気がついた時、私は暗い部屋にいた。

扉も何もない、暗く広いだけの部屋。

何処からともなく私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

声が聞こえた方へ目をやると、少し離れた場所に先輩達の姿が見えた。

私は先輩達の居る場所へと歩を進めるが、その距離は縮まるどころか次第に遠ざかって行く。

必死に追いつこうと走り出す、だが無情にもその距離は離れていくばかり。

『私を置いて行かないで下さい…!』

必死の叫びも虚しく、遂に先輩達の姿は見えなくなり私は一人その部屋に取り残される。

『私を一人にしないで下さいよぉ…!』

喩え様のない喪失感に、私はその場に立ち尽くすだけだった。

『あ~ずにゃん♪』

その時、私を呼ぶ優しい声が聞こえた。

『何してるの?』

それはとても懐かしく温かい声だった。

『ほら、あずにゃんも早くおいでよ♪』

声の主が私に向かって手を伸ばす、私はその手を掴もうと必死に手を伸ばした。

指先に微かな感触。忘れる筈のないその温もり、いつも私を抱いてくれたあの人の温もり。

「唯先輩!」

私は精一杯の声でその名を呼んだ。

「あいよ~♪」

私の耳に届いたのは、そんな気の抜ける様な声だった。

「…」

一瞬、自分の置かれた状況がわからなかった。
だが、意識が覚醒していくにつれ、私は少しづつ状況を把握していく。

「夢…?」

そして茫然とそう呟いた。

「おはよう、あずにゃん♪」
「…唯先輩、ここ何処ですか?」

私の問い掛けに唯先輩は不思議そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻って答えてくれた。

「ここは二年生の教室、あずにゃんのクラスだよ」
「教室…」
「寝ちゃってたみたいだね、あずにゃん」
「…そうみたいですね」
「怖い夢でも見ちゃった?」
「え?」
「だって、ほら…」

そう言いながら、唯先輩が私の涙を拭ってくれる。

「大丈夫だよ、もう怖くないからね…よしよし♪」

そして、優しく頭を撫でてくれた。

「…」

普段なら恥ずかしさのあまりその手を振り払ってしまう所だけど、今はその手が堪らなく愛おしかった。

「今日は素直だね、あずにゃん♪」
「ち、違います!まだ少しぼ~っとしてたから…!」
「いいこいいこ♪」
「もう、止めてください!…それより、唯先輩こそ何で二年の教室に居るんですか?」
「えっとね、部室で待ってても中々あずにゃんが来ないから様子を見に来たんだけど…」
「あ、そうだったんですか」
「そしたら、あずにゃんが寝てたからずっと寝顔を見てたんだよ♪」
「すいませんでした…そっか、ずっと寝顔を見て…って、えぇ~っ!?」
「あずにゃんの寝顔、とっても可愛かったよ♪」
「…」

中野梓、一生の不覚…。
寝顔を見られた上に、寝言まで聞かれてしまった。あまつさえ涙まで…。

「あずにゃん、部活行こ!」

私の後悔を余所に、軽い口調でそう言いながら唯先輩が手を差し出す。

「あ、はい…」

私は差し出されたその手を取ろうとした。

「!」

その瞬間、私は言い表せない程の恐怖感に襲われた。

「あずにゃん?」

唯先輩が首を傾げる。

(あれ、この感じ何処かで…)

既視感?…違う、感じは似てるけどそうじゃない。
先刻の夢?…それも違う、もっと確かで現実にあったような。

「あ…」

ふと、私は思い出した。
残暑厳しい夏の終わり。祭りの最中、雑踏の中で唯先輩の手が離れて行ったあの夜の記憶。

「どうしたの、あずにゃん?」

ほんの数センチ…けれど、私はどうしても差し出されたその手を掴めなかった。

(もしも、この手がまた離れるような事があったら・・・)

あの夜に感じた虚無感。喪失感。その時の記憶が私の身体を麻痺させる。

そして、遂に私はその手を掴む事なく自らの手を引いてしまった。

刹那、私の手を柔らかな温もりが覆った。

「唯…先輩?」

それは唯先輩の手だった。

「大丈夫だよ、あずにゃん…今度こそ、私はこの手を離さないから」
「何で、そんな事…?」
「わかるよ、私もそうだったから」
「え?」
「お祭りの夜…あずにゃんと繋いでた手が離れちゃって、ずっと探したんだけど見つからなくて…」

(唯先輩、ずっと私を探してくれてたんだ…)

「その時、何だかわかんないけど急に怖くなって、悲しくなって、涙が止まらなくなったんだよ」
「唯先輩…」
「だから、もう絶対に離さないよ…それでも、あずにゃんが不安だって言うんなら、ほら♪」

そう言って、唯先輩は両方の手でしっかりと私の手を握り締めた。

「…」

温かくて力強い唯先輩の両手。
それでもまだ、私はその手を握り返す事が出来なかった。

「まだ、不安なんだね…でも心配は要らないよ、あずにゃん♪」

次の瞬間、私の全身が大好きな温もりに包まれた。

「あ…」

その温もりに包まれた瞬間、私の中に巣食っていた恐怖の感情が一気に消え失せる。

「こうやって、ずっと抱き締めててあげるから…私は絶対にあずにゃんを離さないから」
「唯せんぱぁい…」

私は縋りつく様に、唯先輩の体をぎゅっと抱き締めた。

「あずにゃんだけを置いて行ったりしないから、一人ぼっちになんてしないからね」
「はい、唯先輩」
「行こう、あずにゃん!ムギちゃん達がお茶とお菓子を用意して待ってるよ♪」
「はい!」

唯先輩が私の手を取って走り出す。
私はその手をしっかりと握り締め、負けじと走り出した。

「ねぇ、唯先輩…」
「なぁに、あずにゃん?」
「私の手…一生、離さないで下さいね?」
「あいよ~♪」

この先どんな事があろうとも、私はこの手を離さない。

END


  • これか、結構前のSSなんだね -- (名無しさん) 2011-03-24 11:34:03
  • まったく唯梓は最高だぜ!! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 01:49:12
  • こういうの好き -- (名無しさん) 2013-10-29 01:39:47
  • 唯のあいよ~♪が良いね -- (名無しさん) 2018-03-27 09:40:12
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最終更新:2010年07月07日 23:07