「…来たっ!!」
呼び鈴の音を耳にするや否や、私は玄関に向けてダッシュしていた。
そのままの勢いで玄関の扉を開け、すばやくサインを済ませ荷物を受け取る。
「えへへ……」
こみ上げてくる笑み。だって、仕方がない。注文してからこれが届くのをそれこそ一時千秋の思いで待ち望んでいたのだから。
思わずダンボールに頬ずりまでしそうになって、目の前でドン引きしている宅配業者の人に気付き、あわてて外行きモードに移行してぺこりと頭を下げつつお帰り願う。
間違いなく変に思われたのかもしれないけど、まあ、仕方がないよね。
さてと、ぼんやりしている場合じゃない。私は玄関に向かったときと遜色ない勢いで自室に戻ると、すばやくそして丁寧に梱包のダンボールを剥ぎ取った。
「……ゆいせんぱい♪」
思わずうっとりと、脳がとろけさせてしまいそうになる。
だって、パッケージの絵ですら、こんなに可愛いんだから、仕方がない。本当に、仕方がない。
「…いけないいけない、早く組み立ててあげなくちゃ……」
はっと意識を戻し、私は封を開ける。そのままとろけてしまってもよかったとは思うけど、それにはまだ早い。
どんなにそれが素敵でも、それはやはりただのパッケージなんだから。
……とろけるのは、ちゃんと唯先輩を組み立ててから、だよね。

いまさら言うまでもないことだと思うけど、私が手にしているのは唯先輩の新作フィギュア。
いつからだろう、こうして唯先輩のグッズを収集し始めたのは。
私の部屋は、気が付けば唯先輩でみっしりと埋め尽くされていた。フィギュアを始めタペストリーは勿論、マグカップ時計etc...
普段の私は唯先輩に包まれて過ごしているといってもいい。
ううん、本当のところ、これでもまだ足りないと思っているくらい。もっともっと唯先輩に包まれてすごしたいって、そう思ってる。
だから、新作が出るたびにこうしてぽちっちゃってるし――高校生のお小遣いではちょっと厳しいけど……唯先輩への愛のためならそんなこと、といった感じだ。
――唯先輩への愛、か。
本当に私は、いつの間にこんなに先輩のことを好きになっちゃったんだろう。

「……完成」
そうしている間に、取り出したときにはただのパーツだったフィギュアは見事な唯先輩へと変化していた。
ああもう可愛すぎるよ、唯先輩。
思わずぎゅーっと抱きしめそうになって、そうすれば壊してしまうかもとすんでのところで押さえ込んで、私はそうっと優しくそれにほお擦りした。
伝わってくるのは塩化ビニルの感触だけど、だけどそれが唯先輩をかたどっているだけでこんなに愛らしく感じてしまう。
本当に唯先輩は罪な人だと思う。
これだけじゃない、唯先輩の、と付くだけでそれは何でも私にとって愛すべき対象になってしまうんだ。
こうして、自分の部屋をこんなに唯先輩だらけにしてしまうほどに。
「えへへ、ゆいせんぱい……」
ふわっととろけるままに、私はその行為へと没頭する。
頬ずりされるままのフィギュアは何の反応も返してくれないけれど。フィギュアだから、それは当たり前のことなんだけど。
だけど、それは間違いなく唯先輩の形をしている。その形で、私に頬ずりされている。
それが私にはとても嬉しくて、そして幸せだと感じていた。
「だいすきです……ゆいせんぱい」
そして、その言葉を口にする。いつものこと。唯先輩を前にして、私の気持ちが最高までに昂ぶった時にいつも私はその言葉を口にしてしまう。
そのとおり、私は大好きだから。唯先輩のことを大好きだから。
こんなにも、その人形までに愛の言葉を囁いてしまうほどに。

ことり、と。満足した私は新しい唯先輩をあらかじめ用意していたスペースに設置した。
たくさんの唯先輩がならなんでいる中に、また新たにちょこんと鎮座した新しい唯先輩。
それを満足げな眼差しで眺め、そして私は小さくため息をついた。
「……唯先輩」
小さく、先輩の名前を呟く。それはまるで求めるように。こんなにたくさんの唯先輩に囲まれているのに、私はそれでもいつもそのときにはそう呟いてしまう。
それもまた、仕方ないことだと思う。
愛でているそのときにはどこかに行ってしまっているけど、めくるめくというべき妄想に浸っているときには忘れてしまっているけど。
本当に私がそう呼びかけるべき人は、この何処にもいないんだってこと。
こんなに好きなのに、こんなに愛しているのに。唯先輩のことを、おそらく私はそれ以上を知らないほどに、大好きなのに。
だけど私は結局、それを伝えることは欠片たりともできていないんだ。
「大好きです、唯先輩」
あの人がいないところなら、あの人じゃないあの人になら、こんなに簡単に言う事ができるのに。

