オリキャラ(二人の子、柚と愛)注意
柚…唯似、6歳
愛…梓似、5歳
できたばかりの夕食をテーブルの上に並べているとき……
やけに奥の部屋が騒がしいことに、私は気がついた。
何かが壁にぶつかっているような音が繰り返し響いていて、
それにあわせて柚や愛の声も聞こえてくる。
ご近所の迷惑になるほどうるさくはなかったけれど、
それでも日が落ちたこの時間に騒ぐのはちょっと問題だ。
まったくもうっと思いつつ、
私は二人を注意するために奥の部屋へと足を向けた。
(それにしても……いったい何を騒いでいるんだろう?)
いつも元気いっぱいな柚だけでなく、
愛も一緒になってというのは珍しかった。
珍しいといえば、お夕飯の準備をしていたのに、
二人が台所に来ないというのも珍しいことだった。
いつもだったら、柚がおかずの味見をしたがって、
それを愛が注意して、
それから二人で
お手伝いをしてくれたりするのだけど……
今日は二人とも、奥の部屋から出てこようともしていない。
いったいどうしたんだろう……そう思いながら首を傾げて、
私は部屋の扉を開けて、
「柚、愛、もう夜なんだから……」
「「あ、あずさおかあさ~ん!」」
言おうとした注意の言葉は、柚と愛、二人の声に遮られていた。
私の方を見ると同時に、二人はそろって駆け寄ってきて、
勢いはそのままに抱きついてくる。
「あずさおかあさん、あのね、あのねっ」
「てんとうむしさんがかわいそうですっ」
私のエプロンを掴んでそう言ってくる柚と愛。
こちらを見上げる二人の表情はとても悲しそうで、
少しばかり涙ぐんでいるようにも見えた。
予想外のことに私は驚いてしまい、
柚と愛を抱き寄せて、「どうしたの?」と聞く。
私の問いに二人が、
「あのねっ」
「てんとうむしさんがっ」
と言った矢先……バシンッという大きな音が響いて聞こえた。
反射的に私は音が聞こえてきた天井の方に視線を向け、
同時に柚と愛も上を向いていた。
私たち三人が見上げた先、天井の照明カバーの表面にいたのは、
「……テントウムシ?」
赤い体に黒い星の、小さなテントウムシだった。
「そうだったの……」
柚と愛の話を聞き終えた私は、改めて顔を上に向けた。
天井の照明カバーの表面にとまっている、
小さなテントウムシの姿が見えた。
いつの間にか部屋の中に迷い込んでいたというテントウムシ。
それだけなら問題はないのだけれど……二人の話によると、
テントウムシは照明の光にひかれてか、
部屋の中を飛んでは照明カバーにぶつかっていくということを
繰り返しているらしい。
先ほどから響いていた、何かが壁にぶつかっているような音は、
テントウムシが照明カバーにぶつかる音だったのだ。
その音の大きさが痛さを連想させるようで……
柚と愛の悲しそうな表情は、それが原因だった。
「てんとうむしさん、かわいそう……」
「おそとににがしてあげたいです」
そう言って、柚と愛も天井をまた見上げた。
実際二人は、テントウムシを何とか外に逃がそうとして、
いろいろやっていたらしい。
照明を消して窓を開けたり、大きな声で呼んでみたり、
届かないとわかっていてもぴょんぴょんと跳んで
テントウムシを捕まえようとしたり……でもやっぱりうまくいかなくて、
テントウムシはまだ部屋の中にいるのだった。
と……私たちが見つめる先で、
テントウムシが照明カバーから飛び立った。
そのままカバーの周りをぐるぐると飛んで、
「あー!」
「だめです!」
柚と愛が叫んで止めようとするのも構わず、
テントウムシがまた照明カバーにぶつかっていった。
思いの外大きな音が響いて、私もつい表情を歪めてしまう。
それはテントウムシの小さな体からは想像できないほど大きな音で、
自分が何かにぶつかったときのこと、
そのときの痛みまでつい想像してしまうような音だった。
私たちが見つめている先で、
テントウムシは二度三度と衝突を繰り返し……
それから疲れた体を休めようとするかのように、
照明カバーの上にとまった。そして、
