純「はー、3年の教室探検楽しかったね!」
憂「なんか新鮮だったねー♪それじゃ帰ろっか!」

まだだ、と私はグッと奥歯を噛み締めた。
確かに誰もいない教室をあれこれ見て回るのは楽しかったけど、私にはまだやり残したことがあるのだ。

梓「わ、私ちょっと忘れ物しちゃったから二人とも先帰ってて!」
純憂「?」

怪訝そうな二人を背にして私は再び3年の教室へと続く階段を駆け上がる。
3年生が、唯先輩がいない今だからこそできる、そして今しかできないことがあるから。

ガラガラ

梓「…まだ下校時間じゃないし、悪いことじゃないよね」

私は教室の扉に鍵を掛けると、ちょこんと唯先輩の机に座った。
窓際の、一番後ろの席。ここは先生から見えにくいし、授業中は居眠りばかりしてるんだろうなぁ…はは、よだれとか垂らしてそう。
そんで夢とか見て寝言を言ったりしてるのかな…例えばあずにゃん、とか。

梓「…唯先輩」

そこにいても会うことなんてできないってわかってる。
そのぬくもりを感じることなんてできないってわかってる。
甘えたような声を聞くことなんてできないってわかってる。

…それでも私は、ここにいたいんだ。


夕暮れの薄暗い教室の中。ぼんやりと机を眺めていると、ふと何か小さな文字が書かれているのに気がついた。
まったく唯先輩は…机に落書きなんて小学生ですか。と呆れつつ目を凝らしてその文字をよく見ると、そこには――

プルルル…

梓「…もしもし」
唯『あ、あずにゃん?やっほー♪』
梓「…ずいぶん早いですね」
唯『だって時間過ぎちゃうとあずにゃんが心配しちゃうでしょ?ホテルに帰ってきたら真っ先にするって決めてたんだー』
梓「…恋人に安全を知らせるのは当然です」
唯『そうなの?ていうかあずにゃん、なんか泣きそうな声してるよ?なんかあった?』

…唯先輩と電話で話していると不思議な感覚になることがある。
実際は離れたところにいるはずなのに、まるですぐ横で微笑んでいるような、そんな気になるのだ。
今だってそう。こんなに不鮮明な声なのにすぐに私の様子を見抜いてしまう。本当に直接話しているように。

梓「私いま、唯先輩の机に座ってるんです」
唯『え、そうなの?』
梓「…なんですかこの落書き。先輩には恥ずかしいとか照れ臭いとか、そういう感情はないんですか?」
唯『あらら、見つかっちゃったんだー。さすがにちょっと恥ずかしいかもー』


唯先輩はさほど恥ずかしそうな様子はなさそうにクスクスと声を上げた。
いつもと変わらないくすぐったそうな笑い声に、私まで微笑んでしまう。
なんとかさっきの泣きそうな声はごまかせたかな、と思ったところで、不意に唯先輩に問いかけられる。

唯『ね、あずにゃん』
梓「はい?」
唯『寂しくない?』
梓「……」
唯『私は寂しいよ。あずにゃんの顔も見れないし、ぎゅってしてあげられないし』
梓「…寂しいに、決まってるじゃないですか」
唯『そうだよね…ごめん』
梓「…別に平気です。私のことはいいですから唯先輩は修学旅行を楽しんで…」
唯『大丈夫だよ。私、あずにゃんのこと忘れたりしないからね』
梓「……っ」
唯『ずっとずっと、あずにゃんのこと考えてるから』

包み込むような優しい声に、思わず胸がいっぱいになってしまう。
どうしてこの人は、こんなに簡単に図星を突いてくるんだろう。
心配させたくないから必死で我慢してるのに、どうして簡単に私の気持ちがわかってしまうんだろう。

