「あ、これって…ふふ♪」
整理していた荷物の中に懐かしい物を見つけ、私は思わず目を細めた。
「唯先輩?どうしたんですか、いきなり思い出し笑いなんかして」
隣で片づけをしていた
あずにゃんが少し呆れた顔で私に言う。
「ん、何となくね…あずにゃんと恋人同士になった日の事を思い出しちゃって」
「な、何でいきなりそんな事を思い出すんですか!?」
私の言葉に、あずにゃんが顔を真っ赤にした。
「だってほら…これ」
「あ、それって…」
私の手の中の物を見て、あずにゃんが軽く声を上げる。
「うん、あの時のだよ」
「…私まで思い出しちゃったじゃないですか」
「あずにゃん、顔が真っ赤だよ?」
「もう知りません!私はあっちを片付けて来ますから、唯先輩はここの整理をお願いします!」
「りょうか~い♪」
軽く返事を返しながら手の中の物を見つめた。
「だけど…」
私は少し感慨深く目を閉じる。
「あの時は考えてもなかったなぁ…こんな未来」
「いっちば~ん♪」
私は勢い良く音楽室のドアを開ける。
他の皆は日直やらクラス委員の仕事やらで、今日は少し遅れると言っていた。
「…とは言え、一人じゃ何もする事ないんだよね」
ギターの練習でもしてようかなと思いながら部屋を見渡すと、視線の先に見慣れた綺麗な黒髪が見えた。
「あれ、あずにゃんもう来てたんだ」
私は鞄を置き、愛しい子猫ちゃんの元へと駆け寄る。
「あっずにゃ~ん♪…あれ、寝てる?」
愛しの子猫ちゃんは静かな寝息を立てて眠っていた。
「?」
近寄ってその寝顔を覗き込むと、目尻にうっすらと光る珠が見えた。
「…あずにゃん、泣いてるの?」
私はそっと涙を拭おうとした…が。
「唯先輩…」
寝ているはずのあずにゃんが、小さい声で私の名前を呼ぶ。
「あずにゃん?」
「…」
耳をあてて見ると小さな寝息が聞こえた。やっぱり眠っているようだ。
「夢の中で私とお喋りでもしてるのかな?」
「唯先輩…」
「なぁに、あずにゃん?」
再び呼ばれたその声に思わず反応してしまう。
反応した後で、昔どこかで聞いた迷信みたいなものを思い出した。
「そう言えば、寝言に答えたら駄目だって話を聞いたような…」
そんな事を考えていた矢先、あずにゃんが再び静かに呟く。
「好き、です…」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、私の身体は凍りついた様に動かなくなってしまった。
「…ん」
「おはよう、あずにゃん♪」
「唯先輩?…おはようございます」
唯先輩の顔を間近で見た瞬間、まだ夢の中にいるのかと
勘違いしそうになった。
「よく眠ってたね」
「あ、すいません…昨夜、寝るのが遅かったせいかついウトウトしちゃって」
「良いんだよ、別に~♪」
やたら機嫌が良さそうに唯先輩が言う。
「どうしたんですか、唯先輩?何か妙に機嫌が良いみたいですけど」
「え~、そうかなぁ?」
「はい、何て言うか若干引きそうなくらい素晴らしい笑顔です」
「あずにゃん、ひどす…」
「…で、何か良い事でもあったんですか?」
唯先輩の抗議を無視して私は更に問う。
「えっと、どうしよう…言っちゃっても良いのかな」
「言うと何かまずい事でもあるんですか?」
「ん~、私は特に…どちらかと言うとあずにゃんが?」
「私がですか…もしかして寝言で何か言ってましたか?」
「…うん」
少し照れた表情で唯先輩が答えた。
「…まぁ、良いです。気になるから教えて下さい」
「本当に良いの?」
「かまいません」
「本当の本当に?」
「しつこいですね、ドンと来いです!」
「あのね、あずにゃんが私の事を…」
「唯先輩の事を?」
「…好きって」
「好き…ですか、なるほど」
私は頷きながら、唯先輩の言葉を頭の中で繰り返す。
「…好き?」
「うん、好きって」
「…」
「…」
一瞬の沈黙、そして…。
「ええええええええええええええええ!?」
「あずにゃ~ん♪むちゅちゅ♪」
「ちょ、ちょっと待ってください!唯先輩…私、本当に?」
「うん、私もびっくりしたけど嬉しかったよ♪」
「え…嬉しかった、ですか?」
「うん♪」
「本当、ですか?」
「勿論だよ~」
「じゃ、じゃあ…私と付き合ってくれますか?」
「え?」
「え?」
あれ…私、何か間違えた?
