梓「どうぞ上がって下さい、唯先輩」
唯「ひーん、ぐしょぐしょー…」
梓「すぐにお風呂の用意しますからちょっと待ってて下さい。ほら、コート脱いで」
土曜日、午後三時。
唯先輩と私は、いつものように二人での「お出かけ」の約束をして、
今から遊ぼうかと言うときに土砂降りにあってしまった。
家が近かったこともあり、下手に足止めを食うことになるよりもましだと判断し、
唯先輩を連れて帰って、今に至る。
唯「ごめんね、せっかくのデートだったのに」
梓「なんでデートになるんですか、もうっ。それに唯先輩は悪くないです。天気予報がいけないんです」
私は唯先輩とどこかに行くとき、天気予報をチェックするのを欠かさない。
唯先輩のことだ、そんなものは見もしないだろうから、私がしっかりしなきゃいけない。
そう、昨日だって0%だって言ってたから楽しみにしていたのに…
梓「服、ハンガーにかけておきますからね」
唯「はーい!…いーっきし!!…ううっ、さ、寒いぃ…」
梓「大丈夫ですか?今タオル持ってきますから!」
それにしても12月のこんな時期に雨に降られるなんて。震える唯先輩の姿が痛ましい。
バスタオルは…ああ、一昨日まとめて別の場所に退けたんだった。
梓「わざわざ取りに行かなくても、小さいのいくつか持って行けばいいよね」
早くお風呂沸かないかなあ…
―――
唯「あずにゃんも一緒に入ればいいのに…」
梓「入りませんってば。部屋を片付けなきゃいけないですし。あとで着替え用意持ってきますね」
ぶーぶー言いながらお風呂場へ向かう唯先輩を見送ると、ため息が出た。
さっきまで私は、唯先輩と一緒の毛布に包まって、ずっと抱き着かれていて…
それで今やっと解放されたところだ。
体温が高い唯先輩にくっつかれていたせいか、身体が妙に熱い。
梓「唯先輩、柔らかかったなあ……」
梓「…じゃなくて!へ、部屋を片付けなきゃ!」
裏返った声で自分に喝を入れる。
出しっぱなしの服とかあったっけ。ホコリたまってないかな。
ベッドも綺麗にしておかなきゃだし、変な
勘違いされたら困るから、写真も隠さないと!
それから、それから……
結局、唯先輩が私を呼ぶまでの間、あたふたするだけで部屋の片付けはほとんど進まなかった。
……大事なことを忘れたままで。
唯「あずにゃーん、あずにゃんってばー!」
梓「はーい。何ですか唯せん、ぱ……」
唯「バスタオルどこー?」
そこにいたのは一糸まとわぬ姿の唯先輩。
お風呂で温まったからか、肌はほんのり赤みを帯びて、水滴のついた体がなんとも悩ましい。
胸も、制服姿ではわかりにくかったけれど、こうやって見てみるとなかなかのものだ。
私は制服越しにあれに毎日触れてるんだよね…
髪だって水分を含んで頭に張り付いただけなのに、いつもと違った雰囲気を醸し出していて、
下の
唯「……」
梓「あっ…」
隠されてしまった。
私が唯先輩を凝視していたのに気づいたらしい。って、何やってんだ私!