「私もだよ、あずにゃん

ほら、妄想でなら簡単に、その返事を――って、あれ?
それにしては、今のは明瞭過ぎない?だって、私の妄想なんかじゃ本当の唯先輩の声を再現しきれなかったのに。
どんなにうまくできたと思っても、次に唯先輩の声を耳にしたときにぜんぜん駄目だと思わされていたのに。
だけど今の声は、そんなんじゃなくて本当に――

――唯先輩が、そこにいるような。

「うん、いるよぅ」
ひょこっと、そんな擬音を立てて私の視界に唯先輩の顔が現れた。
見間違えるはずのない、確かにそれは唯先輩の顔で。
そして私がそれを疑う隙すら与えずに、先輩はいつものように私をぎゅうっとだきしめ、その感触でこれが現実であることを教え込んでくれた。
「ゆ、ゆゆゆゆゆ……っ」
「ゆ?」
まさにパニック状態というべき私に、唯先輩は小さく首を傾げてみせる。それもまた可愛くてどうにかなってしまいそうだったけど、それ以前に私はどうかなってしまいそう。
とりあえずなんでこんなところに唯先輩がいるのか、さっきの言葉をひょっとしたら聴かれてしまっていたのか、それより私の部屋のこの状態を先輩に見られてしまったのか。
ああもう、私はどれに驚いてどれを心配すればいいの。
そして私を包む唯先輩のぬくもりは、懸命に思考を整理整頓しようとする私からふわっと力を吸い尽くして、うやむやにしてしまおうとする。
それはそれで幸せだと思うけれど、だけど浮かべた懸案が全て致命的というこの状況で、それに浸ってしまうわけにはいかない。
「ど、どどどど、どうしてここにっ!」
「んー?」
回らない舌で、それでも懸命に紡ぎ出した質問に、先輩はほよっと笑みを返してくれた。
「あずにゃんをびっくりさせようと思ってね、連絡なしで遊びに来てみたんだけど」
――ええ、それはもうびっくりしましたよ。大成功です、先輩。
「チャイム鳴らしても誰も出ないし。いないのかなって思ったけど、玄関の扉開きっぱなしだったから」
――はい、荷物の受け取りは、家族が誰もいないタイミングにしましたから。ああ、そっか、フィギュアを愛でるのに夢中になって、チャイムの音に気が付かなかったんですね、私。
――そして荷物を受け取ったまま、玄関の扉を閉めるのすら忘れていたんですね。
「悪いかなって思ったけど、何かあったらいけないと思ってそーっと入ってみたの。するとね……」
――自室でフィギュアを愛でる私を見つけたというわけですね。
「うん、そういうこと!」
先輩はにこっと、元気にそう頷いて見せた。

最悪だ、と私は思う。
私はこれを誰にも知られないようにずっと隠していたから。
誰かが遊びに来てくれたときも、唯先輩が来てくれたときでさえ私は通すときはリビングにしてて。
親には所謂思春期の女の子的な理由をつけて、部屋には一切入らないでねと不在のときは鍵までかけて。
ずっとそうしてきたのに。
誰にも知られたくなかったのに。
なのにどうして、一番知られたくなかった唯先輩が今ここにいるんだろう。
ううん、唯先輩はちっとも悪くなくて、すべて私が悪いんだけど。
だけど、できれば何かの間違いであってくれればと、そう願わざるを得ない。
だって、だって――

思いの丈をぜんぜん伝えられていないくせに、それから逃げるように部屋がこんなになるまでそのグッズを買い漁って。
その目の前ではただの後輩ですなんて顔をしてるくせに、部屋に戻れば妄想や空想の中の先輩といちゃいちゃしたりして。
それを愛だなんて言っちゃったりして。
そんな自分を傍から見たときどう映るかなんてこと、ずっとわかってた。それでもやめられないほどの甘美さが、ここにあったから。
私はずっとずっと見つからないようにそれに耽って来たのに。

「気持ち悪い、ですよね。私」
「へ?」
先輩はきょとんと、聞き返してくる。
「いいんですよ、そんなに気を遣わなくても。自分でもわかっていたことですから」
「あずにゃん?」
抱きついたままだった先輩をぐいっと引き離して、私はくるっと背を向けた。
先輩は優しいから、それでも何もなかった振りをしてくれるんだろうけど。だけど、それに甘えてちゃいけない。
ううん、今まで散々甘えてきたのに、これ以上先輩に甘えるのは駄目だと思う。
「普段真面目ですって顔をしてるくせに、裏ではこんなことをしてる子なんです、私」
先輩が知らないことをいいことに、そのスキンシップに時によこしまな思いを抱いてさえいたくせに、可愛がられている後輩ですなんて位置に居座ったりしていて。
「幻滅しましたよね。いいえ、軽蔑しちゃってもいいです。私は、先輩が知らないからって…こんなことずっとしてたんです」
だから、こんな私のことなんて嫌いになってくれちゃっていいんです。
本当はそんなこと、世界の崩壊と引き換えにしてでも、実現させたくないことではあるけど。
だけど。先輩の立場になってみれば、こんな私がいること自体、許せないことのはずだから。
「だから、遠慮なんてしなくてもいいんです。私のこと嫌いだって、そうなったって……」

