「ふぅ…あとは固めるだけで完成、か」
こんな時間に何をやっているんだろう、私は
型に流した『それ』を冷蔵庫に入れて今日、いや昨日の事を思い返す
あの人も私も、本当に、バカなんじゃないだろうか
いくら食い意地が張ってるからといってあんな変装までして
私は私で、そのちょっと寂しげな表情にほだされちゃってこんな時間になるまで…
「本当に、大馬鹿です」
小さく呟いた後、使った調理器具を片付ける
明日、これを渡したら驚くだろうか、喜んでくれるだろうか
私の記憶の中にあるあの人の表情からしっくり来そうなものを探してみる
ちなみに昨日の
放課後の表情はこうだ
「…ということで誰かおねえちゃんにチョコあげてください…」
珍しく憂が部室に来たと思ったらこんなことをのたまった
バレンタインも3日ほど過ぎた日のこと
そういえば当日は私やムギ先輩にチョコをねだってきた
てっきりムギ先輩は用意してくるものだと思っていたが、「ごめんなさい、今年は用意してないの」
と申し訳なさそうに手を合わせる、その時一瞬視線が私に向いているのを見逃さなかったが
とりあえず見ていない振りをした
私も今年は用意してませんごめんなさい
翌日は澪先輩や律先輩にもたかっていたが軽くあしらわれたようで
その日は
帰り道でもションボリしていた
そして時間を元に戻して昨日の放課後、ついには憂までもがチョコをねだりに
当然自分ではなく姉のためだが、部室まで訪ねてきた
そこまでするなら憂があの人にあげればいいのに…
当然の疑問が浮かんできた所で、私は憂の首元の違和感に気づいて眉をひそめる
タイが…青い…?まさか
「はぁ…」ドサッ
自室まで戻ってベッドに倒れ込みながら、バレンタイン当日~昨日の放課後の出来事ダイジェスト版を終わらせる
全くあの人は、妹に変装してまでチョコが欲しいだなんて
呆れて物も言えない
おかげで私はこんな真夜中にチョコを作るはめになってしまったのだ
でも仕方ない
だってあんな顔をされたら、あげないわけにはいかない
みんなに嘆願してる時、一瞬視線が私に向いているのを見逃さなかったんだから
だから、仕方ない
とりあえず見ていない振りをしておいたのも、仕方ない
びっくりさせたいんだから
その後、表情がキラキラと輝いていくのを、一番近くで見ていたいから
だから、
「仕方ないですね、唯先輩」
目を閉じる
決戦は木曜日
2月18日
授業が終わり、掃除も済ませた私はカバンを引っ掴んで教室を後にする
早く行かないとみんなが集まってしまう
できればこれは二人きり、という状況で渡したいのだ
我ながら上出来、といってもいいものが出来上がった
だから一番最初にあの人に見てほしい
あの人にだけ見てほしい
逸る気持ちと暴れるカバンを押さえて階段を登り部室のドアの前で息を整える
どうかあの人が一人で居ますように!
「こんにちは」ガチャ
「あ、あずにゃんやっほ~」
とりあえず第一関門は突破し、思わずホッとする
「他の皆さんはまだですか?」
「なんか澪ちゃんもりっちゃんも、ムギちゃんに引っ張られてどっか行っちゃった。野暮用だって言ってたよ~」
い、今は深く考えないでおこう。それよりも
「唯先輩に渡したい物があります」
そう言ってカバンの中に手を突っ込み、小さな紙袋に入ったそれをちょっと振ってみて確認する
よし、割れてない
「昨日憂がここに来て言ってたんですよ、先輩がチョコ欲しがってるって、憂が」
「へ、へぇ~そうなんだ。もう憂ったらみんなに言わなくてもいいのにね~私そんなに飢えてないよっ!」
そうですかそうですか、まぁ…いいでしょう。そっちがそう来るのなら
「じゃあこれはいりませんね」
カバンの中から先輩の顔の前まで突きつけた紙袋をもう一度仕舞う
その時両手で私の手首を掴んで唯先輩が私の顔を覗き込んできた
驚きと懇願の表情が入り交じったような、今にも泣きそうな顔だ
正直堪らない
「待って
あずにゃん!これはもしかしなくても!?もしかするの?」
「はい、先輩の推察通りです」
「あずにゃぁん…」
私から包みを受け取った先輩はみるみるうちに笑顔になって…
さぁ表情がキラキラと輝いてまいりました
いつもならここからハグのパターンですよ先輩
私はいつでもバッチこいです。さぁ来いやれ来い
抱きつくぞ すぐ抱きつくぞ 絶対抱くぞ ほら抱くぞ
「開けてもいい?あずにゃん!」
「え…?はいどうぞ」
おかしい、いつもならここで抱きつき攻撃が来るはずなのに
あれですね、チョコを見てその完成度に驚嘆してハグ。なかなかのシナリオじゃないですか
先輩の案、採用です
唯先輩は丁寧に包装を剥がし箱を開ける
「わ、すごい!もしかして手作り!?」
「もしかしなくても手作りです。お手製です。ハンドメイドです」
どうですか先輩、昨日夜遅くに急遽作ったにしてはなかなかのものでしょう
先輩のハグ、承認です
「じゃあ、いただきます!」
「はいどうぞ!……ってあれ?あ、はい。どうぞ」
先輩は喜び勇んでチョコに口を付ける
一口ごとに賞賛の言葉が送られるのは悪くない
悪くない、のだが
今欲しいのはそれじゃなくて
ああもう何でこういう時だけ抱きついてこないのだろうか
先輩の幸せそうな顔を見ていると、なんだかムカついてきたので
ちょっと意地悪をしてみることにした
「先輩、おいしいですか?」
「うん!やっぱりあずにゃんは天才だね!」
「ふふ、言ってみるもんでしょう?」
「うん!あの時みんなに言ってみて良かったよ!……あ」
全く、ツメが甘いですね唯先輩は
「何を言ってみたんですか?先輩」ペロ
「え、え~っと…それは…ってあずにゃん!どこ舐めて…」ビクッ
「指先にチョコが付いてたんで、取ってあげようかと。ダメですか?」ペロペロ
「ん…ダメじゃ・・・ない、けど」ピクッ
唯先輩の表情がどんどん蕩けていく
そろそろ頃合ですね、見せつけてやりましょうか
「そろそろ大丈夫かし…ら」ガチャ
「ふたりとも遅くな、なななななn」
「な、何やってんだ二人とも」
一杯一杯な唯先輩に変わって私が挨拶をする
「みなさん遅かったですね」シャブシャブ
「みんな…ぁ…」ビクンビクン
まだ喋る余裕があったんですね
これは由々しき事態です
指だけじゃなくてその口についたチョコも取ってあげないとですね
「きっキキキキキキキ!!!?」
「お前ら部室で何やってん…」
「計画通りぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっ!!!」バタッ
- 計画通りじゃねぇよ沢庵、でもGJ -- (名無しさん) 2010-03-03 20:03:57
- 沢庵は一体どこまでシミュレーションたててたんだろう -- (ぴー) 2010-07-24 23:14:42
- あずにゃん -- (名無しさん) 2011-05-13 17:36:03
最終更新:2010年02月28日 06:30