出口を求めているかのようにカバーの上を這っていく。
その動きが弱々しく見えるのは、
気のせいばかりではないような気がした。
「てんとうむしさ~ん……」
「……いたそうです」
そんなテントウムシを見つめながら悲しそうに呟く柚と愛。
二人の頭を撫でてあげながら……
私も、なんとかテントウムシを外に逃がしてあげたい、
と思うようになっていた。
さて……そういうわけで、台所からイスを持ってきた私。
照明の下にそれを置いて、
柚と愛の「あずさおかあさんがんばって!」
という声を聞きながらイスの上に乗ったのだけれど……
「う……」
伸ばした手は、指先が照明カバーにギリギリ届くかどうか、
という感じだった。
高い天井で広々とした空間を、が売り文句だった我が家。
その宣伝文句の通り、
高い天井は部屋が広く感じられて気持ちがいいのだけれど……
こういうときは、背が低めの私には困りものだった。
(……照明の交換とか、いつも唯に頼んでいたものね……)
胸中でそう呟きながら、爪先立ちになって手を伸ばす。そうすれば、
どうにか指先で照明カバーの表面を撫でられるぐらいには
なってくれた。余裕のある状態ではないけれど、
それでもこれなら、テントウムシを摘まむことぐらいはできるだろう。
「あずさおかあさん、だいじょうぶ?」
「きをつけてくださいです」
やはり私の姿勢は危なかっしく見えるのだろう、
柚と愛がそう心配そうな声を出す。
そんな二人に、私は「大丈夫よ」と笑みを浮かべてみせた。
それからテントウムシに視線を戻す。
照明カバーの表面をゆっくりと動いているテントウムシ。
その動く先とは反対側から、そっと指を近づけていき……
私の指が触れそうになったところで……
「あっ」
「「あ~っ」」
……私の気配を察したのか、テントウムシが飛び立ってしまった。
一度照明の周りをぐるりと飛んで、
それから少し離れた天井にとまってしまう。
ここからでは当然手は届かないし、
仮にその真下にイスを持っていったとしても、
私の身長では指先も触れられないだろう。
「てんとうむしさ~んっ、にげちゃだめだよぉ」
「こっちきてくださいですっ」
柚と愛がテントウムシの真下に行き、そう声をかける。
だがもちろん、柚と愛の言葉をテントウムシが聞いてくれるわけもない。
テントウムシは迷うように天井を這うばかりだった。
そんなテントウムシを見ながら、私はどうしたものかと迷った。
天井にテントウムシがいる以上、私たちでは捕まえることはできない。
また照明の方に飛んでくるのを待ったとしても……
多分同じことの繰り返しになってしまうだけのような気がした。
小さな虫を指先で摘まむのは難しいだろう。
虫取り網みたいなものがあれば一番いいのだけど、
もちろん都合良くそんなものを持っているわけもなかった。
(窓を開けて、自然と逃げるのを待つしかないかなぁ……)
胸中で呟き……結局それしかないだろうと思った。
照明を消しておけば、
外の明かりに惹かれてそのうち飛んでいくかもしれない。
そんな自分の考えを、柚と愛の二人に言おうとしたところで、
「ただいまぁ~……ってあれ? どうしたの、みんなで?」
そんなのんきな声と一緒に、唯が部屋の中に入ってきた。
イスの上に立っている私と、
二人そろって天井を見上げている柚と愛を見て、
目をぱちくりとさせている。
「あ、唯っ」
「ゆいおかあさ~んっ、あのねっ」
「てんとうむしさんがかわいそうなんですっ」
唯の姿を見て、「おかえりなさい」の挨拶よりも先に、
口々に説明を始める私たち。
それにまた目をぱちくりとさせながら、
唯は私たちが指さす天井を見上げて、
「あ、テントウムシだねぇ」
やはりのんきな口調で、そんなことを言った。
そしてその手を伸ばして、
「えへへ……こっちおいでぇ~」
そう言いながら、ほにゃっとした笑みを浮かべる唯。
すると、まるでその笑顔に惹かれたかのように、
「あっ」
「わっ」
「てんとうむしさんがっ」
テントウムシは、まっすぐ唯の方へと飛んでいったのだった。
