この間は唯先輩に酷い目に合わされました。
本当に大変だったんですよ。しかも唯先輩は事後、そのまま寝ちゃうから。
朝母親が起こしにきたときには、あられもない姿の私とその横で満足そうにすやすやと眠る唯先輩という、もう言い訳しようの無い状況になっていたんですよ。
理解のある母で助かりましたけど。でもほどほどにね、なんて台詞はいただけません。
そんな台詞を言われるほど、やりこんでるわけじゃないですから。せいぜい週一くらいですよ、まったく。
というわけで。今の私は復讐モードです。やられっぱなしは性に合いませんから。
ちゃんと唯先輩にも気持ちよく……こほん。酷い目にあってもらわないと割に合わないです。
というわけで取り出したるは携帯電話。ダイヤルするのは、もちろん唯先輩の番号。
数回の呼び出し音の後、軽い音とともに唯先輩の声が耳に入ってきます。
「もしもし、あずにゃーん?」
「私
あずにゃん。今○×駅にいるの」
「へ?」
用意しておいた台詞を告げると、先輩の反応を待たずに通話を切ります。
これで第一段階は成功ですね。きっと今頃恐怖にがたがた震えている唯先輩がいるに違いありません。
あとは少しずつ距離を縮めながら、電話をかけ続けていくだけです。
ふふふ、唯先輩。増幅していく恐怖をじっくり味わってくださいね。
「もしもし?」
「私あずにゃん、今○×店の前にいるの」
「あ、うん」
次はこのあたりで、と。
「あずにゃん?」
「私あずにゃん、今○×公園の前にいるの」
「あ、そうなんだ……」
そんなことを繰り返しつつ、いよいよ唯先輩の家の前。
どことなく唯先輩の声に恐怖の色が足りてない気がしますが、まあ、
これからが本番ですから。
さすがの唯先輩も、自分の家に入り込んだ怪奇現象に恐怖を感じないわけが無いですからね。
それじゃ、行きますよ。
「もしもーし、あずにゃん?」
「私あずにゃん。今唯先輩の家の前にいるの」
「うん、知ってるよ」
へ?
私はきょとんとして、電話を切るのも忘れて立ちすくんでしまいました。
だって、電話のスピーカーから聞こえるはずの先輩の声は、確かにそれからも聞こえてきたけれど、それよりもっと鮮明な声で――
私の背後から聞こえてきたんですから。
「いらっしゃい、あずにゃんっ!」
「ひゃうっ!?」
振り返る暇も無く、私の体はぎゅうっと抱きしめられていました。
そのぬくもりも、においも、やわらかさも、全部私のよく知ってるもの――唯先輩のものです。
「ゆ、唯先輩?」
「んう?そうだよ?」
尋ねたら肯定が帰ってきましたから、唯先輩に違いないです。
だけど、なんで?だって唯先輩は私からの怪奇電話で震え上がってるはずなのに。
何でこんないつもどおりのままで、まるで私が来ることがわかっていたかのように、玄関先で私を抱きしめているんでしょうか。
「だめだよ、あずにゃん?私の真似しちゃ」
「な、なんのことやらです」
とりあえずとぼけてみましたが、唯先輩はお見通しといわんばかりに私の耳元でくすっと笑って見せました。
「対象の認識能力を上回る機動力を持っていないのなら、相手の行動圏内でうかつに自分の居場所を告げちゃダメだよ」
「う……」
「それに、あずにゃんのテンプレどおりなんだもん。それじゃ次は玄関先です、ってすぐわかるし」
「うぅ……」
「第一、ディスプレイに思い切り『あずにゃん』って出てるし。ちゃんと非通知にしなきゃ」
「あうぅ……」
唯先輩からだめだしされるなんて。しかも全部反論できません。完璧な計画だったはずなのに、です。
「それで、私が背後取っちゃったわけだけどさ」
「うー、降参です……」
悔しいですが。こうなってしまったら、最後のきめ台詞も使えないですし。降参するしかないです。
「ふふ、私の勝ちだね、あずにゃん?」
いつから勝負になったのかはわかりませんが、そういうことですね。
仕方ないです、今日はあきらめます。私の負けってことでいいです。
さあ、離してください。今日のところはすごすご退散しますから。
「ダメだよ?」
「え?」
ゆらり、と私を抱きしめたままの唯先輩の雰囲気が変わりました。
耳元で告げられた声に、ぞくりと背筋に寒気が走り、思わず崩れ落ちそうになってしまいます。
だけど唯先輩の両腕は、その動きすらも私に許さずにしっかりと私を抱きしめたままです。
「
ねえ、あずにゃん?あずにゃんはこのままうまく行ってたら、私になにをしようとしてたのかな?」
「そ、それは、ですね」
舌がうまく回りません。そもそも、それの元となる思考自体が唯先輩の声に押されるように、鈍く緩やかになっていきます。
だって、私を抱きしめ、動けないようにしている先輩は、まるで昨夜私を組み敷いたときのような――
「ねね、私の勝ちってことはさ……あずにゃんの負けってことだよね」
「そ、そうなります……けど」
ひざががくがくと震えだします。先輩に包まれて、捕まえられて、逃げられない私が、これからどうなってしまうのかわかってしまいましたから。
「だから、あずにゃんは何されても文句は言えないってことだよね?」
震えが止まりません。だって、これからされることは、きっと昨夜の焼き直しですから。
あのときのように、私は指先一つ動かせなくなるまで――何も考えられなくなるほどまでに、唯先輩に――
震えは止まりません。だけどそれは恐怖じゃなくて、ガタガタ怯えながら部屋の隅で丸くなるようなものじゃなくて。
「はい……そ、その……」
これから始まる目くるめくその時間に向けての、期待とか欲望とか懇願とか、そんな類のもの――です。
「なあに?あずにゃん」
くすりと唯先輩が笑います。いつものように、いつもよりもずっと熱を込めた眼差しで私を見据えながら。
「……してください」
私がそういうと、わかっていたよと、本当に優しく笑ってくれました。
「やっぱりあずにゃんは猫さんだね。私だけのかわいい子猫、だよ」
もう答える事もできずに、とろんと唯先輩の胸にもたれる私を、先輩は優しく抱きかかえてくれます。
「大丈夫だよ、いっぱいかわいがってあげるからね」