ねえ、あずにゃん。もう敬語で話さなくてもいいよ」

唯先輩の部屋で特に何をするでもなくまったりした時間を過ごしていると、いきなり唯先輩がこんなことを言い出した。

「え?」

突然のことに私は虚をつかれ、呆けた反応しかできなかった。

「だってせっかくの恋人同士なのに敬語じゃ堅苦しいよ」

唯先輩はサラッと言いましたけど、現在私と唯先輩は先輩後輩以上のお付き合いをしています。
詳しい経緯は話すと長くなるので省略させてもらいますけど、数週間前に玉砕覚悟で告白したら唯先輩は快くOKしてくれて。
それ以来私たちはこうやって一緒の時間をそれまで以上に多く過ごすようになり、そして今日も私から唯先輩の家にお邪魔している、というわけです。

「そう言われましても、もう体に染みついちゃってると言いますか……」

話戻って私は唯先輩の提案に言葉を返す。
唯先輩の言うことももっともだけど、習慣というものはそう簡単には抜けてはくれない。
どうしても長い間先輩後輩の関係を続けてきたため、唯先輩と話すとき自然と口から出てくるのは敬語のままだった。

「う~ん、確かにいきなりは難しいかあ。それじゃあそうだねえ……」

そう言うと唯先輩は一人唸りだした。
何かいい案がないか考えているのだと察し、私は黙って唯先輩なりの妙案を待つことにした。

「それじゃあ私のこと、これからは『唯』って呼んでよ」

数秒後、唯先輩が思いついた案もさっきと甲乙つけがたい、レベルの高いものだった。

「どうしても『先輩』って付いちゃうから敬語になっちゃうと思うんだ。ならまずはそこからやるのがいいかなと思って」

なかなかの高いハードルを突きつけられ何も言えないでいる私に唯先輩は持論を展開しつづける。

「どうかな? あずにゃん」

全てを言い終えると唯先輩は純粋な瞳を私に向けてきた。
そんな目で見られたら、断れるわけないじゃないですか。

「えと……、わかりました」
「ホント!?」

提案が受け入れられ、唯先輩は顔をほころばせる。
いちいち可愛い人です、ホント。

「ただ、私からもひとついいですか?」
「何、あずにゃん?」
「私のことも、『梓』って呼んでください」

せめてもの抵抗、ではないですけど私だけでは割に合わない。
交換条件としてこれくらい主張させてもらってもバチは当たらないはずです。

「わかったよ、梓」

予期せぬまさかの即実行。私の心拍数は一気に跳ね上がった。

「えっ、ちょ、あの」
「ちょっと、梓が言ってって言ったのに、何慌ててるの?」

しどろもどろになる私に唯先輩はご不満な様子。
そうはいっても心の準備ができてなかったところへのこれは不意打ち過ぎた。

「す、すみません、唯先輩。いきなり過ぎたので……」
「もう、せっかく梓って呼んだんだから唯って呼んでくれなきゃ」
「あ、そ、そうですね。では……」

私の条件が呑まれた以上、唯先輩の提案を実行しないとそれこそ不公平。
そんな不義理なことはできないので、私は清水の舞台から飛び降りる気持ちで唯先輩に向かい合った。

「ゆ、ゆい……」

たった二文字なのに、その名前を呼んだ途端体中が熱くなる。顔はとっくに真っ赤な気がする。
普段言わない呼び方をするだけでこうも緊張するとは思いもしなかった。
唯先輩はこんなことをさも簡単にやってのけたのかと思うと少しばかり尊敬の念が生まれた。

「何、梓?」

唯先輩は微笑みながら私に返事をする。
その顔、その呼び方。私の熱を上げるには十分すぎた。

「えと、頑張って敬語を使わないようにします……じゃなかった、するよ、唯」
「そんなに肩肘張らないで気楽にいこうよ、梓。私から言っといてなんだけど、こういうのは自然と変わっていくと思うから」
「わかりま……わかった、唯」

高まる体温と闘いながら、たどたどしくも唯先輩に言われたように敬語を使わないように言葉を交わす。
まだまだ慣れないし少しむず痒いけど、いつか意識しないでフランクに話せるようになれるといいな。

「だけど唯、学校では唯先輩って呼ぶし敬語で話すよ」
「えー」
「えー、じゃないですよ。恋人である前に、私たちは同じ学校の先輩後輩なんですから、そこら辺はきちんとするべきです。
 その分、というわけじゃないですけど二人きりのときは唯って呼びますし、敬語は使わないようにしますから」
「うーん、わかった。だけど梓」
「何ですか?」
「敬語を使わないって宣言がもう敬語になってるよ」
「あ……」

なかなか前途は多難なようですけど……。


おわり!


名前:
感想/コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年06月09日 20:32