「あずにゃん」
遮るように先輩の声が響いて、それは今まで聴いたことのないほど力強いものだったから、私は思わずびくりと肩を震わせて言葉を途切れさせてしまっていた。
同時に肩を掴まれ、私の体はくるっと反転させられてしまう。背中を向けていた先輩と、向き合うような形へと。
「そんなこと、言わない」
らしくないほどそうはっきりとした口調で続けた唯先輩の顔は、怒ったように少し眉が吊り上げられていて。
「そんなこと言わないよ」
そして、すぐにふわりと私のよく知る優しい笑顔へと変わってくれた。
「え……っと」
だから、私は戸惑う。だって、先輩はそうじゃなくて、怒って私を突き放して帰ってしまうべきで。
だけど、先輩の口から出たのは、二回も続けて言ってくれたのはそんな私の言を否定する言葉だけ。そして、浮かべてくれたのはいつもの優しい笑顔。
私を知らない間にこんなになるまでとりこにしてしまった、その笑顔。
「もう、ちゃんと聞いてなかったんだね。さっき言ったよ、私」
「え、あの、何を……ですか」
それでもそう答えるしかない私に、先輩は少し呆れたように小さくため息を付いた。
「もう、私だって恥ずかしいんだからね。でも、何度でも言ってあげるよ。だって、あずにゃんがそう思ってくれているようにさ」
そこで、はっと思い出す。私が呟いたあの言葉、正確にはそれは先輩に向けられたものではなくいつもの独りよがりなそれだったのだけど。
それを耳にした唯先輩が、どう返してくれたのかを。
でも、だとすると、それは――そんな都合のいい話があるはず、あるはず――
「私も、だよ。私も、あずにゃんのことが、あずにゃんに負けないほど」
あるはずないのに。こんな私が、先輩にそんなこと期待しちゃいけないのに。
だけど、唯先輩は、おそらくは私の知る中で最高の笑顔を浮かべながら
「大好き」
そう、言ってくれた。

「ゆい……せんぱぁい……」
熱いものがこみ上げてきて、溢れ出した。それをこぼさないよう残らず受け止めてしまうかのように、先輩は強く私を抱きしめる。
ぬくもりとやわらかさと優しさで、私の全てを包み込んでくれる。
今までたくさんの唯先輩に囲まれてきたけど、一度たりとも味わうことのなかったその感覚を、私に与えてくれる。
「うそじゃ……ないですよね……だって、わたしぃ……」
「何度でも言うよ。私は、あずにゃんのことが好き。大好き。世界で一番、大好き」
「だって、わたし……こんな」
「それだけ私のことが好きってことなんだよね?」
泣きじゃくる私の耳元で、先輩は優しく囁き続けてくれる。まるで、駄々をこねる子供をあやすように。
私のことが好きだってことを、私に思い知らせるように。時々私の耳を軽く甘噛みして見せながら。
「だから、嬉しいよ。私今、とっても嬉しいんだよ、あずにゃん」
「はぅ……」
だから私は溶かされてしまいそうになる。ううん、きっと私はとっくに溶かされて、もうとろとろになってしまっているんだろう。
「でも、ちょっと嫉妬しちゃうかな……だって、あずにゃんあんなに可愛がってるんだもん、私のフィギュア」
「そ、それは……唯先輩のだから、です」
「それはわかってるけどさ」
くすりと先輩が笑う。
「だから、あずにゃん。もう一回聞かせてよ。さっきから私ばっかりで、なんかずるい」
そして少しだけ身を離して、それだけの距離を作ってじっと私の目を覗き込んでくる。
私の大好きな、今はじゅんと潤ってそして柔らかな熱を帯びた、その瞳で。
それが何を望んでいるのかわからないほど、私は鈍感じゃないつもりで、それはすぐにわかったのだけど。
こんな私がそれを口にしてもいいのかなと、少しだけ迷った。
だけど、きっと、こんな私だからこそ、それを口にしていいんだと、先輩はそう伝えるようにゆっくりと目を閉じてくれたから。
「私も、大好きです。先輩のこと、先輩に負けないくらいに大好きです。世界で一番、先輩を――貴方だけを愛してます」
そう言って、待ち望んだ距離、きっと今は待ち望まれているその距離をゼロにした。

(終わり)


【おまけ】


――という妄想をした。
いや、我ながら空しいとは思うんだけど。だけど、仕方がない。
だって唯先輩はそれくらい可愛くて、可愛すぎて、どうしようもないくらい大好きなんだから。
はあ、これが現実だったらよかったんだけどね。
そうはうまくいかないよなあ……実際は、ドン引きされて終わりだよね。
「大好きです、唯先輩」
なんて妄想をまねて呟いてみても、返事が返ってくるわけ――

「私もだよ、あずにゃん」

――え?

(以下再現)


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最終更新:2010年02月02日 10:54

*1 ((;゜Д゜