「付き合うってどう言う意味で?」
「そのままの…意味です」
「恋人…って事かな?」
「…はい」
「…で、でも私とあずにゃんはどっちも女の子なんだよ?」
「そんな事わかってます…私はそれを承知で言ってるんです」
「え、え?」
「駄目…ですか?駄目ですよね?」
「そ、それは…」
「良いんです、唯先輩は悪くありません…同性を好きになった私の方が異常なだけですから!」
そう言って、私は唯先輩に背を向ける。
「あずにゃん、待って!」
唯先輩が呼んでいるが、私は構わず音楽室を飛び出した。
「あずにゃん…」
「…」
私は必死に走り続けた。
一秒でも早く、一歩でも遠く、唯先輩から離れたかった。
「何で…」
解っていたはずなのに。
唯先輩の『好き』は私の『好き』とは違う。
だからこの気持ちは胸に仕舞って置くつもりだった、それなのに…!
「だって、嬉しかったんだもん…」
唯先輩があんなに嬉しそうにしてくれて、私と同じ気持ちなんだって思い込んで。
この恋が成就する事はないって覚悟はしてた。
だけど、まさかこんな形で私の初恋が終わってしまうなんて思ってもみなかった。
「…唯先輩」
辛い。
ついさっきまであんなに好きだった笑顔が、今は思い出すのも苦しいなんて。
「辛いよぉ…」
いつの間にか辿り着いた屋上で、私は空を見上げて泣き続けた。
「…」
私は馬鹿だ。
大好きなあの子を傷つけてしまった。
「あずにゃん、ごめん…ごめんね…」
私はここには居ないあの子に謝り続ける。
こんな謝罪、いくらしたって意味なんてないのに。
「何で…」
何で、私は素直に受け入れてあげられなかったんだろうか。
確かに、女の子同士の恋愛なんて常識からは外れてるのかも知れない。
だけど、そんな物に囚われて私は誰よりも大切な人を傷つけてしまった。
「私も…」
私はここには居ない、愛しいあの子に向かって語りかける。
「私も好きだよ、あずにゃん…」
もっと早く気付いていれば。自分の『好き』が、常識なんて吹っ飛ばすくらい大きなものだったって事に気付いていれば。
「あんな悲しい顔をさせる事なんてなかったのにね…」
私はいつの間にか流し続けていた涙を拭う。
「このまま終わりになんてしない、絶対に」
生まれて初めてかも知れない。こんなに胸が熱くなるほどの『想い』を抱いたのは。
「大好きだよ、あずにゃん」
「…」
何もする気が起きない。
私は暗い部屋で一人、ただ時間が過ぎていくのを待っていた。
待った先に何がある訳でもない。時間が解決してくれるなんてそんな生易しいものじゃない。
「明日が休みだったのがせめてもの救いかな…」
今日が土曜日で本当に良かった。
正直、こんな状態で登校出来るほど私は強くない。
「あんなに好きだったのに…」
今は思い出すだけで苦しくなる愛しいあの人の顔。
唯先輩は何も悪くない。悪いのは異常な好意を持ってしまった私の方なんだから。
「唯先輩、助けてよぉ…苦しいよぉ…辛いよぉ…」
そしてこんな時でも、私が助けを求めて思い出すのはあの人なんだ。
枕に顔を埋めながら嗚咽を漏らす。
もう何も考えられない。私に出来る事と言えば、ただ助けを求め嘆くだけだ。
そんな時。
ジリリリリ
不意に私の携帯電話が鳴り響いた。
「な…んで?」
私は携帯を手に取り言葉を失う。
「何で掛けてくるのよぉ…」
着信の相手は唯先輩だった。
「あずにゃん…」
コールは既に十数回。当然と言えば当然だが、あずにゃんは電話に出てはくれない。
「お願い、あずにゃん」
私は祈りを込めて再び掛けなおす。
そして、更に数コール。
諦めかけた時、私の耳に『ピッ』と言う電子音が鳴り響いた。
「もしもし、あずにゃん?」
「…」
返事は無い。けれど私には直ぐに解った、あずにゃんは助けを求めてる。
「何も言わなくていいから、聞くだけでいいから…ね?」
「…」
「あずにゃん、今日はごめんね?私もいきなりの事で頭の中がごちゃごちゃになってたんだ」
「…謝らないで下さい」
私の大好きなあずにゃんの声。でも、その声は悲哀に満ちた弱々しいものだった。
「ごめ…ううん、ごめんじゃないよね」
「…」
「あずにゃん、私ね…あの後いっぱい考えたんだよ」
「何をですか?」
「あずにゃんの事を、だよ」
「私の事?私の事なんて、今更どうでもいいじゃないですか」
「よくないよ、あずにゃんは私の大切な…」
「大切な、何ですか?後輩ですか?友達ですか?
唯先輩にとって、私はただ可愛いだけの猫と同じなんでしょ!?」
「…違うよ、そうじゃない」
「何が違うんですか?違わないでしょ?
あんなにも私にベタベタくっついて来てたのに…
私の事なんて、抱き心地の良いぬいぐるみ程度にしか思ってなかったくせに!」
「好きだよ、あずにゃん」
「!」
「私はあずにゃんの事が大好きだよ」
「な…んで…」
「…」
「何でまた…本気でもないくせにそんな事…!」
「本気だよ、私はあずにゃんをを愛してる」
「…っ!?」
「あずにゃん、聞いて?」
「…」
「あの後、いっぱい考えたんだ…
何でこんなに苦しいのか、何でこんなに悔しいのか」
「…」
「あずにゃん、言ったよね?
