膝に軽い衝撃を感じて、私は目を覚ました。
少し寝惚けた頭で、いつの間に眠ってしまったんだろうと思い……
ぼんやりしたまま視線を下げると、唯先輩の頭が見えた。
唯先輩の頭が、私の太腿の上に乗っていた。
(……膝枕……)
ぼやけた頭にその単語が浮かび……
気がつけば唯先輩の頭を、私は撫でていた。
柔らかい髪の感触が心地よくて、自然と頬が緩んでしまう。
ちょっと前の私だったら、
恥ずかしがって決して出来なかっただろう振る舞い。
でも今ではもう慣れっこで、もし今唯先輩が起きていたとしても、
私は「しょうがないですねぇ、唯先輩は」なんて言いながらも、
普通に頭を撫でることができただろう。
それぐらい、唯先輩に膝枕をするのは当たり前になってしまっていたのだ。
始まりは、私の家で唯先輩とギターの練習をしたとき。
預かっていた
あずにゃん2号が、
私の膝の上で丸くなるのを唯先輩が見たのが
きっかけだった。
あずにゃん2号を見て、「羨ましい! 私も!」と突然叫んだ唯先輩。
最初は唯先輩もあずにゃん2号を膝の上に乗せたがっているのかと
思ったんだけど……羨ましく思っていたのは膝枕の方で。
あずにゃん2号がどいた後は、
今度は唯先輩の頭を太腿の上に乗せることになってしまった。
もちろん私は、「やめて下さい」って言ったけれど、
唯先輩が私の抗議をきいてくれるわけもなく……
それ以来、膝枕をねだられるのが当たり前になってしまったのだ。
(もうっ……唯先輩のせいですからね……)
こんなことに慣れてしまったのは……
と胸中で責めてみたりもするけれど。
でも本気で怒ることなんてできなくて……
結局私は、唯先輩の温もりに惹かれてしまっているということなんだろう。
思えば最初からそうだった。
軽音部に入部したばかりの頃、
先輩たちがただだらけているように見えてしまった私は、
「こんなんじゃダメですーっ!!」と怒ってしまったけれど……
唯先輩に抱きしめられたら、あっという間に力が抜けてしまって、
その温かさに頭はポーっとなってしまって。
最初から抵抗なんてできなくて……
それからはもう、抱きしめられるのが当たり前になってしまった。
口では「やめて下さい」なんて言うけど、
それだって恥ずかしいからというだけで。
本気で抵抗しようなんて、とても思えなかった。
気がつけばいつだって、唯先輩の温もりに包まれて、
喜んでしまっていたのだ。
「ほんとに……唯先輩のせいで……」
小声で呟き、唯先輩の頭を撫でる。
気持ちよさそうな唯先輩の寝息に、自然と笑みが浮かんでしまい……
ふと前を見た瞬間、私の笑みは凍りついてしまった。
寝起きでぼやけていた思考が一気に目覚め、
そして同時に、絶望する。
(そ、そうだ……わ、私たち……)
どうして今まで思い出さなかったのかと、私は激しく後悔した。
寝惚けていたとはいえ、何ですぐに気がつかなかったのか。
こんな……こんな大事なことを……
(電車に乗ってるんだった!)
絶望の叫びが、私の胸中に響き渡った。
今日は日曜日。都心の楽器店を二人で見に行った帰りの電車の中。
並んで座った私たちは、最初こそいろいろお喋りしていたけれど、
朝起きるのが早かったこともあって、いつの間にか眠ってしまって……
唯先輩が私の膝に倒れこんでしまって、その衝撃で私は目が覚めたんだ。
頭の中で状況が整理されても、現状が改善するわけはなくて……
唯先輩の頭は変わらず私の膝の上にあった。
気持ちよさそうな寝息がよく聞こえていた。
笑みを凍りつかせたまま、視線を動かすと……
向かいの席にいる、気まずそうな乗客たちの姿が見えた。
全力で天井を見上げている中年のサラリーマンに、
頬を染めて俯いている中学生ぐらいの女の子。
男子高校生の二人組みは、こちらをチラチラ見ては何かボソボソ話していて。
携帯電話から視線を外さない中年女性の隣には、
キラキラした瞳でこちらを真っ直ぐ見つめている幼い女の子の姿があった。
(お、起こさないと……)
いくら膝枕に慣れてしまっているとはいえ、
さすがに衆人環視の中で続けるのは無理だった。
恥ずかしさのあまり、これが羞恥プレイというものなんですね、
なんてバカなことまで考えてしまう。
「ゆ、唯先輩……」
小声で呼びかけながら、私は唯先輩の体を揺すった。
これぐらいで起きないのはわかっているけれど、
だからといって大声なんて出せるわけがない。
これ以上注目を集めてしまったら、
それこそほんとに羞恥プレイになってしまう。
「唯先輩、起きて……起きて下さい……っ」
小声で言いながら、何度も体を揺すった。
すると、唯先輩は小さく呻いて、
「……あずにゃん……もうちょっとぉ……」
そんなことを言った。半分以上夢の中で、
ここが電車の中であることにも気がついていないのだろう……
気がついていても、唯先輩だったら膝枕を続行しそうな気もしたけれど。
(もうっ、ほんとに唯先輩は!)
唯先輩の声が聞こえたのか、誰かが小さな声で笑った。
恥ずかしさに顔が真っ赤になり、
私はさっきよりも強く、唯先輩を揺さぶった。
「もうちょっと、じゃないですっ……唯先輩、起きて下さい……っ」
「んぅん……やぁ……あずにゃん……」
「唯先輩……っ」
「……いつもみたいに……ちゅー、してくれないと……やぁだぁ……」
「ちゅーなんてしたことないです!」
寝惚けた唯先輩の言葉に、思わず私は叫んでしまって……
一瞬、車内中の乗客の視線が私たちに向いたのを、確かに感じた。
はっとなって周りを見ると、皆不自然な姿勢で顔を背けていて……
ただ一人、向かいに座った幼い女の子だけが、
私たちのほうを見つめていた、
さっき以上に瞳をキラキラ輝かせて。
「あずにゃぁん……ちゅぅ……」
その言葉を最後に、唯先輩はまた深く寝入ってしまう。
私はもう何も言えず……ただ固まっていることしかできなかった。
静まり返った車内に響くのは、電車の走る音と、唯先輩の寝息だけ。
それらを聞きながら、私は強く決意した。
(明日からは、膝枕禁止です!)
END
- 公開イチャイチャプレイとはさすが唯梓だ -- (名無しさん) 2010-07-19 19:25:46
- ちょっと電車乗ってくる -- (名無しさん) 2012-06-21 00:36:58
- そうだ!!ヤバいくらいに可愛いよ…。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 11:24:45
- おい何線だ今から行くぞ -- (名無しさん) 2013-07-01 22:18:22
最終更新:2010年06月02日 20:25