「?……」
夏フェスの夜。
テントの中で荷物を整理したり、寝る支度をしているうちに、
ふと気がつくと、唯先輩の姿がこつ然と消えていた。
私は心配になってテントから出ると、あたりを探し回った……。
やがて、丘を少しのぼったところに見慣れた姿が……
「見つけた……」
唯先輩は少し高い場所の、人気のない芝に腰をおろして、
なにやら物思いにふけっているようだった。
もう……相変わらず人を振りまわすのだけは得意なんだから……。
私に気づいた先輩は、いつもより大人しめに私の名前を呼んでくれた。
名前と言うか、あだ名ですけどね………。
唯先輩にとってそうであるように、私にとってもその愛称は、
何度も呼ばれているうちに、自然と定着してしまっていた……。
最初は、どこかムズ痒いというか、慣れていないというかで、
呼ばれる度に、自分が唯先輩に独占されているような錯覚を覚えて、
「やめてくださいよ」と何度も繰り返していたけど、今では……
「こんなところで、なにしてるんですか?」
「遠くから聞こえる曲、聴いてたの。ホントに一晩じゅうやってるんだねぇ…」
「…………」
私の問いかけに、視線を正面に戻して唯先輩が答える。
その眼差しは、さながら恋をした乙女のようにキラキラと輝いていて。
まるで、今見ている全ての光景が、初めてのことで溢れているようだった。
そんな、子供のような純粋な唯先輩に、
私はしばらく立ち往生したまま、見惚れてしまっていた。
「まあ、座りんさい♪」
「あっ……はい……」
ポンポンと、隣の芝を叩く唯先輩に促されるまま返事すると、
私はその隣にゆっくりと腰を下ろした。
唯先輩は、そんな私の様子を見守りように、ニッコリと微笑んで見つめていて。
内心ドキドキするのを隠しながら、私は何か話題を振らなければと口を開いた。
「じっとしていたら、蚊に刺されませんか?」
「だいじょうぶっ、虫よけバンド両手にしてるから!」
本当にそれだけが理由だろうか……。
敢えて心配させないために言わないが、
これまで、トータルで十か所ほどは蚊に喰われた。
当然、バンドやスプレーなどで、虫よけ対策は万全だというのに、だ。
「一個あげよう♪」
「どうも……」
そんな私の不幸な体質を知ってか知らずか、
唯先輩は片方のバンドを外すと、私に手渡してくれた。
(唯先輩とおそろいだ……)
実際そうじゃないのはわかってるけど、
なんとなく雰囲気がっていうのがあるでしょ……
細かいことは気にしない。
「はぁー……今日は楽しかったぁ……」
「背中、汚れちゃわないですか……?」
「気にしない気にしない。あずにゃんもどうぞぉ♪」
ゴロンと芝生に仰向けになる唯先輩に習って、
私も同じようにゴロンとなる。
さっき細かいことは気にしないって決めたばかりなのに、私ってば……。
「ねぇ、あずにゃん……」
「……なんですか?」
満点の星空を見上げる唯先輩が、小さな声で私を呼んだ。
私は首を捻って唯先輩の方を見るけど、唯先輩はどこか遠い目をしている。
「私ね?今、とっても幸せ感じてるよ……」
「……私もです」
星空に視線を戻す。
唯先輩の言う幸せと、私の言う幸せは……多分、違う。
でも、その中に詰まっているものは、同じくらい濃密で、
たくさんの幸せな要素で溢れているんだろう。
それはもう、はち切れんばかりに……。
「……ずっと、こうしてられればいいのにね」
「!」
ドクンッ
瞬間、私の心臓が、これ以上ないほど強く跳ねた。
唯先輩が……唯先輩の手が、私の手を握って……
「あずにゃんならきっと、私を探しに来てくれるんじゃないかって思ってた……」
「………ど、どういうことですか?」
私は恐る恐る、唯先輩の言葉の意味を尋ねる。
ひっきりなしにドクドクと太鼓を鳴らす心臓の音は、
いまや全身に鳴り響いているようだった。
「皆から距離を置いたのもね?本当はあずにゃんと二人きりになりたかったからなんだ」
「!?」
うるさいほどに高鳴る心臓が、私の小さな胸に収まりきらない。
今にも、この胸を突き破って飛び出て来てしまいそう……。
それほど、今の私は尋常じゃないくらい動揺していた。
「あずにゃん……私、ずっとあずにゃんのこと、好きだったよ……」
「………………」
「いまも好き……大好きだよ、あずにゃん……」
「………………」
私は、初めて、本当の意味で言葉を失った……。
もう、どんな顔をすればいいのか、どんな言葉を発すればいいのかもわからない。
ただ、私のすぐ目の前に、大好きな唯先輩が居て、
私がいつも夢見てきたことを、たったいま、それも大好きな彼女の口から、
実現されてしまったという事実だけが………全てを塗りつぶしていった。
「あずにゃん……どうして泣いてるの?」
「ふえ……?」
唯先輩は、仰向けの状態から起き上がると、
私の目元にそっと指を這わせた。
「ほら……」
「あ……」
