい香りが漂ってくる。
その香りを楽しみながら、私は課題を進めていった。

「…ん~… よしっ! これでおわりっと」

「あずにゃん、終わった?」

「あ、はい、ありがとうございました 今手伝いますね」

「お茶もいい頃合だよ~」

PCをテーブルから下ろしスペースを作り、布巾でテーブルを拭く。
唯先輩がカップを並べ、ティーポットから紅茶を注いでくれる。
そんな唯先輩が凄く様になっていて、思わず見惚れてしまう。

「(綺麗だな…唯先輩)」

私達はテーブルを挟んで向かい合うように腰を下ろした。

唯先輩がケーキの箱をあけ、中身を取り出す。

「じゃじゃ~ん」

大層な擬音と共に出てきたものは、何種類ものフルーツがのっかった、
いかにもおいしそうなタルトだった。

「珍しくフルーツタルトが余ってたんだよ~ あずにゃんコレ好きだったよね?」

「はい、大好きです!」

「うちの店でも人気商品なんだよね~」

「でも珍しいですね、これ余るなんて」

「今日は新作ケーキが出たんだ それのせいかも?」

「あ、そうかもしれませんね でも私にとってはラッキーです♪」

「よかった♪」

唯先輩は一年の秋ごろから、大学近くのケーキ屋さんでアルバイトをしている。
私も先輩方や友人と行った事があるのだが、唯先輩の制服姿にくらっと来たのを覚えている。

このケーキは、そのバイト先から貰ってきたものだ。
ケーキは生ものだから作って時間が経ちすぎると廃棄処分されるらしく、
余ったりする時はバイト仲間と分け合って貰ってこれるそうだ。
有る程度時間が経ってるとはいえ、全然食べられるしおいしい。

「ん~、おいしいですね!」

「こんなにおいしいのに捨てるなんてもったいないよね~」

「ですよね でもいいんですか? いつも私の分まで貰ってきてくださって」

「二個位ならいいって言われてるから問題ないよ
 まぁみんなの分まではさすがに無理だけどね」

「なんか私だけ得しちゃって、みなさんに申し訳ないような」

お茶を飲みながらケーキを食べ、おしゃべりをし、唯先輩との時間を満喫する。
何杯目かの紅茶を飲んだところで時計を見やると、すでに日付が変わっていた。

「あ、もうこんな時間だ あずにゃん、今日、どうする?」

「ん~…午前中は講義もないですし… んと、唯先輩もなかったですよね?」

「うん、ないよ~」

「ん…じゃあ、泊まっていってもいいですか?」

「やった~♪ あずにゃんと一緒~」

普段は寝る時間になると自分の部屋に戻って寝ているのだけど、
お互いの講義の都合次第では、こうして泊まって行く事も多い。
唯先輩の講義の予定は知っているので、考えたフリはしたけど、
今日はもともと泊っていくつもりだった。

と、突然唯先輩が

「あ、私お風呂はいるの忘れてたや!」

ティータイムとおしゃべりに夢中になりすぎて、すっかり忘れてしまっていたらしい。

「今から入ります? お湯張りますよ?」

「うん、お風呂はいりたいから、お願いできるかな?」

「はい! じゃあ唯先輩はお着替えの準備しててください」

「ありがと~ あずにゃんはもう入ったの?」

「私は部屋で済ませて来ましたよ」

「ええ~ 一緒に入ろうと思ったのにぃ~ ぶーぶー」

「ちょ、な、何言ってんですか!///」

「えへへ~ お部屋のお風呂じゃ狭いもんね」

「いや、狭いとかそういう問題じゃ…///」

お風呂は共同設備の浴場のほかに、ユニットバスの付いている部屋もある。
私と唯先輩のいる棟がそうだ。
その分すこし手狭になるけど、やっぱり部屋にお風呂があるのは便利だ。

バスルームのパネルを操作し、湯船にお湯を溜める。
その間はおしゃべりやTVを見ながらすごし、ややあって、
ピピピッと電子音が鳴り、お湯がたまった事を教えてくれた。

「あ、唯先輩、入れますよ~」

「ありがと、あずにゃん じゃあ入ってくるね」

「はい ごゆっくり」

唯先輩はご機嫌にバスルームへと消えていった。
…正直、唯先輩と一緒にお風呂に入りたい。
だけど、まだそんな関係じゃないし、第一告白だってしていない。
それに今一緒に入ろうものなら、欲望を抑えきれる自信なんて無い。
…とはいえ、扉を隔てた向こう側に、想い人が一糸まとわぬ姿でいるという事実だけでも
否が応でも興奮してしまう。

だけど、頻繁に入り浸っているから、こうゆう状況は珍しくも無かったりする。
そんな時はCDを聞いたり、TVを見たり、PCでサイトを見たりして気を紛らわせるようにしている。
そんな風になんとかこの試練に耐えていると、


バスルームから唯先輩の呼ぶ声が聞こえる。

「は、はい、なんですか?」

扉越しに問いかける。

「ごめ~ん、代えの下着持ってきてくれないかなぁ~」

…なんですと!

