「梓~、一緒に帰ろう」
「あ、ごめん…今日は用事があって一緒に帰れないんだ」
「用事?軽音部関係?」
「ううん、別件」
「そうなんだ…まぁ、用事があるなら仕方ないね」
「うん、ごめんね」
「気にしなくていいよ、それじゃあね」
「うん、また明日ね」

純と挨拶を交わして私は席を立つ。

「…さて、と」

呟きながら鞄から取り出したそれを眺める。

「まさか、こんなものを貰っちゃうなんて…」

私の手には一通の手紙があった。所謂、恋文と言うやつだ。

「噂には聞いてたけど、本当にあるんだこういうのって」

私は教室を出て屋上へと向かう。手紙には今日の放課後、屋上に来てくださいとだけ書いていた。
宛名は中野梓。差出人の名前は書いてなかった。

「どう言って断ろうかな…」

今朝、この手紙を見てから私はずっとその事を考えていた。相手が誰かもわからない内からこんな事を考える私は酷い人間かもしれない。

「女同士の恋愛なんて…」

そう言いながら、ふと頭に浮かんだ一人の女性。

「私ったら何を考えてるんだろ…あの人のはそう言うんじゃないんだから」

女同士の恋愛なんてありえない。第一、そんなの周りが認めない。親も学校も友達も世間も。

「はぁ、今はそんな事を考えても仕方ないか…」

頭に過ぎったそんな考えを振り払うように、私は屋上へと急いだ。

屋上への扉を開くと、少し離れた場所に女生徒の姿があった。

「よし…!」

私は意を決し、女生徒の方へと歩みよる。

「あの…手紙をくれたのは貴女ですか?」

フェンスに寄り掛かり、物憂げに校庭を眺めていたその女生徒に声をかけた。

「あ…」

女生徒は小さく呟いてこちらを振り向く。

「え…」

私は自分の目を疑った。だって、振り向いたその女生徒は私の良く知る人だったから。

「来てくれてありがとう、あずにゃん♪」
「唯…先輩?」
「うん」
「なんで…唯先輩がここに?」
「なんでって、その手紙を出したのは私だからだよ」
「一体、どう言うつもりですか?」
「あずにゃんに大切なお話があったから、部室じゃ二人きりには中々なれないし…それに」
「それに…?」
「部室だといつもみたいに、冗談だと思われちゃうかもしれないでしょ?」
「まるで、いつもが冗談じゃないみたいな言い方ですね」
「冗談じゃないもん」

そう言った唯先輩の顔は今までに見たことも無いくらい真剣なもので。

「そ、それで…話って何ですか?」

普段と違うその姿に気圧され、私は目を逸らしながらそう言った。

「あずにゃん…ううん、梓ちゃん…今だけはこう呼んだほうが良いかな」
「…好きにしてください」
「ありがとう、梓ちゃん…そんな難しい話じゃないんだ、伝えたいのは一つだけ」
「…」
「好き」
「!」

予想はしていた…と、言うよりもそれ以外には考えられなかった。

「私は梓ちゃんの事が好き」
「唯先輩…」
「急に告白なんかしちゃってごめんね」
「本当ですよ…急にそんな事を言われて、私はどう答えればいいんですか?」
「梓ちゃんの正直な気持ちを言ってくれたらいいよ」
「正直な気持ち…」
「そう…もし、梓ちゃんの答えが私の望まない答えだったとしても大丈夫だから」
「え?」
「明日からはまた、ただの先輩後輩としてちゃんと仲良くやっていけるから」
「…」

何気ないその言葉に胸がちくりと痛んだ。

『ただの先輩後輩として』

その一言が私の胸に突き刺さる。何故、こんなにも胸が痛むのだろう。
私達は先輩と後輩、それ以上でもそれ以下でもない。そうだった筈じゃないか、何もおかしい事は無い。

「だから、ね…聞かせて、梓ちゃんの気持ち」
「私の気持ちは…」
「うん」
「ごめんなさい」
「…そっか、ありがとう」
「…」
「ごめんね、辛い思いさせちゃったね」
「それは、唯先輩の方でしょ?」
「私は大丈夫、全然へっちゃらだよ?」

そう言って優しく微笑む。全然どうって事ないよって、そんな顔で笑ってる。
だけどそれは嘘だ。私にはわかる、わかっちゃうんだ。唯先輩のことは何だって。そう、何だってわかってしまう自分がいる。

「嘘、つかないでください」
「…」

わかってる。駄目だって。こんな事が許される筈はない。親も。学校も。友達も。世間も。許す筈がない。だけど…。
これ以上、唯先輩の悲しい顔は見たくない。

「好きです」
「え…」
「私も唯先輩が好きです」
「嘘…」
「嘘じゃないです」
「だって、ごめんなさいって…」
「はい」
「え、え?」

私の返事に、唯先輩は混乱した様子で戸惑っている。

「私は唯先輩が好きです、ただの先輩としてだけじゃない、一人の人間、一人の女性として貴女が好きです」
「梓ちゃん…」
「だけど、そんな気持ちが世間で許される筈なんてないって事は唯先輩にもわかりますよね?」
「そうだね…」
「最初に言ったごめんなさいは、そう言うことです」
「好きな気持ちは私と同じだけど、それは許されない気持ちだからごめんなさい…って事だよね」

唯先輩が悲痛な表情でそう呟く。その瞳は悲哀に満ちている。お願い、そんな顔しないで。私は貴女の悲しむ顔は見たくないんだから。

「違います」

だから私は決心した。

「違う…の?」
「ごめんなさいの対象が違います」
「ごめんなさいの対象?」
「私は唯先輩が好きです、この気持ちは世間体なんてもので縛られる様なやわな物じゃないです」
「…」
「私は自分の気持ちを隠したり、その事に負い目を感じたりするのは嫌ですから」
「…梓ちゃん」

そう、だからごめんなさい。両親にごめんなさい。友達にごめんなさい。学校にごめんなさい。世間にごめんなさい。そして…。

「だから、そんな私の我侭に巻き込んでしまう唯先輩にごめんなさい」

私はこの謝罪を以って、後ろめたい気持ち全てに決別する。私は何も恥じない。何にも囚われない。自分の信じる道を行く。

「つまり、先に謝って置きたかったって事…なのかな?」
「そう言うことです」
「ありがとう、梓ちゃん…でもね」

唯先輩は笑って、けれど少しだけ怒った様子で私に言った。

「それは謝る事じゃないよ、むしろ一緒に頑張ろうって励まし合う事じゃないかな?」
「はい、唯先輩ならきっとそう言ってくれると思ってました」
「マジで!?」
「当たり前じゃないですか、貴女は私が好きになった人なんですよ?」
「ん…そうだね、ありがとうあずにゃん♪」
「呼び方、戻ってますよ」
「だって、こっちの方が呼びやすいんだもん」
「ふふ、私もそう呼ばれた方が嬉しいです…唯先輩が付けてくれた呼び名ですから」
「うん…大好きだよ、あずにゃん♪」

そう言って、唯先輩が私を抱きしめてくれた。私の大好きな飛び切りの笑顔を浮かべながら。

「私も…大好きです、唯先輩」

この笑顔の為なら茨の道でも歩いて行ける。そう、貴女と一緒ならきっと…。



  • GJ! -- (名無しさん) 2010-09-13 09:39:31
  • 頑張れー!!応援する! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 15:12:07
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最終更新:2010年09月09日 13:02