私、平沢唯は今、とても困っているのでございます。
何に困っているのかというと、私の愛しのあずにゃんのことでございます。
なんだかよく分からないのだけど、なんか怒っているというか。
見た感じ普通なんだけど、どこかスネているというか。
だから、私が「なんか悪いことしちゃった?」って訊くと、なぜか余計怒って「なんでもありません!!」と言うのです。
なんでしょうこれは。反抗期なのかしら。
りっちゃん達に訊いても返ってくるのは「?」という答えだけだし、ムギちゃんはウフフウフフうるさいし。
 とにかく、そんな感じで、今日も楽しく、けれど少しもやもやする部活が始まるのです。
「今日のお菓子は、アップルパイですよ」
 ムギちゃんの声に、私とりっちゃんは、オー!!と歓声をあげた。
丁寧にムギちゃんが取り分けてくれたアップルパイを、私は丁寧に口に運び、悦る。
 アップルパイも食べ終わり、みんなと身のない話をダラダラと続ける、いつもの光景。
テェータイム中も、何度かあずにゃんのことをチラ見したけれど、特に怒っている、という様子はなかった。
「なーなー唯、ちょっと手見せてよ」
 そう思っていると、不意に隣に座っているりっちゃんが声をかけてきた。
「ん?手?なんで?」
「昨日、テレビで手相占いやっててさー。右手見してよっ。な」
 テレビか……。私は昨日は憂と2時間サスペンス見てたなぁ……。って、そんなことはどうでもいいか。
「はい」
「おー。……って、生命線長っ!!ちょ、唯、お前長生きするぞ!!」
「えっ!嘘!?ホント!?やったー!目指せ200歳ー!!」
「いや、200はいきすぎ。……ほら、澪も見てみろ、これ」
 と、りっちゃんは私の右腕をとり、澪ちゃんに私の手のひらが見えるように突き出した。
その途端、どこかで小さく「あっ」という声が聞こえたが、気のせいかな。
「えー?どれど……、うわ!?ホントだ!?ちょ、ムギ!!」
 と、今度は澪ちゃんが私の右腕を掴んだ。なんだろう。私されるがままな気がする。
「ん?……あら、ホント。唯ちゃん、すごいわねぇ」
「えー?えへへ。そーかなー」
「私にもその生命線分けろよ唯ー」
「じゃありっちゃんの頭脳線ちょうだーい」
「やだよ。これ以上アホになったらどうしてくれるんだ」
「いいじゃん。りっちゃんらしくて」
「なんだとうっ」
 りっちゃんが私に軽く拳を投げてきた。私はそれをひょいっと華麗に避ける。
それから、わいわいとりっちゃんと私で取っ組み合いが始まる。いつものことだ。1年のときからこんな調子なので、特に違和感も何もない。
 でも、ひとつだけ、いつもと違った。
 突然、ガタッと椅子の足と床が擦れる音がしたかと思うと、早足であずにゃんが私たちに近づいてきて、
「……の……て……ください……」
「ふぇ?」
 伏せながら言うあずにゃんの言葉に、私は訊き返した。
「私の唯先輩に、触らないでください!!」
 予想もしない答えが、返ってきた。
その答えは、部室中に響き、澪ちゃんは持っているフォークをカランと落とし、りっちゃんは掴んでいる私の両腕を離して、ムギちゃんはキマシタワーとか言ってる。
 私は、少し涙目なあずにゃんの目を見つめ返した。
「唯先輩!!」
「ふあい!?」
 そうしていると、急にあずにゃんが私を呼んだ。
「唯先輩は、唯先輩は、私のこと―――好きなんですか!?」
「えっ!?」
 なんでそんなことを。
そんなの、当り前じゃない。
「じゃあ、じゃあ、どうして他の先輩たちと仲良くするんですか!?取っ組み合うんですか!?」
「……え」
「それ、それを見るたびに私は、唯先輩とのこと不安になって、恐くて、でもみんなに好かれてる唯先輩も大好きで、どうしようもなくて、複雑で、」
 ……ああ、そっか。だから怒っていたのか。
「分かってくれるって思ってても、分かってもらえなくて、そのせいで八つ当たりもして、」
 全部、私のせいだった。
「こんなんじゃだめだって思ってても、我慢できない自分がいて、もう、私、どうしたら……」
 私が、あずにゃんを、苦しめていたんだ。
「…………あずにゃん、ごめんね」
 これって、罪だよね。
だって、こんなかわいい後輩を、恋人を、私が鈍いせいで困らせて。
だから、
「気付かなかった。気付いて、あげられなかった。ごめん。……ごめん、ね」
「……せん……ぱい……」
 だから、この罪は、一生かけて償うよ。
これからは、気をつける。特別な事情がない限り、他の人のこと、触ったりなんかしないよ」
「……え……?」
「あずにゃんに触れられるだけで、私は十分だもの」
「あ……、せん、」
 言い終わる前に、私はあずにゃんを抱きしめた。
小さな身体と、温もりが愛しくて、もっとぎゅっと抱きしめたら、あずにゃんもそれに答えるように、ぎゅっと抱き返してくれた。
 そんな私たちを、部のみんなは少々呆れ気味に、けれど優しく見守ってくれていた。
ムギちゃんはビデオのレンズ越しに見守ってくれていた。
―――
 それから、私はいわゆる“あずにゃん専用”になった。
りっちゃんも空気を読んで、私にスキンシップをして絡んでくることはなくなった。
その分、私はあずにゃんにスキンシップをするようになったけど。……まぁ、前からだし、いいよね。
 今回のことは、私たちが付き合っているのに、いつも通りの接し方をしたからだと言って、なぜか他のみんなが謝ってくれた。本当に悪いのは、私なのに。
 でも、こんな良い人たちに囲まれて、きっと私は幸せなのだろう。
そう思いながら、今日も愛しいあずにゃんの、小さな背中を追いかける。
それは、償いでもあるけれど……。単純に、私の愛情表現でもあるから。
「あずにゃーんっ。今日もかわいーねー」
「わぁ!?……唯先輩、急に抱きつかないでくださいよ……。心臓に悪いです」
「えへー。ごめんね?」
「もう……。…………えへへ」

おわり


  • なにこれ最高 -- (裁きの龍) 2010-10-17 02:34:13
  • さすがに触らないでくださいはないと思うんだけど -- (名無しさん) 2011-09-09 13:19:02
  • これはいいね。ニヤニヤが止まらん。 -- (エアポート快特成田空港行き) 2012-01-07 12:27:36
  • さすがにいきすぎだよ -- (名無しさん) 2012-10-23 20:21:14
  • あずにゃん専用 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-21 18:27:42
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最終更新:2010年01月17日 11:55