『お小言ラブソング』


「そんな事言わないでください!私は唯さんとは違うんです!」

思わず唯さんに怒鳴ってしまった
唯さんと二人っきりでスタジオに残り、今度のレコーディングの打ち合わせをしている時だった
その頃の私は一言で言うとスランプというやつで、自分の才能の無さに嫌気がさしていたのだ

唯さんがキッとこちらを睨んだ、本気で怒っている目だ
もう約10年同じバンドでやってきたけど、こんな眼差は一度しか見たことがない

あずにゃんさんや、ちょいと聞きなさい」

「は、はい」

「いい?
私、高校で軽音部入る前は何にもやりたい事なくって、無為な日を過ごしていたんだよね
高校入学した頃、和ちゃんに将来ニートになるって言われた事だってあるんだよ?
軽音部で皆と出会ってギー太を弾く事になるまではね」

???
なんだか今の状況にそぐわない話をし始めたので私はちょっと混乱した

「最初はギー太のことが可愛くって、私の演奏でギー太が歌ってくれるのが楽しくって
それだけだったんだよ
だから、みんなと音を合わせるともっと楽しいって事を知ったときには
すっごっく驚いたし
すっごっく嬉しかったの

練習にはあんまり熱心じゃなかったかもしれないけど、それでも少しずつ上手くなって
その喜びを音にのせられる様になると、軽音部やクラスのみんなも喜んでくれたから
私はそれが嬉しくって、今まで以上に音楽が大好きになったんだよ

そんな素敵をくれた音楽やみんなには本当に感謝してるよ
そして、その気持ちを歌にのせて伝えたくなったの
それは本当に素晴らしい体験だったよ
だって、大好きって気持ちには、大好きって気持ちが返ってくるんだもの

もし、私が人と違う部分があるとしたら、その頃の気持ちを今も忘れていないってだけ
私は音楽が好き、音楽が好きって言ってくれる人も大好き
だからその気持ちをどうにかして伝えたいっていつもいつも思っているよ

確かにあたしを指して天才っていう人もいるけど、私そんなに頭いい?
どちらかというとちょっとおバカさんじゃない?
確かに手先はちょっと器用で、難しいフレーズをあっさりと弾けちゃう事なんかもあるけど
今私たちがいるレベルなら、そんな事ができる人は珍しくないよね?

ただね、これだけは他の人にも負けないって自慢できる事が一つだけあるよ
私は今まで色んな人に助けられたり励まされてここまできたの
私は色んな物や出来事に感動を貰ってきたわ
そういう事に対する嬉しさや感謝の気持ちは絶対忘れない
そしてそれに応えられる私のたった一つの方法はその気持ちを音楽に込めて
伝えることだと思ってる
大切なのはそういう気持ちを忘れずに持ち続ける事じゃないかな

確かに力足りなくて、悔しい思いをした事や、くじけそうになった時だってあったけど
でもそんな時に私を支えてくれたのはあずにゃんじゃない

高校の頃、あずにゃんが軽音部に入ってくれて、あずにゃんのギターを聞いた事で
ギターの世界が今まで私が知っていたよりもっともっともーーっと奥が広いって分かったよ
あの時はあまりの奥深さにめまいがする思いだったんだよ
あずにゃんのおかげで、私の演奏も少しはましになれたんだよ

あずにゃんは、自分に特別な才能が無いって思ってるのかもしれないけど、そんなことは無いよ
あずにゃんのギターが入るだけで放課後ティータイムの音はぎゅっと引き締まるし
なにより、その長年愛用しているむったん
私マスタングからあんなにキラキラしたサウンドを奏でる人は他に知らないよ

あずにゃん!
あずにゃんは私の最初のロックスター、そしていつだって一番のロックスターだよ!

あずにゃんが完璧を目指しているのは知っている
そんなあずにゃんを私は尊敬してるよ

でも、でも
お願いだから一人で悩まないで
私たちいつだって支えあってきたじゃない
お願いだから一人で行こうとしないで
私たち二人三脚でやってきたじゃない

私にできてあずにゃんにできない事
あずにゃんにできて私にできない事

お互い足りないものを埋めてきたじゃない

私にはあずにゃんが必要
あずにゃんには私が必要じゃなくなった?

それならば、悲しいけどしかたないね

でも、そうじゃ無いのならこれからも一緒に手をとりあって歩いて行こうよ
誰かと共に歩んでいけるって、それだけで素敵な事じゃない?」


「唯さんが必要ないなんて、そんな事有るわけないじゃないですか
そんな意地悪なこと言わないでくださいよ、ずるいですよぅ」

私はそのとき、すでに半泣き状態だった

「あずにゃん、ごめんね
 でも、分かってくれた?」

「もう一度、がんばります・・・」

「それでこそ、私のあずにゃんだ」

そういうと、私を引き寄せ胸に抱え込んで、頭をなでながら

「いい子、いい子」
「や、やめてください・・・」

コンコン
そのとき、扉を叩く音がして振り返ると、スタジオの入り口が開いて律さんが立っていた

「りっちゃん!」
「律さん!」

唯さんも相当驚いたようだが、それでも私を隠すようにすっと前に立ってくれた

「あれ~?律ちゃんどうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ
 お前だろう。今日の夜は予定空いてるから久しぶりに
 皆で食事にでも行こうって言ったのは」
「あっ~そうだったねぇ忘れてたよ~」
「忘れたよ~じゃねぇ! まぁそんな事だろうと思って迎えにきたらこれだ」

唯さんの後ろで軽く顔を整えた私は律さんに聞いてみた

「り、律さん、いつからそこにいらっしゃったんでしょうか!」
「あ~~最初はギー太が可愛くって、ってあたりかな?」
「ほとんど、最初からじゃないですか!居たなら声かけてくださいよ」
「だって、何とかは犬も食わないっていうだろ?」
「なんとかって?」

唯さんのその台詞は二人して無視してしまった

「律さん、今見た事は他の方々のは内緒にお願いします」
「どうしようかなぁ。むぎなんか目を輝かせて聞きたがるだろうしなぁ」
「お願いしますよ~」
「あいよ、分かったよ。さぁ二人とも早く出かける用意、用意」

律さんに促されるまま、私たちは荷物の片づけを始めた
身支度をしていると律さんがこちらに近づいてきた
さっきの事でからかわれるのかと思ったが少し違った

「まっ唯ってやつは確かにでっかい器なんだけど、いかんせん蓋がない器なんだよな
 やっぱりそこに梓っていうお似合いの蓋があって初めて一人前なんだと私は思うよ」
「破れ鍋に綴じ蓋ですか・・・」
「そうそう、それそれ
 でも、でっかい鍋に合うのはやっぱりそれなりにでっかい蓋じゃないとね
 大変だとは思うけど、これからもよろしく頼むよ」

そういって私の頭をポンポンとなでる様に叩くと唯さんのところに歩いて行った

唯さん、律さんはああ言うけど、私は自分の才能に自信がもてない
けど、一番評価して欲しい人がああ言ってくれるのだ
私は私のやれる事を全力でやり尽くそう、その先に誇れる自分が居ることを信じて



  • 唯、カッケー -- (名無しさん) 2014-04-25 05:28:55
名前:
感想/コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年07月12日 00:00