眼前に晒された私の雫に、星空が透けて見える。
すると、唯先輩はその指で、私の口をこじ開けてきた……。
抵抗なんて……できなかった。
「んみゅ……」
「ねぇ、あずにゃんの涙……どんな味?」
唯先輩の質問を無視して、猫のようにペロペロと、指を舐めしゃぶる私。
こんなところを、他の誰かに見られたら、警備員に通報されてしまうかもしれない……
けど、そんな冷静な判断など、今の私にはできるはずもなく……
「ん、むちゅ……ちゅぶ」
「あは、そんなに自分の涙が美味しいんだ♪」
やがて、唯先輩が指を引き抜くと、口内で絡みついた私の唾液が、
何本も糸になって、眼前に晒される。
その光景を、まるで神秘的な何かを見るように眺めていた。
「あずにゃんの表情、ずごい色っぽい……」
「あ……」
唯先輩の手が、私の髪の毛を優しく撫でる。
目を閉じて、その感触に神経を集中すると、
まるで壊れものを扱うような唯先輩の優しさに触れることができた……。
「……唯先輩、ちょっと」
「ん?どうしたの、あずにゃん」
本当は、いつまでもそうしてもらいたかっけど、
時間や場所を考えるといつまでもこうしているわけにはいかない。
それに、私はまだ……一言も伝えていないのだ。
「唯先輩、そこに座ってください」
「んしょっと……はい!」
二人の位置を最初の場所に戻すと、
私はしばらく俯き気味で黙っていたが、拳を強く握って、
覚悟を決めた……。
「目を……閉じてくれませんか?」
「えっ、うん……いいよ……」
そう言って目を閉じた唯先輩は、どこか緊張しているように見えた。
当たり前か……。ここまできて、目を閉じろって言われたら、
その後なにをされるかぐらい、わかっちゃうよね……。
「私がいいって言うまで、開けちゃダメですから……」
「うん……。ん……」
もう唇なんか突きだしちゃって、せっかちですね唯先輩は。
大丈夫です……私だって、早くその唇に触れたくて、うずうずしてるんですから……。
あなたが……唯先輩が………唯が……………
「……大好き……です…………」
唯先輩と私の唇が触れる。
キスって……意外に疲れるんですね……。
でも、それ以上に、気持ちよさの方が勝って、
気づいたら、何度も何度も唇を押し当てて唯先輩を貪る自分がいた。
初めてのキスは、同時に新しい自分に気づかせてくれる。
好きな人が相手だと、こうも積極的になれただなんて……。
この調子なら、白昼堂々、唯先輩と抱きあえるようになるのも、
時間の問題かもしれないな……。
「ふはぁ……」
「はぁ……はぁ……」
唇を離すと、トロンとした目をした唯先輩がいた。
お互い、両手で頬を挟んだままで、鼻と鼻が擦れ合う距離。
息をするのも忘れてキスに没頭したために、呼吸も荒くなっていた。
「初めて……ですよね……」
「当然だよ……あずにゃんのためにとっておいたんだから……」
「そ、それはどうも……」
「キスしてる時のあずにゃんの表情、可愛かったなぁ……」
「えへへ、そうです……………え?」
え?ということはつまり、
キスしている時は、唯先輩、目を開けて……
「ウにゃあああああああ!!!」
「うわぁっ!?」
「私がいいっていうまで開けちゃダメって言ったじゃないですかっ!!」
「だってぇ……あずにゃんとのファーストキッスだよ?初めてのキッス顔だよぉ?」
「約束したじゃないですか!私の純情な恋心を返せ~~~!!」
「やーだよー。あずにゃんの恋心は一生の宝物なんだから♪」
「にゃっ!?」
抱きつかれ押し倒されると、唯先輩は私の胸に頬ずりしてきた。
「や、やめてくださいっ……ただでさえ少ないのに、擦り減っちゃったらどうするんですか……」
「私が増やすのでご心配なく!!」
「そういうこと言ってるんじゃないですぅぅぅぅ~~~!!!」
会場から少し離れたスポットの当たらない芝。
そこで、私たちは初めてのキスを交わし、大切に秘めていた心の交換を交わし、
晴れて、新たな一歩を踏み出すことになったのだった……。
その日、私たちは眠りにつく時も、
左腕にはめられた虫よけバンドを外すことはなかった……。
一方、梓と唯がいる場所から数メートル離れた林では……
「痒い!おいムギ!ここの蚊バカみたいに食欲旺盛だぞ!」
「虫よけも歯が立たない……早くテントに戻りたい……痒い……」
「まだよ!まだお互いの服を脱がせ合っていないわ!」
全身ブツブツになりかけた憐れなけいおん部員がいたそうな……
皆さん、出歯亀はやめましょうね。
- さすがムギだぜ!! -- (名無しさん) 2010-07-07 23:13:26
- ラストww -- (鯖猫) 2012-09-25 00:19:34
- ムギ先輩盗み見Gujjobu! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 01:43:48
最終更新:2010年07月07日 23:06