最近私は、ムギ先輩のことが気になっている。
今まであまり絡むことがなかったし、唯先輩たちが部室にあまりこなくなったというのもあり、急激に距離が縮まったからだ。
ギターのことを聞いてきたり、スキンシップをしてきたり…ムギ先輩が近づいてくるたびにドキドキしてしまう自分もいたりして。
ムギ先輩といると意外な一面が見れる。そばにいるといい匂いもするし…本当に、ドキドキしちゃうんだ。
紬「梓ちゃん!」
梓「ムギ先輩!今日もギター弾いてみますか?」
紬「ごめんね、今日は用事があってすぐに帰らないといけないの…ギターはまた明日教えて?」
梓「そうなんですか…じゃあ、また」
今日は一人か…少しギターの練習して帰ろう。
夕日の差し込む部室で、椅子に腰かけて考えるのはムギ先輩のこと。
美人で穏やかで好奇心が強くて優しくて、だから抱きしめられるとドキドキしてしまうんだ。そう、ドキドキ…
抱きしめられるのってドキドキすることだっけ?ホントはもっとあったかくて、落ち着くものなんじゃないの?
お母さんに抱きしめられてドキドキなんてしない。胸の奥がほんわかして、すごく落ち着く。
それと同じ感覚を私に教えてくれたのは…
梓「唯先輩…」
最近、唯先輩は私に会うたびにすぐ抱きついてくる。
それは私にとってあまりに普通のことで、軽くあしらってしまうのだ。
…私は唯先輩に抱きつかれることをうっとおしく思ってるのかな。唯先輩に抱きしめられてもドキドキなんてしないし、あぁまたですか、という感想しか湧かない。
でも、この世であんなにも私を自然に抱きしめてくる人なんて他にいない。
自分の体を抱きしめられるのをあんなにも自然に受け入れられるのは、唯先輩以外にいないんだ。
ムギ先輩に抱きしめられるとドキドキする。いい匂いがする。
…だけど、唯先輩にされるように落ち着くことはできない。あんな風にあったかくて、自然な気持ちにはなれないんだ。
梓「唯先輩…」
唯「なあに?」
梓「…っ!!」
ポツリと呟いた名前に返事を返されて、私は椅子から転げ落ちそうになる。まったくもう、どうしてこの人はこう神出鬼没なんだろう。
唯「こんにちは
あずにゃん!久しぶりにムギちゃんのお菓子を食べに来たんだけど…一人だけみたいだねぇ」
梓「ムギ先輩は用事で早く帰りました…ていうか勉強はいいんですか?」
唯「うん、今日はのんびりする日ってきめてるから!」
梓「はぁ…」
…なんだかこの感じ久しぶりだな。唯先輩のマイペースな発言に呆れるのも、こうして近くで唯先輩の顔を見るのも。
梓「……」
唯「あずにゃん?」
梓「…唯先輩は」
唯「?」
梓「唯先輩は、私に抱きつく時どういう気持ちなんですか?」
唯「へ?」
梓「私は…私は唯先輩に抱きつかれても何とも思わないです。ムギ先輩にされるみたいにドキドキなんてしないです。でも、唯先輩に抱きつかれると私は…」
唯「あずにゃん」
梓「…?」
唯「私はね、抱きつきたいから抱きつくんだよ」
梓「え…?」
そう言うと、唯先輩は私を抱きしめた。それは何十回、何百回と繰り返された行為で、いまさら特別な感覚なんてない。
唯先輩の感触は私の体に染み付いて、すっかり普通のものになっていたから。
唯「私はあずにゃんに抱きつきたいから抱きつくの。それ以外にはなんにも考えてないよ?」
梓「…なんですかそれ。完全に本能で動いてるみたいです」
唯「えーっ、だってあずにゃんはこんなにちっちゃくてこんなにかわいいんだよ?それだけで十分だよ!」
梓「はいはい、それは光栄です」
唯「うー、なあにそれー!?聞いてきたのはあずにゃんなのに!」
そう、私にとって唯先輩に抱きしめられるのは普通のこと。そう思えるのはきっと――
唯「…でもね、あずにゃん」
梓「はい?…きゃっ」
私を抱きしめる唯先輩の腕に、急に力がこもる。それは驚くほどに強く、そして弱々しく感じられた。
唯「…私ね、あずにゃんがムギちゃんに抱きつかれてるの見るとね、その…」
梓「……」
唯「…やきもち、やいちゃうの」
梓「唯先輩…」
唯「ムギちゃんに抱きつかれて赤くなってるの見ると…もやもやする。今まであずにゃんに抱きついてきたのは私なのに、って」
梓「そう…ですか」
唯「あずにゃんを取らないでーって言いたいけど…二人とも仲良しだもんね、私は何にも言えないよね」
梓「…だったら、ずっと離さないでいればいいじゃないですか」
唯「え…?」
梓「私が他の人に抱きつかれるのが嫌なら…ずっと私を離さないでいればいいんです。私は逃げも隠れもしませんから」
唯「え、でも…」
梓「だから!私はもう唯先輩に抱きつかれるのは普通なんです!
いまさらどれだけ抱きつかれようが締め付けられようが何とも思いません!好きなだけ私のそばにいればいいじゃないですか!」
唯「あずにゃん…」
…あ、あれ?今私なにを言ったの?なんかとんでもないことを口走ったような…き、気のせいだよね?
唯「じゃあ…ずっと、一生、死ぬまであずにゃんのそばにいてもいいの?」
梓「…か、勝手にすればいいです」
唯「いつでもどこでも好きなだけあずにゃんに抱きついてもいいの!?」
梓「べべ、別に私は何とも思いません!!」
唯「わーい!じゃあずっとずっと、ずーっと一緒にいようあずにゃん!」
梓「…ちょ、あ、あぶなっ…も、もう!」
――私は唯先輩に抱きつかれてもドキドキしない。うっとおしく感じることすらある。
でもそれはとても自然で、呼吸をするのと同じくらい当たり前のこと。
そう思えるのはきっと、この胸の奥に唯先輩への確かな気持ちがあるから。
おわり
- すごく良い -- (名無しさん) 2010-08-12 03:29:28
- これはムギ確信犯か?? -- (名無しさん) 2010-11-09 23:01:52
- ムギ先輩はまさかここまで見スコして? -- (あずにゃんラブ) 2013-01-17 23:14:57
最終更新:2010年07月13日 22:53