途端に顔が熱くなって、視線を上に戻す。
唯先輩も顔を赤くして体をもじもじさせていた。本気で照れる唯先輩は新鮮で、
私はもう少しその顔を
梓「だからそうじゃなくって!!」
唯「あ、あずにゃん!?」
梓「なっなんで唯先輩は裸なんですかっ!?せめてタオルぐらい巻いて下さいよ!」
唯「だって、バスタオルの場所わかんないんだもん…着替えもないし…」
梓「…あ」
《わざわざ取りに行かなくても、小さいのいくつか持って行けばいいよね》
《あとで着替え持ってきますね》
私が原因だった。
唯「…あずにゃんのエッチ」
―――
唯「ふーんふふーん」
梓「…うう」
午後五時、外は変わらず土砂降り。
私は唯先輩のおもちゃになっていた。
裸を見ようとしたと唯先輩に疑われ、必死に弁解していたのがさっきまでの私。
そして、「それじゃあ
罰ゲームにしよう」と言われ、何が「じゃあ」なのかわからないまま、今に至る。
唯「あずにゃんって髪サラサラだよね、一度触ってみたかったんだあ」
唯「できた、わっか!じゃあ一枚撮るねー?」
梓「もう許して下さいぃ…」
唯先輩は私の髪型を変えては、その度携帯で撮影してくる。
もう先輩のフォルダは私の写真で埋め尽くされていることだろう。
唯「んーっ、可愛いよあずにゃーん!じゃあ次いってみようか」
梓「まだやるんですか…?」
唯「ずっとやってもいいんだけど…あずにゃんがそう言うなら次で最後にするね!」
よかった…やっと解放される。次が最後なら、少しぐらいは笑顔で写ってもいいかな。
唯「最後はやっぱりこれでしょ!」
梓「なんで猫耳持ってるんですか…まあいいですけど。早く撮ってくださいよ」
唯「おっ、乗り気だねあずにゃん?次は動画だよ!」
梓「なっ!?動画なんて聞いてないです!恥ずかしいから絶対に嫌です!」
前言撤回、それはとても笑えないです、唯先輩。
写真だけならまだしも、動画なんて、何を言わされるかわかったもんじゃない。
猫耳をつけて痛々しい事を言わされ、それが一生残るだなんて!断固拒否しなきゃ!
唯「結構恥ずかしかったんだけどなー…だってあずにゃん、ずっと見てるんだもん。私の」
梓「それで、私はどんなポーズで何を言ったらいいですか?」
―――
唯「じゃあさっき言ったようにお願いしまーす!3、2、1、キュー!」
梓「ゆ…唯先輩、だっ大好きだ、ニャン♪」
これは夢だ。悪い夢だ。
唯「カットォー!うぅぅっ、よ、よかったよおおぉーー!!私もあずにゃん大好きだからねっ!!」
梓「先輩が言わせたんでしょーがっ!いちいち抱き着かないで下さいーっ!」
唯「照れない照れない。ほら、一緒に見よ?」
『ゆ…唯先輩、だっ大好きだ、ニャン♪』
携帯の小さな画面には、猫耳をつけた少女が、
媚び媚びな声とポーズでカメラに向かって愛の告白をする気持ちの悪い映像が映し出されていた。
悪夢は現実として確かに存在していた。
梓「いやああぁ!消して、消してぇーーっ!!」
唯「やだよー!消さないでお守りにするんだもーん」
梓「そんなの何からも守ってくれませんから!」
そんなやり取りを続けること10分。
結局、動画は消さないけれど他の誰にも見せないことを約束してくれた。
唯先輩は優しいなあ…
…で、引き下がれる私ではない。納得できるわけがない。
梓「…やっぱり不公平です、唯先輩も罰を受けるべきです!」
唯「ええー?私何も悪いことしてないのにー…」
梓「いくらなんでも釣り合いません!それに、そう、デート!雨が降る日にデートに誘った罰っ!」
唯「あーっ、あずにゃん今デートって」
梓「い、言ってないです!……とにかく私も唯先輩の写真を撮りますからっ」
唯「えへへ。あずにゃんがそうしたいならいいよー」
そして、今度は唯先輩の撮影会が始まった。
私がされた時のように、椅子に座った唯先輩の髪を触る。
ふわふわとした質感の髪は、ずっと触っていても飽きない。
唯「あずにゃんくすぐったーい」
時々私の方を振り返って、笑いかけて来るのがなんだか恥ずかしくて、つい顔を逸らしてしまう。
それにしても。
梓「髪型、どうしよっかな…」
さっきから私は唯先輩の髪をとかしているだけで、一向に髪型が定まらない。
唯先輩のはもちろん、友達の髪だってまともにいじったことのない私には、こういう遊びは難しい。
しかし、あまり時間をかけすぎるのも唯先輩に悪い。
今も退屈していないだろうかと顔を覗き込むと、唯先輩は気持ち良さそうに目を閉じていた。
唯「んー。…どうしたの?あずにゃん」
梓「あ、いえ」
私が手を止めたことに気づいて不思議そうに見つめてくる唯先輩の様子が、なんだか犬みたいで可笑しい。
梓「…あ」
思い出した。
卒業アルバム写真撮影の前日、私が見たいつもと違う唯先輩。
そのあと、唯先輩が私に愚痴った、和先輩の言葉。
そうだ、これしかない!