「てんとうむしさん、だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよぉ。ほら、元気に歩いてるでしょ?」
「てんとうむしさん、よかったです」
「うん、もう安心だね」
唯の手の平の上を歩いているテントウムシを、
私たちはそろって見つめた。赤い体に黒い星のテントウムシ。
小さな体でちょこちょこと動くその様子に、
さっき感じたような弱々しさはもうないように思われた。
柚と愛も安心して笑顔を浮かべ、私もほっと息をついた。
それにしても……唯が呼んだ途端、
テントウムシがまっすぐ唯の方に飛んでいったのには驚いてしまった。
昔から誰とでもすぐ仲良くなれて、動物にも好かれる唯だけど……
虫相手にも有効なんだと、ちょっと感心してしまう。
それでもあまり不思議に思わないのは……
まぁそれが唯だからなのだろう。
「それじゃ、お外に逃がしてあげようねぇ」
「そうね」
「うん!」
「はいです!」
唯の言葉に、元気に頷く柚と愛。私も笑って窓を開ける。
唯が手の平を外に出して、「ほらっ、お行きー」と言うと……
テントウムシはその手の平から飛び立った。
それから、少し迷うように唯の近くをくるくると回って……
やがて、側の街路樹の方へと飛んでいった。
この辺は緑が多いし、きっと仲間もすぐ見つかるだろう。
これでもう心配はないように思えた。
「フフ……唯、ありがとうね」
「えへへ……
あずにゃんも、お疲れ様っ」
テントウムシを見送る唯に私がそう言うと、
唯も笑顔を浮かべてそう言ってくれる。
そんな私たちの間で柚と愛がぴょんとジャンプして、
「ゆいおかあさん、わたしもがんばったんだよっ」
「わたしもですっ」
「そうだね、柚と愛もテントウムシさんのためにがんばってたよね」
「そうなんだぁ。柚も愛もありがとうね。
きっとテントウムシさんも喜んでくれてるよ」
私と唯がそう言って、柚と愛の頭を撫でてあげると……
二人とも、くすぐったそうな笑みを浮かべた。
でもほんと、二人ともテントウムシのために
がんばってくれていたと思う。
小さな虫のために一生懸命で、
照明カバーにぶつかるその様に悲しそうな表情を浮かべていた柚と愛。
そして今は、テントウムシが無事に外に出られたことを、
本当に喜んでいる……二人とも優しい子に育ってくれていて、
それがとても嬉しく思えた。
きっとだからだろう、
「あ、そうだっ。次の日曜日、みんなで公園にピクニックに行かない?」
珍しくも私から、遊びに行く提案をしたのは。
「ぴくにっく!? いきたい!」
「いきたいです!」
私の言葉に、柚と愛はすぐに両手を挙げて賛成してくれた。
もちろん唯も、反対なんてするわけがなくて、
「あ、いいねっ、それっ!」
満面の笑みを浮かべて、すぐにそう言ってくれた。
私の提案に、笑顔で賛成してくれた三人。
そんな三人に、私も微笑んでみせる。
久しぶりのピクニック。お弁当を持って、
自然がいっぱいの公園にみんなで行って……
お外なら何の心配なく、小さな虫とも遊べるだろう。
テントウムシだってきっとそこにはいて、
柚と愛もずっといっぱい笑えるはずだった。
「みんなでぴくにっく♪ ぴくにっく♪」
「えへへ……楽しみだねぇ」
「にちようび、はれてほしいです」
「そうだね……それじゃ、あとでみんなで照る照る坊主作ろうね」
静かになった部屋の照明を消して、
私たちはみんなでリビングに向かった。
賑やかに楽しく、日曜日の予定を話しながら。
END
- 久しぶりの子供ネタだ~ ほっこりするね -- (鯖猫) 2012-06-22 09:29:53
- 結婚ネタに家族ネタはいいわ〜。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-04 01:10:46
- ほんわかだねぇ -- (名無しさん) 2014-04-25 04:54:16
最終更新:2012年06月21日 00:33