自分の方が異常なだけだって…でもそれは違うんだよ」
「何が違うんですか…
女の子同士なのに、私は唯先輩を好きになったんですよ?」
「うん、だってそれは私も同じだから」
「え…?」
「私もあずにゃんの事が好きだから…
可愛いだけの猫じゃない、抱き心地の良いぬいぐるみなんかじゃない」
「…っ」
「もう一度、ちゃんと言うよ?私は貴女を…平沢唯は中野梓を愛しています」
「唯…先輩」
「あずにゃんが自分の事を異常って言うんなら私だって異常だよ」
「違う、唯先輩は…」
「ん…」
「唯先輩は異常なんかじゃない…です」
「うん…あずにゃんもね?」
「はい…」
「あずにゃん、私にもう一度チャンスをくれないかな?」
「チャンス、ですか?」
「もう一度、私に告白して欲しいんだ」
「…」
「駄目かな?」
「駄目、じゃないです…だけど」
「だけど、何?」
「電話越しなんて嫌です…直接会って話したい、唯先輩の顔が見たい」
「うん」
「場所の指定、してもいいですか?」
「外で会うの?良いけど、夜も遅いし危ないよ」
「我侭言ってごめんなさい…だけど、どうしても行きたい場所があるんです」
「わかったよ、あずにゃん」
「ありがとうございます」
「それで、場所は…」
「唯先輩!」
「あずにゃん」
「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」
「ううん、私も今さっき来たところだよ」
「そうですか」
「まぁ、座りんさい」
「あ、はい」
「…」
「…」
お互い気恥ずかしさのせいか、妙な沈黙が流れる。
『あの…』
「あずにゃんから先に言って?」
「唯先輩からどうぞ!」
「…」
「…」
再び流れる沈黙。その沈黙を先に破ったのは唯先輩だった。
「あずにゃん」
「は、はい」
「虫除けバンド、いる?」
「は?」
「ほら、こんな季節だし蚊に刺されると後々厄介だから」
「は、はぁ…確かにそうですね」
電話の時は凛々しい一面を見た気がしたのに
今、目の前に居るのは普段通り何処か抜けた感じの唯先輩だった。
(まぁ、そんな唯先輩も含めて好きになったんだけど…)
「じゃあ、あずにゃん手を出して」
「あ、はい…こうですか」
唯先輩が私の腕に虫除けバンドを付ける。
「あれ、このバンド何か書いてますよ?」
バンドにはサインペンで『Y to A』と書いていた。
「これ、婚約指輪の代わりね♪」
「ちょ…な、何を言って…え?」
「ムードなくてごめんね?だけど、これが私の決意だから」
「決意?」
「私は梓と一生添い遂げる…その誓い」
「一生添い遂げるって…えぇ!?」
この人は何をさらっと凄い事を…
しかもドサクサに紛れて私の名前を呼び捨てにしちゃってますよ?
「さぁ、次はあずにゃんの番だよ」
あ、呼び方が戻ってる…ちょっとがっかり。
「私の番って…」
「告白、してくれないの?」
「既に告白よりも凄い事を言われた気がするんですが…」
「それはそれ、これはこれ」
「むぅ…何だか今日の唯先輩、色々とずるいです」
「ふふ、そうかな?」
「余裕があるって言うか、何か大人な感じがします」
「惚れ直しちゃった?」
「…はい、惚れ直しました」
ここまで来たらもう観念するしかない。
「じゃあ、改めて…お願いできるかな」
「はい、唯先輩…」
「なぁに、あずにゃん?」
「貴女が好きです、私と付き合って下さい」
「うん♪私も大好きだよ、あずにゃん♪」
その言葉を期に、私達はどちらからともなく近づいて行く。そして…。
『…』
永遠を約束する、誓いのキスを交わした。
「唯先輩、片付けは終わりましたか?」
「ん~、もうちょっと」
「もう、ちゃんとして下さいよ」
「わかってるよ、梓」
そう言って、私は彼女を後ろから抱きしめる。
「ちょ…そんな不意打ち卑怯ですよ」
「あはは♪ごめんね、あずにゃん♪」
「本当にもう…今日から新しい生活が始まるんですから」
恋人同士になって二年目の春。
「うん、そうだったね」
この春から同じ大学に通う事になった私とあずにゃんは…。
「今日から私達は一緒に暮らすんだもんね♪」
同棲する事になりました♪
おしまい!
- GJ!動画の方も良かったです! -- (名無しさん) 2010-10-14 01:03:31
- よかった -- (名無しさん) 2011-02-18 00:50:06
- 良かった…ハッピーエンドで良かった! -- (とある学生の百合信者) 2011-03-08 17:11:53
- 中盤はヒヤヒヤしました。でも最後は超ハッピーエンド -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 02:26:28
最終更新:2010年10月12日 03:58