私は自分のヘアゴムをほどくと、唯先輩の髪を結わえた。
そして唯先輩に鏡を持たせて言ってやるんだ。
梓「出来ましたよ唯先輩。ほら、鏡」
唯「どれどれ…?はうっ!こ、これは…」
梓「犬みたいで可愛いですよ!」
唯「うぅっ、犬って言わないでぇー…あっ、カメラだめぇ!」
梓「何いっちょ前に照れてるんですか、私には猫みたいって言ってるくせに」
唯「だって犬みたいだなんて変だよー…」
普段からかわれてばかりの唯先輩と立場が逆転して、ちょっと楽しい。
でもあんまりやり過ぎると可哀相だから、ほどほどにしよう。
梓「もう、ホントに可愛いですから。どんな髪型でも唯先輩は可愛いと思うし」
梓「私はそんな唯先輩も好きですよ?」
って何言ってんだ私!
唯先輩も今の言葉にはさすがに驚いているようだ。
唯「あ、あずにゃん…?」
梓「ち、ちちがいますっ!今のは、その、髪型の話でっ」
唯「へへ…そっかあ。あずにゃんはそんな風に思ってくれてるんだー?」
梓「そのっ違くて、わぷっ」
唯「あはっ、嬉しいなー!」
私の言い訳は唯先輩のハグによって阻止されてしまった。
こうされてしまうと、なんだか全部がどうでもよくなってしまう。
人体は不思議です。
梓「ふわ…」
唯「えへへ。あずにゃーん…私たち、犬と猫だね!」
梓「犬と、猫…?」
唯「そう!ドッグ、アーンド、キャット!」
梓「ふふっ、なんですかそれ。それに…キャッツアンドドッグズじゃないですか?」
唯「んー?何が?」
梓「え…?」
何がだっけ…?抱き着かれていたら思考が回らない。
そんなことを考えたせいか、唯先輩がパッと私を抱きしめる腕を離してしまう。
梓「あっ…」
唯「雨、止んだねー?」
窓の外を見ると、あれだけ降っていた雨はすっかり上がり、空には星が瞬いている。
視線をずらして時計を見ると、もう六時を半分も過ぎていた。
唯「雨も上がったし、私そろそろ帰るね。いろいろありがとうね、あずにゃん!」
梓「えっ、ダ、ダメです!」
唯「へっ?」
冷えた空気が私の思考を徐々に覚ましてくる。
でも、そうなるのが遅すぎた。
私はたった今、今日何度目かわからない失言をしたのだから。
どうして今日の私はこうなのか、全部土砂降り天気が悪いんだ。
なんだか自分が悲しくなってくる…
唯「あずにゃーん、寂しいんだねー?いいよいいよ、お姉さんがナデナデしてあげるからねー!」
梓「全部土砂降りが悪いんだ……土砂降り?」
冷えた頭で土砂降り、という言葉を繰り返している内に、何かを思い出しそうになるが、
離れていた暖かさが戻ってきて、やっぱりごちゃごちゃになる。
唯先輩あったかい。
それでも半覚醒の思考は、必死に思い出そうと緩く回転を始める。
…土砂降り。犬と猫、猫と犬。…Cats and dogs。
ああ、そうか。
だから私はこうなんだ。
今日の私は、私たちは、なるべくしてこうなったんだ。
唯「…あずにゃん?」
黙り込んだ私をいぶかって、抱きしめたまま唯先輩が顔を覗き込む。
そう、何もおかしなことなんてない。怯むな私、流れに身を任せてしまえばいい。
梓「…そうです、唯先輩は帰っちゃダメです。だって…」
梓「だって、今日の私たちは…まだ土砂降りですから!!」
唯「え?ええーっ?どういう意味?」
梓「さあ?教えてあげません」
梓「意味がわかるまで私の家に居残りです♪」
唯「そんなあ!ううっ、あずにゃんが難しいこと言っていじめる…」
梓「明日も休みだからゆっくり考えて下さいね!」
うんうん唸って悩む先輩を見て笑みがこぼれてしまう。
たまには、こんな風にちょっとだけ素直になるのも、いい…よね?
END
最終更新:2010年10月12日 04:11