「え? 今なんて…」

思わず聞き返してしまった。

「あ、うん ショーツ忘れちゃったから持ってきて欲しいんだけど」

「あ、はい、ちょっと待っててください」

「あずにゃんの好きなのでいいからね~」

「なっ!///」

…どうしよう…こんなことは初めてだよ…
でも下着がないと唯先輩も困っちゃうだろうし…

意を決して唯先輩の衣装ケースの下着の段の引き出しを引き開ける。
楽園がそこにあった。

可愛いものが大好きな唯先輩は、下着も可愛いものをたくさん持っている。
その中から可愛らしい淡いピンクのショーツを手に取り広げてみる。

「あ、これ可愛い…唯先輩に似合うよね///」

思わず下着姿の先輩を想像してしまい、顔から火がでそうになった。

気持ちを沈め、バスルームの扉を開け、着替えの上にそのショーツをそっと置く。

「せ、先輩…ここにおいて置きましたから///」

「ありがと、あずにゃん~ ごめんねぇ?」

「いいえ、大丈夫です///」

あまり大丈夫じゃないんだけどね…
なんて思いつつ扉を閉める。
唯先輩の下着の感触を思い出してしまい、すこしいやらしい気分になってしまった。
慌てて頭を振って、煩悩を退散させる。

「はぁ~……今のうちにお布団の準備しとこう…」

備え付けのベッドにはマットが敷いてあり、掛け布団と毛布は足元に畳んで置いてある。
綺麗にのばし、枕を二つならべて置いた。

…初めのうちは私が恥ずかしがって、床で寝てたんだけど、
やっぱり一緒に寝たいという気持ちは強く、いつの頃からか、同じベッドで寝るようになっていた。
一緒に寝るだけで、それ以外は何もしていない。


「ほぇ~…いいお湯でした~」

お風呂上りの少々色っぽい唯先輩に、コップに注いだ牛乳を渡す。

「はい、どぞ///」

「ありがとね んっ…んっ…んっ…んっ……ぷは」

…可愛すぎですよ、唯先輩。

「ごめんねあずにゃん、変な事頼んじゃって」

「い、いえいえいえ、そんな事ないですよ…」

「ふふっ あずにゃんの持って来てくれたの、私のお気に入りなんだ~」

「あ、そ、そうなんですか///」

「あれ?あずにゃん、顔赤いよ?」

「そ、そ、そんなことにゃいですよ///」

噛んだ…

「…ぷっ あはははは」

「う~///」

「あずにゃ~ん、 かわいいよぉ~」ギュウッ

「ふわぁあぁ! ちょ、唯先輩…ダメです…」

お風呂上りの火照った体が凄く心地いい。
シャンプーと石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
もうゴールしてもいいよね?という言葉が聞こえた気がするけど、なんとか自制心を総動員。
正直よく耐えたと、自分を褒めてあげたいくらいだ。

「お布団の用意ありがとね」

「あ、いえ、泊めさせていただくんですから」

そっと身体を離され、ホッとしたような残念な気持ちだ。


その後は歯磨きをして布団に入る。
私が壁側で、唯先輩がその反対。
なんでも寝相がわるいから私を押し出しちゃうといけないから私が壁側らしい。
でもそれって、唯先輩が落ちちゃうんじゃ?と思ったけど、意外にも落ちない不思議。

「じゃあ電気消すね」

「あ、はい」

ベッドライトを付けた後、リモコンでルームライトを消す。
私達は一緒の布団に潜りながらお喋りを続ける。

「ね、唯先輩 明日の午前中、どこかお出かけしません?」

「あずにゃん、明日講義ないんだっけ?」

「昼から一つだけなんです 確か唯先輩も同じ時間だったはずですよ?」

「おお、じゃあ、お昼込みでどっか行こう」

「やった♪ 楽しみです」

「でも、遠出する時間無いから、近場うろうろするくらいだね~」

「全然それでいいですよ」

「じゃあ、決まりだね!」

「はい♪」

唯先輩は布団の中で私を抱き締める。
そろそろ寝ると言う合図でもある。

普段は止めてくださいとか、思ってもいない事を口する私だけど、
こうやって同じお布団に入った状態では素直にもなれる。

「じゃあ、そろそろねましょっか」

私は唯先輩の腕の中に収まるように身をゆだねる。

「おやすみ、あずにゃん」

「おやすみなさい、唯せんぱい」


先輩はベッドライトを消した。




■1・了

つづきはこちら


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最終更新:2012年06月11日 22:39