そしてどうして、私はこんなに幸せなんだろう…

梓「…唯先輩」


唯『ん?』
梓「私も…私もずっと考えてます。唯先輩のこと」
唯『うん』
梓「…早く会いたい。会って、ぎゅってしてほしいです」
唯『うん、帰ったらいっぱいしてあげるからね』
梓「…キスは?」
唯『もちろんしてあげる』
梓「そう、ですか。…えへへ…♪」
唯『あずにゃん、今顔真っ赤でしょー?』
梓「うん…だって嬉しいんだもん♪ねぇ先輩、今日の夜また電話してくれる?」
唯『当たり前だよ!皆に見つからないように頑張ってするね』
梓「無理はしないでくださいね?あ、あと」
唯『なあに?』
梓「…机の落書きに書いてあること…言ってほしいな」
唯『え、今?ちょっと恥ずかしいよ』
梓「言ってくれないと電話に出てあげません」
唯『えー?絶対出るくせにー』
梓「……言って?」

自分でも驚くくらいに、私の声は震えていた。その原因は、この教室に来る前から抱いていた不安な気持ち。
唯先輩と離れていることが、目の前で唯先輩の気持ちを確かめることができないことが、とてつもなく不安だった。
だからその落書きを見つけた時はとても嬉しくなった。そして同時に、その気持ちを強引にでも確かめたくなったのだ。


唯先輩はしばらく黙っていた。
それは何を言えばいいのかわからないから起きた沈黙ではなく、私のすすり泣く声が止むのを待っててくれていたから起きたものなんだと思う。

そして。

唯『あずにゃん』
梓「…はい」
唯『大好きだよ。ずっと一緒にいようね』
梓「……」
唯『あれ、あずにゃん?』
梓「…まったく呆れちゃいます。こんなこっぱずかしいことを机に書くなんて」
唯『うぅ、だってー…』
梓「…でも嬉しいです。すごく」
唯『そっか♪あ、皆戻ってきた!じゃあねあずにゃん、また夜電話するね』
梓「あ、あの!」
唯『え?』
梓「え、えと…だ、大好きです!!それじゃ!!」
唯『あずにゃ』

プツンと電話を切って、私は机に突っ伏した。

梓「だ、大好きとか言っちゃった…えへへ…えへ、へへへへ…♪ていうか、唯先輩と話せた…♪ふふ、ふふふぇ…」

今の私ときたら、にたにたと顔を緩ませながら机を抱きしめガタガタ揺らし、ゆいせんぱいゆいせんぱい、きゃー♪とぶつぶつ独り言を呟いていた。
もし知り合いの誰かが私の様子を見ていたらさぞ引くだろうな…

純「梓…」
憂「ちゃん…」

そう、例えば教室の入り口に立ち尽くす憂と純とか。


この学校の先生たちは意地悪だ。
修学旅行から帰ってきたばかりで疲れてるっていうのに、ホームルームや配布物があるという理由でなかなか家に帰してくれない。
早くあずにゃんに会いたいのにな…

唯「はぁ、疲れたー」
澪「帰りほとんど寝てたくせに…」
紬「でも教室に来ると帰ってきたって感じがするね♪」
律「だなー。」
唯「うぅ、そんな気しないよ!いいから早く……!!」
澪「唯?」
律「どした?机なんかじっと見て」
唯「…ムギちゃんの言う通りだね。ホント、帰ってきたなって感じがするよ」
紬「でしょ♪」
澪「そんなもんか?あ、ホームルーム始まるぞ」

疲労感漂う教室の中で、私は一人幸せな気持ちで一杯だった。
このホームルームが終わったら、真っ先にあずにゃんのところに行こう。そんで、力いっぱい抱きしめてあげよう。

『私も大好きです。一生離しません』

こんなこっぱずかしいことをでかでかと書くくらいに私のことを想ってくれるあずにゃんを。

END


  • 泣きました・・・ -- (べ) 2010-12-26 13:18:00
  • さすが唯梓は最高だぜ!! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 02:11:31
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最終更新:2010年05月12日 21:07