「あずにゃーん♪」
「あまりベタベタくっつかないでくださいよ」
「いいじゃんいいじゃーん♪」
抵抗したところでむしろ悪化するスキンシップ。
私の言葉にも、本当に「イヤ」という気持ちが込められていないだけに、
唯先輩も悪びれた様子は見せない。
仕舞には首筋に顔を埋めて
鼻の形がわかるほどグリグリ押しつけてくる始末。
「
あずにゃんシャンプー変えたね?いい匂い~♪」
「スンスンしないでください、もぅ…」
どうしてこの人はこんなにも、
自分のしたいと思えることに一直線なのだろう。
それこそ、周りの目もかえりみずに。
ただただ、純粋そのままに……。
「他の先輩に見られたらどうするんですか…」
「なんでそんなこと気にするのー?」
私の言葉に心底不服そうに頬を膨らませる唯先輩。
本人は意識してないので当たり前とはいえ、
少しは自分の気持ちも考えてほしいと思った。
その表情が、私がどれだけ翻弄しているかということに。
ぶっちゃけ唯先輩の困った顔は苦手なのだ。
「気にして当然じゃないですかっ」
それでも自分の気持ちに嘘はつけない。
少なくとも私は人目は気にする性格なのだ。
だから唯先輩に抱きつかれるのもそれなりに緊張する。
決してイヤな緊張ではないのだけれど。
他の人たちから見て、私まで一緒に
はしゃいでいるように見られてしまうのがイヤなのだ。
自分のイメージを大事にしたいからこそ、
いつまでもこうして唯先輩と抱き合っているわけにはいかないんだ。
「ほら唯先輩、もうそろそろ誰か来ますからっ」
「暴れないでよあずにゃ~んっ」
時計を確認して本格的にヤバいと感じだす。
今なら誰が来てもおかしくない時間帯。
こんな姿、律先輩に見られようものなら、
一体なにを言われるかわかったもんじゃない。
「や~だ~、もっとあずにゃんとくっついてるぅ~」
「駄々こねてもダメです!私と唯先輩のためにも離れてください!」
そう、これは私のためであって唯先輩のためだ。
例え軽音部員じゃなかったとしても、廊下や道行く人たちから
奇異の目で見られるのはいい気分ではないだろう。
適度なスキンシップなら、生温かい目で見守られることはあっても、
あまりに度が過ぎたものだと、それ以上の誤解を生みかねない。
「私は私のためにあずにゃんに抱きつくのです!」
「なっ!?」
しかし唯先輩も唯先輩でこれまた頑固。
むしろ目が本気になっておりさっきよりがっしりと、
きつくホールドされてしまっていた。
これは本格的に………
ヤバイ状況へとシフトしてしまったみたいです。
「離してください!」
「イヤです!」
「離して!」
「イヤ!」
「離せ!」
「ヤ!」
ついには命令口調にもなってしまった。
後にも先にも唯先輩だけだろう。
先輩相手にこんな言葉づかいを使うのなんて。
それでも唯先輩はぎゅうっと私に抱きついたまま顔すら上げない。
それはまるで、小さな子供がおもちゃを取られまいと
必死になっている姿と似ている。
「そうまでして私にくっついていたいんですか、あなたは」
溜息交じりに言う私。
なんかもう、抵抗することに疲れていた。
「あずにゃんは命の源だもん」
「それって、唯先輩にしか機能しませんよね」
「モチ!」
会話こそ普通だが、お互い表情は見えないまま。
ちなみにソファーに座った状態で抱き合っているので、
深く身体を預けてもバランスを崩すこともない。
「ねぇ、あずにゃん」
「はい?」
「どうしてあずにゃんは人の目を気にするの?」
「恥ずかしいから、ですよ」
恥ずかしいという言葉を恥ずかしげもなく言い切る。
今の私はあまりにも唯先輩と密着してしまっているせいで、
正常な思考ができないようだった。
いつもの部室の風景ですら、どこか別の、
閉鎖された空間のように感じてしまう。
だから、そんな私だから、
無意識のうちに変な言葉が飛び出したとしても、
それは『仕方のないことです』と消化する以外に他はない。
「なんだかこうしてると、唯先輩と私だけになったみたいですね」
「えっ……」
さすがの唯先輩もこの言葉には虚をつかれたのか、
驚いた表情で顔を上げる。
心なしかソワソワしているようにも見えた。
普段は見ない唯先輩の態度に好奇心が悪戯をする。
「どうしたんですか?顔を上げたと思ったら急に変な顔して」
「だ、だって…あずにゃん、が」
「なんですか?」
「変なこと、言うから…」
いつも変なことをしてきて、さんざん
人の心を掻き乱すのは唯先輩、あなたですよ。
決して口には出さないけれど。
それでも、少しぐらいの仕返しが許されるなら、
「前々から思ってたんですけど」
「な、なんですか…?」
「唯先輩ばかりで、不公平ですよね」
「うにゃ!?」
まるで台詞が逆転したような現象。
実際は台詞だけではなく、行動そのものが逆転していた。
つまり、私が唯先輩に抱きついている。
それはさっそく、つい先ほどまで人の目がどうとか
気にしていた人間のやることではなくなっていた。
「あ、あずにゃん!?さっきは皆が来るからもうってっ」
「あぁ、前言撤回です。もう離しません」
「ええぇぇぇぇぇーーーー!!?」
いじればいじるほどコロコロと表情を変え声を変え、
私をこれでもかと楽しませてくれる唯先輩。
なるほど、あなたはこうやっていつも私を弄んでいたわけですね。
これは正直、ヤ・ミ・ツ・キです。
「あはは、変な顔ですね。もっと近くで見せてくださいよ」
「だ、だめだよぅ、あずにゃん、これ以上なんて…」
「困った顔してもダメです。ほら、いつものように腕を回してくださいよ」
「こ、こう…ですか?」
「なんですかそれ、もっとしっかりぎゅって抱きしめてください」
「うぅ、こう…?」
「そうそう、そんな感じです。やればできるじゃないですか」
「うぅ…あずにゃんがあずにゃんであずにゃんじゃないよ…」
唯先輩が悲しそうな顔で、
何かを呟いていたけど、私には関係ない。
あなたは私に、とんでもない餌を与えてしまったんですよ。
一体どのあたりから歯車が歪みだしたのかは分からない。
でも、ただ一言、言っておかなければならない気がする。
「ありがとうございます、唯先輩♪」
おわり
- 受け唯可愛い -- (名無しさん) 2013-07-22 22:15:03
最終更新:2010年07月31日 15:07